イチゴとクリスマス
聖夜―それは恋愛に没頭する僕ら若者にとっては生死をわけると言ってもいいイベントだ。
だがそんな聖夜に、僕は車を飛ばしていた。
「う〜、バカヤロー!」
助手席に居座る人物が窓を開けて怒鳴る。
これが悪酔いした彼女、とかならまだ救いもあろうが、いるのはむさくるしい体育会系の男だ。
「タケシ、寒いから閉めてくれ」
後ろの席で携帯電話をいじりながら文句を言うのはサトルだ。
二人とも僕の昔からの知り合いで、社会人になってからも何だかんだとつるんでいる。
「くそ、くそ〜。今年こそ、お前らとサヨナラできると思ったのに〜!」
タケシは悔しそうに言いながら窓を閉め、ぐっと缶ビールをあおる。
人が隣で我慢していると言うに、何てやつだ。
タケシは何も僕たちと縁を切りたいわけではなく、今年こそ彼女を作って僕たちと過ごすクリスマスから卒業したいと言うのだ。
ちなみに僕には付き合って半年の彼女がいる。いるにはいるが、現在海外出張中だ。
だから今年も幼なじみと過ごすのだ。
「くそっ、何だよ。だいたい、クリスマス直前にフらなくてもよくね!?」
僕やタケシには今までにだって恋人がいたことはあるが、何故か毎年クリスマスには一人身になるのだ。
つまり今年の僕は一緒にはいないがようやくクリスマスを越えて彼女が続くと言うことだ。
タケシには悪いが、多分来年からは一緒にいられないだろうし、今年を最後として楽しみたい。
「あー、はいはいそうだな。ところでサトル、どこの店を予約したんだ?」
いつもは3人のうち誰かの部屋でささやかなクリスマス会をするのだが、今年は珍しくサトルが外食をしようと言いだしたのだ。
「そこ、右」
「あいよ。で? 何の店?」
「苺」
「は?」
俺は反射的にミラーでサトルの顔を見る。サトルは相変わらずうっとうしそうな長い前髪の隙間から俺を見返し、もう一度繰り返す。
「苺だよ。赤いやつ」
い…苺?
「苺の…ラーメン? カレー? それかクリスマスだし何かのコース?」
サトルはラーメンとカレーがあれば生きていける人間で、通販で全国のご当地の品を集めたりしている。
「まさか…パフェだよ。クリスマス特別バージョン。クリスマスに、しかも一人じゃ頼めない完全予約制のカップル専用なんだ」
「ちょっ、ちょっと待て!」
カップル? トリオだぞ? しかも男3人だぞ!?
「? どうかした?」
「……いや」
言ってもきっとサトルにはわからない。
サトルは二次元が恋人と言ってはばからないオタクで、フリープログラマーとして引きこもり生活をしているので、かなりの世間知らずだ。
天然と言えば天然だし、人見知りするわけじゃないし友人としてはなんの問題もないが、回りの目を全く気にしないのはどうかと思う。
「………はぁ、まぁいいや。タケシもいいよな?」
「ああぁ? 何でもいいからお前らおごれよな」
「当然、割り勘だよ」
僕はサトルが言うままに車を走らせた。
――――――――――――――
「はい、あ〜ん」
「あ、ついてるよ。もう仕方ないなぁ」
「けど、君にはかなわないね」
「次どこ行く〜?」
きゃっきゃっうふふ
ピンク一色
思わずそんな言葉が頭に浮かぶ。
そのくらい店内はカップルだらけだった。
それなりに洒落たレストランはそれなりに混んでいたが、見事にカップルしかいない。
明らかに浮いている。案内してくれたウエイトレスさんも目元が笑ってた気がする。いや、勿論客に愛想笑いをするのは当たり前なんだけど。
「よーし食うぞー!」
「ミートスパゲティ」
何で、この中で唯一の彼女持ちな僕が一番肩身狭いんだろう。
「えーと、サイコロステーキ」
せめてもの反抗に、いつもと違うものを選んで見た。
「俺は秋刀魚定食」
タケシ…君はこの空気に魚の匂いをまぜるのか。
まぁいつまでも回りの視線や指差しやにやにやした笑みを気にしてはいられない。
同じ阿呆なら踊りゃな損だ。
とりあえず、食べよう。
「あ、美味しい」
「勿論、クリスマスに不味い店は選ばないさ」
サトルは得意そうに言った。
――――――――――――――
ドーン
そんな擬音がつきそうなほど迫力のあるものが僕らのテーブルに置かれた。
「すげぇ…さすがクリスマス」
「ん。全長1メートル20センチ」
「それ、子供の身長くらいあるじゃん。てゆーか、立たなきゃ食べれないんだけど」
「だから、一人じゃ頼めないようになってる。予約制。」
「そうだけどさぁ…タケシ、食べれる?」
「いったらぁ!」
ガツガツとパフェに山のようなパフェに食いつくタケシ。
おっと、いくら長い付き合いとはいえ、男同士で間接キスなんて冗談じゃない。
僕とサトルも慌ててスプーンを手にした。
回りのシラケたような視線は当然無視した。
――――――――――――――
「あ〜〜、食った食った」
「うぅ…お腹いっぱい」
「…サトル」
「何?」
「君が注文したんだから残すなよ。」
かなり食べたが、まだあと1食ぶんくらいはある。
うえ…生クリームのせいで胸やけしてる。ただよう甘ったるい匂いが気持悪い。
「!? …(ふるふる)」
サトルは黙って首を横にふる。
てゆーか驚くなよ。責任を持ちなさい。
「予約するほど食べたかったんだろ?」
「うん、満足」
「いやいやいや、食え」
「!?」
「わざとらしく驚くな」
「だーっ!」
「!?」
しかし僕らの問答はタケシの叫びによって遮られた。
「かったりぃ! 俺が食ってやる!」
「え…」
ってうわぁ…本当に食べた。特別甘いもの好きでもなかったと思ってたけど…勘違いだったのかな?
「う〜、ごっそさん」
「お疲れ、じゃあ帰ろうか」
「げぷ」
「うぇっぷ」
サトルと僕がゲップすると甘〜い苺の匂いがしてよけいに気分が悪くなった。
ふらふらしながら僕らは会計をすませて車に乗った。
「はぁ〜…気持悪い」
「? 美味しかったよね?」
「いや、確かに甘いものは嫌いじゃないし美味かったけどさぁ」
車を走らせ、窓を少し開ける。
サトルは免許を持ってないしタケシは飲酒済みなので今日は僕が運転手だ。
「けど、限度があるでしょ。ねぇタケシ」
「ああ…」
だいぶ具合が悪そうに答えるタケシ。
「大丈夫? てゆーかタケシ、甘いもの好きだったんだね。長い付き合いだけど知らなかったよ」
「…苦手だよ」
「え?」
「俺は辛党だ。知ってんだろ?」
「まぁ知ってるけど……さっき一番に食べだして最後も…」
「早く出たかったんだよ」
待て、待て待て待て。
何かいや〜な予感がするぞ。
「? 何で?」
何も気付かいてないらしいサトルが後部座席から顔をだして尋ねる。
「気持悪くて吐きそうだかぶえぇええ―」
「ぎゃあああああ!? 僕の車がああぁぁあ!!」
ローンを組んで買って一ヶ月、来年帰ってくる彼女を乗せるために買い変えた車は、すっぱい苺の香りに包まれた。
――――――――――――――
「あはははははは!!」
このことを話すと僕の彼女様は大爆笑なさった。
いや、笑い話じゃないんだけど。まだ明日も会社に行くのに使うんだけど。
「ひーっ、お、おかしいっ」
「あのねぇ…」
「くっ、ごめ、ごめんっ。ははっ。いやー、こんだけ爆笑したのは久しぶりだよ」
「もう…」
「ははは…はぁ〜。うん、笑わせてもらいました」
いやだから…まぁ、いいんだけどさぁ。
「あ」
「え?」
「3、2、1、メリークリスマス! じゃない?」
「あ…本当だ。」
彼女が言った瞬間、僕の部屋のデジタル時計は全て0になった。
「メリークリスマス」
「あはは、もうこっちはとっくになってんだけど、ありがと」
「あ、そっか。ごめん、気付かなかった」
「いいよ。てゆーか、私は腕時計合わせてないだけだし」
「ズボラな…間違ったりしないだろうね」
「それはほら、携帯電話。支給されてるやつだから嫌でも持ち歩くしね」
「なるほどね。ところでそっちはクリスマスだけどどうだった?」
「会社のパーティだよ。あ、写メ送るね」
「ん」
少し待つと携帯電話が受信し、僕は携帯電話に手を伸ばす。
「どれどれ…ぶっ!?」
「え? 何?」
「ちょっ…苺!」
「え〜? ……ぶぶっ! あはははは! うわ、気付かなかったな〜!」
携帯電話の画面には、緑の植地鉢のクリスマスツリーたちの電飾がちょうど赤に変化していて、5つ中4つは真っ赤、もう一つは赤に変化してる途中の緑で、逆にすればまるで長めの苺みたいになっていた。
「あははははは! 今日は特に苺に縁があるみたいだね!」
…何てこったい
「苺なんて毎日の生活だけでいっぱいいっぱいだよ」
「イチゴちゃんだもんね〜」
僕のフルネームは市谷五郎。親しい人は略して僕を『イチゴ』と呼ぶ。
「全く、大の男につけるあだ名じゃないよ」
「似合ってるよ、イチゴちゃん。来年は私とパフェ食べようね」
「…勘弁してよ」
「あははははっ」
彼女はおかしそうに笑う。
全くもう…だけど、彼女を笑わせてあげられるんだ。
たまには、こんなクリスマスがあってもいいだろう。
「メリークリスマス」
僕はまだ爆笑をする彼女に、もう一度呟いた。
クリスマスが近いですね。
やたら忙しいのに気づくと小説をかくのはどうしてでしょう。
現実逃避のつもりはないんですけどねぇ。
とりあえず季節のイベントにのっかかってみました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。