9.悪魔の崇拝3
私に向かって平伏しちゃってるベーゼアに、私はあわあわと手を上下させた。どどど、どうしちゃったの、ベーゼア!?何で私に向かって平伏しちゃってるの!?矢印尻尾もしょんぼりしちゃってるの!?私、魔王様違うよ?!
「大変申し訳ございませんでした、奥方様」
「へっ!?ななな、何が!?何で!?ていうか、顔を上げて!立って!ベーゼア!」
私は、平伏しちゃってるベーゼアの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせようとした。けど、ベーゼアは頑なに顔をあげようとしない。うおーい!ちょ、魔王様ーっ!あなたのところの魔神さんがご乱心でございますことよーっ!
「私は、ご不快な場に案内するばかりか、奥方様のお心を砕かせるような真似を……」
「不快な場ってどこ!?こころを砕く!?砕かれてない、砕かれてないよ!大丈夫だよ!元気いっぱいだよ!」
「いいえ。貴女様は、グステルフとナッジョから私を逃がそうとして下さいました。従者として主に気を遣わせ負担をかけるなど、あってはならぬことです」
何たること!空気読んだらベーゼアが落ち込んでしまった!これじゃ空気読めてないじゃない!
どうしよう……!こんな美人さんを平伏させてるなんて、もう、パンピーのノミの心臓が潰れてしまいそうだ!何とかしてベーゼアを立たせなくては……!
「き、気を遣ってもいいじゃない!」
叫ぶように、私はベーゼアに言う。
「私は、ベーゼアと仲良くなりたいの!だったら持ちつ持たれつでしょ!ほら、ベーゼアには色々案内してもらったし!だったら、居心地悪い場所から脱出するの手伝うなんて当たり前じゃない!」
「奥方様……っ」
ベーゼアが顔を上げる。その瞳は、赤く潤んでいた。ぎゃーっ!ベーゼアを泣かせてしまった!こんな美人さんを泣かしてしまった!ざ、罪悪感パネェ!とにかく慰めるんだ!このまま号泣でもされてみろ、私の心臓はいとも簡単に潰れるぞ!
「泣かないで、ベーゼア。私はベーゼアが側仕えで、とても助かってるよ。これからもお願いしたいと思ってる。それ以上に、私自身がベーゼアのこと大好きなの。友達になりたいって思ってる。だから嫌なことからは助けたいし、それを負担だなんて考えないからね」
「っ……、カナエ様……!」
感極まったように私の名前を呼んで、ベーゼアはボロボロと泣き始めた。あっちゃあ……、泣かせちゃった。何やってんだ、私。こんな美人さん泣かせるとか、仲良くなりたいと思ってるのにダメでしょこれ。
「ほら、立って、ベーゼア。お茶入れるから、こっち座って」
「そ、のようなっ……」
「いいから、いいから。はい、座った座った!」
よろよろと立ち上がったベーゼアを椅子に座らせて、私は紅茶とポットを用意する。魔法瓶みたいなものがあるんだよね、悪魔城。たまに、ジラルダークが魔法直火で温めたりするけど。
茶葉にお湯を注いで、しばらく蒸らしてからそれぞれのカップに注ぐ。本格的な淹れ方は知らん。飲めればよかろうなのだ。
「はい、どうぞ」
カップを渡して、私はベーゼアの向かいに腰掛ける。ベーゼアはハンカチで涙を拭った。少しは落ち着いたかな、私もベーゼアも。
しかし、ベーゼアは何だってあんなにグステルフさんとナッジョさんに怯えるのかなぁ。確かに、魔王様が私の側仕えを任せるって言ったときに、グステルフさんがコイツじゃちょっと、みたいな反応してたけどさ。護衛兼ねてるって言っても、私も女だし。側仕えが殺人鬼は遠慮したいところだ。
紅茶に口を付けると、倣うようにベーゼアも紅茶を飲んだ。うへ、渋いなこれ。
「ごめんね、私が淹れたんじゃ美味しくないね。ベーゼアの方が何倍も美味しいや」
「いいえ」
ベーゼアは、私の自虐に強く首を振って、紅茶に口を付けた。ゆっくりと、染み渡らせるように息をつく。
「……いいえ。私は、奥方様の淹れて下さった紅茶が、何よりも美味しゅうございます」
「そ、か。よかった」
何か、照れる。ベーゼアははにかむように笑って、紅茶のカップを両手で包んだ。うおー!か、かわいい……!
「私は、奥方様にお仕え致します」
「へ?」
「私の命に誓って、貴女様をお守り致します」
凛々しく宣言して、ベーゼアは立ち上がった。見上げる私の側に跪いて、私の左手を握る。動くに動けなくて見守っている私に、ベーゼアは微笑んだ。
そのまま、彼女の赤い唇が手の甲に触れる。
「陛下への忠誠の証として。カナエ様への忠誠の証として。必ずや、お守り致します」
「ベーゼア……」
び、美人さんに手の甲チューされてしまった……!うほ、照れるね!
「グステルフやナッジョの方が、奥方様をお守りできるのではないかと言われておりましたが、それは私が鍛えればいいだけのこと」
「ああ、それで……」
「奥方様は陛下だけでなく、私にとってもかけがえのない御方です。どうぞ、努々お忘れなきよう」
「ん……、でも、私の代わりに傷つこうなんて思わないでね。そんなことされた方が、ココロ砕けちゃうからね」
私の言葉に、ベーゼアはくすくすと笑って頷いた。うんうん、やっぱり笑ってる方が可愛いね。美人さんだもんね。
「お見苦しいところをお見せ致しました」
「そんなの気にしなくていいよ。むしろ、ベーゼアが側仕えじゃなくなるって方が問題だもん。やだよ、グステルフさんとかナッジョさんが側仕えになるの。側にいてもらうなら、美人さんの方がいいもん」
「まあ、奥方様ったら」
ふふふ、と顔を見合わせて笑っていたら、部屋の扉がノックされた。即座に扉に向かったベーゼアが迎え入れたのは魔王様だった。あらま、お早いお帰りで。
「おかえりなさい、ジル」
「ああ、ただいま」
「早かったねぇ」
ジラルダークの側に寄って、マントを取る手伝いをする。結構重いんだよね、この真っ黒マント。防御できるように魔力の伝導率がいい糸で作ってあるとか何とか言ってたっけ。四苦八苦してマントを抱えていたら、ベーゼアが横から受け取ってくれた。
「ああ。今日は然程問題も起きておらんからな」
「そっか」
「昼食はこちらでとる。外せ、ベーゼア」
「は。失礼致します」
ベーゼアは一礼して部屋を出ていこうとする。私は軽く手を振ってベーゼアを見送った。ちょっと笑顔を見せてくれたのが嬉しい。
ソファに腰を下ろしたジラルダークに手招きされて、私は隣に腰を下ろした。当然のように腰に腕が回って抱き寄せられる。引き寄せられるまま、私はジラルダークの肩に頭を乗せた。はー、何か落ち着くわぁ。
「挨拶は済んだか、カナエ?」
「うわぁ、バレてる」
「魔王に隠し立てできると思ったか?」
「プライバシーの侵害ですー」
ふざけて唇を尖らせた私に、ジラルダークは喉を鳴らして笑う。特に咎める雰囲気はない。というか、私の行動がお見通しなら、拙い行動を始めた直後に止められるか。
「んまぁ、魔神さんたちは半分強ってところかな」
「俺も委細承知しているわけではないぞ。誰に会ってきた?」
「えーと、アロイジアさんと、ノエさん、ミスカさん、ダニエラさんでしょ、あとグステルフさんと、ナッジョさん」
「ふむ。フェンデルとヴラチスラフ、トゥオモは俺が案内しよう。あれらは特殊だからな」
おお、増えた。今も結構いっぱいいっぱいなんだけどな。ええと、チャラ男に双子、ヘビドレッドに殺人鬼に海坊主。濃いなー、魔神メンバー。
「後は、エミリエンヌとイネスか」
「イネスさんは、この前ジルが戦った人だよね」
「ああ、そうだ。イネスはよくグステルフやナッジョと行動を共にしているが、今日は別々だったか」
ふむ、と顎に手を当てて、ジラルダークは瞼を下ろした。か、軽く指先が光ってるように見えるのは何故だろう。魔法使ってんの、魔王様?
ジラルダークの肩に頭を乗っけたまま見ていたら、少しして目を開いた。そのまま、私の方に赤い瞳が動く。私も見てたから、ばっちり目が合ってしまった。
「魔法?」
「ああ。残りの魔神の動きを見ていた」
「わぁ。便利だねぇ」
「昼食を取ったら、研究室へ行こう」
「け、研究室?」
ものっそい危ない響きがするんですけど。悪魔城で魔神が研究するってなったら、120%人体的な実験ではありませんでしょうか。
「上手くすれば、三人同時に会えるぞ」
「キャパオーバーです、魔王様」
ははは、と軽く笑う魔王様を、私は恨みがましい目で睨むことしかできなかった。