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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の隣人編
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113.悪魔の暗躍

【ダイスケ】


 オレは、花びらの無数に舞う中、消えていったジラルダークの姿を見送っていた。完全にジラルダークの気配が消えたのを確認してから、軽く玉座へ歩み寄る。何歩か歩いて振り向けば、怒り狂う精霊に圧倒される野郎どもの姿が見渡せた。ごほん、とわざとらしく咳払いをして、一瞬精霊の王に目配せをする。うわ、ガチで怒ってるな、こりゃ。


「話を戻そう。陛下と御台様の訪れていた村では、ニンゲンと我々が順調に交流されておったでござる」


「何か、私たちには足りなかったとおっしゃいますの?」


 素知らぬ顔で、エミリエンヌがオレに尋ねてくる。精霊サマが怒り狂った時はどうなることかと思ったが、まだ軌道修正可能な範囲だ。


「左様。大雑把に言うと、弱さが足りぬでござるよ」


 オレの言葉に、悪魔の民だけじゃなく魔神もざわつく。そりゃそうだよな。オレたちは、ニンゲンのせいで力を付けざるをえなかった。こんな理不尽なことがあるか。


「我らに、力を捨てよとおっしゃるか」


 反応したのはグステルフだった。オレの答え次第ではぶった切ってやるって面構えだ。仲間割れしてどうすんだよ、馬鹿野郎。


「さて、そうなるやも知れんし、そうならないやも知れん」


「勿体ぶらないでくださいよ、領主殿」


 アロイジアが苦笑い混じりに言う。表情を隠してるつもりだろうが、目の奥が笑ってねぇな、コイツ。諜報にいるんだ、人を騙すのは得意でも、人に翻弄されるのは苦手らしい。


「先程の精霊殿の言葉を覚えてはござらんか。本心を隠す者に、心は開けぬ。こちらより歩み寄らねば、永遠に歩み寄れぬ。我らのような武力も、知略も持たぬ御台様は、力無きままにアサギナの獣と向き合ったのでござろうよ」


「力がなければ警戒されにくい、ということですか?」


 イネスが尋ねてくる。まあ、それも一理あるな。弱いものと認識されれば、警戒はされにくい。だが。


「それだけでは、他の村と同じ顛末になろう。格下と認識されるのではござらんか?」


「それは……」


 イネスが俯く。こう、口で説明するのはどうにも難しいんだよな。そのために一芝居打ってみたんだが、さて、どんだけの奴が分かるのか。


「悪魔の仲間に対するように、ということでしょうか」


 ベーゼアが、ぽつりと呟いた。さすがに、夏苗ちゃんのそばにいただけはあるな。普段の夏苗ちゃんの様子と、村での様子を重ねてみたのか。


「御台様は、垣根を作らぬ。力も、何も使わずに、御身一つで飛び込んでいかれておったでござるよ」


「しかし……、それでは……、危険が過ぎる、でしょう……?」


 ヴラチスラフが、長い髪の間からオレを見てくる。ぎょろぎょろと髪の隙間から覗く目は、心霊特集の番組でも見てるみてぇな光景だ。


「左様。であるからして、力を捨てているようで、強さは捨てておらんのでござる」


「奥方様が……?」


「傷つけられる覚悟でござるよ。御台様は、御心を強く保っておられた。貶されようと拒絶されようと、受け入れ、許す。そこで諦めるのではなく、自身の理解も求め続ける」


 どう貶されようが、いつ理解されようが、夏苗ちゃんは仲良くなれたと感じるまで歩んだだろう。ちょいと、こっちの都合で可哀想な目に合わせちまったが、色ボケ魔王が上手くやる、と思う。うん、多分、精霊の怒りは夏苗ちゃんを可哀想な目に合わせたことに向いてんだよな。ジラルダークだけじゃなく、オレにも向いてる気がする。

 いつか、不安に思ってたことがここで的中するとはな。世界をぶっ飛ばされるほどの境遇を嘆かない強さは、要は夏苗ちゃんなりの防衛反応だったってことだ。気付いてやれなかったのは、ただただ申し訳ないと思う。オティーリエの騒動で、幼少時からその傾向があったとオレたちは気付けたはずなんだからな。


「もう、悪魔は逃げ回るだけでも、守るだけでもあってはならぬのでござる。かといって、力をもってして踏み躙っても、拒絶しても立ち行かぬ。アサギナは、陛下の元に下った。時代は、動き出したのでござるよ」


 本当に申し訳ないが、今のオレは、国の一領主としての役割を優先させてもらう。その分、夏苗ちゃんの旦那に、旦那としての役割を果たしてもらおう。


「……今宵はもう、夜も深い。各々、よく自分の胸の内と相談召されよ」


 オレの言葉に、魔神も、民も、考え込むように俯いた。家へ帰る者はトパッティオが飛ばし、城内にとどまる者はエミリエンヌが案内をして、謁見の間に残るのはオレと精霊の王だけになった。


 精霊の王は、不機嫌そうな無表情でオレを見ている。んー、精霊の王にブチギレられたら、ジラルダークのように無傷ってわけにはいかないよなぁ。


「あー、夏苗ちゃんの様子は?」


「……沼の淵で、悪魔の王が引き戻したわ」


 精霊の王の答えに、オレはほっと息をついた。ここから先、アサギナとの友好関係を築くには夏苗ちゃんの存在が必要不可欠になってくる。ま、こっちの都合だけじゃなく、オレ個人としても、夏苗ちゃんには元気ハツラツでいてほしいしな。


「愛されし子は、不満を溜め込んでしまうから、吐き出す機会は必要よ」


「オレとしちゃ、もうちょっと穏便な夫婦喧嘩をさせたかったんだけどな」


「喧嘩……、わたしは、あの人と喧嘩なんてしたことがなかったわ」


 ふんわりと宙に浮いて、精霊の王は遠い目をした。コイツは、フェンチスの宰相とデキてたんだっけか。言い方は悪いが、体よく利用されてたんだろう。まあ、人間関係で損得勘定が絡まない方が稀か。


「喧嘩するほど仲がいいってのもあれば、雨降って地固まるってのもある。ちっとばかし、うちの魔王は重たいけどな」


「それでも、愛されし子が安堵しているからいいわ。悪魔の王がそばにいれば、愛されし子は心の底から安心するのよ」


「……夏苗ちゃんの包容力に脱帽だぜ」


 悪魔たちをニンゲンの中に置けば、馴染めずに問題が起きると分かっていた。だからこそ、オレはジラルダークと夏苗ちゃんを巻き込んだ。精霊の王まで口説き落としてな。夏苗ちゃんは、オレが見てきた仲間たちの中でも群を抜いて環境変化に強い。適応力も中々のものだ。力も何もない分、ニンゲンに余計な警戒心を抱かせずにも済む。そんな彼女が、魔王であるジラルダークの妻なんだ。

 日本に生まれて、青春時代を日本で過ごしてきたオレにとっては、またとないチャンスだった。これが上手くいけばもう、オレたちはニンゲンを殺さなくても済む。のほほんと道を歩いていて、突然隣の奴が死ぬこともなくなる。何十、何百年と夢見てきた、遠い故郷に近付けるんだ。


「故郷への渇望ね。愛されし子と同郷でなければ、とても危険な子だわ」


「全部が全部、よかったとは思わないけどな。オレの考えを見透かした上でのってきたなら、精霊の王も同罪だろ」


「愛されし子は、何より平穏を望んでいるの。道が交わる限りは、わたしはあなたに何も言わないわ」


「そりゃあよかった」


 道が違えば、……ってのは、野暮か。夏苗ちゃんもオレも、悪魔の平穏を望んでる。そこは揺らがない。立場がちょいと違ってるだけだ。


「カナエ様のご様子はいかがですの?」


 謁見の間にいち早く戻ってきたのはエミリエンヌだった。いつものような人形の表情を浮かべていても、奥に隠している感情は笑えるほどに分かりやすい。


「ああ、問題ない。ダークが間に合ったみてぇだ」


「ここまで愛されし子を危険に晒すとは思わなかったけれど。愛されし子の心が凍っていく感覚は、二度と味わいたくないわ」


「カナエ様……」


 エミリエンヌは、胸元できつく手を握り締めた。心配と安心が混ざり合った顔を隠して、エミリエンヌはキリリとオレを見上げてくる。


「ダイスケの発案する計画は、毎度肝を冷やしますわね」


「上手くいったんだからいいじゃねぇか」


「上手くいくかどうかは、まだこれからでしょう」


 次いで、トパッティオが眼鏡を光らせながら戻ってきた。今回、アサギナの村に悪魔を送り込むと計画したのはオレだ。さすがに、国ごと巻き込む計画はオレだけじゃあフォローしきれねぇから、ますは精霊の王を巻き込んだ。ジラルダークが計画に乗ってきてからは、柔軟性の高いエミリエンヌとトパッティオも引っ張ってきた。失敗するわけにはいかない。悪魔たちに、ニンゲンとの接し方を実地で学ばせる、またとない機会だからだ。


「せめて、魔神の半分くらいは理解できると楽なんだけどなぁ」


「どうでしょうね。ベーゼア辺りは掴んだようですが、力を追うタイプの魔神は厳しいかもしれませんよ」


 トパッティオは軽く頭を振りながら言う。まあ、オレも同じような見解だ。夏苗ちゃんがうまい事モデルケースになってくれりゃいいんだが。


「普段、愛されし子に癒されている割に、理解できる子が少ないのね」


「自覚してねぇからな」


 夏苗ちゃん自身も、だ。数百年続いた王朝の、その頂点の后となった存在が自然体で接してくる。堅苦しくなる必要はないと夏苗ちゃんにも魔神にも言ったが、垣根を超えたのは夏苗ちゃんの方だ。


「ま、なるようになるだろ。少しでもうちの悪魔に手を出されようもんなら、国ごと消しちまえばいい」


 悪魔は力を持ち過ぎた。けど、あの時代に力がなければ殺されていた。チャンスは、今なんだ。強大な力を持った魔王がニンゲンに対して歩み寄ろうとし始め、万が一の場合に精霊の加護を受けられる魔王の后がニンゲンを受け入れようとしている。オレに出来るのは、一人でも多くのニンゲンに警戒心を解かせる、その後押しをすることだ。


 何年経とうと、何百年過ごそうと、人殺しなんざしたくないし、仲間にもそんなことしてほしくないんだよ、オレは。


 内心の必死さをおくびにも出さずに笑って見せる。


「そん時は、オレの妖刀が火を噴くぜ」


「自身に引火して勝手に燃えていなさい」


 素気無いトパッティオの言葉と、やれやれと肩を竦めるエミリエンヌに、オレはいつものように文句を垂れた。


 絶対に、平穏への足掛かりにしてみせる。鍵は、夏苗ちゃんだ。頼んだぞ。帰ってきたら、米でも味噌でも梅干しでも、好きなだけ食わせてやるからな。


 今頃、魔王陛下にしてやられてるだろう夏苗ちゃんに、オレは心の中で全力のエールを送るのだった。

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