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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の隣人編
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121.谷の魔物

 低く唸り声を上げるキメラみたいな魔物に、私は息を飲む。安心させるためか、ジラルダークが私のこめかみに唇を触れさせた。子供たちのいるところで何を、と彼を見上げると、微笑んでおでこにもキスをされる。

 ああ、そうか。魔王様と一緒にいるんだもん。怖いことは何もないよね。魔王様が本気出せば、魔物は逃げちゃうくらいだ。ヴァシュタル拾った時、城の周りの森で魔物の追い込み漁とかしてたもんね。


「ここは、空気が澱みやすい地形のようだな。魔物の気配が多い」


 私の耳元で、ジラルダークが囁く。わざと息かけてきてるな!くすぐったい!やめたまえ、と手でジラルダークの顔を押し戻したら、べろりと掌を舐められた。緊張感漂う中、大声でジラルダークに文句を言うわけにもいかず、私はひたすら魔王様を睨む。全然効果ないけどね!微笑み返されてるけどね!


「ち、力が抜けるなぁ」


 人型に戻って剣を構えながら、イルマちゃんが気が抜けたような声を出す。あれ、人型に戻ってると思ったけど、足だけはもこもこの兎足だ。部分的に兎になれるのか。ナニソレ素晴らしい。


「無駄に力んでいても仕方あるまい。重要なのは、いかに柔軟に対処できるか」


 言いながら、ジラルダークがクレストくんを放して手を左後方に向けた。大人たちの戦いを見て怖気づいたのか、いつの間にか涙目で震えていたエーリくんの頭にジラルダークの大きな手が乗る。


「余裕を持つことも必要だと、覚えておくといい」


 エーリくんの髪を撫でながら言うジラルダークに、イルマちゃんは呆気にとられたように目を見開いた後、苦笑いを浮かべた。


「ジルさんって、本当に強いんだね」


 何だってみんな、ジラルダークがそんなに強くないと誤解してるんだ。魔力は抑えてるし帯剣してないとはいえ、体格いいと思うんだけどな。私が不思議がってるのが分かったんだろう、イルマちゃんが苦笑いのままに首を振る。


「だって、ただのお嫁さん大好きで口下手なキザ男だと思ってたから」


「く、口下手なキザ男……」


 これはひどい。


 ジラルダークの評価が凄まじく酷い。どこをどうして、いつの間にそんな評価になっていたんだ。口下手なのは、まぁ、うん、元々おしゃべりな人じゃないから、確かにそうかもしれないけど。いやでも、二人の時は結構話すよなぁ、魔王様。キザっていうのは、……ううん、どうだろう。ジラルダークの場合、キザとかナルシストっていうよりも、何と言うか、全力で口説きに来てるだけっていうか……。自信たっぷりの物言いだって、実力が伴ってるから鼻につくわけでもないし。

 ん?あれ、もしかして、子供たちだけじゃなくて、村の人みんなそう思ってるってこと?村だと、魔王様の力は見せてない、よね。ちらりと彼を見上げると、さすがのジラルダークもあまりの言われように口元をひくつかせてた。


「ち、ちなみに、私は?」


「カナエさんは、可愛くてタラシ系のドジっ子かな?」


「タラシ系ドジ……」


 大変遺憾である。ちょっとこれは、悪魔の理解とかそういうレベルじゃない。まずは、自分たちの評価を改善するところからやり直しだ。やり直せるのか、これ。


「間違ってねぇよな。そのまんまじゃん」


「ジルお兄ちゃんはところ構わずカナエお姉ちゃんといちゃいちゃするし、カナエお姉ちゃんは男女関係なく撫でるでしょ」


「うん、おいらもカナエお姉ちゃんに撫でられるの好き」


「ジル兄さんの場合、カナエ姉さんに対する態度とその他の態度が違いすぎるのも原因の一つですよね」


「……ニー、カナエお姉ちゃん好き……」


 子供たちの追撃に、私たちは揃って項垂れる。ああ、ニッツァくんの純粋無垢な視線が痛い。不意に、ジラルダークが私を地面に下ろした。私は苔で滑らないように、そう、ドジと言われないように気を付けて立ちながら、ジラルダークを見上げる。

 ジラルダークは、子供たちを抱えておいてくれ、と短く私に言うと、肩のデメトリくんを掴んで私に押し付けた。私は頷いて、子供たちを纏めて抱き締める。


「イルマ、剣を借りるぞ」


 言うが早いか、ジラルダークはイルマちゃんの剣を奪って魔物と戦う村の人たちの方に突っ込んでいった。視線を向けると、ケルベロスのような大型の魔物が熊の人に凶悪な爪を振り下ろそうとしているところだった。あんな大きな爪に切り裂かれたら、屈強な熊の獣人さんとはいえ無傷では済まないだろう。


 目の前で起こるであろう惨劇に、私は思わず子供たちをきつく抱える。けれど、魔物の爪が振り下ろされることはなかった。飛び込んでいったジラルダークが、爪ごと魔物を両断したから、だ。魔物は断末魔を上げることも叶わずに、地面へ崩れ落ちていく。いや、これはこれで惨劇だ。子供たちが見ないように、引き続き強く抱き締めた。


「ジルさん!」


 剣を奪われて呆気に取られていたイルマちゃんが、はっとしたようにジラルダークを呼ぶ。ジラルダークは魔物を一匹斬った勢いのまま体を反転させて、手元の剣を……思い切りこっちに向かって投げた。鋭く風を切る音がすぐ近くでして、それから、お腹に響く鳴き声が後ろから聞こえてくる。

 恐る恐る振り向くと、眉間に剣を生やした魔物が、スローモーションのように崩れ落ちるところだった。おっきいなぁ。確かにこのサイズだったら、ミレラちゃんが言ってたように私なんか丸飲みされそうだ。


「すまない、乱暴だった。あまり強い魔法は使えなくてな」


 何事もなかったかのように私の隣に戻ってきたジラルダークが、苦笑い混じりに言う。腕輪をしてるから、だろう。本当に危険だったら腕輪を外して魔法を使うはずだから、魔王様的には外さなくても十分対処できると判断したようだ。


「怖かっただろう」


 ジラルダークは、今さっき魔物を一刀両断したとは思えないほどに、やさしく私の頭を撫でてくる。私は微笑んで首を振った。


「ううん、大丈夫」


 ヴァシュタル以外の魔物を実際に見たのは初めてだけど、ジラルダークが一緒にいるなら大丈夫だ。それに怖いも何も、ジラルダークが剣を投げるまで後ろに魔物がいるなんて気付かなかった。ジラルダークは大丈夫と告げた私に、ほっとしたように眉尻を下げる。


「うわわ、私の剣がー!」


 魔物の眉間から剣を引っこ抜こうとしてるイルマちゃんが、踏ん張りながら声を上げた。深く刺さったのか何かに引っかかったのか、抜けないらしい。呆れたような顔をしたビサンドくんが手を貸している。


「ジル兄ちゃん、めちゃくちゃ強ぇ……!」


「でも、やっぱりカナエお姉ちゃん優先だわ」


 私に抱っこされたまま、クレストくんとミレラちゃんが頷いた。ジラルダークは二人の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、まだ他の魔物と戦っている村の人たちへ視線を向ける。


「ヴァッシュ、こちらへ」


「はっ、……はい!」


 大きな声でもなかったけれど、狼になってるヴァシュタルはジラルダークの声を敏感に拾って駆け寄ってきた。ジラルダークもヴァシュタルへ歩み寄ってしゃがむと、無言のまま見つめ合う。ああ、これ、テレパシーしてるな。向かい合ってると、すごく不審だ。

 ふと、ジラルダークがヴァシュタルの頭に手を置く。ヴァシュタルは、可哀想なほどに体を跳ねさせた。後で、エミリエンヌに頼んで胃薬作ってもらおう。うん、そうしよう。胃にやさしい食べ物、うちにあったっけ?お粥か、ああ、クレストくんのお母さんからもらった野菜があるから、温かい野菜スープを作って持っていってあげよう。


 数秒、ヴァシュタルの頭に手を置いていたジラルダークは、用は済んだとばかりに踵を返してまた私の隣に立った。ヴァシュタルは一礼して、魔物との戦いに戻っていく。子供たちは魔物を切り伏せたジラルダークに、抱き上げろとばかりに引っ付いた。


「なあなあ、ジル兄ちゃんも剣もらえば?」


「お前たちを守りながらあちらの戦闘に加わるのは、めん……、いや、万が一があっては困る。俺は守りに徹しよう」


 おい今、面倒臭いって言おうとしなかったか。じとりとジラルダークを見ると、私に分かるようにジラルダークは腕輪に手を添えた。なるほど、全開で魔法が使えれば楽勝だけど、ってことか。


「さっきの剣って、魔法なの、ジル兄ちゃん」


「いや、ただの剣術だ」


「じゃあ、おいらもできるようになる?」


 エーリくんの質問に、ジラルダークはエーリくんの頭を撫でてあげながら微笑む。頑張ればいずれ出来るかもな、とやさしく答えた。


「あちらに危険が迫っても、動いてくださるんですね」


 イルマちゃんの剣を無事抜き終えて戻ってきたビサンドくんが、ジラルダークに言う。ジラルダークは短く息を吐いて答えた。


「俺のそばにいる限りは守る、と言っただろう」


 魔王様の手の届く範囲は広い。隣にいる私だけじゃなくて、見えるところにいる村の人たちもジラルダークにとっては守る対象だ。ジラルダークが守ると決めたならば、どうあろうとも守ってくれる。


「それがキザっていうんだよ、ジルさん」


 イルマちゃんの言葉に、ジラルダークがうっと言葉に詰まった。言われてみれば、確かにと私も納得する。魔王様っぽい物言いにすっかり慣れちゃってたんだなぁ、と遠い目になった。これがキザなのか、とちょっとショックを受けてるジラルダークが可愛い。


「まぁ、私はそんなジルが好きだから」


 背伸びをしてジラルダークの頭を撫でると、しょんぼり魔王様は途端に笑顔になった。足元の子供たちが、やっぱな、ほらね、と納得したように頷いている。


 それからは特に問題もなく、魔物の狩りを終えた。ジラルダークが仕留めた二匹と、村のみんなで仕留めた二匹の合計四匹だ。村の人たちは慣れた様子で魔物を捌くと、それぞれに背負って崖を登っていく。私たちもまた、ジラルダークの魔法で宙に浮きながら崖を登った。

 帰り道、自由になってはしゃぐ子供たちと、ジラルダークの剣術に興味津々の村の人たちと、何でかジラルダークに抱っこされたままで冷やかされる私とで、賑やかな道中だった。耳飾り楽しみだな、と私は現実逃避よろしく考えるのだった。

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