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悪魔の王のお嫁様  作者: 塩野谷 夜人
魔王の災厄編
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96.人間の傲慢

【ヴァシュタル】


 魔王がアサギナから去ったその日、俺は大広間にアサギナの町の長たちを集めていた。エミリエンヌとボータレイには席を外してもらっている。彼女たちを外した理由は、二つあった。悪魔側の者がいるとアサギナの奴らは本音を言わないだろうというのが一つ。もう一つは、世話になった二人に人間の醜い一面を見せたくなかったのだ。

 大広間に誂えられた長机の上座に、俺は座っている。ルベルトに隣へ座るよう言ったが、彼はそれを固辞した。従者のように俺の背後に立っている。長たちは、長机を囲むように座っていた。


「悪魔に魂だけでなく、わしらも売るつもりか!」


 長の一人が、俺に向かって唾を飛ばして言う。ルベルト以外のほとんどの奴が、そうだそうだと追従した。


「その悪魔に作ってもらった城で何を偉そうに叫ぶ」


 魔王であるジラルダークを真似して、俺は出来るだけ尊大に、尚且つ表情を動かさずに言う。長たちの表情を、順に目で追った。この話し合いで俺の持っていきたい方向を、常に頭の片隅に置いておく。


「今、いくつの町が悪魔からの物資で救われている?この場にいるお前たちの中で、悪魔から食糧も資材も受け取らなかった者は手を挙げてみろ」


「…………」


 俺の問いかけに、もちろん誰の手も挙がらない。そりゃそうだ。ただでさえ、王族は皆殺しにされ、戦に向かっていた兵士のほとんどは死んだ。ルベルトが生き残っていたのは奇跡に近い。後方支援の部隊を率いていたから、なのだろう。働き手は徴兵され、死んだ。年寄りと女子供のみが残された地が、今のアサギナだ。

 枯れ果てる国を、魔王率いる悪魔軍が救ったのだ。これは、純然たる事実である。数百年もの間、人間に迫害され、世界の隅に追いやられた彼らが、迫害し追いやった人間へ手を差し伸べた。何の見返りもなしに。


「むしろ、我々は悪魔に伏して礼を述べる立場であるのだぞ。魂の一つや二つ、喜んで差し出せばいい」


「貴様、それでもアサギナの王族か!」


 響く怒声に、俺は意識的に魔物の影を自分の体に纏わせる。俺の白い髪は、魔物の力に比例して黒く染まった。魔王が黒髪であるせいか、いいはったりになる。俺の持つ魔物の力なんて、澱みを渡るぐらいにしか使い道はないというのにな。


「そうだとも。我は女王の血を引く魔物の王子だ」


「ぬけぬけと……!」


「我を認められぬならば、何故魔王に言わなかった?魔物の子ではなく、自分こそがアサギナの民を率いると、魔王に宣言すればよかっただろう」


 睨んでくる奴らを、俺は無表情で見る。そもそも、だ。本当に俺を王族だと思っているならば、こうして面と向かって話すなど不敬も甚だしい。


「それに、王族であるなしに関わらず、魔王は希望者をアサギナの領主に据えると言っていたではないか。あの場にいて、忘れたとは言わせんぞ」


 魔王であるジラルダークは、あえて悪魔ではなくアサギナの人間の中から領主を選ぼうとしていた。人間のことは人間でどうにかしろ、と言いたいのだろう。エミリエンヌやボータレイ、それに王妃であるカナエが全幅の信頼を寄せる男は、何よりも悪魔のことを優先させる。当然だ。あいつは、悪魔たちの王であるのだから。

 だからこそ、アサギナの領主には人間の中でその器のあるものを据えようとしていた。俺が唯一生き残った女王の嫡子だから、他の人間よりは可能性があると見越して、わざわざエミリエンヌとボータレイをつけたのだろう。俺がジラルダークの思う領主になれないのであれば、すぐにでも挿げ替えられる。それだけは、確信をもって言えた。


「ああ、今からでも遅くはないだろう。魔王は存外、寛大な方だ。お前たちが睨んでも微笑むほどにな。我からも進言してやろう。遅ればせながらアサギナの領主になりたいと決意したものがいる、どうぞ我の代わりに据えてくれ、とな」


 言いながら、俺は椅子から腰を浮かせた。


「隣室に悪魔の客人を逗留させている。我が話をしてこよう」


「ま、待て。そういうわけじゃない」


「そうだ。お主が領主であることには別に文句はないんだ」


「ああ、ただ、わしたちはアサギナの矜持というものをだな……」


 口々に、皆が俺を止める。何て無様な。……とは、俺も言えないか。俺は、ジラルダークに拾われてから何度も逃げたんだ。アサギナの、女王の嫡子であること、その責任を考えずに俺は逃げていた。自覚はしたが、未だに俺は王族の何たるかを分かっちゃいない。


 それでも、今の俺にだってできることはある。


「王族云々ではなく、アサギナの民として、受けた恩を仇で返すわけにはいかぬ。帝国の侵略から逃れられたのは、少なくともアサギナの力ではない」


「だが、悪魔は帝国に攻められ弱っていた我が国を横取りしただけだろう」


「そうだな。それの何が悪い?」


 俺の言葉に、長たちが気色ばんだ。俺は浮かせていた腰を下ろして、もう一度長たちの顔を見回す。半数ほどが、俺の言葉を理解しているようだった。


「お前は祖国を失って、何も感じんのか!」


 凝り固まった思考は、こうも人を愚かにするのか。ボータレイの言葉が脳裏に過ぎる。思考を止めるな。思考を止めてしまえば、行くも戻るもならずに終わるだけだ。


「帝国に虐殺され、奴隷の道を歩みたかったか?魔王が介入した時点で、帝国を相手にする力も、ましてや魔王を相手にする力も、アサギナにはなかったのだぞ」


「お前が魔王に屈せず、アサギナの勇士を率いていればよかっただろう!」


「世迷言を。我は女王に囚われていた。八年の歳月を、地下牢で過ごしていた。そんな我に、お前は国運を賭けたか?」


 俺が地下牢から逃げ出した時点でアサギナの民に呼びかけたとして、果たして何人の民が追従したことか。忌み子の軍になど、誰も従わないだろう。


「だから、我はお前たちに問うているのだ。魔王に許しを得たとして、お前たちはこの忌み子である我に付き従うか?従わぬのであれば、仕方あるまい」


 軽く瞼を伏せて、それでもなお、長たちの表情を窺った。まずは表情から相手の思考を読む。エミリエンヌに言われたことだ。次に、発汗の有無、声の振動、視線の行方からも情報を読み取る。仕草の一つも見逃さない。上手くできているかは分からないが、エミリエンヌとボータレイから教わったことを繰り返し脳裏に描いた。


「お前たちの誰かが領主になるか。ガルダーにでも亡命するか。いっそ、当てつけに帝国へ逃れるか。選ぶといい」


 俺は言いながら、長たちの顔を見渡す。


「だが、今この場で選べ。町の長であるお前たちの責任で、だ。後々、反乱を起こそうものならば、魔王の牙から逃れられると思うなよ」


 その時には、俺も領主として首を差し出さなければならないだろう。俺とその町の民だけで済めばいいが、下手をすればアサギナの民を全滅させかねない。あの魔王ならば、馬鹿な話をと一蹴できないのだ。


「魔王は、冗談ではなく面倒と感じればアサギナの民を全滅させる。決して引き金を引いてくれるな。魔王が手を下す前に、我がお前たちの首を落としてやるぞ」


 さあどうする、と長たちに問いかけても、さっきまでの威勢はどこへやら、誰も何も言わない。

 長のうち、比較的早い段階でこちらの意見に同調していた一人が、重く口を開いた。


「殿下のおっしゃる通りだ。わしは極論、自分の町の民が生きられればいい。働き手も皆、帝国に殺された今、悪魔からの支援は何よりもありがたい」


「確かに」


 語りだした長に、別のもう一人の長が頷く。


「わしは前線にいたが、魔王は数百の帝国兵をそよ風のように蹴散らしたのを見ていた。ありゃ、人間に敵うもんじゃない。牙がこちらに向いていないなら、下る方が賢明だ」


「しかし……!」


「今のところ、悪魔はわしらに危害を加えてこない。どうしたってアサギナは亡びるだけだったのだ。悪魔の下でもアサギナが続くのであれば、僥倖ではなかろうかね」


「相手は悪魔だぞ!?人として、そのようなことが許せるのか!」


「悪魔は、我々が思うような存在ではない」


 俺はそこで口を挟んだ。長たちが、一斉に俺を見る。


「魔物の進化した姿、甘言で人を惑わす、災厄の化身。……文献に残る悪魔の姿はそうかもしれないが、魔王の率いる彼らは違う。今、我々は悪魔に何をされた?攻め入る帝国兵を追いやり守られ、民に物資を施され、崩れ落ちた城まで建設してもらった。どこが災厄なんだ?」


 ぐっ、と言葉に詰まったのは、ここに集まる長の中でももう、数人しかいなかった。分かっているのだ。俺たちは、悪魔に救われた。いや、悪魔と忌み嫌っていた存在に救われたのだ。


「悪魔は、……悪魔と我々が呼んでいる彼らは、我々の敵ではない。少なくとも、我はそう思っている。魔王に屈したかというならば、そうだろう。だが、我は魔王陛下に望んで屈する」


「それが殿下の意思であるならば、わしは従いましょう」


 過半数の長が俺に頷いてみせる。反対している長は、口をへの字に曲げていた。不愉快そうにしているのは、あと四人か。四人とも、元々この城に近い町の長だ。それだけ、気位も高いのだろう。


「従う者は、その場で立て。我に従わぬ者、悪魔の下につくことに納得のいかぬ者はそのまま座っていろ」


 言いながら、俺は立ち上がった。長たちは、戸惑うように左右へ視線を揺らす。俺は、ダメ押しに口を開いた。


「立つならば、悪魔と魔王を受け入れる。以降、彼らに異論を唱えるならば、他の民を敵に回すと思え」


 俺に従って立ち上がったのは、俺に楯突いた長を除く過半数だった。座ったままの長は、数えた限りで三人だ。そのうちの一人は、アサギナの中でも最も栄えていた町の長だ。女王の統治下であれば発言力もあったろうに、魔王の力の下ではただ哀れに吠える獣でしかない。


「お前はどうしたい?アサギナの領主となりたいか?それとも、悪魔に立ち向かうか?我をお前の望むように変えようというならば、それは叶わぬぞ」


 立たぬ三人に視線を向けて、俺は問う。


 真に己の力に自信がある者は、そもそも歯向かわない。魔王はおろか、悪魔にも自身の力で敵わぬと分かるからだ。真に己の置かれた状況が把握できる者も歯向かわない。アサギナの生き残りだけでは国が成り立たないと分かるからだ。


「残された道は、領主としてここに立つか、他の国へ逃げるか、或いは己の生を断つか。悪魔と我が気に食わぬならば、選べ」


 俺は、最大限に魔物の力を解放して、座ったままの三人に問う。いっそ、同意しないのであればこの場で消してしまおうと考えていた時、三人は恐る恐ると腰を上げた。


 こんな人数すら、俺は満足に纏められない。いや、形だけではあるものの、何とか総意を得られただけでも上出来か。ここで反発していた長たちは、注意しておこう。これ以上、悪魔に迷惑をかけるわけにもいかない。


 俺は立ち上がる全員の顔を見渡しながら、今一度、気を引き締めるのだった。

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