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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
魔王の災厄編
102/184

97.魔王の過去1

【ジラルダーク】


 カナエの寝息を胸に抱きながら、俺は浅い眠りを繰り返していた。ここ暫くニンゲンに関わったせいか、国が成る前の地獄を夢に見る。早くなる呼吸を無理矢理抑え込んで、俺は長く息を吐いた。安らかに眠るカナエの柔らかな髪に顔を埋めて、きつく目を閉じる。

 ここはもう、あの地獄ではない。俺が守る、安全な国だ。もう、誰一人死なせやしない。ただひたすらに、俺は闇の中でそう言い聞かせた。



◆◇◆◇◆◇



 見ず知らずの世界にきて10年。人々から悪魔と呼ばれ貶され、殺されぬように逃げながら、俺たちは世界の片隅で細々と生きていた。この世界が何なのか、俺たちはどうなってしまったのか、分からないままにただ時間だけが過ぎていく。


「ダーク、まだ起きてるんですか?明日は海沿いを北上してみるのでしょう?少しは休まれてはどうですか」


「ん?ああ、まだ眠れそうになくてな」


 焚火を見つめながらぼんやりしていた俺に、サエオラが話しかけてきた。彼女の後ろから、フォンがカップと鉄のボトルを手に近付いてくる。


「温かいブランデーだよ、飲むといい」


「ああ、すまない」


 フォンから差し出されたカップを受け取って、俺は口を付ける。ふわりと漂う果実の香りと鼻に抜けるアルコールに、ほっと息を吐いた。俺がブランデーを味わっている間に、サエオラとフォンは俺の向かいへと腰を下ろす。

 ダイスケとボータレイに合流した後、俺たち四人は同じように別の世界から飛ばされてくる人々を集めて行動していた。とはいえ、ダイスケのように魔法を使えぬ者もいる。この10年で仲間になったのは、増減を繰り返して三十人にも満たない人数だった。


 ダイスケの提案する方法で仲間を募ってみたり、襲い来るこの世界の人間から奪った簡素な地図を頼りに辺りを彷徨ってみたりとしている。だが、未だに元の世界に戻る方法はおろか、安心して根を下ろせる場所すら見出せなかった。当て所のない地獄。口にこそしないが、この世界は地獄なのだと、俺はそう感じていた。


 父上と母上は、今頃どうしているだろうか。俺の参加していた戦争は、どうなっただろうか。あちらでも同じだけ時間が過ぎているならば、もう俺の弟が国王として即位しただろうか。もしかして、敗戦国にでもなってやしないだろうか。

 この地獄に放り出されてからこちら、俺は年も取らない奇妙な肉体になっている。こちらで過ぎた年月は、几帳面にもトパッティオが数えていた。その年月の割に、俺の体は衰えない。髪の毛や爪すら伸びない。もう、ここにいる俺は死んでいるのだろうか。死後の世界であるならば、今ここで行動する何もかもが無駄ではないのか。けれども、腹は減るし、眠らずに活動もし続けられない。今以上に衰えも成長もしないのに、俺たちは意味の分からないまま生きている。


 考えれば考えるほど喉の奥に溜まっていく感情を、俺は素知らぬふりをして温かいブランデーで流した。


「眠れないってことは、今、向かってる場所が不安なのかな?」


 焚き木の炎に、フォンの穏やかな表情が揺らめいて映る。俺は無理矢理口元を吊り上げて頷いた。フォンは、ダイスケたちよりも後にこの世界へ飛ばされてきた男だ。肉体の年齢が俺やトパッティオに近いせいもあってか、こうしてよく気にかけてくれている。

 フォンの横に腰を下ろしているサエオラは、ダイスケと同じ位の年齢であるはずなのだが、ダイスケよりも大人びた印象を与える女性だった。フォンと気が合うらしく、よく行動を共にしている。


「そうかもしれないな。向かう先にいる人が、今までの国の人々とは違って話の一つも出来るといいのだが」


「これから向かう国の人とは接触したことがないですからね。私たちのような人の集落か、せめて話ができる人がいればありがたいです」


 サエオラの言葉に、俺は頷いた。これまで周辺の仲間を集めるために山間部を中心として動き回っていたお陰か、食料は何とか確保出来ている。住居は簡易であるが、ダイスケの発案した水を弾く布の天幕で都度拵えていた。この世界の国の在り様も、戦い殺した人々の荷物から朧気に把握している。もうすぐ、今まで俺たちを迫害していた人が住んでいる国とは別の国に辿り着けるのだ。

 順調にも思えるが、しかし、さすがに魔法で補ったところで細々とした日用品はどうにもならない。仲間の大半が魔法を使えないのだ。今いる仲間の中では俺が最も魔法の扱いに長けているが、俺の魔力にも限界がある。俺たちが元の世界に戻れずとも真っ当に生きていくために、この世界の人と交流をしたかった。


 だが、味方になってくれる人がどこにいるのか分からない。当て所のない旅は、真綿で首を絞めるようにじわじわと俺たちを蝕んでいた。味方がいないとしてもせめて、帰る方法の、手掛かりとなる一欠片でも手に入れられれば……。


 そうすれば、絶望のまま自らの命を絶つ仲間を止められるかもしれないのに。今の俺たちでは、自害する仲間を、その選択を止められない。止めたところで、目の前に横たわるのは光のない絶望なのだから。

 死なずにいつまで続くか分からない地獄の中、耐えて苦しめなどと俺には言えない。実際、俺自身もその選択が過ぎらなかったわけではなかった。


「また難しい顔をしているよ、ダーク」


 フォンが、俺と同じようにカップに注がれたブランデーを飲みながら笑う。俺は、苦笑いを浮かべて首を振った。


「こうも静かな夜だと、どうにも考えてしまってな」


「考えるのは、この世界に殺された人たちのことかな?それとも、自ら死んでいった人たちのことかい?」


 そのものずばりと言い当てられて、俺は喉を鳴らして笑う。


「フォンは占い師だったか」


「そんなわけあるか。ダークが分かりやすいんだよ。こういうのって案外、ダイスケの方が分かりにくいんだよ」


「ダイスケも、フォンには言われたくないと思いますけどね」


 両手でカップを抱えて口元に寄せるサエオラが、ちくりと言った。全くだと頷くと、フォンは酷いなぁと笑いながら肩を竦める。


「僕は、死んだ仲間も死のうとする仲間も、どっちにしろダークが背負うことはないと思うけどね。この世界へ来たのは誰のせいでもないけれど、その後の行動は自分で考えて選んだものだよ」


「だが、仲間として差し伸べられるものもあっただろう」


「こっちにも余裕があれば、そりゃあね。僕たちは保護者じゃない。僕だってダークだって、自分がまず生きることを考えなきゃいけない。第一に考える権利があるんだよ。自分可愛さに逃げようが責任を投げ出そうが、生きてなきゃ責められようもないからね」


「誰に責められなくとも、自身の良心に悖ることもあるでしょう。ダークと違って良心の欠片もないフォンには分からないかもしれませんが」


 サエオラに横目で睨まれて、フォンは軽く笑った。俺は、二人のやり取りを見ながらブランデーを喉に流す。


「そりゃ良心は僕にだってあるよ。ダークが死んでいった彼らの思いを背負うというなら、僕はそれはそれでいいと思う。それもダークの選択だからね。ダークが守ってあげるといい。僕には出来そうにないけど、ダークならもしかしたら出来るかもしれないよ」


「偉そうに回りくどく言ってますけどそれ、結局はどっちでもいいって話じゃないですか」


「あ、ばれた?」


 あははは、とフォンは愉快そうに笑った。かこん、とカップの底でサエオラがフォンの頭を小突く。一つ息をついて、サエオラが俺に視線を向けた。


「あまり思い詰めないでくださいね、ダーク。今の私たちに希望は見えませんけれど、絶対にないと決まったわけでもありませんから」


「ああ、すまないな」


 余程酷い顔をしていたのだろうか、サエオラにまで気遣われてしまった。サエオラはカップに残っていたブランデーを豪快に飲み干すと、空になったそれをフォンに渡す。


「私はそろそろ休みます。二人とも、寝坊は厳禁ですよ」


 サエオラの言葉に頷く俺たちを確認して、彼女は女性用のテントの中へ入っていった。入れ替わるように、男性用のテントからダイスケが顔を出す。まだ寝ていなかったようだ。ここからの声が聞こえるほど近くはないから、サエオラの足音にでも反応したのだろう。

 ふわふわと欠伸をしながら、ダイスケは先程までサエオラが座っていたところに腰を下ろす。フォンは魔法でカップを洗うと、脇に置いていた鉄のボトルからまだ湯気の立つブランデーを注いだ。


「はい、どうぞ」


「おー、サンキュ。つか、お前ら何してんの?あ、もしかしてオレ邪魔だった?」


 フォンからカップを受け取って、ダイスケはにんまりと口元を吊り上げる。幼さの残る笑みに、俺は苦笑いを浮かべた。


「眠れずにいただけだ。邪魔も何もあるか」


「そりゃ失礼。お、これうめぇな」


 ふーふーと息を吹きかけながら、ダイスケがブランデーを飲む。俺のカップに注がれたものとは違うのではないかと錯覚するほど旨そうに飲むダイスケの様子に、フォンは嬉し気に笑った。


「ダイスケ、中の皆はまだ起きてる?」


「ん?ああ、男の方は、ユーグ以外そこそこ起きてるぞ」


「そっか。じゃあ、これ配ってこようかな」


「おお、チビに強請られないように静かにいけよ」


 フォンはダイスケの言葉に静かに笑いながら、ブランデーの入ったポットを持って男性用のテントへ向かう。俺は少し冷めたブランデーを飲みながら、何とはなしにフォンを見送った。フォンがテントに入り込む辺りで、ダイスケが声を潜めて言う。


「フォンも心配性だよなぁ。ダークが女っ気ねぇとはいえ、人の彼女には手ェ出さねぇって分かるだろ。ダークも言ってやったらどうだ?」


「彼女?」


 人の彼女、とは誰のことだ。そう思って首を傾げると、ダイスケが一拍置いて、うわあと呟きながら顔を歪める。何だというのか。分からずに眉間のしわを寄せた俺を、ダイスケが呆れたように一蹴した。


「サエオラだよ、サエオラ。もしかして、マジで気付いてなかったのか?モロに付き合ってんだろ、フォンとサエオラ」


「……仲がいいとは、思っていた」


 俺は、全く気付いていなかったとは言えずにそう答える。ダイスケは今度はあちゃあと言いながら頭を抱えた。器用な奴だ。


「どんだけ純粋培養だよ、お前。元の世界じゃオレより年上だったんだろ?女の子と付き合ったこととかなかったのか?」


「国の決めた伴侶はいたが、俺の国は戦時中だった。あまり会ったことはなかったな」


「うお、さすが王子様。はーあ、オレも可愛い彼女が欲しいぜ」


 温かいブランデーを飲みながら、ダイスケが管を巻く。女性からは随分と可愛がられているように思うが、ああ、そうか。


「お前にはボータレイがいるからか」


「次言ったら殴るぞ、ダーク」


 途端に苦虫を噛み潰したような表情になるダイスケに、俺は意趣返しが上手くいったのだと笑った。国に残してきた弟たちは、もうダイスケよりも成長してしまっただろうか。それともあの日のまま、俺の想う世界は変わっていないのだろうか。


 焚火を挟んで他愛もない話を交わしながら、俺はぼんやりとそんなことを考えた。

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