125.獣の探検1
【クレスト】
カナエ姉ちゃんとジル兄ちゃんが自分の国に帰ってから一週間くらい経ったある日。ジル兄ちゃんが、イルマ姉ちゃん家の隣の家から出てきた。今日は遊びに来ないかな、まだ来ないかなって毎日覗いてたから、すっげーびっくりした。
「ジル兄ちゃん!」
「元気そうだな、クレスト」
ジル兄ちゃんはおれを抱き上げると、家の中に戻る。おれはジル兄ちゃんに抱えられながら、誰もいないはずの部屋を見た。
「あれ、クレストくん?うちにいたの?」
懐かしい声に、思わず耳が獣化する。カナエ姉ちゃんだ!飛びつこうと思っても、ジル兄ちゃんに抑えられて、腕から抜け出せなかった。
「カナエ姉ちゃん!おっせーよ!」
「こら暴れるな。他の子供たちとイルマにも声をかけに行くぞ。カナエ、用意を頼んでもいいか?」
「うん、任せて」
切り分けるだけだから大丈夫、とカナエ姉ちゃんが笑う。その言葉に鼻を利かせると、香ばしいいい匂いがしてきた。カナエ姉ちゃんのお菓子の匂いだ!
「ジル兄ちゃん、早く!早く、みんな呼んでこようぜ!」
「ああ、そうだな」
それから、おれはジル兄ちゃんを急かしてみんなを呼びに行った。久々に会ったカナエ姉ちゃんもジル兄ちゃんも全然変わってなくて、だから、すっかり忘れてたんだ。
いっぱい遊んで、カナエ姉ちゃんのお菓子もみんなで食べた。それから、母ちゃんにお願いして、ジル兄ちゃんとカナエ姉ちゃんの家に泊まった。だって、明日には帰るって、早すぎるじゃん。
次の日、ジル兄ちゃんとカナエ姉ちゃんはまた悪魔の国に帰っていった。台所の扉から、だ。そういや、二人ともいつの間にか家に入って来てたんだ。どうやってこっちに来て、どうやって帰るのか聞いたら、魔王ってヤツが魔法の扉を用意したんだよって教えてくれた。
「この扉は、魔王様の許可をもらった人だけが使えるの」
「ああ。だから勝手に入れば、何があるか分らんぞ。あまりいじらんようにな」
そう説明して、二人は魔法の扉をくぐって帰っていった。不思議に思って扉を開けてみても、家の裏に出るだけだ。何だこりゃ?
「どうなってんだよこれ?」
「魔法って便利なのね」
扉を開けたり閉めたり、出たり入ったりしてみても、何も変わらない。カナエ姉ちゃんとジル兄ちゃんの国にも繋がらない。ミレラもエーリも、首を傾げて扉を見てた。デメトリは獣化してるニッツァの背中を撫でながら、あんまり触らない方がいいんじゃないかっておれたちを止める。
「何があるか分からないってジル兄さんも言ってたし、危ないんじゃないかな?」
「そうだね。ジルさんが何があるか分かんないんだったら、結構危ないかもよ」
イルマ姉ちゃんも、デメトリの言葉に頷いてる。危ないのか?でも、嫌な臭いはしないぞ?扉を嗅ぐと、何かちょっと、嗅いだことのない匂いがした。それも、毛が立つような匂いじゃない。ジル兄ちゃんの匂いに似てるけど、何だろう。
「ジルお兄ちゃんみたいな、そうじゃないみたいな匂いがするね」
エーリもおれをマネして嗅ぎながら、同じことを言った。
「魔王の匂いだったら、もっとギャーって匂いがするよな?」
「多分……」
だって、魔王だぜ、魔王。カナエ姉ちゃんとジル兄ちゃんはいい悪魔だけど、魔王は絶対に怖い奴だろ。でも怖い匂いはしない。そうだ、あれだ、ジル兄ちゃんが魔法使った時みたいな匂いだ。ん?じゃあ、ジル兄ちゃんか?
「これ作った奴、ジル兄ちゃんかな?」
「ジルさんが?」
「でも、ジルお兄ちゃんは魔王様に作ってもらったって言ってたじゃない」
ミレラも真似して嗅ぎながら、また首を傾げる。だって魔王じゃなくてジル兄ちゃんの匂いがするからな。ジル兄ちゃんのことだ、カナエ姉ちゃん以外には適当に説明しとけばいいだろって思ってんじゃねーの?うん、絶対にそうだ。
ってことは、ジル兄ちゃんの荷物に何か、鍵みたいのあるんじゃないのか?ジル兄ちゃん、よく、ここの棚使ってたよな。
「ちょっとクレスト、人のお家で何してるの。ダメでしょ」
棚を開けたら、イルマ姉ちゃんに首を掴まれた。おれはイルマ姉ちゃんに説明する。この扉を作ったのはジル兄ちゃんで、でも説明するのが面倒だから魔王ってヤツが作ったことにしてて、ジル兄ちゃんの荷物に扉の鍵があるってことだ。
「うーん?ジル兄さん、鍵みたいなの使ってたっけ?」
おれの説明に、デメトリが首を傾げる。確かに、鍵は使ってなかったな、ジル兄ちゃん。でもあの扉、ジル兄ちゃんしか使えないってことはないだろ?カナエ姉ちゃんは別に、ジル兄ちゃんに抱っこされなくても使ってたよな?
「カナエ姉ちゃんはどうやって使ったんだこれ?」
「んー、普通に開けてたわよ」
ミレラが、おれの開けた棚を覗き込みながら首を傾げた。イルマ姉ちゃんが止める前に、棚の中に手を伸ばす。
「ちょ、ミレラまで!」
「これ、ジルお兄ちゃんの耳飾りじゃない?」
掴んで取り出したのは、ジル兄ちゃんの耳にいっぱいついてる耳飾りだ。そういえば、おれらが作った耳飾りを付けた時に外してたな。一つ二つ……全部で六つある。
「ジル兄さんの耳飾りだから、魔法の耳飾りだったりして?」
デメトリも、ミレラの手にある耳飾りを覗き込んで首を傾げる。イルマ姉ちゃんの手から逃げて、おれは耳飾りの匂いを嗅いだ。
「やっぱ、扉と同じ匂いだ!」
「これ付けたら……行ける?」
珍しく、ニッツァも興味津々だ。カナエ姉ちゃんに撫でててもらったまんま鹿の姿でいたのに、耳飾りを触るために人型に戻ってる。
「試してみようぜ!」
「ちょっと、何があるか分からないから危ないってジルさん言ってたじゃない!だめでしょ!」
「イルマ姉ちゃんはいいよ。おれたちだけで行ってくるからさ」
そう言うとイルマ姉ちゃんは、むくれて頬を膨らませた。兎じゃなくてタコみたいだ。おれはミレラの手の中にあるジル兄ちゃんの耳飾りを一つ摘まむ。耳に刺せばいいのか、これ?あれ、でも、輪っかになってて外れるとこないぞ?
「耳に付けなくても、持ってたらどうにかなるかしら」
同じように耳飾りを確認していたミレラが言う。耳に付けらんねぇもんな。ジル兄ちゃん、どうやって付けてたんだよ。糸でも通してたのか?やっぱ、ジル兄ちゃんってどっか変だよな。カナエ姉ちゃんも、何でジル兄ちゃんと結婚したんだか。
デメトリとニッツァも耳飾りを摘まんだ、と思ったら、もう一つ手が伸びてきてミレラの手の中の耳飾りを摘まんでいった。イルマ姉ちゃんだ。
「行けるかどうかわかんないけど!行けちゃったら、保護者がいなきゃでしょ!」
「イルマ姉ちゃんが保護者かぁ?」
おれが思ったことそのまんま言ったら、ごっちんと拳骨を食らった。いっつー。イルマ姉ちゃんの拳骨も、段々痛くなってきたな。母ちゃんに教わってんのか?
「言っとくけど、本当に魔王様が出てきても知らないからね!カナエさんとジルさんはやさしい悪魔の人だったけど、何があるか分かんないんだから!」
そりゃそうだけどさ。でも、嫌な臭いしないから大丈夫だろ。カナエ姉ちゃんたちに会いに行くだけだぜ。
「大丈夫だって。匂い辿ってカナエ姉ちゃんたちに会えれば、だって、カナエ姉ちゃんたちはおれたちにやさしいじゃん」
「まあ、そりゃそうだけど……」
「匂いなら絶対間違えねぇもん!な、エーリ!」
「うん!おいら、カナエお姉ちゃんの匂いもジルお兄ちゃんの匂いも覚えてるよ!」
ほらな、ってイルマ姉ちゃんを見上げると、イルマ姉ちゃんはしょうがないって言いながら肩を落とした。おれはジル兄ちゃんの耳飾りを握り締めたまま、扉に近付いてみる。みんなも、おれの後ろにぞろぞろとついてきた。
「これで繋がらなかったら大人しく諦めなさいよね」
イルマ姉ちゃんはまだぶちぶち文句を言ってる。おれは適当に頷きながら、扉に手を伸ばした。扉の取っ手に触れた瞬間、ジル兄ちゃんの耳飾りがほんのりあったかくなる。不思議に思って握ってた手を開くと、耳飾りが光ってた。
「うおお、何だこれすげぇ!」
「クレストのだけ光ってるわ!じゃあ、やっぱり、これが鍵だったのね!」
当たってた!それなら、耳飾り持ってたらここから会いに行けるんだ!またずっと待ってなくてもいいんだ!
「よし行こうぜ!ジル兄ちゃん、腰抜かすかもしれないぞ!」
おー!と声を上げて、おれたちは勢いよく扉を開けるのだった。
◆◇◆◇◆◇
【カナエ】
何か、さっきからジラルダークが上機嫌だ。モノキ村から帰ってきて、一緒に魔神さんたち数人とアサギナの人たちとの交流をどうするか話し合っていたんだけど、……にんまりと魔王様が笑っている。毒気たっぷりの魔王様スマイルでござる。何事か、と思ったら、楽しそうに首を振られてしまった。カナエは俺と一緒に謁見の間に行くぞ、ってまあ、それはいいけども。……何なんだろう?お客さん?
私が不思議に思って首を傾げているこの瞬間、まさかあんなことになっていただなんて考えもしなかった。