95.調教の成果
それから二日後、アサギナのお城は完成した。ホラー同好会を中心として、建造に取り掛かること十二日目だった。崩れたアサギナのお城は、二週間もかからず建造されてしまったのだ。
魔法って凄いというか、悪魔の技術力ってここまで磨かれているのかと改めて感じる。こんな規模の建造物を半月もなく建造出来るだなんて、魔法も何もない地球人としては考えられない。特に手抜きされているとも感じないし、むしろ、悪魔の禍々しさを前面に押し出していない分、部分的には悪魔城より見栄えのするお城なんじゃないだろうか。
城の完成を自身の目で確認した魔王様は、ルベルトさんを中心とするアサギナの人たち数人とヴァシュタルを、出来たばかりの応接室に集めた。私は、ベーゼアとメイヴと一緒にジラルダークのそばに立っている。
こちら側には私たちの他に、ホラー同好会三人とエミリエンヌ、ボータレイさんが立っていた。ジラルダークに向かい合うようにして、ヴァシュタルが座っている。彼の後ろに立っているアサギナの人は、ルベルトさん以外にはお城の建築中には見たことがないニンゲンたちだった。
ジラルダークは魔王様らしく尊大に腕を組んで、人間に向かって言う。これからしばらくの間、アサギナの代表として民の内で希望者を据えること、いなければルベルトが代表を務めること、ただしこの領地に関する決定権はジラルダークが握ること、先の戦から国力が回復するまでは悪魔の領地から物資を援助することを、魔王様は踏ん反り返ったまま説明した。
魔王の領地となったからには、悪魔も出入りさせる。アサギナに住む以上は、悪魔への攻撃をするな、とジラルダークは強い口調で告げた。悪魔との共存が嫌ならばここを出てガルダーでもフェンチスにでも行けばいい。アサギナに住みたいのであれば悪魔を受け入れろと、ジラルダークは言う。
そこまでじっと聞いていたヴァシュタルが、ジラルダークを見据えて口を開いた。
「陛下、我々を支配下に置く利点はございますか?」
おお。ヴァシュタルがきちんと魔王様に対して口をきいてる。ジラルダークは表情を動かさずに答えた。
「現時点では見出せぬ」
素気無く答えたジラルダークに、ヴァシュタルも今までと違って表情を動かさずに冷静なまま口を開く。
「陛下のおっしゃるように、我々アサギナの民も悪魔の民と交流を望んでおります。これまで、我々は悪魔に対して余りに無知でございました」
「ほう?」
ジラルダークは、先を促すように首を傾けた。ヴァシュタルの言葉に、ルベルトさんも頷いている。
「ルベルトや民とも話し合いました。陛下並びに悪魔の方々は、我々人間を憎んでいらっしゃる」
「……否定はせんよ」
「だというのに、此度の戦で陛下は我々を救ってくださった。陛下は、アサギナに利点を見出せないとおっしゃいましたよね」
ジラルダークは、ヴァシュタルの言葉に面白そうに口元を吊り上げた。魔王様モードの時によく浮かべる挑発的な嘲笑じゃない。
「我々も現状、悪魔の方々や陛下にどう恩返しをするべきか、何ができるのか分かっておりません。陛下の国がどのようにあるか、どの程度の規模であるか、悪魔の方々がどう生活されているか、我々はそれすらも知り得ないのです」
「貴様は我に、悪魔の手の内を晒せと申すか?」
ぎらりと赤い目を輝かせてジラルダークが言った。ルベルトさんは、気圧されたように息を飲む。けれど、ヴァシュタルは一瞬言葉を詰まらせるに留めた。またすぐに、ヴァシュタルは口を開く。
「そうしたところで、陛下は易々と我々を抑え込めるでしょう?」
「我は面倒は好かぬぞ。面倒が起こる前に消してしまうのも容易い」
「でしたら、陛下は人間を今まで放置なさらなかったと思いますが。その上、戦で潰れゆくアサギナを救うなど、陛下ならばなさらなかったはずだ」
ヴァシュタルの言葉に、ジラルダークは更に面白そうに口元を歪めた。彼の口元から、八重歯が覗く。ヴァシュタルは中々奮闘している、ように思う。けれど、魔王様が認めるほどに意図を汲めてるだろうか。
「さあて、魔王とは気紛れなものでもある」
「気紛れでも、我々は救われた。あなた方への恩に報いたいのです。我々に考えうる範囲で思い付いたのは、人々の悪魔の方々への認識を正し、悪魔……いえ、あなた方の地位を向上させること……」
ヴァシュタルは少し俯いて、言葉を選ぶように何度か口を開閉させた。
「我々は、悪魔と呼ばれているあなた方の正しい認識を広めたい。人間とあなた方が歩み寄る、その一端にでも、我々はなりたいと考えております」
ジラルダークは、それまで浮かべていた笑みを消して、くいっと顎を上げる。尊大な魔王様の態度にはどこか、侮蔑するような、不快だと言いたげな雰囲気が漂っていた。これはフェイクか。半分くらいは本心だろうけど、どことなくヴァシュタルたちニンゲンを試しているようにも見える。
「貴様らニンゲンに歩み寄る必要が、我にあるとでも?貴様らがおらずとも、悪魔は数百年の時を悠々と生きているぞ」
「っ……、それは……」
ただ、ヴァシュタルはそんなジラルダークに気圧されたようだった。ルベルトさんよりは耐えたようだけど、二の句が継げなくなってしまう。
ジラルダークは少しの間、硬直したヴァシュタルを見て、不意に赤い瞳を横に流す。彼の瞳が向いた先は、エミリエンヌがいた。
「エミリエンヌ」
「申し訳ございませんわ、陛下」
エミリエンヌは、ジラルダークに名を呼ばれただけで跪く。ジラルダークは、エミリエンヌからすぐに視線を外した。特に言及しないところを見ると、魔王様の評価的にヴァシュタルは奮闘した方なのだろう。
「アサギナのニンゲンよ、貴様らは生き残っているアサギナの民を代表しているか」
不意に、ジラルダークがヴァシュタルの後ろに立つアサギナの人たちに目を向ける。お城の建築中には見たことのなかった人たちだ。魔王様の問いに、復活したらしいヴァシュタルが口を開く。
「彼らは、戦で焼け残ったアサギナの村の代表たちです」
「ほう、よくもここへ顔を出せたものだ。貴様らの国は、お前たちの目の前にいるこの魔王が乗っ取ったのだぞ。悔しくはないのか?」
ジラルダークは今度こそ挑発的に笑った。ヴァシュタルの後ろに立つ人ニンゲンは、唇を噛む者もいれば、眉間にしわを寄せる者もいる。魔王様は、見極めるための材料を引き出しているのだろうか。
「どうした?我の首を取らぬのか?媚びへつらって我に魂を売らぬのか?ほうら、貴様らの忌み嫌った悪魔がここにいるぞ」
にい、と八重歯を見せてジラルダークが笑う。この場に横たわるのは、悪魔とニンゲンの根深い確執だ。ジラルダークは、基本的にニンゲンを信用していない。この場で交渉役を買って出たヴァシュタルも、改善はされたものの、咄嗟の出来事に柔軟な対応ができるほど腹芸に長けていなかった。最初から比べると随分頑張ったように見えるけれど、魔王様相手に交渉するには全然足りない。ジラルダークは、絶対に悪魔が不利益になる可能性のある提案は受け入れないのだ。だって、悪魔はニンゲンがいなくとも幸せに暮らせるのだから。
魔王様が向ける深紅の瞳の先、アサギナの人たちは口を開くでもなく、剣を抜くでもなく、唇を噛み締めて、拳を握り締めて立っていた。それはもう、力さえあれば悪魔を殺してやりたいと言わんばかりだ。魔王の力を知っているから反抗しないだけだと、全身で語っている。
「さあ、この領地を治めたいものはいるか?高貴な血族であろうが無かろうが構わぬ。希望をするものに与えるぞ。我の機嫌を損ねれば、簡単に首の飛ぶ地位をな。就きたいものはおるか?」
その言葉に、アサギナの人たちは怯えたように体を震わせて俯いた。魔王の生贄となれ、とジラルダークは言っている。ああ、なるほど。つまりは、ヴァシュタルを随分と認めたらしい。
「俺が、……陛下の許可を頂けるのであれば、やらせてください」
魔物との混血だと忌み嫌われていたヴァシュタルを、アサギナの民も納得して領主に据える手段として、ジラルダークは嫌われ役に徹したようだ。ジラルダークは、真っ直ぐに魔王様を見てくるヴァシュタルに鷹揚に頷いた。
「まあよかろう。お前たちも異論はないな?」
ジラルダークは、アサギナの人たちに視線を向けて問う。もう、この場に魔王様へ意見できるものはいなかった。
「後日、貴様らの村へ悪魔を送る。どう対応するも、貴様らの勝手だ。よく相談するといい」
言うと、ジラルダークは立ち上がる。跪いていたエミリエンヌも、あわせて立ち上がった。他の悪魔たちも、ジラルダークの後ろに並ぶように立つ。エミリエンヌとボータレイさんは、そのままアサギナの人たちの方へ歩いていった。
「ニンゲンの空気には飽いたな。帰るぞ」
言いながら、私はジラルダークに抱き寄せられる。エミリエンヌとボータレイさんはアサギナに残るようだ。
テレポートしようとするジラルダークに、ヴァシュタルさんとルベルトさん、それからエミリエンヌとボータレイさんが跪く。アサギナの人たちは、呆然と彼らを見ているだけだ。
「どうぞ、またお越しくださいませ、陛下」
ヴァシュタルが言う。ジラルダークは微かに笑ったようだった。
「気が向けばな」
そうして、私たちは悪魔城へ戻ってきた。ここのところアサギナに入り浸りだったから、悪魔城のこの禍々しい感じも久しぶりだ。ジラルダークはいつものことのように私を抱き上げると、フェンデルさんにいくつか指示をして歩き出す。向かう先はまあ、うん、分かってるけどね。
ジラルダークは、ニンゲンと接すると精神的に消耗するようで、よく甘えてくるようになった。前から抱っこはよくされてたし、座ってるときも膝に抱えられたままなんてことはよくあったんだけども、最近は、ちょっと違う。
私たちの部屋まで戻ってきたジラルダークは、私を向い合せに抱っこしたままソファに腰を下ろした。それから、何も言わずに私の肩口に顔を押し付けてくる。よしよし、とジラルダークの頭を撫でると、彼は額を私の肩に擦り寄せた。もっと撫でてくれと言われているようだ。
優しい魔王様。私でよければ、いつでもそばにいるから。気が済むまで、好きなだけ撫でるからね。
ジラルダークの癖っ毛を撫でながら、私はそっと微笑んだ。




