07.お母さん
森の中の一軒家で母が帰るのを待つユッカちゃんとの出会い。
今日はお母さんを探しに出かけます。
「おはよ~。ヒカリおねぇちゃん。朝だよ」
う、うん……。
なんだっけ、何だっけ。ここはどこだっけ。
自分の布団じゃない。そして空気が濃い。スマホのアラームが鳴ってない。
かわいい女の子に覗き込まれている。
ハッ!
「お、おはよう!」
慌てて返事をする。今日はこの子のお母さんを探しに行く。
自分の身の上とか、この世界の不思議を謎といている場合じゃない。
「疲れていたせいか、良く寝ちゃった。ユッカちゃん、顔を洗いたいのだけど、水を使わせてもらえる?」
「顔?水?」
「ええと、朝、顔を洗ったり、髪を整えたりするよね。そのための水を使いたいのだけど……」
「水で顔を洗うの?水を使わないとダメ?」
「あ?え?お湯とかあるの?そんな贅沢を言うつもりは……」
「お湯なら、エーテルさんに頼みますね。どれくらい?」
何かが、かみ合ってない。
汗をかく。新陳代謝もある。昨日はお風呂もシャワーもなし。
そもそも、エレベーターに閉じ込められてから何日経過してるんだか……。
あ。そうじゃなくて。
顔を洗う習慣がないのかな。
それともその必要が無いファンタジーの住人?
「あ、ええと、ちょっと待って。私が住んでいたところでは、体を清潔にするために、顔を洗ったり、体を拭いたりするのだけど、ユッカちゃんはそういうことしないのかな?」
「おねえちゃんは浄化しないの?水もお湯もいらないよね?」
う。なんだ。なんなんだ。
また、エーテルさんのお世話になるのか。
きっとそうに違いない。
「あ、うん。私はエーテルさんに上手く頼めないから浄化を自分一人でできないの。ごめんね。」
「簡単だよ。おねえちゃん、一緒にやろう。先ずは私がお手本をみせてあげるね。」
簡単らしい。とりあえず見守ることにする。
ユッカちゃんはグッとこぶしを握って、目をつぶる。
そして、少し溜めている。何をためてるんだか。
「エーテルさん、体を~~ピュア!」
バッと、掛け声とともに、てを大きく万歳する。
なんか、霧が舞い上がるようなそんな錯覚?実際におきてる?
ユッカちゃんは、スッキリした様子。
「つぎ、おねえちゃんがやってみて?」
「う、うん。やってみるね!」
ぐ~~っと、こう、こぶしを握って溜めて……。
「エーテルさん、体をピュア!」
ダンサーのごとく、きびきびと万歳の姿勢へ変化!
どうよ?
(ほわわ~~~ん)
あ。なんかが舞い上がった気がする。
くんくん。臭くない。
あの舞い上がった<何か>はどこに行くんだろ……。
家の屋根に吸収されたりするのかね?
いや、エーテルさんが自然に分解して……。
あ、また脱線してる。
「ね?できたでしょ?」
「あ、ありがとう!ユッカちゃん、教えるの上手だね!」
いや、すごい。なんなんだ。
これ、衣服も浄化できるのかな。
てか、この服は日本のままだ……。
いやいやいや……。とにかく前に進もう。
「お水もお湯もいらないなら、ご飯の準備するね」
「あ。おねえさんも一緒に手伝おうか?」
「ううん。だいじょうぶ。すぐに作るから急いで食べよう!」
「うん。じゃぁ、ユッカちゃんに甘えて待ってる。」
ーーーー
<<昨日のトモコさんの件のルート、安全性を表示>>
<<(ぴろろん)>>
<<ルートおよび危害を加える生物を表示します>>
<<私が普通に歩いて到達するまでの所要時間見込みを計算して>>
<<(ぴろろん)>>
<<遭遇する生物との戦闘がなければ、片道4時間程度になります>>
<<ありがとう>>
<<次に、エーテルへの基本的な作用のさせ方について教えて>>
<<(ぴろろん)>>
<<基本は思念による脳内シナプスが発する微弱な電波により、周辺に存在するエーテルへ干渉することが可能になります。声を発したり、体を動かすことでより脳内が活性化され、単なる瞑想状態よりも、より強い作用を引き起こすことが可能になります>>
<<ありがとう。エーテルへの作用は誰でもできるの?>>
<<(ぴろろん)>>
<<いいえ。生物のもつ個体特性に依存します。>>
<<作用の強さをトモコさん、ユッカちゃん、私で数値化するとどんなかんじ?あと、王宮の宮廷魔術師みたいな存在も比較できたらそれもお願い>>
<<(ぴろろん)>>
<<エーテルへの作用権限の限界設定値でいいますと、
ヒカリがランク7
トモコがランク5
ユッカがランク5
一般的な宮廷魔術師はランク3です>>
なんか、オマケがすごいな。
よし、どんどんいこう。
<<限界値のランクは変更できるの?あと現時点でのエーテル操作能力も数値化して>>
<<(ぴーーーー)>>
<<作用権限の変更情報はアクセス権限がありません>>
<<(ぴろろん)>>
<<エーテル操作能力は一般的な宮廷魔術師を100としますと、
ヒカリが100
トモコが200
ユッカが700
です。操作能力は各種鍛錬により向上し、上限値はありません。上限値はありませんが、上昇スピードや頭打ちは個人の特性に依存します>>
<<ありがとう>>
あ、ユッカちゃんがきた。ひとまずは、ここまでにして、ユッカちゃんとコミュニケーションとろう。
ーーーー
「おねえちゃん、ご飯できた。たべよ」
「ありがとう。急いで食べてでかけようね。ところで、遅くなったときのために、お弁当とか用意した方がいいかな?」
何せ、片道4時間だもんね。魔物と遭遇したら暗くなるギリギリだ。
「うん?大丈夫だよ。動物焼いて食べればいいよね。おねえちゃんは、嫌いな動物とかいる?」
「あ、ああ……。うん、特にないかな。こっちの森の生き物がどういうのかわからないから、そのときになってみないと判らないかも」
「うん。じゃ、嫌なら私が食べるから、おねえちゃんは違うのを自分で選んで捕ればいいね。多分ね、お母さんは谷川に行ったと思う。魚も美味しいから、獲りに行ってるかも」
と言うと、ユッカちゃんは腰ひもに小型のナイフを吊るして、扉をあけてでていく。
それを、着の身着のままの恰好であるGパン、Tシャツ、パーカーで慌ててついていく。
私はなんでこの子に信用されてるんだろ?
そして、この子は一人でお母さんを探しに行けたんじゃなかろうか……。
多分、そのうちわかる。そうに違いない。
ーーーー
「じゃ、出発まえに、お父さんに挨拶してくるね。それが終わったら、エーテルさんに虫よけのおねがいを一緒にしよう?」
「あ、私も一緒行くよ」
こんもりと盛られた土に一抱えもあるよな、とても持ち上げられない大きさの石がある。そこに何か彫ってあるカタカナでハンスって書いてある部分が読み取れる。トモコさんは日本人だったんだね。こっちの言葉は分かるけど、文字は別途ダウンロードしてもらわないと読めないや。
「じゃ、おねえちゃん。虫よけしよう。エーテルさん、手に集まって、虫よけになって~」
両手で水を掬うような形にして、ゆっくりとクリームのようなものがそこに溜まるのを待つ。それを体中に塗っている。早速私も真似する。なんか簡単にできるね。オマケすごい。
ユッカちゃんを先頭に森の中を進む。
大きな木や灌木が所々邪魔をしているので、到底まっすぐは進めない。けれどちゃんと道があるらしく、ナビが示す目標に向かってどんどん進む。ユッカちゃんは、さっき魚っていってたけど、実は何が起きているかもう知ってるのかな……。
どんどん進む。
途中途中で水を飲んだり木の実を食べたり、小休止を挟むけど、みんなユッカちゃん任せ。ただ、慣れない森の中を想像以上の速度で歩くので結構必死になってついてく。その甲斐あって、3時間ちょっとで谷川がある崖の上に到着。そして、トモコさんの通信が途絶えた場所でもあった。
「はぁ、疲れたねぇ。深い谷だねぇ。お母さんはここで魚を捕ってるのかな?」
ユッカちゃんは無言で谷川の崖沿いにそのまま進むと、木の根や弦、岩の割れ目を器用につかって谷底まで降りていく。私もはぐれないように、なんとかがんばってついていく。私が崖を降り終わった頃にユッカちゃんはもう川沿いを歩いていた。そして、人が横たわっている傍でしゃがむと、ユッカちゃんはシクシクと泣きだした……。
「おかあさん、おかあさん……。迎えに来たよ」
後ろからそっと覗き込む。長い黒髪の色白な日本人が仰向けに横たわっていた。眼を閉じて、手をお腹で組んで、あたかも眠っているよう。私はユッカちゃんの隣に座ると、じっとトモコさんの様子を眺める。
とても綺麗な保存状態。5日間も野晒しで、魔物や獣がいる世界でこんな状態に保たれている訳がない。
そう、ユッカちゃんは既にお母さんを見つけていて、各種魔法を施しているんだ。だから、ユッカちゃんは全部知ってたんだよ。昨日、私がノックをしたときもお母さんは帰ってこないと知ってたんだね……。
「ヒカリおねえちゃん、嘘ついてごめんなさい。
お母さんが此処にいることを知ってたの。私はお母さんをお父さんのところまで運びたかったの。
でもね?わたしじゃ小さくてお母さんを引きずっちゃうの。綺麗なお母さんをお父さんに会わせてあげたいのに、それが出来ないの……。
だから……」
わたしは次の言葉を発せないユッカちゃんの言葉を継ぐ。
「ユッカちゃん。偉いね。強い子だね。お母さんもお父さんも安心してユッカちゃんのことをお空から見守っているよ。私がお母さんを一緒に運んであげる。時間がかかるかもしれないけど、それは勘弁してね。」
「おねえちゃん、ありがとう!でもね、支えてくれれば大丈夫なの。お母さんを軽くするね」
と、ユッカちゃんは涙を流しながら、元気な返事をくれると、また、呪文のようなものを唱え始めた。
「お母さん、か~~るく、な~れっ。」
すると、ユッカちゃんはお母さんの体の下に手を入れて持ち上げる。
そして、細身な筋肉質ながら最低40kgはありそうなお母さんが軽々と持ち上がる。
「ほらね。私だと身長が低いから足と手をひきずっちゃうの」
私は黙って頷くと、ユッカちゃんの手の脇からトモコさんを支える。そして、だいたい腰の高さまで持ち上げてからお姫様抱っこをする。軽い。羽毛布団が何かのよう。
「ユッカちゃん、帰ろっか。ところで、さっき降りてきた崖じゃない登るところってあるかな?」
すると、ユッカちゃんは周囲をキョロキョロ見渡す。
「おねえちゃん、周りに誰もいないよね?見られないよね?」
「ちょっとまって。私も確認するから。」
<<周囲確認。周りに人型生物および、エーテル使用を検知・認識して反応する物体があれば表示して>>
<<(ぴろろん)>>
<<半径50m以内に人型の生物及びエーテルに干渉できる物体はありません。また半径2km以内で5分以内にここに到達できる人型生物、魔物、獣はいません。>>
<<ありがとう>>
「うん。崖の上は見えないけど、さっき降りるときは周りに誰もいなかったから大丈夫じゃないかな?」
「判った。じゃ、いくよ。おかあさんをしっかり持っててね」
ユッカちゃんが後ろから私の腰の辺りに抱きつく。
そして、浮く。
浮いた。ゆっくりと浮いた。
自分の体重がなくなった。
3人で浮いている。
徐々に崖の上に向かって上昇を始める。
20mはありそうな崖の上まで到達すると、徐々に下降して、地面に降り立つ。
そ~っと、そ~っと……。
そして足元、腰へと重力を感じる。けれど、トモコさんの体は軽いまま。
別々の作用を並列起動してるんだろうね。
ユッカちゃんすごい!
「はぁ、はぁ。おねえちゃん、ちょっと休んでもいいかな。ちょっと疲れちゃった。おかあさんも降ろしてあげて」
確か、ナビが魔力700とか言ってたよね。宮廷魔術師の7倍。そして今の私の7倍。相当、無茶やってるんだろうね。無言だったし、身振りもなかったから、魔力を消耗してでも最大限に精密なコントロールを要求する内容だったのかもね。
このことも今度ナビに聞いておこう。
簡単な休憩をとって、途中お昼ご飯を食べて(何を食べたかは内緒)無事にユッカちゃんの住んでいる小屋までたどり着いた。ユッカちゃんは魔力が回復したのか、お墓の大きな石を簡単にもちあげて横に置くと、その石の下から現れた石の棺の蓋を軽々と持ち上げて、それを墓石の隣に並べる。
石棺の蓋が除かれると、そこにはきれいなハンスさんと思われる男性の遺体があった。とてもきれいな保存状態で、ミイラ化とか腐敗とか起こしてない。多分、何もせずに埋葬してあるのではなくて、シリカ系の変質しない物質で置換して、完全なはく製標本のような形に変性しちゃってるのかな。
ユッカちゃんはお母さんが身に着けている指輪とペンダントを取り外すと自分のポケットにしまった。そして私に頭を下げる。私はトモコさんを抱きかかえて、石棺の中のハンスさんの隣に並べて寝かせる。
「今日はもう、つかれちゃったので、明日おかあさんをおとうさんと同じにする。おねえちゃん、ありがとう。家でご飯にしよう」
そして二人で家の中にはいった。
誤字、区切り位置など修正しました。




