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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の隣人編
129/184

122.魔王の酒席

【ジラルダーク】


 魔物を無事に狩れた祝いということで、村の集会所で酒席が設けられた。子供たちも酒は飲めないが、魔物の肉を使った料理にはしゃいでいる。まさか、ニンゲンと酒を酌み交わすとは思わなかった。悪魔にとっても、とても喜ばしいことだと思う。


 だが。


「ヴァッシュ、ほらお酒よりも先にご飯食べて。味濃いのより、こっちの野菜の方を食べるんだよ。よく噛んで、ゆっくりね」


「は、いえ、あの……」


 酒の席で、カナエは献身的にヴァシュタルの世話をしていた。ヴァシュタルは青い顔で俺をちらちらを見ている。当然、睨み返してやった。魔力を込めていないだけ、やさしくしてやっていると思え。

 先程、澱みの深い谷へ行った時も、半身が魔物であるヴァシュタルに釣られてかなりの量の魔物が集まろうとしていたのだ。俺が魔力でヴァシュタルを覆い隠したから何事もなく済んだようなものの、そのままにしていたらさすがに腕輪を外して魔力で追い払わざるをえなかっただろう。感謝されこそすれ、カナエの献身を奪われるなど、飼い犬に手を噛まれたような気分だ。


「わ、私は大丈夫ですから、本当に、本当にお気遣いなく……」


「青い顔して何言ってるの。ねえ、ジル?」


 カナエが振り向くと分かって、俺は表情を微笑みに変える。そうだなと頷くわけにもいかず、俺は微笑みのままヴァシュタルを見る。ひぃ、と小さく上がった悲鳴は無視だ。


「体調が優れないようならば、早めに休んではどうだ?酒の席だ、さして重要な話も出るまい」


 帰れ、とだいぶ分かりやすく伝える。ヴァシュタルは困惑したように俺を見た。


「そうだねぇ、あんまり無理しちゃダメだよ。ヴァッシュが頑張ってるのは、きっとみんなに伝わってるからね」


 カナエも俺に同調してくれたが、その優しさを分け与える必要はない。俺はヴァシュタルの方に寄っていたカナエの腰を抱き寄せた。カナエに見えないように背中から抱え込んで、その上でヴァシュタルにテレパシーで伝える。


『変事あらば伝えよう。中座することも責めん。だがこれ以上、我が后の瞳に映るな』


 ヴァシュタルは、俺の言葉に震えながら頷いた。カナエが俺を見上げてくる気配を察して、俺は微笑みを浮かべて彼女の顔を覗き込む。カナエは口を尖らせて俺を見上げてきた。口付けは、さすがにまずいか。


「もう、急に抱き着かないの」


「お前が離れていると、どうも不安でな」


 言いながら微笑めば、カナエが俺を許すことを知っている。カナエは、しょうがないなぁと口の中で言いながら、大人しく俺の膝の上に収まった。


「では、大変恐縮ではございますが、先に休ませて頂きます」


「ああ、よく休むといい」


 ヴァシュタルはそう言うと、村長であるアギアスに声をかけて退出していく。その背を見送っていると、カナエが俺の髪の毛を軽く引いた。視線をカナエに向けると、彼女は可愛らしく首を傾けている。


「ヴァッシュ、胃の調子が悪いのかな。エミリって胃薬作れたりする?」


「……作れるだろうが、それはそれでヴァッシュの胃に負担をかけると思うぞ」


 エミリエンヌは、ヴァシュタルをかなり厳しく教育していたからな。そもそも、素直に胃薬を作るとも思えん。この程度で不調となるような軟弱な輩には、薬ではなく叱責が入りそうなものだ。


「今まで、然程重責を感じずにいたのだ。慣れるまでは致し方あるまい」


「大変だなぁ。後で、野菜スープ作って持ってってあげようかな」


「なれば、私が作ります。借りている住まいの隣におりますゆえ」


 近くにそれとなく控えていたベーゼアが、俺の感情を察してカナエに申し出る。カナエは特に疑問に思うこともなく、じゃあお願いね、とベーゼアに任せた。アロイジアがニヤニヤ笑いながら俺を見ているが、一睨みして黙らせておく。


「まーたカナエさん捕まってる」


 イルマが果実酒の入った瓶を片手に寄ってきた。カナエさんも飲もうよ、とコップを差し出す。カナエは抵抗もなく受け取って、注がれる橙色の液体に目を輝かせた。


「わあ、おいしそう」


「花の蜜を混ぜてあるから、甘くて飲みやすいんだ」


 得意げに言って、イルマは自身の持っていたコップに口を付ける。カナエも一口喉へ流して、美味しいと可愛らしく笑った。彼女の表情に、思わず俺の頬も緩む。カナエはもう一口飲んだ後、抱えて座る俺を振り向いて見上げた。


「ジルも飲んでみて。これすごくおいしいよ」


 差し出されたのは、今までカナエが飲んでいたコップだった。陶器のコップの中に七割ほど入った橙色の液体が揺れている。迷うことなく受け取って、俺はコップの液体を飲んだ。ほのかに酸味のある果実の香りと、しっとりと口に広がる甘味を堪能して喉に流す。素朴ではあるが、残る後味が次の一口を誘う味だ。


「旨いな。飲みやすい」


「よかった」


 コップをカナエに返しながら言うと、カナエは花が咲くような笑顔を浮かべる。濡れた唇に目を奪われるが、ここで口付けようものなら腕の中の温もりが逃げてしまうだろう。まだ、カナエを感じていたい。


「またイチャイチャラブラブしてる。うん、もう気にしないことにしよう。これが夫婦ってもんなんだよね、きっと。悪魔の常識なんだ。この二人がバカップルってだけじゃないんだよ、うん、きっと」


 ぶつぶつと独り言ちるイルマに、俺は苦笑いを浮かべた。素直であるのはいいことだが、無用なトラブルを引き寄せはしないか心配になる。ビサンドも戦に妹にと、苦労が絶えないようだ。


 それから、はしゃぎ疲れて眠ってしまった子供たちや酔い潰れた村人を家に送ったり起こしたりして、宴は終焉を迎えた。俺はほろ酔いのカナエを片腕に抱き上げて、集会所を後にした。同じ方向に帰るイルマとビサンドも一緒だ。イルマの足取りは、だいぶ怪しい。カナエも、このまま俺の腕の中で寝るだろう。もう既に、俺の肩に顔を埋めて気持ちよさそうに瞼を伏せていた。


「イルマを寝かせたら、我が家で飲み直すか、ビサンド?」


 俺の誘いに、ビサンドは一瞬目を見開いた。この村へ来てから、ビサンドと一対一で話す機会はなかったが、ビサンドは俺と話をしたいだろう。聞きたいことも多いはずだ。そう思っての提案に、やはりビサンドは頷いてみせた。


「ええ、是非」


「鍵は開けておく。何、取って食いやしない。つまみの一つでも持ってくればいい」


 笑いながら言う俺に、ビサンドは緊張半分といった様子でぎこちなく笑う。それもそうだろう。だが、俺はビサンドをどうにかするつもりはない。


 イルマを連れたビサンドと一度別れて、俺もカナエを寝かしつける。とはいえ、カナエはもうほとんど夢の中にいたが。添い寝して髪を撫でながら、睡眠の魔法をかけた。規則正しい寝息を聞きながら、暖かく湿った唇にキスをする。

 それから、俺は腕輪を外してカナエの枕元に置くと、リビングに向かった。ビサンドは丁度、隣家を出たところだ。防音の結界を張りつつ、魔法でベーゼアを呼ぶ。酒と軽食を用意するように命じて、俺はリビングから玄関へ続く扉に視線を向けた。


「ジルさん、お邪魔しま……」


 入ってきたビサンドを確認して、俺は魔法で玄関の扉に鍵をかける。わざと見せつけるように、魔法で椅子も引いた。家の中に満ちている魔力に、ビサンドが総毛立ったのが分かる。俺は、魔王である時のように笑んでみせた。ビサンドは震えながら俺を見ている。


「座るといい。すぐに酒を用意させよう」


「……やはり、あなたは……」


「そう警戒するな。ほら、こちらへ来い」


 ビサンドの体を魔法で強引に椅子へ座らせて、テーブルを挟んだ真向かいに据えた。魔力を抑えられても不具合はないと思っていたが、こうして思い描く通りに魔法が使えるとやはり気分がいいな。縛られていた手足が自由になったような心地だ。

 丁度良く、ベーゼアが酒と軽食を持って現れる。アロイジアは、気配を消してキッチンに控えていた。ベーゼアは俺のグラスとビサンドのグラスにそれぞれワインを注ぐと、音もなく礼をして姿を消す。消えはしたが、アロイジアと同じようにキッチンに控えているようだ。


「あれは俺の配下の者だ。用意した酒もこちらの村の物よりは濃い果実酒だが、口当たりはいい」


 言いながら、俺はグラスを手にする。ビサンドを見れば、引きつった笑みで俺と同じようにグラスを持った。軽くグラスを掲げて、俺はワインを口に運ぶ。濃厚な葡萄の香りと、絡みつくような甘さを打ち消すアルコールの熱が口中に広がった。


「ず、いぶん、強いお酒ですね……」


「我が国での銘酒だ」


 俺の言葉に、ビサンドは居住まいを正す。深く頭を下げて、ビサンドは口を開いた。


「貴方様が、魔王陛下であらせられましたか」


「戦場で一度、まみえたであろう。お前は気付くまいと考えていたが、甘かったようだ」


 ヴァシュタルを連れて帝国兵を押し戻したあの日、ビサンドはルベルトの率いる部隊の中にいた。俺の顔など碌に見えてもいないと思っていたが、ビサンドは俺に気付いたのだ。村へ来てから幾度となく投げかけられた、俺を探るような言動に確信した。


 それを利用して、俺はコイツに悪魔の情報をそれとなく掴ませたりもした。いつか、ビサンドは我が国へ来たいと言ったことがある。ニンゲンの感覚であれば、瘴気渦巻く死の森の奥はおよそ生きて辿り着けるところではない。悪魔だから生きていられるという考えだろう。ビサンドは、悪魔の国とはニンゲンの訪れることができる場所なのか、と俺に探りを入れてきたのだ。俺はそれを承知した上で、国王の許可が出れば、と答えた。つまりは、ニンゲンでも生きていける場所なのだと答えたのだ。

 この情報を与えた後に我が国が攻められたならば、ニンゲンは殺すべき対象だと定めることができる、と考えたからだ。アサギナをこのまま支配下に置くか、滅ぼすか、見極めるための罠だ。アロイジアには重点的に、ビサンドの周辺を警戒させていた。我が国を攻めようと準備でも始めようものならば潰す。ビサンドに与えた情報は、言い方は悪いがそのための餌だった。


 だが、今のところ、ビサンドから流れた情報はない。ビサンドは恐らく、ただ俺が危険な人物であるのかどうかの確信を得たかっただけなのだろう。村の者が悪魔を迫害しないよう説得しようにも、ビサンド一人の力は小さい。ビサンドの守るべきものは、唯一の家族であるイルマただ一人だ。俺が魔王であるかどうか、魔王がイルマにとって危険かどうか、若いながらも懸命に模索していたようだ。


「魔力も抑えて、ただの愛妻家を装っていたつもりなのだがな」


「よく言いますね。ジルさんがいくつもヒントを下さったから、辿りつけたようなものです」


 俺のふざけた物言いに、ビサンドは苦笑いを浮かべてグラスのワインを煽る。俺も同じようにワインを飲み干して、ぱちりと指を鳴らした。瓶の中のワインは、それぞれのグラスの中へ移動している。


「泳がされた自覚もあるとは、中々見どころのある男だ」


「妹の失言を庇っているうちに、少しだけ察することができるようになっただけですよ」


 疲れたように肩を落とすビサンドにくつくつと喉を鳴らして笑いながら、俺は二杯目のワインに口を付けた。夜はまだ、始まったばかりだ。もう少し楽しませてもらおうと、俺は目を細めた。

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