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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の隣人編
122/184

115.村の午後

【イルマ】


 きっとカナエさんは獣化していったら喜ぶと思うよ、と子供たちに告げたら、みんな仲良く獣化した。そして、みんなでカナエさんたちの家に様子を見に行ったらしい。ジルさんに言われて、ぞろぞろと戻ってきた。

 昼食を済ませたら呼びに行くから大人しく待っているんだぞ、とのジルさんの言葉に、みんなソワソワとうちで待機してる。あれだけ、悪魔なんてって言ってたのに、子供たちはジルさんの言うことをきちんと聞いていい子で待っていた。あの二人、本当に子供たちの扱いが上手いなぁ。もしかして、二人には子供がいるのかな。いやでも、だとしたらジルさんは絶対に子煩悩だろうし、国に置いてこない、と思うんだよねぇ。


 不意に、こんこん、と玄関の扉がノックされた。私が反応して立ち上がる前に、子供たちが我先にと玄関に向かう。ジルさんは、勢いよく開いた玄関の扉に驚いたように眉を上げてから、仕方ないとばかりに笑った。


「待たせたな」


「おせぇよ、ジル兄ちゃん!」


「カナエ姉さんは、大丈夫そうですか?」


「ああ、まだ起き上がれる程度だがな」


 ジルさんはデメトリの言葉に頷きつつ、飛びついてきていたクレストとエーリを軽々と抱え上げる。犬型の獣人である二人は、ジルさんの片腕にすっぽり収まっていた。ジルさんは何かに気付いたように悪戯に笑って、私のそばにいた猫のミレラにも手を伸ばす。


「お前も抱き上げようか?」


「け、結構ですわ!」


 ミレラはツンとそっぽを向いて、先にカナエさんたちの家へと歩き出した。


「じゃあ、僕はこちらに失礼しますね」


 ばさりと羽ばたいて、梟のデメトリがジルさんの肩に乗る。鹿のニッツァは、ぐりぐりとジルさんの足に頭を擦り付けてから、ミレラの後を追って歩き出した。早く開けて、とミレラがジルさんを急かしている。ジルさんは頷きながらもゆったりとした歩みで家へ戻っていった。私も戸締りをして、ジルさんの後を追う。もちろん、私だって獣化した。カナエさんに撫でてもらうチャンスだもん。


 寝室に案内されると、カナエさんはベッドに座っていた。着ている服のせいだろうか、随分と儚い印象を受ける。やっぱり体調悪いんだって思ったけど、獣化した私たちに目を輝かせたカナエさんは、いつも通りに花が咲くような笑顔になった。ああ、よかった。思ったよりも元気そうだ。


「カナエ姉ちゃん、大丈夫か!?」


「だらしないわよ、カナエお姉ちゃん!」


 ジルさんの腕からぴょんと脱出したクレストと、ひらりとベッドに駆け上がったミレラが、早速カナエさんに抱っこされる。あの早業、捕獲に近い。追ってジルさんに下ろしてもらったエーリと、とことこと歩いていったニッツァがカナエさんに撫でられていた。デメトリはふわりと飛んで、カナエさんの肩に止まる。瞬間、カナエさんに撫でられていた。私も、後ろ足でジャンプしてカナエさんのベッドに乗る。もちろん、即座に捕獲された。


「もふもふ!天国!しあわせ……!」


 カナエさんは私たちを抱っこしたり撫でたり頬擦りしながら、満面の笑みで言う。ジルさんは苦笑いを浮かべながら、ベットの端に腰かけた。

 なるほど、複雑な男心ってやつね。カナエさんが喜んでて嬉しいけど、自分以外を可愛がってて悔しいのね。うんうん。ジルさんはカナエさん大好きだもんねぇ。


 と、思っていたら、ジルさんの大きな手が私の口を塞ぐ。見上げると、ジルさんが口元を吊り上げて私を見ていた。


「お前は一度、口を縫った方がよさそうだな」


 ま、また思考が漏れてたようだ。ちらりとカナエさんを見ると、可愛らしく頬を染めて笑っている。むがむがともがいていたら、酷いことしないの、と笑いながらカナエさんが救出してくれた。そのまま抱っこされて、カナエさんの胸元に収まる。はー、あったかくてやわらかくていい気持ち。


「一番いい場所をとられちゃいましたね」


「ずるいぞ、イルマ姉ちゃん!」


「お、おいらも!」


「ちょっと、男は遠慮しなさいよ!ねぇイルマお姉ちゃん、私と代わって?」


「……ずるい、ニーも……」


 カナエさんの胸元を堪能していたら、すぐ近くで争いが勃発してしまった。ぎゃあぎゃあ騒ぐ子供たちのうち、ミレラ以外はジルさんに捕獲される。さすがに、カナエさんの胸元を狙うと分かってまで放置する気はないらしい。


「男は駄目だ。そこは、俺の場所だ」


「だっ、バカ何言ってんの!」


 大真面目に言ったジルさんに、カナエさんが真っ赤になって抗議した。ジルさんは、腕の中で暴れるクレストやエーリを抑え込みながら、首を振る。


「カナエの前で獣化していいのは、今後女性だけだな」


 あ、私たちはいいのか。よかった。カナエさんに撫でてもらうの、気持ちいいんだよね。ふすふすと鼻をひくつかせながら、ミレラと半分こしてカナエさんの胸元に顔を寄せた。カナエさんは、慣れた手つきで私とミレラを撫でてくれる。やさしくてあったかくていい匂いがして、力が抜ける。私もミレラも、うっとりとカナエさんにもたれかかった。ミレラ、喉鳴ってるよ。


「何でジル兄ちゃんだけいいんだよ!」


「当然だろう。カナエの夫は俺だ」


 多分それ、きちんと意味が通じる子いないと思うんだけどな、ジルさん。というか、この人、子供相手に何を大真面目に答えてるんだ。もしかしてジルさんって、ちょっと威圧感があるだけのただの嫁バカなんじゃ……?


「やましいことはありませんよ、ジル兄さん」


「それでもだ。カナエは渡さん」


「……ニー、頭だけカナエお姉ちゃんに撫でてもらう……」


 ベッドに顎を乗せたニッツァが、くりくりした目でカナエさんを見上げる。カナエさんは頬を紅潮させて手を伸ばした。ニッツァくらいまで幼いなら許すかな、とジルさんを見ると、ところがどっこい、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「おいら知ってる。こういうの、器が小さいって言うんだよ、ジルお兄ちゃん」


 エーリの言葉に、ジルさんはぐっと息を飲んだ。そうか。ジルさんから感じてた威圧感って、つまりはお嫁さんが好きすぎるから、他の男を近寄らせないために警戒してたせいだったんだね。だから、私は比較的早く二人と仲良くなれたのか。


「違うよエーリ。ジル兄さんのは、嫁バカって言うんだよ」


 デメトリは早々に諦めたのか、ジルさんの肩に止まって首を傾けながら言う。ニッツァは二人の言っている意味が分かってるのか分かってないのか、じっとカナエさんを見たままだ。結構言いたい放題言われてると思うんだけど、ジルさんは怒らない。というか、子供たちに言い返せなくて、むすっと口を噤んでいた。


「ほらもう、こんな小さな子たちに嫉妬しないの」


 そんなジルさんに穏やかに笑いながら、カナエさんが手を伸ばした。カナエさんの手が触れたのは、拗ねるジルさんの頬っぺただ。そのままカナエさんの白い手は、ジルさんの頭を撫でる。ジルさんはさっきまでのふくれっ面はどこへやら、とろけるように微笑んでカナエさんを見ていた。


「悪魔って、こんなんばっかなのかよ」


 気の抜けたクレストの言葉に、私はくすくすと笑う。私が最初にぶち当たった感想だ。こんな人たちが、何をどうしたら魔物の進化した先だなんて思われちゃうのか。災厄ってそれ、モテない僻みでしょ、と笑ってやりたくなる。


「もう悪魔は怖くない?」


 私の言葉に、子供たちは異口同音に頷いた。怖いわけがない、って、そりゃそうよね。こんな幸せな人たちを、怖いだなんて思えるはずがない。


「私も、もうみんな怖くないよ」


 カナエさんが穏やかに微笑んで、私たちに言った。ミレラが嬉しそうに、カナエさんの唇へ鼻でキスをする。ごろごろと、さっきからミレラの喉は鳴りっぱなしだ。


「待てミレラ、今のキスはもうするな。抱かれるのと、撫でられるのは許そう」


 目聡く見つけたジルさんが、すぐにミレラを牽制する。


「フフン、ジルお兄ちゃんの命令は聞かないわ!」


 気紛れな猫らしく、ミレラはおかしそうに笑ってカナエさんに擦り寄った。カナエさんはジルさんとミレラの睨み合いが目に入っていないのか、にゃんこに鼻チューされた、と幸せそうに笑ってる。ジルさんは、ぐぬぬ、と悔しそうにミレラを見ていた。どさくさに紛れて、ニッツァがカナエさんに撫でてもらってる。よかったねニー、とデメトリがジルさんの肩でのんびりと目を細めていた。


 そんなこんなで、男の子たちは限界を迎えたジルさんに纏めて抱えられて部屋から追い出されてしまう。私とミレラだけが、カナエさんのところに残された。私は耳を動かして、部屋の外の声を拾う。


「ジル兄ちゃんって、イルマ姉ちゃん以上に大人げねぇのな。イルマ姉ちゃんより大人なのにさ」


「おいら、カナエお姉ちゃんにもっと撫でてもらいたかったんだけど」


「狭量な男性は嫌われますよ、ジル兄さん」


「……りこん?」


 非難轟々だ。それにニッツァ、何で離婚なんて知ってるんだ。誰に教えられたんだ、そんなこと。


「聞こえるの、イルマちゃん?」


 私とミレラを撫でながら、こっそりとカナエさんが聞いてくる。私はヘソ天したまま頷いた。


「うん、ちょっとだけね。みんな、ジルさんに文句言ってるよ」


「ジルってば、子供相手に全くもう」


 呆れたように言いながら、それでもカナエさんはどこか嬉しそうに笑ってる。ミレラも私と同じようにヘソ天しながら、首を傾げた。


「ああいうの、束縛っていうんでしょ。窮屈じゃないの?」


「んー……、ふふふ」


 カナエさんは意味深に笑って、ミレラの喉元を撫でる。ミレラは前足でカナエさんの手にじゃれながら、不思議そうに彼女を見上げた。


「それだけ大事にされてるんだなって思うと、むしろ幸せっていうか、ね」


 おお、のろけか。


「幸せなの?」


「そう。幸せなの」


 くすくすと笑うカナエさんに、ミレラは首を傾げる。


「ジルさんは嫁バカで、カナエさんは旦那バカだからちょうどいいんだよ、ミレラ」


 私の言葉にカナエさんはビシッと固まって、ミレラは納得したようなよく分かっていないような顔をした。詳しく説明はできない。まだ、ミレラに聞かせるには早い話だ。

 私は、外からの音を拾って、体を起こす。どうしたのかと私を見ているミレラも、鼻で突いて体を起こさせた。ジルさんは男の子たちを着替えさせて、それぞれ家に送ってきたようだ。少しずつ、子供たちの親や祖父母も悪魔の人たちを受け入れている。こうやって悪魔の二人と遊んでいても何も言われない程度には、認識が変わってきたのだと思いたい。


「イルマ、ミレラ。そろそろ帰るといい」


「うん、カナエさんが疲れちゃうもんね」


 聞き分けよく、私はカナエさんのベッドから降りた。ミレラはまだカナエさんの元にいたそうにしていたけれど、問答無用でジルさんに首根っこを掴まれてしまう。


 私は二人に別れの挨拶を済ませて、自宅に向かいながら思う。


 こういうのって、お利口にしてた方が長くいい思いが出来るのよね。ジルさんは特に、独占欲が強いみたいだし。まだまだ子供ね、と微笑むと、私は服を羽織りながら獣化を解いて家に入るのだった。

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