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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の日常編
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12.新参の目論見

第三者視点

 諜報部隊の長を任されているアロイジアは、午前の鍛錬を終えて休憩所にいた。よく冷えた水で喉を潤していたところに、ヴラチスラフがダニエラを伴って現れた。


「よ、お疲れさん」


 片手を上げて挨拶をしたアロイジアに、ヴラチスラフは薄く笑い、ダニエラは眉をひそめる。魔神の中では二人ともアロイジアの後輩ということになるが、元より悪魔は不老だ。偶々、先に異世界へ飛ばされただけ。何より、あの双子が先輩という立ち位置にあるのは少し気が引ける。

 アロイジアは、新参、古参共に上手く付き合えるタイプだった。


「今日は、カナエ様はいらっしゃらないよなー」


「軽々しく御名を口にするな。奥方様は我々を気遣ってご挨拶に訪れただけだ、身の程を知れ」


「おや……、残念だ……」


 ヴラチスラフは、その長い黒髪を掻き分けた。覗いた顔は、先日カナエが驚いたような悲惨な顔つきではない。

 先日、研究室にいた際には、幾日も徹夜を続けて研究に没頭していたため、本人が思う以上にすさまじい顔つきになっていたのだが、ヴラチスラフは知る由もなかった。


「お后様いないのー?」

「お散歩来ないのー?」


 続いて休憩所に入ってきたのは、ノエとミスカだ。新参、と魔神の中で呼ばれる者たちでは、この二人が最も古い。しかし、威厳も何もなかった。


「いねーし、こねーよ。はあーぁ、カナエ様、可愛かったなー」


 ぎいぎいと背もたれを遊ばせながら椅子にもたれかかったアロイジアに、更にダニエラの眉間の皺が増えた。


「だってさ、マジで可愛かったんだぜ?お后様しようって、すっげー頑張っててさ。しかも笑うとこれがまた更に可愛いんだよ」


「アーロ!貴様、奥方様を侮辱するのも大概にせよ!」


「褒めてんだろーよ。ああいうタイプ、ここには少ないもんなー。陛下も溺愛って、納得だぜ」


「奥方様だけならず、陛下まで侮辱するか!」


 ダニエラはそう激昂すると、腰に差していた杖を掲げる。おっと、とアロイジアが顔を仰け反らせた直後、杖の先端が横薙ぎに走った。魔女であるダニエラは、まだ詠唱無しに魔法を扱えない。すぐさま攻撃を、となると、やはり物理的に殴るしかないのだ。


「だーから、侮辱してねーだろ。いいことじゃねーか、あの魔王様が妻を溺愛ってな」


「お后様は優しいからね!」

「お后様は綺麗だからね!」


 ねー、と顔を見合わせるノエとミスカに、アロイジアも頷く。杖を振り回すダニエラから離れて、ヴラチスラフは水差しを手にした。


「それに……、とても怖がりでいらっしゃる……」


「あー、研究室に行ったんだっけな、カナエ様。そりゃ驚くだろ」


「ああ……、驚いていらっしゃったよ……」


 くすくすと笑うヴラチスラフは、コップに水を注ぎながらも恍惚とした表情で遠くを眺める。ダニエラの杖を素手で受け止めたアロイジアは、彼の表情に苦笑いを浮かべた。

 この世界に来る前から錬金術の研究者として生活していたらしいヴラチスラフは、どうにも変わり者だった。元の世界では異端者だったと言っていたが、この悪魔城では歓迎されている。住み心地がいいから研究も捗るね、と暗い笑みを浮かべていたのは、魔神になって幾日目だったか。


「しかし……、暫くは陛下がお許しにならないだろうね……」


「外出をか?」


「そうらしいよ……。くすくす……、あまり親しくすると……、首が飛ぶかもしれないねぇ……」


「うっわ、マジ溺愛してんな。ベーゼアも何だかんだで懐いちまったし」


「当たり前だ!陛下のお選びになった奥方様が、素晴らしくないはずがない!」


 杖を奪おうと力を込めるダニエラを片手でいなしながら、アロイジアは口笛を吹いた。ダニエラが怒り狂っているのは、何も魔王の為だけではない。カナエも主と認めたからなのだろう。


「奥方様は寛大なる御方だ!だからといって、我々がそれに甘んじてもよいという道理にはならないぞ!」


「そーだなー。カナエ様は可愛いし、優しいし、寛大なお方だ。悪魔になってまだ日が浅いからな」


「だからどうした!尊い方であらせられることには変わりない!」


 力比べをしていたダニエラとアロイジアは、お互い全く別の表情を浮かべている。ノエとミスカは我関せずとばかりに、テーブルに用意されていた菓子を頬張っていた。ヴラチスラフは水を喉に流しながら、鍛錬場の方へと視線を向ける。

 そこには、ひたすらに剣を打ち込むベーゼアの姿があった。ベーゼアは元々魔法使いであり、遠距離からの攻撃を得手としていた。だが、カナエの護衛を兼ねた側仕えを命じられたこともあり、近距離戦に対応できるように鍛えているところだった。


 数日前までは浮かない表情をしていた風に見えたが、今は生き生きと鍛錬に励んでいる。カナエの影響か、とヴラチスラフは口元を吊り上げた。

 ヴラチスラフはこの魔神の中で最も属してからの日が浅い。次いで日が浅いのは、ベーゼアだった。新参の中から側仕えが選ばれたことも衝撃であったが、それ以上に、魔神に属して日の浅い者が選ばれたことに魔神たちは驚いた。


 特に古参の中でも実力者であるグステルフやナッジョ、イネスからのプレッシャーは尋常ではなかっただろう。新参として偶に一緒に行動することのあるヴラチスラフですらそう感じたのだから、本人への負担はいかばかりだったか。


「逃げにならずに済んだのは……、陛下の計算のうち……、でしょうかねぇ……」


 ぽつりと呟いて、ヴラチスラフは肩を揺らす。プレッシャーから逃げず、彼女の成長に繋がると見通せたというのならば、やはり魔王陛下には先見の明があるのだろう。


「くす……、まだまだ興味が尽きない……。素敵な職場ですねぇ……」


「ヴィー、笑ってるの?」

「ヴィー、楽しいの?」


 菓子を食い終えた双子が、ヴラチスラフの足元に纏わりついてくる。ヴラチスラフは飲み干したコップをテーブルに置いて、双子の頭をそれぞれ撫でた。白く細い指先がふわふわと空気を含む双子の髪の毛を梳いていく。


「ああ……、とても楽しいよ……」


「お后様、また来てくれるかな?」

「お散歩、一緒に出来るかな?」


「はて……。出来るだろうか……」


 ヴラチスラフの特技は、どの影にでも溶け込めることだ。本気で潜れば、魔王とカナエのいる寝室付近までは忍び込めるだろう。だが、あの魔王陛下が気付かないとも思えない。


「万が一見つかりでもしたら……、処刑、……かねぇ……」


「ヴィー、悪いことしたの?」

「ヴィー、殺されちゃうの?」


「いいや……、想像の話だよ……。奥方様にお目にかかるには……、一手間かけなくては、ね……」


 かけるー、と手を上げた二人に、ヴラチスラフはゆったりと微笑んだ。そこへ、ダニエラを諌めたアロイジアがやってくる。


「その一手間が重要なんだよ。奥方様にお目にかかるには、どーすりゃいいと思う?」


「妾は反対だ。奥方様に接触すれば、陛下のお叱りを受けようぞ」


「そう……。陛下の不興を買わぬよう……というのが……、存外に難しい……」


「だよなー」


 アロイジアが溜め息をついたと同時に、鍛錬場にいたベーゼアが休憩所に戻ってきた。流れる汗を拭いながら、妙に集まって話している魔神に視線を向けた。


「どうしたの、みんな揃って」


「なー、ベーゼア。奥方様にお目にかかりたいんだけどさ、どーすりゃいいと思う?」


「は?カナエ様……、奥方様に?」


 ベーゼアは、驚いたように目を丸くする。


 数日前、カナエを連れて城内を散策してすぐ、ベーゼアはカナエを名前で呼ぶようになった。カナエから迫られて、とベーゼアは困惑したように魔神たちに説明していたが、彼女自身もどこか嬉しそうだった。

 実は魔王もカナエに、ベーゼアがカナエを名前で呼ぶように言ってくれ、と迫られた経緯があり、泣かれたくない一心で許可していたのだ。唯一といってもいい城内での友人と仲良くしたいのだ、と泣きそうな顔でカナエに迫られていた魔王は、ある意味不憫であっただろう。本来であれば、自分だけが名を呼べる、と優越感に浸るためであったのだから。


「そうね。奥方様ご自身はとても大らかでいらっしゃるから、お話をするのは簡単なのだけれど……」


「うむ。やはり陛下がお許しにならないであろう?無理を言うものではないよ、アーロ」


「うーん、どうしたもんかな、ヴィー?」


 アロイジアの言葉に、ヴラチスラフは少し考えてから頷いた。


「分かった……。少し……、動いてみようか……」


 彼が浮かべた薄笑いに、ダニエラとベーゼアは困惑して顔を見合わせたのだった。

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