小話7.魔王の激情
※12時、二回目の更新です。
★精霊の王にガチギレされてました
【ジラルダーク】
エミリエンヌから報告を受けて、俺は居城へ戻っていた。謁見の間には、アサギナで短期間ではあるが暮らした者たち、全ての魔神と今回のアサギナへの移住に携わっていたダイスケ、トパッティオ、それから、ヴァシュタルの教育をしたボータレイが揃っている。俺は玉座に腰かけると、顔を上げるように告げた。
「我のおらぬ間、随分と苦労をかけたな。村での暮らしは、苦痛であったか」
俺の言葉に、村で暮らしていた者たちは僅かながら動揺を見せる。報告では、悪魔たちはまず村に馴染めずにいたようだ。爪弾きにされたままではいけない、どうにか交流を持とうと仕事を引き受ければ、今度は奴隷のような扱いを受けた、と。そのまま、アサギナにいいように使われ消耗させられそうである村ばかりであったから、魔神たちで判断をして村から民を引き揚げさせた。
俺は、民に出来るだけ緊張させないよう注意を払いながら、順番に村での生活を聞いていく。魔神を介するよりも、実際に経験した彼らから話を聞きたかった。もしかしたら、と思う気持ちはある。だが、誰の口からも、魔神を介して報告を受けたような絶望の答えが返ってきた。
「わたくし共は、体のいい働き手と認識されておるようでございました」
全ての報告を聞き終えると、民の一人が声を上げる。複数人が、それに頷いた。確かに、アサギナはどこも働き手が不足している。カナエも俺も、率先して村の仕事を手伝っていた。だが、俺達は最低限、人としての扱いをされていたように思う。この差は、何だ。エミリエンヌの言う通り、カナエの力なのか。
確かに、カナエは環境に溶け込むのが上手い。人の垣根を上手く飛び越え、潜ることも得手としているように感じた。
「陛下、発言の許可を」
ダイスケが声を上げる。俺は、許すと短く答えた。この場では民もいるから特に俺へ許可を求めなくとも構わんが、数百年の間に繰り返された癖だろう。
「陛下と御台様の滞在していた村は、如何でござりましたか」
「……我が見るに、…………」
そう、俺が見た限りでは。
「順調である、と感じていた」
「して、どのような状況でござりましょうか」
ダイスケが、更に詰めて尋ねてきた。俺は、村での状況を端的に説明する。隣人とまず友好関係を結んだこと。隣人を介して、村の仕事を補助したこと。村の子供たちと今、交流していること、だ。
「村の上層部には、まだ手が付けられておらん。だが、過ごし難く思う状況ではなかった」
「過ごしやすいとは、どのような?」
ダイスケにしては珍しい。随分と細かく突いてくるな。どう過ごしやすいか、か。そうだな。
「気負うことなく、一人の民として后と共に過ごしていた」
魔王として絶対的強者を演じる必要もなければ、悪魔としてニンゲンを排除するでもない。カナエの夫として、ただ村での平穏な生活を送っていた。これはさすがに、民の前では言わないが。俺の返答に、ダイスケは然りと頷いてみせた。
「何を悠長に!愚かだわ、本当に、愚かしい!」
刹那、むせかえるような花の香りが謁見の間を包む。俺は玉座に腰かけたまま、花の香りの元凶を睨んだ。魔神たちは、各々に抜刀して構えている。
「何用か、精霊の」
カナエが呼んだとは思えんが、現れるなり罵倒される筋合いもない。視線の先、精霊の王は珍しく赤い気配を纏いながら花弁を散らしていた。
「本心を隠す者に、どうして心を開くと思うの!歩み寄らせるのではなく、歩み寄るのではないの!いい加減、そう覚悟したのではないの!愛されし子があれだけ悪魔の王に見せたのに、どうして分からないの!」
激昂しながら、精霊の王は俺へ向かって腕を向ける。激情のままに襲い来る花弁を、俺は魔法の防壁でいなした。グステルフが間に入ろうとしたが、片手で制する。
「わたしの力に頼らない、両の手に力を持たぬ愛されし子は、弱いまま獣の子たちに向き合ったわ。だからこそ、悪魔の王がいた村は平和だったのよ!」
精霊の王の激昂に、俺は目を見開いた。精霊の王は、俺の様子を意に介すことなく、今度はふわりと宙へ手を伸ばす。花弁を散らして、何度も何度も首を振った。
「愛されし子、駄目よ……!愛されし子の力が足りないせいじゃないの!ああ、駄目、愛されし子の心が閉じていく……!冷たい沼に沈んでいく!駄目よ、そちらへ行ってはいけないわ、愛されし子!」
精霊の王が、天を仰いで嘆く。もがくように伸ばされた腕が、空を掻いて花弁が乱れ舞った。
……今、こいつは何と言った?
俺は、玉座から腰を浮かせた。カナエに何があった?だが、この場を動くわけにはいかぬ。ああ、カナエの様子を見なければ。
「陛下、御台様の危機にござろう!急ぎ、向かわれよ!」
「こちらは私とジャパン領主殿で収めます。陛下、御后様の元へ!」
遠視をしている場合ではないと、二人が言う。飛ぶべきかと逡巡して、俺は全身に力を込めた。早くと叫ぶダイスケとトパッティオの声に後押しされて、俺はカナエの元へ飛ぶ。
「愛されし子を一人、置き去りにするから悪いのよ。愛しい妻だとその口で言うのならば、片時も離してはいけないわ」
精霊の声が、脳裏に響いた。答える間もなく飛んだ先、俺の目の前に横たわっていたのは、ただ一人で身を震わせて、周りを、俺を、何もかもを拒絶するカナエの姿だった。
必死に縋りついて、強引に引き留めて、逃がさぬようにカナエを腕の檻へと閉じ込める。一人で立つと、……つまりは俺はいらぬと告げる彼女の声が、俺の心に突き刺さった。一人で立たなければならないと、カナエに決心させてしまった俺自身が恨めしい。
立たせはしない。堕ち往くならば、俺と同じ場所へ堕ちてくれ。
逃がさぬように縋って、只管にどろどろと濁った愛情を注いで、それでもなお、俺を突き飛ばしもしない彼女が愛おしい。負担になっているのは俺の方だろうに、やさしい彼女は気付かない。俺に囚われなければ、こうして苦しむこともなかったろうに。
「カナエ、愛している……。どうか、永久に俺のそばにいてくれ」
辛うじて引き寄せた彼女の肢体を抱いて、俺は愚かな願いを繰り返す。俺の負担になりたくない、俺の役に立ちたいと可愛らしい願い事を繰り返すカナエに、俺は身の内に燻る熱を吐き出した。
疲れ果てて眠るカナエを腕に抱きながら、俺は決意する。あまり彼女に知らせたくはなかったが、それ以上にカナエを失いたくはないのだ。
「……迷惑をかけたな、精霊の」
「次はないわ、悪魔の王」
微かに聞こえた声は、どこか花の香りを纏っていた。