2-05.掘立小屋
荷物も持たない狩人姿の3人組が領館のある関所までやってきた。
管理人を訪ねると……。
キリギスの街を出てからの一本道で、何の問題もなく領主を務めることになる領地に到着した。
外観なんだけど、フウマから事前に聞いていた通り。街道沿いの東側に敷地があって、南側に川が流れている。橋を越えて続く道がメルマっていう街に繋がっていてるんだって。川の橋を渡ったこちらの領地側に関所みたいな馬車や荷物を点検する場所がある。ここがジャガ男爵の領地であり、収入源なんだって。
関所には平屋が何個かあるんだけど、貴族の屋敷みたいなのは見当たらない。ちょっと奥まったところに大き目の家がある。あれが領主の館なのかな?この関所のある施設の東側は鬱蒼とした森がひろがっているだけ。農地とかそういうものは見えない。ある意味で、狩人生活がしたい放題になるね。
さて、赴任の挨拶をしなくちゃね……。
「すみませ~~ん!ここの管理人さんか執事さんいらっしゃいますか?」
「お嬢さん、どうした?ここを抜けてメルマの街まで行くなら通行料が必要だ」
「あの、ジャガ男爵領の方でしょうか。」
「ええ、そうですが」
「どなたか偉い人に会いたいのですけども……」
「私がここの執事長をしています。どういったご用件でしょう?」
「ちょっと込み入ったお話があるのですが……。今は忙しいですか?」
「日中の関所は見ての通りです。人や荷物がこの街道を行き交うんで、それなりに関所として面倒を見なくてはならないことも多いのです。人数もギリギリでやっていまして……。おっと、トラブル様子です。後で時間をとりますので、そこら辺で自由にお待ちください」
「が、がんばってください……」
ーーーー
執事長の名前も確認できずに放置プレイな私たち。さて、どうしたもんだか。
「さて、みんなで何して待ってようか」
「狩りに行こう」と、関所の奥の森が気になるユッカちゃん。
「関所をみて周りますか」と、当たり前のことを提案するフウマ。
ユッカちゃんには悪いけど、まだ冷蔵庫も無いから、狩りをしても無駄になる可能性があることを説明して、先ずはこれから暮らすことになる関所の中を見学することにしたよ。
関所として囲われている柵の中には、事務所みたいな受付する小屋、門番とかが休む休憩所、旅人が順番待ちをする休憩施設。馬とか馬車を停めるエリアなんかがあった。この辺りが関所として最低限必要になる施設なんだろうね。
街道側から見て奥の方に住居らしきものが3つ。1つは一番奥に見える領主の館みたいなの。もう一つは粗末な掘立小屋みたいなもの。最後の1つは石造りの堅牢な牢獄みたいなの。
「フウマ、あそこに見える小屋は何?」
「木造で簡易的な作りの方は奴隷小屋の可能性があるね。もう一つの堅牢な石造りの方は、一時的に関所破りの人なんかを閉じ込めておいて、役人が来るまで捕らえておく場所だと思う」
「奴隷小屋って……。その奴隷の所有者は誰になるの?」
「ここの領主だよ。有能な執事が直接奴隷を抱えている場合もあるけど、ここの領地の規模だと難しいかな」
「私がその奴隷小屋を見学しに行っても問題にならないかな?」
「奴隷小屋も、中の奴隷たちも所有権は姉さんになっているはずだから問題ないよ。ただ、執事長の紹介があった方が、権利・所有者が交代したことをスムーズに伝えることが出来ると思うよ」
「ふ~ん。だったら、執事長を待ってる間に、どんな様子なのか見に行きたい。ユッカちゃんもついてくる?」
「うん」
「承知しました。もしお二人が奴隷と初めて会うのでしたら覚悟しておいてくださいね」
ーーーー
その光景は想像以上だった。
フウマの言うところの覚悟の重みが私の心には届いてなかったってことだよ。
女性ばかり10人ぐらいが居た。年齢は暗がりで良くわからないけど10歳~20歳ぐらい。全裸で土や藁の上に座っていた。不衛生な環境で臭いがすごい。食事の残飯が腐ったようなゴミの臭い、体を清潔にしていないために出る垢や汗由来と思われる独特の体臭。そして、糞尿が酸化してアンモニアになったツンとする刺激臭。これらの全ての臭いが一度に襲ってきて、吐き気を催す。
私は外に出て吐いた。
ユッカちゃんは戸口で蹲って泣き出した。
フウマは冷静に奴隷と私たちの様子を眺めていた。
吐くものを吐いて、呼吸が落ち着くのを待ってから扉の所まで戻る。
基本的に全員が首輪を嵌められ、その首輪に繋がった鎖で地面につながれていた。息が荒くゼコゼコしていたり、咳をしている人がほとんど。蹲るユッカちゃんの頭を抱えて、さすってあげながらフウマに話しかけた
「あんた強いね。流石だよ」
「まだマシですよ」
「そっか。私が所有者でいいといった?」
「何か命令したいのであれば、鍵が無いと移動させられない。あと、旦那達が関所で働いているはずで、心配になって殴り込みにくる危険性がある」
「体を清潔にしてあげたい」
「近くに川が流れているから、桶に水を汲んでくれば水を使えるね。ただ、この小屋の中で水を使うとなると、彼女たちの寝床が水浸しになるから嫌がられるだろうね。」
「換気して悪臭を除きたい」
「風を送り込んでも、藁や地面に吸い込んだモノから発生する臭いは取れない」
「体調が悪そうだから回復してあげたい」
「この小屋の中にいるままで、姉さんが我慢できる作業ならいいとおもう」
「ありがとう。やれるだけやってみるよ」
まず、小屋の入り口から風の流れを作った。入り口側から小屋の奥に向かって風が継続して吹き込むようエーテルさんにお願いした。気密性が低いから、送り込んだ風は小屋の中で適当に外へ流れ出ていく。籠った空気に変化があったせいか、彼女らはかえって咳き込みだした。
次に、入り口側に座っている人から順番にピュアをかけて、簡易的な体表面の汚物を取り除きつつ、肺の診断をした。気管支辺りに痰が絡んでいるなら症状は良い方。例の肺炎にかかってる人が何人かいた。栄養不足もあってか、体も痩せてしまっている。ユッカちゃんの助けは借りずに肺の呼吸を整えていく。症状が酷くて、こちらのエーテル操作に反応が少ない人は例の魔石の粉末を鼻から吸わせて、肺の活性化をさせる。座って鎖につながれていた人たちは、最低限の呼吸は落ち着いてきた。
私の認識はまだまだ甘かった。奥に転がっている動かない2つの物体は、物ではなくて奴隷だった……。
誤字、ニュアンスの修正。本ストーリーへの影響はありません。




