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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
悪魔の隣人編
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109.異国の悪魔

 メイヴに半ば誘導される形でアサギナの地方の村に移住して数日。村での生活にも、ジラルダークとの完全な二人暮らしにも慣れてきたところだ。まあ、ご近所にヴァシュタルとベーゼア、それからアロイジアさんが住んでるんだけどね。元々、この世界に来た時に村での暮らしは経験してるから、何とも懐かしい気持ちになる。


「こっち、運んどくね」


「ああ、頼む」


 それに何より、ジラルダークの手料理が食べられるのが嬉しかった。悪魔城だと、こんな機会ないもんね。香草サラダの大皿をダイニングに運んで、私はキッチンへ視線を向ける。裾をたすきで括ったジラルダークが、真剣な表情でフライパンを振っていた。その姿に、胸の奥が疼く。ギャップ萌えというか、意外な一面に悶えるというか。まさか、魔王様が料理するだなんて、悪魔の人たちも思うまい。


「ジル、料理上手いねぇ」


「カナエには敵わん。俺が作れるものも、そう多くないからな」


 とことこと彼の横に戻ると、ジラルダークがフライパンから炒め終わった野菜をお皿に移していた。横の大鍋では、ジラルダークの世界の郷土料理だというお肉のスープがコトコトと煮えている。そのどっちも美味しいっていうのは、ここへきて二日目に知っていた。うぐぐ。野菜炒め、つまみ食いしたい。


「ククッ……、ほら、カナエ?」


 物欲しそうな目で見てたからか、ジラルダークが菜箸で野菜炒めを摘まんでくれた。あーんと口を開けて遠慮なく頂くと、口の中いっぱいに香ばしくて甘辛い風味が広がる。そのまま、シャキシャキの野菜を噛み締めた。うん、美味しい!


「んふふ、幸せー!」


 もぐもぐと味わってたら、急に視界が暗くなる。驚いて目を見開くと、ものすごい近くにジラルダークの顔があった。

 そのまま、ちゅ、ちゅ、と何度か軽くキスをされる。啄むようなキスの後、ジラルダークは目を細めて笑って見せた。あ、これは止めないといけないやつだ。夕飯食べれるのが延びるやつだ……!


「す、ストップ!ご飯!ご飯が先!」


「後でもう一度温め直せばいいだろう?腕輪を外せば、魔法でどうとでもなる」


「うぐっ……、で、でも、せっかくのジルの料理だもん、出来立て食べたい……」


 ジラルダークを説得してる間にも、逃げられないように抱き締められて耳元やらこめかみやらにキスを落とされる。ジラルダークの唇から漏れる吐息が、私の髪を揺らした。熱くなった頬っぺたのままにジラルダークを睨んでも、彼にはちっとも効かない。

 煮込んでいた鍋の火を止めだしたジラルダークに、私はせめてもの抵抗で首を振ってみせた。彼の服を握り締めても、嬉しそうに微笑み返されるだけだ。


「ジル、ジル……だめ」


「これは新婚の夫婦でのみ行く旅なのだろう?ならば、思う存分愛しい妻と睦みあわねばな」


 分かってる。ジラルダークを、本気で拒めるはずもないんだ。だからもう、あとは……。


 私は、ジルの左腕についてる腕輪に触れた。少し力を込めると、それはするりとジラルダークの腕から抜けていく。アサギナのニンゲンが怖がらないようにと、ジラルダークの魔力を抑えやすくする腕輪。ホラー研究会の三人が発明した腕輪だ。魔力の気配を消すのが苦手な魔王様のための腕輪は、何があってもいいように簡単に外れるようになってる。ちなみに、この家自体も魔王様の魔力を漏らさないように特殊な木材で作られていた。


「声……、聞かれちゃうから……」


「ああ、お前の艶やかな声は、俺だけのものだ」


 ジラルダークの魔力を抑える腕輪を外して、家に防音の結界を張る。つまりそれは、私からの、いいよって合図でもあって……。ああ、そんな合図ができるくらいに、アサギナにきてからしてるのかって思うと、頭が沸騰しそうになる。けど、嬉しそうに、本当に愛しそうに目を細めて笑うジラルダークに、抵抗なんてできるはずもなくて……。


 結局、私がジラルダークの手料理にありつけたのは、とっぷりと日が暮れた頃だった。



◆◇◆◇◆◇



 カーテンから注ぐ朝日に、ゆったりと意識が浮上する。隣に当り前のようにある温もりに鼻先を擦り寄せると、静かに笑う声が降ってきた。よしよしと頭を撫でてくる大きな手が心地よくて、また意識が遠のきそうになる。


「んん……、ジル……おはよ」


「おはよう、カナエ」


 一度、ぎゅっとジラルダークの体に抱き着いてから、もぞもぞと体を起こした。いかんいかん、二度寝の誘惑に負けちゃダメだ。朝ご飯を作らないと。ベッドに腰かけて上半身を伸ばすと、追うようにジラルダークも体を起こした。


「もう少し寝ていても構わないぞ?」


 腰のあたりを抱かれて、背中がジラルダークの胸とくっつく。ほんのり暖かい体温に、飛ばし損ねた眠気がよみがえってきた。


「甘やかしちゃダメでしょ、旦那様?」


「ふふっ、愛しい我が妻と微睡むのも、新婚旅行の特権だと思うがな」


 ちゅ、とこめかみにジラルダークの唇が触れる。少し体を捻って振り向いて、私は寝乱れたジラルダークの髪を撫でた。


「だーめ。朝ご飯作らないと。ジルはもうちょっと寝ててもいいよ」


 ジラルダークは私の言葉に首を振って、肩を抱いてくる。甘えるように頬っぺたを擦り合わせてくるジラルダークに、私はくすぐったくて笑った。ほら、起きるよとジラルダークを促すと、渋々と言った様子で彼の腕が離れた。


 ボータレイさんが誂えてくれた民族衣装みたいな服に着替えて、私はキッチンに向かう。カルガモの親子のように、ジラルダークもくっついてきた。ボータレイさんの生まれ故郷の民族衣装って言ってたけど、ジラルダークが着ると魔王様感が薄れるね。どっかの部族の長みたいだ。長い黒髪だからか、余計にそう見える。


「朝食は何を作る?」


「んー、タルトに使ったチーズが余ってるから、ハムエッグトーストにでもしようかな。ジル、食べれる?」


「ああ、お前が作る物ならば、何でも」


 こ、この嫁バカめ。むしろお前を食べたいが、って何言ってるんだ。ちょ、朝からいやらしい雰囲気醸し出すな!スカート捲るんじゃない!


「ま、待て、だめ、ステイ!大人しくご飯できるの待ちなさい!今日は朝からおチビちゃんたちが来るんだからね!」


 べしべしとジラルダークの腕を叩くと、お口をへの字に曲げた魔王様が不服そうに鼻を鳴らした。ご機嫌斜めの魔王様をキッチンから追い出してダイニングの椅子に座らせると、私は貯蔵庫に向かう。魔法でできた扉をくぐれば、魔方陣を組み込んだ冷蔵庫の置かれた部屋に繋がった。これは、大介くんの発明品だ。任意の場所に繋がるドアだって言ってた。本当にそのうち、青いタヌキの便利道具を作り上げるんじゃなかろうかと思う。


「ハムと、卵と、チーズ……、ああ、そうだ、水筒にお茶も入れとこう」


「カナエ様、何かお手伝い出来ることはございませんか?」


 ひょいひょいと材料を取り出していたら、不意に後ろから声をかけられた。ベーゼアだ。アサギナのモノキ村では近所にアロイジアさんと一緒に住んでる。貯蔵庫は共有で使ってるから、もしかしたら私が来るのを待ってたのかもしれない。


「ううん、大丈夫だよ。ありがとね、ベーゼア」


 うんうん、ベーゼアも民族衣装似合うなぁ。色っぽさはそのままに、ボンデージとは違う清楚さもプラスされた大人のデキる女性って感じだ。


「あ、二人も一緒に朝ご飯食べる?」


「いえ、それはなりません」


 私の提案に、ベーゼアは即座に首を振る。お邪魔は決して致しません、と頑なに断られてしまった。


「カナエ、手は足りているか?」


 すぐにキッチンへ戻らなかったからか、待てをしてたはずのジラルダークが、貯蔵庫に顔を出す。魔王様もベーゼアも心配性だなぁ。


「大丈夫だよ、みんな私を甘やかしすぎ」


「では、私は家へ戻ります。何かございましたらお呼びください」


 ベーゼアはぺこりと頭を下げて、貯蔵庫を出ていった。ジラルダークは、私が抱えていた食材をさらりと取り上げると、私の顔を覗き込んでくる。


「他には何を運ぶ?」


「パンと水筒とお茶!」


 腹いせに、むにっと至近距離にあるジラルダークの頬っぺたを摘まんでやった。ジラルダークはくすぐったそうに笑うばかりで、ちっとも堪えた様子はない。私の伝えた材料を追加で抱えて、ついでに私の額にキスを落とした。ちくしょうめ。


「早く朝ご飯にしよ!ぐずぐずしてたらイルマちゃんたちが来ちゃうもん」


「ふふっ、そうだな」


 ぐいぐいとジラルダークを押して、私たちも貯蔵庫から出た。ジラルダークは楽しそうに笑いながら、私に押されるがままキッチンに向かう。キッチンに並べられた材料をそれぞれ割ったり切ったりして朝食の準備をしていたら、外から元気な声が聞こえてきた。


「随分と早いな」


「そりゃだって、中々ないイベントだもん。楽しみで早く来ちゃうよ」


「イルマが止めているようだが、招き入れるか?」


 ジラルダークは、指先を光らせて顎に当ててる。多分、様子を見てるんだろう。遠くを見る程度の魔法だったら、腕輪をしたままでも使えるらしかった。


「うん、その間にご飯作っちゃうね」


「すまない、頼む」


 頷いたジラルダークは、玄関へ向かう前に私の頬っぺたにキスを落としていく。ジラルダークにキスされるのは慣れてきたとはいえ、やっぱり顔が赤くなっちゃうし、恥ずかしい。照れ隠しに睨むと、ジラルダークは目を細めてやわらかく微笑んだ。


「では、行ってくる」


「うぐ……、いってらっしゃい」


 見送ると、ジラルダークは名残惜しそうに私の方を振り向いてからキッチンを出ていく。甘々の新婚っぽくて、どうにもむず痒い。いや、新婚なんだけどね。

 おっといけない、ご飯作っちゃわないと。フライパンでパンを炙りつつ、もう一個のフライパンでハムと卵を焼く。どっちも焼き色が付いたら、パンにマヨネーズとチーズを敷いてハムと目玉焼きを乗せた。


「ウマそーなにおいだ!」


「まあ、随分とのんびりなのね!」


「おいら、お腹空いてきた……」


「すみません、食事中に押しかけてしまって」


「……おはよ……」


 わいわいと雪崩れ込んでくる子供たちに、私はキッチンから顔を覗かせて笑う。


「いらっしゃい。ちょっと待ってね。すぐにご飯済ませて、畑に行こう」


 さあ、今日も一日楽しくなりそうだ。


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