小話8.魔王の慈愛
※12時、二回目の更新です。
★魔王様は、安定の魔王様でした。
【ジラルダーク】
モノキ村を発ってすぐ、隣を歩くカナエが不自然な笑みを浮かべていた。見送る子供たちや村人たちを振り返っては手を振って、正面を向いては何かを堪えるように目元に力を入れて笑んでいる。
その表情に、俺ははたと気が付いた。カナエは感情の豊かな女性だ。号泣する子供たちに、何も感じないわけがない。ただ、カナエは自身が泣いてしまえば子供たちに示しがつかないと考えているのだろう。子供たちを、大丈夫だ、また遊びに来るから泣くな、と慰めたのだ。気丈に耐えるカナエに、俺はどうすることもできず、ただ、人目に付かない場所へ早く、と願うばかりだった。
村からも随分と離れて、街道を行き交う人影もまばらになった頃、カナエは苦しそうに歯を食いしばって涙を零す。顔を青くして、ベーゼアがカナエにハンカチを渡した。俺も即座にカナエを抱き上げる。嗚咽を噛み殺さなければならないほどに涙を我慢させてしまったのかと思うと、もっと配慮すべきであった自身を殴りたくなった。
「頑張ったな。ありがとう、カナエ。俺の前では、好きなだけ泣くといい」
もう耐える必要はないと、苦しませたくない一心でカナエに告げる。泣きやすいように背を撫でても、カナエは俺の肩にしがみ付いて必死に声を殺してしまっていた。肩に滲んでくる彼女の涙の熱が、俺を焦らせる。どうすればいい。カナエはどうすれば、涙を堪えずに済むのだ。
屋外では泣きにくいのか。ならば、早く城に戻らなくては。街道に人影はないが、さすがに視界が開けすぎている。気ばかりが急く中、俺はカナエに振動を伝えないように最大限の配慮をしながら、駆け足で瞬間移動をすると定めた地点を目指した。ベーゼアは勿論のこと、アロイジアも追走しながら心配そうにカナエを見ている。
「魔神たちへの報告は、俺の方から行なわせていただければと存じます」
「ああ」
こんな状態のカナエを放っておけるか。それに、エミリエンヌにも報告書を渡してある。魔神たちで話し合って、最終決定を俺がすればいい。俺はそのための魔王だ。
俺は、肩に顔を埋めたまま涙を流すカナエのこめかみにキスをした。もうすぐだ。もう、耐えなくてもいい。
「城へ飛ぶぞ」
言うが早いか、俺は城まで瞬間移動した。アロイジアはベーゼアが飛ばす手筈だ。直接、寝室へ飛んでも問題あるまい。
「俺たちの部屋だ。アロイジアもベーゼアもいない。耐えさせてすまなかったな。もう、声を抑えなくてもいい」
そう伝えても、カナエは俺の肩に顔を埋めたまま声を押し殺している。苦し気に喉元から上がる嗚咽に、心臓の奥が掻き毟られるような錯覚を覚えた。
「我慢をするな、カナエ」
頼むから、我慢をしてくれるな。声を上げて泣いてくれ。そう思ってカナエの背を軽く叩くと、カナエは嗚咽交じりに口を開いた。
「うう……、あ、んま……っ、甘や、かさない、でっ……」
よかった、と安心すると同時に、普段と変わらないカナエの言葉に俺は苦笑いを浮かべる。一度声を出してしまえば、カナエはもう、堪えることを止めたようだ。俺にしがみ付いて、耐えていた感情を爆発させるように泣き出した。
号泣するカナエを抱えたまま、俺は安堵からソファに腰を下ろす。俺の前でまで、カナエは涙を堪えることはなかった。カナエの泣き声を聞くのは辛いが、自分は彼女が安心して泣ける場所であれているのだと、そう考えれば自ずと焦りも引く。
慰めようとカナエの頭に口付けていたら、甘やかすな、と可愛らしい抗議が返ってきた。力の全く入っていないカナエの手が、俺の胸元を叩く。泣き止んでくれるならば、好きに叩くといい。むしろ、もっと力を込めてもいいものを。こんな状態でも俺へ配慮する彼女が、無性に愛おしくなった。
やがて、カナエの涙も落ち着いた頃、彼女は漸く俺の肩から顔を上げて俺を見上げてくる。赤くなってしまった目元が痛々しい。気付かれないように、カナエの頬を指先で撫でながら目元を癒した。大量に流した涙のせいで濡れてしまった唇にも、何度か口付ける。カナエは逃げることなく受け入れながらも、俺を睨むように見上げていた。
「言っておくが、俺はお前よりも随分と年上なのだからな。心行くまで甘えるといい」
文句を言いたそうなカナエに先手を打って伝えると、カナエは小さく悪態を吐いた。それがカナエの照れ隠しであると同時に、カナエの愛情表現であると俺は知っている。現に彼女は、俺の名を呼びながら甘えるように体を寄せてきた。
当然、俺は甘んじてカナエの愛情を受け入れる。受け入れぬという選択肢はない。むしろ、貪欲に攫いに行くだけだ。
ベッドへ向かいつつ、俺の腕の中でしょうがないと笑って見上げてくるカナエに、俺は微笑み返す。やはり、カナエは笑っている方がいい。泣くのはもっと、艶めいたものだけで充分だ。そんなことを考えながら、俺はカナエを心から慰めるために、直に温もりを分け与えるのだった。