5-40.木こりの村を訪問しよう(帝国兵サイド)
「ラインハルト!ラインハルトは居るか!」
と、大きな木製の扉をノックもせずに、ガシャガシャと乱暴に開けて、皇帝陛下が近衛騎士団の団長執務室に来られた。
普段は軍事行動に一切興味を持たれないため、騎士団の指揮をする身としては苦労している。やはり皇帝陛下からの期待が日々の鍛錬の積み重ねが必要であり、モチベーションの維持に苦労していると言うのに、これは珍しい。
「皇帝陛下、如何されましたか?」
と、直ぐに席を立ち深々と最敬礼をしてから用件をお伺いする。用件は何であれ、期待に応えてこそ、次のチャンスが得られるというもの。全ての団員を率いる者として、上の命令は絶対であり、日々の憂慮は片鱗すら見せる訳にはいかない。
「あ~。とある商店の不正疑惑の調査を行いたい。サンの部隊を使いたいが構わないか?」
「八ッ。皇帝陛下の仰せのままに」
「うむ。軍事行動というより、隠密行動を得意とする部隊で、調査をさせたい案件であってな」
「全く問題ございません」
「うむ。では、日々の鍛錬に励んで欲しい」
何というか、帝国全体へ目を向けた軍事行動よりも、帝都内の警備隊のような仕事が増えているな。その辺り、最近陛下が雇用を始めた忍びの部隊は適任であろう。
ではあるが……。
東方の辺境国であるエスティア王国への派遣も任命されていない。その数ヶ月前のロメリア王国での王宮封鎖事件でも帝国からの騎士団派遣の命令が下りなかった。
確かに情報の収集としての偵察部隊は残っており、適切に活動は行われているだろう。ではあるが、実際問題、現場における実践的な活動を一つずつ積み上げることで経験に基づく勘が働き、臨機応変に活動が行えるというもの。
このままでは、心も体も、そして武器も全てなまくらになってしまうのだがな。
うむ……。
ーーーー
「ラインハルト!ラインハルトは居るか!」
本日2度目だな。商店街の揉め事であれば、引き続きサンの部隊にでもお願いしたいところ。とは言え、万が一の可能性もある。臣下として、冷静に話を聞きましょうか。
「母上が誘拐された可能性がある。その捜索隊を出して欲しい」
「申し訳ございません。詳しく伺っても宜しいでしょうか?」
「かいつまんで言うとだ。
例の東方の辺境の国から、かの有名なステラ・アルシウス卿と、ニーニャ・ロマノフ卿を召喚し、昨日到着された。
そのタイミングで、同国へ派遣していたハシム卿が帰還し、領地マーカーによる囲いこみ作戦が失敗したとの報告があった。
その3名が本日早朝、メイド姿に変装した母上を引き連れて、馬車で帝都を出発した。これは誘拐の可能性がある!」
「八ッ!」
「母上が助かれば、客人、ハシム卿を含めて全軍を率いて殲滅することを許可する。
今すぐだ。今すぐ日ごろの軍事費を捻出してきた成果を国民に示せ」
「承知しました。直ぐに出立します!」
「うむ。吉報を待つ」
と、どう考えても状況把握が不十分な指示を出すだけ出して、皇帝陛下は足早に立ち去ってしまった。かなり疑問がある状況ではあるが、情報の精査を始める間に、直属の近衛兵200人に出陣の準備を整えさせよう。万が一の可能性もあるしな。
先ずは、進軍の準備、相手が馬車である以上、こちらは騎乗部隊で全て整える必要があるな。盗賊団などと合流している可能性も考えると、兵種は混成部隊が柔軟に対応できるだろう。地形、地理に詳しい者、装備や食料も必要になるが、兵站を担う馬車は速度が遅いから後から追従させるように指示を出すとしよう。
次に情報収集であるが、昨日の晩餐会に出席していたメイドと今朝の門番の召喚から始めるとしよう。
ーーーー
情報を整理すると、不味いことが2つ判った。
1つ目、
もし、本当にハシム卿が任務失敗を機に、エスティア王国の指揮下にいるとすると、軍神や飛竜と戦闘に入る可能性があるということ。同時に、あのステラ様と戦争をしたり、ロマノフ家の装備を整えた部隊と衝突することになることだ。
2つ目、
上皇后陛下と皇后陛下とで、装飾品に関する揉め事があったとのこと。これは、皇后陛下が絶対に譲れない事柄であるため、今回の誘拐が全くの勘違いであっても、皇后陛下の直属の女性騎士団が殲滅に向かう恐れがある。この場合は、『上皇后陛下の生存保証』に対して、何ら制限が掛けられていない可能性がある。この場合は、我々近衛騎士団としては任務失敗となる。
ただし、第三の可能性はある。
その1、たまたま、10日以上前に使者を出したエスティア王国からの召喚者が到着して開かれた晩餐会があった。
その2、あれだけ念入りに計画を立てて、上皇陛下の精鋭500名を率いて進軍したはずのカシム卿とハシム卿が同国同伯爵の領地制圧をなぜか失敗し、たまたま晩餐会が開かれるタイミングで報告することになった。
その3、普段は全く装飾品に興味を示さない上皇后陛下が、その晩餐会の開かれた日に皇后陛下を訪問して、装飾品の自慢話を始めた。
その4、どう考えても全く関係ないように見える、著名な異種族の召喚者達、帝国の侯爵、上皇后様が、同じ日に王城に集まり、その翌日に許可も無く同じ馬車に同乗し、出発した。それも、早朝、人目に付かずに侯爵自らが御者台で馬車を操縦して、何もない山村へ帝国の宝である<聖女様>を遠足に連れ出した。
という可能性だ。
ハハハ。自分で言うのもなんだが、上皇后陛下の遠足の可能性は有りえないな。偶然が全て一つの事象へと繋がっている。
絶望的な状況ではないか。敵は飛竜、ステラ様、ロマノフ家の装備、軍神、戦略家のハシム卿。背後には女性騎士団100名を抱えつつ戦う訳だ。
が、しかし。
ここで多大なる成果をあげてこそ、皇帝陛下が我々騎士団へ目を向けてくれるようになるかもしれない。全力を尽くして、この作戦を成功させるしかあるまい!
ーーーー
途中、皇后陛下の女性騎士団と合流した。向こうは我々より軽装で、進軍速度を重視したようだ。戦況把握よりも、馬車一台を完全制圧すれば良いと考えているんだろうな。
ではあるが、建前上はそのような剣呑な素振りは見せず、共同で進軍することに了承して貰った。これから向かう山間の村に向かう道は道幅が狭く、先に進軍されて制圧されてしまった場合には、完全に証拠隠滅も終わった状態の証人になるだけであり、我々の任務失敗が確定するからな。
かといって、こちらの進軍速度が遅く、誘拐犯達との邂逅が遅くなり、その責めを負うのも責任ある立場として避けねばならない。多少は馬に無理させても進軍速度を速めるしかないな。
「皆の者、進軍速度を上げる。帝国を出発するときに既に進軍の目的と目的地は周知済みであるな?
<遠足>と称して、山間の木こりの村までは狭隘の危険な道ではあるが、後詰めの女性騎士団からのプレッシャーもあり、我々が彼女らに引けを取らないことを行動して示すのだ!」
普段ならこんな杜撰な進軍計画を立ててはならない。進軍の最中に兵を失ってしまったり、戦う前に消耗させることなどあってはならない。
だが、今回はいろいろな意味で進軍の手を緩めることが出来ぬ。そして、その事情を全軍に伝えることもできない状況だ。皆には無理を押し付けて済まぬとは思うが、この作戦が成功した暁には何らかの報奨が得られると信じている。
頼む、頼む・・・。
ーーーー
「全軍進軍停止!」
前方からの伝令の情報により、進軍を止める。同時に後続の女性騎士団へ向けても、異常事態が発生しての進軍停止を手振りで合図する。
「何が起きた!」
「ハッ。<見えない壁>により、進軍が阻まれました」
「魔術や幻覚の類か?」
「と、言いますか、馬が何らかの気配を感じて足を止めました。そこで一旦馬から降りて、前方を確認したところ<見えない壁>の存在が判明しました」
「馬は落ち着いているのか?」
「ハイ!」
「魔術に詳しいものに様子を伺わせておけ。また、念のため土地勘のある者に迂回路が無いか確認させろ」
「ハッ」
仕方ない、第一報を女性騎士団長に伝えることとしよう。
「どうした。何があったのだ?」
「<見えない壁>に阻まれたとのことだ。壁の調査と迂回路の確認を行っている」
「承知した。念のため、こちらでも、獣道の存在に詳しい者がいるかもしれぬ。協力しよう」
「ああ、助かる。よろしく頼む」
これは、ステラ様が作った何らかの防御障壁なのか?ロメリア王国の封鎖事件では、ステラ様が関わっていたと噂されているが、当のステラ様はトレモロ卿と航海に出た後であると聞く。そして、その解除に関してはステラ様が不在であるにも関わらず、何らかの方法で解除したはずだ。確か飛竜を使ったとか?
とすると……。もう、この山間に飛竜が配備されているのか?いや、飛竜に知能はなく、飛べる馬程度であり、特定の場所に特定の障壁を形成するなど聞いたことがない。やはり、ステラ様の何らかの魔術障壁なのだろうか・・・?
と、そこへ続報が来た。
「報告させていただきます!
馬で進軍可能な迂回路はなく、ここから麓側へ戻ったところより、徒歩で進軍可能な獣道があるとのことです!」
「分かった。念のため、戻る位置までの距離と時間、そして周辺に馬をつなぎとめられる場所があるかの情報を追加で収集しろ」
「承知しました!」
「報告させていただきます!
壁は物理防御、魔術封じが施されております!また、壁の高さ5m以上あることまで確認しました。馬で超えることは当然無理でございますが、徒歩でも越えられる高さではございません!」
「何だと?物理防御と魔術封じの両方が成立しているということは、その障壁は魔術の印や妖精の力で作られていないということになるぞ?」
「で、ですが、実際に……」
「ぬぅ……。私自らその壁へ向かおう」
副官と女性騎士団長にその場を離れることを伝えてから、その壁の調査を始めるとしようか。
ーーーー
先ずは、魔術の無効化の状況から把握だな。
「魔術部隊、6属性の全てが封印されているのか?」
「ハッ。あの壁のある地点から10mぐらいは詠唱自体が無効化されております。また、範囲外で詠唱は行えるのですが、やはり、その範囲に入ると無効化されます」
「体術や身体強化の類はどうだ?」
「体内循環系の身体強化は発動可能ですが、放出型の真空刃、電撃などは全て範囲内で無効化されます」
「すると、風の妖精の支援を必要とする<飛空術>も無効化されているのか?」
「ハッ。その通りでございます。身体強化による跳躍は可能でありますが、<飛空術>による浮遊、飛行は行えません」
「であれば、<飛空術>による壁の調査も行えないのか?」
「その通りでございます」
「魔道具による攻撃はどうだ?」
「発射は可能です。ですが、物理防御のコーティングに弾かれます」
むむ……。
つまりは、既に発動している魔力は問題ないが、空間における魔術行使が全て封じられているということになるな。とすると、物理防御を上回る破壊力で魔術封じの印を破壊すれば何とかなるかもしれないな。
「物理的な破壊は試みたのか?」
「体術、石のつぶて、剣技にる切断、アックスやハンマー類による破壊の全てが無効化されています。これは物理防御コーティングの発動と考えられますが、そのコーティングされている物体が何であるのか不明であり、破壊が出来ません」
「斬撃はどうだ?」
「残念ながら発動できません。剣の迸りまでは確認できますが、そこからは魔封じの影響で無効化されます」
「そこまでの完璧な障壁を築いているということは、敵襲は無いと考えて良いか?」
「敵影は確認できておりません。<飛空術>により崖の上下を確認しましたが、敵軍が控えている様子は確認できておりません。
尚、高低差が100m以上あるため、それ以上の広範囲での索敵は行っておりません」
「なるほど、分かった。この壁から進軍は、現状の装備では不可能であろう。科学教の<大筒>でもあれば、話は変わったかもしれんがな。
よし、引き返して、迂回路から進軍しよう」
「ハッ!」
ーーーー
「報告します!退路にも<見えない壁>が発生しました!」
「な、な、なんだと?」
「壁の位置は残念ながら、迂回路への入り口手前にあり、完全に閉じ込められた状況にあります!」
「分かった。副官と女性騎士団長に、ここに集まるように伝えてくれ」
「ハッ!」
おかしい。これだけ大掛かりな<見えない壁>であれば、何らかの気配があったはずだ。こちらの進軍速度、人数を踏まえて、絶妙なタイミングで退路を断つことを瞬時にして成し遂げたというのか?騎士団の進軍速度より速く、宮廷魔術師の集団よりも高度なコーティング魔術や魔術封じの印を施し、透明化と移動を可能にしたとしたら、我々は何を相手にしているのだ?やはり、飛竜なのか?
とにかく、任務は失敗であることは認めざるを得ない。それだけにとどまらず、この状態から近衛兵200名と女性騎士団100名を何とか救出せねばならぬ。<飛空術>の使える者に伝令として、帝都へ向かわせるしかあるまい。
「よし、これより帝都へ救出要請の急使を出す。飛空術を使える者をここに寄越せ。救出部隊が到着するまでは、全軍に体力の温存と食料や飲み水の節約を徹底させろ」
「あ、あの、恐れながら申し上げます!」
「なんだ?」
「<飛空術>を使える者の魔力が枯渇しましたので、回復は明日になります。また、土地勘がないため、魔力切れを起こさぬよう、休憩を挟みつつ、山を下りることになります」
「その者は安静に努め魔力を回復させろ。この閉じ込められた道沿いで、崖の低い場所、または谷底に降りられる場所が無いか確認しろ」
「ハッ!」
結局のところ、打つ手が何もなかった。此処しかないという場所に封じ込められていることが分かった。後は村人が通過することを祈るしかないが、この後直ぐに暗くなるであろうから、そこは期待できない。
そもそもだ。
このような綿密な地形把握をできているとすれば、村人を巻き込んでの作戦の可能性が高い。とすれば、村人達が馬車を利用して、この道を通過するわけはないのではなかろうか?
更にはだ。
このような綿密な計画がいつから立てられたのかは分からぬが、脱出した伝令が捉えられて、帝都に向かわせないような監視も行われているのではなかろうか?
僥倖にも、兵站の部隊は手配してある。皇帝陛下から見捨てられての罠にはめられたのでなければ、明日の昼には進軍をはじめるであろう。この山間に到着するのが夕方か夜。すなわち、2日持ちこたえれば水と食料にありつける。
うむ。ここで2日間を凌ぐ方法だ。
そこに注力することにしょう。
明日(日曜日)も、続きます。




