5-31.高価な買い物をしよう(上皇様サイド)
トレモロ卿が婚約したとの情報があった。聖女様の件はさておき、私を支えてくれた侯爵が結婚するとなると、何らかのプレゼントがあってしかるべきだ。まして、トレモロ卿はそういった婚約や結婚に必要な装飾品に興味が無く、帝都どころかナポルの本拠地にすら、滞在してる期間が少ない。無理やりにでも連れ出さないと話が進まぬわ。
しかし、装飾品に関してはワシも何を見てよいのか分らぬ。妃が出入りの商人に何だか注文をするたびに、うんうん頷くだけであった。こういうことになるなら、少しは関心を持って接しておけばよかったのであろうか。
かといって、今回に関しては出入りの商人を呼んでいては、トレモロが辞退するのは明らかであろう。
うむ・・・。なかなか難しい。
ここは知り合いの店を選ぶしかあるまい。
確か皇后、つまり息子の妻である嫁がオーナーをしている装飾店があったはずだ。そこなら、ワシが買い物をするときはツケが利く。多人数のお供を連れていかずに買い物をするなら、あそこしかなかろう。
「上皇様!突然のお呼び出し、如何されましたか?」
「トレモロ卿よ、お主の所へアルバートを使いにやったのは、衛兵を連れずに買い物へ行くためだ」
「と、いいますと?」
「装飾品を買いたくてな。トレモロ卿にとって関心が無いことは知っておる。ハシム卿が滞在している様子であったが故、お主ら二人を呼びだしたのだ」
「左様でございましたか。目立たぬ様に心がけてお供させて頂きます」
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しかし、なんだ?この店に<麻袋>など、普段ではあり得ないオブジェだ。
アクセントにもならぬ。芸術性もみうけられぬ、単なる台所の荷物が放置されているようにしか見えぬ。それが店構えの入り口に放置されているとは一体何がおきてるのだ?
麻袋といえば、昨日のヒカリ様が取り出したガラス容器とクッキーは見事であった。だが、麻袋だからと言って、ヒカリ様は関係あるまい。
「上皇様に於かれまして、いつもご機嫌麗しゅう」
「あーあー。店長、息災で何より。今日はお忍びだから気遣い無用。ワシではなくて、こちらの者が指輪を買いにきただけである。
それより、この玄関の麻袋はどういうことだろうか?店に似つかわしくないし、通るのに邪魔であろう?」
あたふたと麻袋の指示を出す店長を横目に、店の奥へと進む、トレモロ卿から声が掛かる。
「上皇様、我々が指輪を選ぶのでしょうか?」
「うむ。お前らが適当に選べ。この店はツケが利くから何でも構わぬ」
「は、はぁ」
「ハシム、トレモロではこういう物に不慣れだろう。おぬしが手伝ってやれ。結婚指輪にも使えるような程度で、1セットを見繕うのだぞ」
「ハッ。承知しました」
まぁ、ワシには良し悪しの何たるかが判らぬ。金貨を持ち歩いて交渉するのは遠征した地方のみだ。そのようなときは食料や休憩場所であって、装飾品の価値など知る由もない。二人に任せておくのが良かろう。
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むむ?何やら入り口の方が騒がしいな。
例の麻袋に躓いて、誰かが怪我でも負うたか?
「店長、どうされた?何か騒がしいようだが」
「あ、あの、こちらのエルフの方とドワーフの方の荷物をお預かりしようと、申し上げておりましたのですが……」
「ふ~む。ムム!
立ったままでの挨拶、大変失礼しました!人族の皇帝の父として聖女様達にお詫び申し上げます!」
な、何故?
昨日のヒカリ様に続き、冒険者の様なお姿をされた聖女様が二人も帝都を訪問されているのだ?種族もエルフ族とドワーフ族に見受けられる。
「上皇様!どうされましたか!」と、トレモロ卿、ハシム卿
「ハシム卿、トレモロ卿、こちらは聖女様にあらせられる。ご挨拶をしなさい!」
「ステラ様、ニーニャ様お久しぶりです。上皇様が平伏してしまっているので、楽にするようにお声を掛けて貰えませんか?」と、トレモロ卿。
「トレモロ様、承知しました。
人族の上皇様よりご挨拶頂き光栄です。<聖女>とは異なるため、そのような過度な敬服は不要でございます。ご起立頂き、再度挨拶をさせて頂きませんか?」と、エルフ族の聖女様。
「あれ~?ステラとニーニャ。トレモロさんまでどうしたの?」
と、何故かヒカリ様までいらっしゃる。今日は聖女祭りか何かなのか?
「っていうか、上皇様とハシムもいるじゃん?みんなどうしたの?
あっ。わかった!<聖女様>が登場したから、こうなったんだね。なるほどねぇ。
上皇様、起きて。お茶しよ。そこに個室があるよ」
と、ヒカリ様。訳も判らず、ヒカリ様に手を取られてついていく。
そこにもメイド服を着た聖女様が更に二人もいらっしゃるでは無いか。
「上皇様、
こちら、エルフ族のステラ・アルシウス様
こちら、ドワーフ族のニーニャ・ロマノフ様
このメイド姿は獣人族のレイ・ペルシア様でトレモロさんの婚約者。
こちらのメイドの子はアジャニアのミチナガ様の婚約相手であるアリア。
です」
「こちらの聖女様達は、ヒカリ様のお知り合いでいらっしゃいますか?」と、上皇様。
「うん。一緒にいろいろ活動してる大切な仲間だよ。
ちょっと買い物した荷物を取って来るから、みんなで仲良くね」
と、ヒカリ様は私を置いて出ていかれてしまう。
聖女様が4人。何が起きているのだ。
「トレモロ卿、何が起きている?」
「ハッ!偶然とは思われますが、ヒカリ様のお仲間が一堂に会せられております」
種族もバラバラ。聖衣も纏わず、冒険者の風情やメイド服と服装もバラバラでいらっしゃる。トレモロ卿の言う様に偶然なのだろうか?
ーーー
聖女様達が歓談されているところへ、店長が入ってきた。
「お客様、失礼します。装飾品をお持ちしました」と、店長。
「うむ。聖女様達とそこの二人の意見を聞くが良い」
と、店長へ返事をすると、トレモロ卿からの一言があった。
「店長、そちら女性達がこの店の状態に大変ご立腹である」
「何か手前どもに粗相がございましたでしょうか」
「この店のオーナーが処刑されるレベルの粗相であるな」と、ハシム卿が続ける。
「ま、ま、待って。私が悪いなら私が帰るから」と、ヒカリ様
「ヒカリさんがこのまま帰るなら、私が我慢することになりますわ」と、エルフ族の聖女様。
「ヒカリが偽物を全部買い取って捨てるなら、私も譲歩するんだぞ。」と、ドワーフ族の聖女様
何か揉め事があったのだろうか?
「ええ~?わ、私は悪くないよね?我慢してる側だよね?」
「ヒカリ様、上皇様に抗議を申し立てますわ」
「ロマノフ家の名を汚す人族へ宣戦布告する用意があります」
何故装飾店の揉め事が種族間の戦争に発展する?
何故ワシが戦争を受けねばならぬ?
良く判らぬが、何が何でも止めねば不味い!
「トレモロ、ハシム!この店の品を全て買い取れ!今すぐにだ!」
「で、ですが、手持ちが十分にございません!二人合わせて金貨500枚程度でして……」
と、トレモロ卿もハシム卿も大した金銭を所持しておらぬ。
ワシが突然呼びだして、ツケで買い物をする予定であったため仕方あるまい。
だが、この事態をどう解決すれば良いのだ?
聖女様2人に戦争を仕掛けられたら、どうこうなるという話ではない。
ぐ、ぐぅ……。
「トレモロ様、金貨1000枚を加えても良いです」と、人族の聖女様
「トレモロ様、『好きな物買ってあげる』と、ヒカリ様から言われています」と、獣人族の聖女様。
トレモロ卿は如何にして聖女様達から信頼されている?
金貨1000枚どころか、追加で金貨が出て来るのか?
だが、それでもこの店の商品を買い取るには足りぬだろうて……。
「あの~。店長さん?」と、ヒカリ様が店長へ語り掛ける。
「はい、何でしょうか?」と、答える店長。
「鑑定書が付いているこの店の品物と、先程の高級ハーブティーの茶葉では総額でどれくらいになります?」
「鑑定書付きは合計で金貨4800枚、茶葉は大よそ金貨180枚でしょうか」
「それらが偽物だった場合に、<10倍の値で買い戻します>って、宣誓書を書いて貰っても良い?」
「ちょっと待ってください。
贋作とすり替えて、その贋作を告発することも可能です。
鑑定の前に店の信用|棄損≪きそん≫を補償をして頂きたい」
「補償費はどれくらい?」
「総額の10倍。つまり、金貨5万枚をお支払い頂きたい」
「未来の補償費だから、今日じゃなくても良い訳だよね?」
「ええ、まぁ、そういうことになります。ですがオーナーからこの店舗を預かっている手前、立会人としての上皇様の署名入りで、当人と保証人の名前を記載して頂きます」
な、何故にワシが巻き込まれている?
「上皇様がいらっしゃる前で、状況を整理させて頂きますね。
1.鑑定書付きの装飾品は金貨4800枚。特製ハーブティーは金貨180枚相当が対象。
2.信用棄損には、評価額の10倍を補償する。
3.偽物であれば損失額の10倍を相手に支払う。
4.誓約書、借用書には立会人と保証人の名前も記す
ここまで良いです?」
「貴方の説明は明確ですね。上皇様にもご理解頂けましたでしょうか?」と、店長。
「うむ。良いだろう」
と、よく理解もせずに答えてしまったが、何か不味かっただろうか?
「店長さん、わかりました。では、私と店長の署名入りの契約書を作成し、立会人である上皇様、そして、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、帝国の侯爵様2人にも署名して頂きましょう。契約書には双方の保証人の名前を記すこと。
よろしいですね?」
「宜しいですとも」
立会人としてのサインであれば問題あるまい。
何か見落としていることがあるかもしれぬが、店長とヒカリ様の意見の相違であれば、大事になるまい。種族間の戦争に発展するよりは断然よいであろう。
ーーーー
「店長さん、宣誓書兼契約書の作成が終わったので、これからの取引は契約書に沿って実施されます。宜しいですね?」
「もちろんですとも」
「これ、帝国の財務大臣の封しが付いた金貨の袋ね。革袋と封しに異常がなければ、1つ金貨200枚相当になるから。確認してもらっても良いかな?」
「か、確認します。ですが、公平性を期すためにも、上皇様に私が触る前に確認して頂いても宜しいでしょうか。異常が見つかった際に、此方が棄損したことを疑われては困ります」
「よろしいぞ。だが、ヒカリさんの前で<金貨>の話は無駄であろうに」
と、思わず呟いてしまった。帝国の精鋭騎士団500名を捕縛して身代金を要求しないというのだから、金貨5000枚を用意するのは聖女様にとって造作もないことなのであろう。
革袋を1つずつ点検して周るがおかしなところは見当たらない。早速答えるとしよう。
「店長よ、ワシの目からは異常は確認できぬ。それゆえ、ここには帝国の金貨で5000枚が積まれているということになる。宜しいか?」
「しょ、承知しました」
「店長さん、そしたら、私は金貨5000枚で、<現物と信用価値>を手に入れたことになるよね?
「は、はい。契約書の記載の通りでございます。末永く、大切にご使用いただければと思います。また、何らかの修理が必要になりました場合には、速やかに信頼のおける専門の工房へ依頼をさせて頂きますので、どうぞお申しつけください。
本日は当店のご利用大変ありがとうございました。
またのお越しを心よりお待ち申し上げます」
ふぅ。
やっと終わったか。危うく聖女様を相手に戦争が始まるところであった。
それを収めたヒカリ様には後日礼を言わねばなるまい。
ホッと、安心したのも束の間、
ドワーフ族の聖女様とエルフ族の聖女様がヒカリ様と共に何かを始めてるでは無いか?
もう、戦争が起こらないし、現品の購入が済んだのだから、今日は撤収しても良かろう?
「ヒカリがこれを使わないなら、上皇様にプレゼントするんだぞ」
「そっか。私達はさっきの木製で十分だと思ってるんだよ。ニーニャには悪いけど上皇様へ献上してもいいかな?」
「人族の頂点に君臨される皇帝の父上であられる上皇様、
ドワーフ族のニーニャ・ロマノフ、この度、人族の親友であるヒカリ・ハミルトン卿より命を受けて、上皇様に献上したき指輪がございます。つきましては上皇様に納めて頂くうえで、小生の銘により御眼汚しの失礼をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
と、ドワーフ族の聖女様が私に話しかける。
簡単に言えば、銘入りの指輪をくれるということだろうか?
こちらも最上敬語で返さねばなるまい。
「<聖女>の資格を所持されるドワーフ族のニーニャ・ロマノフ卿、人族として拝見奉り、誠に光栄です。更には、貴重なる一対の指輪を下賜頂けるとのこと、誠に有難き幸せでございます。もし、不都合が無ければ、交流の証としてご芳名を施して頂けますれば、一族末永く大切に継承させて頂きたいと存じ上げます」
「承知しました。失礼して銘を入れさせて頂きます。店長、これを見て確認したら上皇様に奏上するのだぞ」と、ドワーフ族の聖女様。
と、店長から渡された一対の指輪をよく観察する。
この色と光沢は超高純度のオリハルコンでこのような輝きを放つと聞いたことがある。人族の精錬技術では40%を超えた辺りから条件や器具が整わないと聞いたことがある。
このようなものを作れるのは聖女様だからなのか?
本当に頂いて良い物なのかは、後ほどヒカリ様に相談させていただくとしよう。
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「皆様、お茶が入りましたわ。ヒカリさん、あまり虐めては気の毒ですわ」と、エルフ族の聖女様。
「わ、私が悪いんじゃないよ!二人が宣戦布告するからでしょ!」と、ヒカリ様
「あ、大変美味しいお茶をごちそうになりました。店長としていろいろお詫びを申し上げないといけません。ですが最初に金貨5000枚の返金をさせてください」
と、平謝りする店長。よし、今度こそ撤収できるであろう。
「え?さっき、宣誓と契約書を作成したでしょ。<偽物なら価値の10倍返し>って。わたしは<現物と未来の信用>を買ったんだよね?」
と、ヒカリ様が疑義を唱える。
確かに、この店長はヒカリ様が贋作鑑定をするまえに、<信用の補償>などと、対抗意識を燃やして、宣誓書にサインをしておったな。
「は、はぁ。まぁ、良質な宝飾品は永遠の輝きを約束されますので、未来まで保証されます」
「いま、私が買い取った物は、贋作が示されたことによって、<現物+未来の信用>の合計で5千枚+5万枚が失われて、その10倍を私に返す必要があるんだよ。合計で55万枚になるね。返済はこの店のオーナーに頼もうか。なにせ、著名な人達の立ち合いの署名入りだからね。踏み倒すと戦争になるよ?」
今、ヒカリ様はなんと言った?
『オーナーが55万枚を支払うことになると、契約書に書いてある』
と、言わなかったか?この店のオーナーは皇后であって、その契約書には立会人としてワシのサインがある。
ワシは聖女様達と、ストレイア帝国のどちらを守らなければならないのだ?
ツケで済ますつもりが、エライ高価な買い物をしに来てしまったのか?




