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異世界で気ままな研究生活を夢見れるか?  作者: tinalight


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314/334

5-30.高価な買い物をしよう(店主サイド)

私は貴族街の中でも割と有名で名品を揃えていることで知られている宝飾店の店長。丁稚から始めて、種々の困難を乗り越え苦節30年、昨年の秋よりオーナーに手腕を見込まれて店長に昇格しました。街行く女性や装飾品を求める女性を歓待しながら結婚もせずに四十路を迎えようとしている今日この頃です。


皇族や侯爵夫人なんかも顔を出すこともあるぐらいには信用ある店ですから、そのことを多少は誇りとして持っていても良いのではと思います。

勿論、下級貴族の方もいらっしゃいますし、上級貴族に仕えていて、別荘にお供でいらっしゃるようなメイドさん達が同行される場合もあるので、人に対して分け隔てなく接するように心がけています。


ただし、例外もございます。

何せ、店舗内のスペースと接客人員の確保に限度がありますから、優先的に対応すべきVIP待遇の人がいらっしゃるのです。そして、そのようなVIPが来られる事態に備えて、<当店に相応しくない方>は、残念ながら優先順位を下げて対応させていただきます。

あるいは、さりげなく高価なものをお勧めすることで、<当店に入店できる資格>を提示することで、双方が嫌な思いをしないように配慮させて頂いております。


その様な日ごろの努力もありまして、宝飾店としての名声も高まり、また、高価な品がある場合にはその買い付けも出来ます。そのようにして、名声とともに、品揃えも充実するというwin-winの関係が成り立っている状況であります。


さて、今日のスケジュールにはVIPからの予約などございませんから、いつも通りの対応していれば特段問題は無い平穏な1日となりそうです。


おや、早速1組目のお客様がいらっしゃったようですね。

ですが、その、なんといいますか。当店に<麻袋>を両手に抱えてのご来店は、買い物帰りのメイドさん達が冷やかしに来ているようにしか見受けられません。また、メイドさん達を悪くいう訳ではありませんが、当店の品物はメイドさんたちのお給金で手が出せるような品物はございません。


早速、アイコンタクトと手振りで合図を送って、接客している女性店員にいつものプランを実行させましょう。


ーーーー


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょうか?」

「私達3人でお店の中を見たいのですけど、宜しいですか?」


「承知しました。ご主人様は本日はいらっしゃらないのでしょうか?」

「私達3人だけです。何か不味いことがありますか?」


「いえいえ、とんでもございません。宜しければそちらの手荷物をお預かりしましょうか?」


「レイ、アリア、荷物を預かってくれるって。この買い物の麻袋は嵩張ってて、店内を見るのに邪魔だよね?」

「ヒカリ様、ですが、大事な物も入っていますので……。」

「ヒカリ様、私が店の隅で見てましょうか?」

「レイの言う通りかも。でも、アリアが見ないとか無いよね。こういうときにユッカちゃんの鞄があると便利なんだけどさ。軽くするだけじゃ、いろいろと不便だよ」

「ヒカリ様、私が待ってますので、どうぞレイ様と御二人でみてきてください」

「いやいや。私はいいからレイとアリアが行ってきなよ」


何やら揉めている様子ですね。

入り口にメイドがタムロしてると思われると、当店の品格がその程度と思われてしまうので速やかに解決した方が宜しいですね。


「いらっしゃいませ。お客様、どうかされましたか?宜しければお話を伺いますが」

「あ、店長さんなの?私達にとっては大切なものだから、お店側で管理してくれるならいいんだけど」


この麻袋を抱えたメイドは口の利き方もガサツで私の好みに合いませんね。買い物帰りのメイドの<大事な物>なんて、たかが知れてるでしょう。だいたい、有名貴族のメイドでしたら、女性店員側で貴族ランクを把握しています。それが出来ていないのは新興か、新年の儀に連れてこられた一見いちげんさんでしょう。


ここは店長である私の腕の見せ所ですね。今日はVIP室が空いております。あちらへ案内して、最上の接客をお見せしましょう。


「左様でしたか。大変失礼しました。それでは、貴重品などをお持ちのかた専用の部屋へご案内させていただきます。また、お茶でもお飲みになりながら、見たい種類の装飾品を個別にお持ちしましょう」


手の空いてる女性店員にVIPシフトを命じて、早速お茶の用意をさせましょう。


「荷物は私達がお持ちしても宜しいでしょうか?」

「持ち上がらないから、こっちで運ぶよ」


この<麻袋>のメイドはぶっきらぼうというか、失礼な物言いですね。貴方達女子が持ち上げられて、私が持ち上がらないとかある訳ないでしょう。


「では、当店の警備を担当している<剛力>の持ち主に運ばせることにします」

「なら大丈夫かな?無理して引っ張ると麻袋が破けて大変なことになるから。気を付けてね?」

「承知しました」


警備の<剛力>持ちに荷物をVIPルームに運ばせる指示をだして、お茶の用意をさせます。お茶の質や、食べたことのないお茶菓子で先制をして、そこに手の届かない宝飾品を並べたら、その生意気な口も塞がるでしょうかね。

あの減らず口を塞ぐまではスマイル!スマイル!


ーーーー


「こちら、かの有名なエルフ族のステラ・アルシウス卿がブレンドされた、特製のハーブティーになります」


と、女性店員に台本通りの口上を述べさせますよ。メイド仲間でも吟遊詩人のサーガやステラ様の御威光はご存知でしょうか?その名前に平伏していただきましょう。そのティーカップだって、特別に白色に仕上げてもらった物なのです。一般には流通していない見事なものなのですよ?


メイドのお客様は3人が3人とも色と香りを嗅いだだけで、お茶を口にしようとしません。何やら3人で顔を見合わせて、いろいろと相談しているようです。まさか、貴族の館に持ち帰りたいとか言うのでしょうか?

残念ながら茶葉をお分けすることもできませんし、お茶は入れてから冷めると味が落ちますので、それも叶いません。


「あの~。<普通のお茶>はありませんか?例えば<どんぐり茶>でも構いません。無ければ水でも結構です」

「承知しました。お取替えしますので、少々お待ちください」


フフン。庶民には価値が判らないということですね。普段飲みなれた物の方が宜しいと。そうでしょう。そうでしょう。先ずは相手の出鼻を挫いてやりましたよ。ただ、私にも高級過ぎて、良いのか悪いのかさっぱり分からない味と香りですがね。


「それで、今日はどういった物をお探しでしょうか。失礼でなければご予算とともに伺いたいのですが」

「2個セットで使える指輪を見たいです。予算は度外視で、良さそうな物を上から順番に持って来てくれます?」

「承知しました。少々お待ちください」


『上から順番に持ってこい』ですと?自分の無知を知らしめてあげましょうかね。


「お待たせしました。こちらが当店で所有する一番高価な指輪になります。かの有名なロマノフ家の作品になっておりまして、銘も入っております。ロマノフ家はご存知でしょうか?」

「これは本物でしょうか?」


失礼千万ですね。銘が入っているといったではありませんか。頭だけでなく、耳も悪いのでしょうか?


「銘が入っております。オリハルコン製との鑑定書も付いてございます」

「ロマノフ家の家系によるけど、武具がメインでしょ。指輪も作ると知らなかったので、すみません」


生意気な<麻袋>のメイドの他に、購入を決める二人のメイドさんも代わる代わる見てますね。ですが、どうも反応がかんばしくありません。値段を聞いて驚いてから諦めて欲しいところなのですがね。


「あの~。これは御幾らでしょうか?それと、もうちょっと<普通>のはありませんか?」


「ペアのリングで金貨1000枚になります。ですが、金の指輪ですと、家事の際に歪む恐れもありますので、なかなかのお値打ち物と考えますが」


「じゃ、オリハルコン製でいいから、銘の入って無いのをもってきてくれる?」

「承知しました。比較のため、こちらのロマノフ家の物は置いておきます。少々お待ちください。」


ーーーー


オリハルコンが何かも判らない小娘に価値の評価はできないでしょう。金、真鍮、オリハルコンの3種類を並べて持って行って、その真贋を見極められるか確認して貰いましょう。


「店長!すみません!」


と、火急を要するような声が店員から掛かりました。何かトラブルでしょうか。


「何事です?」

「上皇様がお忍びで来店されました!」


「な、なんですと?お供は何名です?そして、ご用件は?」

「上皇様含めて3名です。VIPルームに先客がおりますので、まだ入り口の所で待機して頂いております」


「私が対応します。直ぐにVIPルーム2の準備を始めなさい。それと、VIPルーム1のお客様は目利きをされたい様子ですので、金、真鍮、オリハルコンの3種類のペアの指輪を用意してお持ちするように準備してください」

「分かりました!」


朝一の段階で、VIPルームを使わせてしまったのが裏目に出たということでしょうか?それよりも早く上皇様に失礼のないように対応しなくてはなりませんね。


「上皇様に於かれまして、いつもご機嫌麗しゅう。」

「あーあー。店長、息災で何より。今日はお忍びだから気遣いは無用。適当に店内を見せて貰っても良いかな?」


「あ、あの。ご用件又はご要望がございましたら承りたいと存じます。また、いつものVIPルームには先客がいらっしゃるので、別の部屋をご用意させて頂きます」


「あー。気遣い無用だ。ワシではなくて、こちらの者が指輪を買いに来ただけである。

それより、この玄関の麻袋はどういうことだろうか?店に似つかわしくないし、通るのに邪魔であろう?」

「ご指摘ご尤もです。直ぐに片付けさせます。また、お部屋の準備が整いましたら、後ほど声を掛けさせて頂きます。」


「先客を優先で構わん。手が空いたら来てくれればいい」

「承知しました!」


うちの警備の者は何をしてるんでしょうね?『麻袋が邪魔』とか、最悪の指摘をされてしまいました。それも上皇様に不便を強いたとなると、よからぬ噂が立ちます。事と次第によっては明日から路頭に迷って貰いましょう。


ーーーー


っと、言ってる傍から次のお客様が入り口で待っていますね。

でも、古びた長い杖を抱えたエルフと年季の入った大きなリュックを背負ったドワーフです。御二人とも女性の様ですが冒険帰りということでしょうかね。流石にあの格好でこの店の中をウロウロされるのは困ります。ていよく追い払う算段を考えましょうか。


「お客様達、何か当店にご用件がございますか?」

「皇室御用達の宝飾店があると伺ったので、寄らせて頂きましたわ」と、エルフ。

「耳飾り、手甲、額にかかるティアラの3点二人分が欲しいんだぞ」と、ドワーフ。


ドワーフはともかく、エルフの方は礼儀を弁えていらっしゃるようですね。ですが、その格好で店内に入って頂くのは少々問題だと思いますし、ちょっとした冒険者ではこのお店で取り扱うような商品には手が届かないと考えるのですよ。女性二人で前衛のアタッカーも存在しなそうなパーティーでは魔物攻略も限られてるでしょう?


「失礼ですが、どなたかの待ち合わせか、あるいは紹介者はいらっしゃいますか?」

「待ち合わせはないですけど、トレモロ・メディチ侯爵の紹介です」


トレモロ様は存じておりますよ。女性関係と一切の縁が無い方です。侯爵様の名前を出すのは良かったかもしれませんが、当宝飾店とのお付き合いは殆どありません。ですが、万が一にも貴族の間に良からぬ噂が立たないよう、当たり障りのない範囲で店内を見て貰うことにしましょうか。


「左様でしたか。侯爵様の御高名はよく存じております。大したものは無いかもしれませんが、どうぞご覧ください。

それと、差し出がましいことを申してすみませんが、宜しければお荷物をお預かりさせて頂いても構いませんか?」


「人の荷物の世話の前に、そこの麻袋を片付けた方がいいんだぞ」

「ニーニャさん、お店の方に失礼ですわ。何か事情があるかもしれませし」


「この店に麻袋は似合わないし、正面の入り口に置いておいては邪魔なんだぞ。」

「そういう場違いな事をするのはヒカリさんぐらいしか思い当たりませんが、彼女は今どこかでお茶をしているはずですわ。ハーブティーのことを聞かれましたもの」


「私もヒカリのせいだと思うんだぞ。だけどヒカリは、どこかの武具店でオリハルコンの品定めをしているはずなんだぞ」

「そうだとすると、珍しくヒカリさんのせいではないですわね。帝都も人が多いので、変わった方がいらっしゃるのかしら」


「あ、あの、御二方、とりあえず店内をご覧頂く前にそちらのお荷物を預からせて頂いても宜しいでしょうか」

「だから、その麻袋を先に片付けるんだぞ。私の荷物は貴重品だから、ぞんざいな荷物の扱いをする店主には預けられないんだぞ」

「そうですわねぇ。私の杖も貴重品なので、麻袋の様に放置されるのは困りますわ」


「で、でしたら、個室をご用意致しますので、片付くまで、そこでお待ち頂けますか?」

「急いでるんだぞ」

「店長さんなのかしら?早ければ今晩中にはパーティーに招待されてしまいますので、手短に事を済ませたい事情がありますの」


「で、ですが、その大きな荷物が店内でぶつかりますと、他のお客様のご迷惑になるかもしれません」

「ステラ、話にならないんだぞ。早く見て、とっとと決めるんだぞ」

「そうですわねぇ。こちらの話を何も聞いて下さらないんですもの」


「あ、あの!少々お待ちを!」


って、ついつい声が大きくなってしまいました。もう少し上品で穏やかな方達でしたらいろいろと手もありますし、警備の者に対応させる手もあるのですが……。


「店長、どうされた?何か騒がしいようだが」


と、上皇様が来られてしまいましたよ。何たる不覚!


「あ、あの、こちらのエルフの方とドワーフの方の荷物をお預かりしようと、申し上げておりましたのですが……」


「ふ~む。ムム!

立ったままでの挨拶、大変失礼しました!人族の皇帝の父として聖女様達にお詫び申し上げます!」


と、上皇様が麻袋を挟んでエルフの人達に土下座をするじゃありませんか。そして店内中に響き渡るような声で謝罪を述べるとは何事です?<聖女>と仰いましたか?


上皇様以外がぼ~っと立っている状態です。

何から手を付けていいのでしょうか?


「上皇様!どうされましたか!」


と、先ほどの付き人の2人が駆け寄ってくる。

それだけでなく、麻袋の張本人達も、騒ぎを聞きつけて個室から顔を出してくる。


「ハシム卿、トレモロ卿、こちらは聖女様にあらせられる。ご挨拶をしなさい!」


お一人の付き人はすぐに土下座をして口上を述べ始めました。

もう一人は麻袋の先で立ったままのお二人へ声を掛け始めました。


「ステラ様、ニーニャ様お久しぶりです。上皇様が平伏してしまっているので、楽にするようにお声を掛けて貰えませんか?」

「ステラ、なんとかするんだぞ」と、ドワーフ。

「トレモロ様、承知しました。

人族の上皇様よりご挨拶頂き光栄です。<聖女>とは異なるため、そのような過度な敬服は不要でございます。ご起立頂き、再度挨拶をさせて頂きませんか?」と、エルフ。


何が起きているのかさっぱりです。

冒険者の二人が上皇様より上位であるとでも言うのでしょうか?

ぼ~~っと見てるしかありません。


「あれ~?ステラとニーニャ。トレモロさんまでどうしたの?」


<麻袋>がここで登場ですよ。

貴方がこの事態を招いた張本人とも言えるのですよ?

貴方がその麻袋をこの店に持ち込まらなければ、こんなことにはならなかったのです!

もう、私の中では貴方は<麻袋>ですよ。そう決めました。


「ヒカリさん!」と、エルフ。

「なんでヒカリがここにいるんだぞ!」と、ドワーフ。

「ヒカリ様、今日は買い物だったのでは?」と、上皇様の付き人。


「っていうか、上皇様とハシムもいるじゃん?みんなどうしたの?

あっ。わかった!<聖女様>が登場したから、こうなったんだね。なるほどねぇ」と、<麻袋>。


「ヒカリさん、感心してないで、助けてください」と、エルフ。

「わかった。上皇様、起きて。お茶しよ。そこに個室があるよ」と、<麻袋>。


私の店内を我が物顔で使う訳ですね。皆様がぞろぞろとVIPルーム1に向かいます。上皇様が<麻袋>に手を取られて、個室に向かうではありませんか。意味が判りません。


もう、そっちは<麻袋>に任せて、こちらは本物の麻袋を片付けるとしましょうか。

って、これは重いですね。動かないです。下手に引っ張ると本当に破けてしまいそうです。全く何が入ってるのでしょうね?

こうなったら、店員総がかりで移動させましょう。声を掛けて周ろうとすると、後ろから声を掛けられました。


「あ~。私の荷物をちょっと良いかな?」と、個室から戻って来る<麻袋>。

「どうされましたか?直ぐにお運びしますが」

「あ~。重いでしょ?私が運ぶから良いよ」


と、<麻袋>は軽々と麻袋を積み重ねてVIPルーム1へ運んで行ってしまわれるではありませんか。


あの人は何なんでしょう?麻袋の族長か何かで、全ての麻袋はあの人の意のままに動くとでもいうのでしょうか?

とりあえず、上皇様の先ほどの狼狽うろたえたご様子の原因が何であるのか、店長として知っておくのは今後の顧客満足度向上のために必要な情報と考えます。

何らかの装飾品をもって、VIPルーム1へ伺いましょうか。


ーーーー


「お客様、失礼します。指輪、額に飾るアミュレット、手甲のチャーム、耳飾りをお持ちしました」

「ああ、店長ご苦労である。だが、聖女様達は木製品の装飾品で十分満足の様子である。それを上回る物を拝見出来るのだろうか?」


な、な、な、なんで木製のガラクタが散乱しているのです?うちの女性店員3人も混ざって、何をしてるんですか。


「上皇様、当店の自慢の一品でございます。一度手に取ってその素晴らしさを感じて頂ければと思います」

「うむ。聖女様達と、そこの二人とで話すがいい」


「あの……。上皇様、大変失礼ではございますが、<聖女様>と申されますと、どちらにいらっしゃる方でしょうか」


「トレモロ、ハシム!無知はとても怖いことであるな!」

「「ハハッ」」


何が起きてるのでしょうか。お忍びで連れてこられた付き人二人が無知ということを叱責されているのですよね?<聖女様>の話はどちらへ行かれましたが?


「店長、そちら女性達がこの店での待遇に大変ご立腹である」


と、付き人の一人。誰がお怒りであると?私はその何倍も腹にため込んでますが。


「何か手前どもに粗相がございましたでしょうか」

「この店のオーナーが処刑されるレベルの粗相であるな」と、もう一人の付き人。

「ま、ま、待って。私が悪いなら私が帰るから」


と、意味不明な事を言いだす<麻袋>。

貴方の粗相をこの店のオーナーである皇族の方が見逃す訳がないでしょう。


『この店のオーナーから処刑される』


と、付き人の一人が言ったのが聞こえなかったのでしょうか。


「ヒカリさんがこのまま帰るなら、私が我慢することになりますわ」と、エルフ。

「ヒカリが偽物を全部買い取って捨てるなら、私も譲歩するんだぞ」と、ドワーフ。

「ええ~?わ、私は悪くないよね?我慢してる側だよね?」と、<麻袋>


「ヒカリ様、上皇様に抗議を申し立てますわ」と、エルフ。

「ヒカリ・ハミルトン卿、ロマノフ家の名を汚す人族への宣戦を布告する用意がありますが、受けて頂けますか?」と、ドワーフ。


「トレモロ、ハシム!この店の品を全て買い取れ!今すぐだ!」と、上皇様。

「で、ですが、手持ちが十分にございません!二人合わせて金貨500枚程度でして……」と、付き人の一人。


流石は上皇様の付き人、所有する金貨の額が違います。ロマノフ家の指輪に手が届きそうですね。って、いま、ロマノフ家が人族へ宣戦布告するとか申しておりましたか?


「トレモロ様、私はヒカリ様から金貨1000枚を報奨金として頂けるので、それを加えても良いです」と、一番かわいいメイドさん。


「トレモロ様、ヒカリ様より、『何でも好きな物買ってあげる』と、言われているので、何でもご自由にお選びください」と、背の高い獣人族のような丸顔をしたメイド。


それにしても、そのトレモロと呼ばれている付き人の人は人望が厚いですね。金貨1000枚どころか、さらに追加でも金貨が集まりそうです。

一方、その資金を出すヒカリ様とやらはどれだけのお金持ちなのでしょう?うちの名だたる装飾品の在庫の総計では金貨5000枚に達するというのに。


「あの~。店長さん?」と、<麻袋>

「はい、何でしょうか?」


「鑑定書が付いているこの店の品物は総額でどれくらいになります?それと、もし、その鑑定書付きの品物が偽物と発覚した場合には、店の信用回復のために何倍で買戻しをして頂けますか?」と、<麻袋>。


「なるほどなるほど。<お買い上げ可能であれば>ご自由に鑑定して頂いて結構です。参考までに<ロマノフ家の銘入り>が7点あり、金貨2300枚。その他、銘は入っておりませんが、オリハルコンやミスリル銀製の装飾品は含有金属の鑑定書が付いておりまして、それらは合わせて30点。総額で金貨2500枚ほどになるでしょうか。」


と、誇らしげに語ってみましたよ。貴方のようなメイドの給金では銘が入って無くても鑑定書付きの装飾品は1つたりとも買えないのですよ。


「ふ~ん。装飾品で鑑定書付きは合わせて金貨4800枚ね。高級なハーブティーはどれくらい残ってて、買い上げるとしたら、いくらになります?」

「店にある量は確か50~60袋程度、一袋金貨3枚ですので、大よそ金貨180枚でしょうか」


「あ~。じゃさ。それ買う前に悪いんだけど、<鑑定書が偽物だった場合に、10倍の値で買い戻します>って、宣誓書を書いて貰っても良い?」

「なるほど、なるほど。しかし、ちょっと待ってください。

もし、夜中に商品を巧妙な贋作とすり替えて、翌日堂々と借金した金貨で購入し、挙句にその贋作を告発することも可能になります。

そのような、申し出をされた以上、こちらの店の信用が未来に渡り棄損きそんされることになります。その補償をして頂きたい。」


「補償費はどれくらい?」

「鑑定書の額の10倍。つまり、金貨5万枚をお支払い頂きたい」


「う~ん。ということは、金貨5万枚は未来の補償費だから、今日じゃなくても良い訳だよね?」

「ええ、まぁ、そういうことになりますが、今回の信用の瑕疵かしに関しましては、上皇様も立ち会われていらっしゃることから、借用書を署名入りで作成して頂ければ宜しいかと」


「上皇様がいらっしゃる前で、状況を整理させて頂きますね。

1.鑑定書付きの装飾品は金貨4800枚。特製ハーブティーは金貨180枚相当が対象。

2.信用棄損には、評価額の10倍を補償する。

3.偽物であれば損失額の10倍を相手に支払う。

4.誓約書、借用書には立会人と保証人の名前も記す

ここまで良いです?」と、<麻袋>


「貴方の説明は明確ですね。上皇様にもご理解頂けましたでしょうか?」と、私。

「うむ。良いだろう」と、上皇様より快諾頂きました。


「とすると、こう考えられますね?

もし、私が現状のこちらの店の所有する鑑定品を<今日中に>買い上げた場合、そこには<現物の価値>と<未来の信用価値>が含まれている訳ですよね。

そして、それが偽物だと今日中に判明したら、<現物の価値>と<未来の信用価値>に対して、10倍を支払って頂けると言うことになります。

宜しいでしょうか?」と、<麻袋>


「その通りです。

貴方が現物の10倍の補償を逃れるためには、今日中に金貨5000枚を用意して、鑑定書付きの物を全て購入する必要があります。明日以降はその借金が金貨5万枚に膨れ上がります」


ふふふふ。

自分の愚かな行為と、相手をよく見ずに噛みつく無礼な発言で墓穴を掘ったのだよ。貴方達が仕える貴族に、上皇様の署名入りの借用書を突き付けて、利息と合わせて未来永劫毟り取るとしよう。こんなメイドの小娘に悪態をつかれてもどうっていうことは無い。

とうとう、私も下級貴族の仲間入りのチャンスに恵まれたということでしょうか。


「店長さん、わかりました。では、私と店長の署名入りの契約書を作成し、立会人である上皇様、そして、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、帝国の侯爵様2人にも署名して頂きましょう。契約書には双方の保証人の名前を記すこと。

よろしいですね?」

「宜しいですとも。」


上皇様の付き人が金貨500枚しか無いと言っていたのを聞き逃したのかな?

この場には木製品のガラクタ、金貨500枚。それ以上に価値のあるものは上皇様の署名しかないというのに。世間知らずのメイドを嵌めるなんて造作もない。


スラスラと両者で署名を起こし、上皇様と何故か冒険者のエルフやドワーフ、そして上皇様の付き人、そしてメイド二人までが立会人にサインをする。

はて?上皇様以外に貴族はいましたか?


「店長さん、宣誓書兼契約書の作成が終わったので、これからの取引は契約書に沿って実施されます。宜しいですね?」

「もちろんですとも。」


「では、こちらの机を片付けますので、鑑定書がある装飾品とハーブ1式を並べて頂けますか?」

「もちろんですとも。そこの3人の店員、仕事です。言われた物をこちらへ運び入れなさい」

「「「ハ、ハイ!」」」


ーーーー


「これで、全てになります。また、現物のリストと金額一覧になりますのでお確かめください。念のためですが、こちらはヒカリさんと私の商取引に関わる内容ですので、王族や侯爵様への特別割引は適用外とさせて頂きます」

「うん。大丈夫だよ。じゃ、こっちも金貨出すから確認してね」


って、この生意気な<麻袋>は麻袋から、革製の中型の袋を合わせて25袋も出して机に並べます。


「これ、帝国の財務大臣の封しが付いた金貨の袋ね。革袋と封しに異常がなければ、1つ金貨200枚相当になるから。確認してもらっても良いかな?」


な、な、なんですと?

ひょっとして、あの雑に扱われていた非常に重い麻袋は金貨5000枚?

ま、ま、まさか。

ですが、あの警備員が<剛力>で移動させられなかったのだとしたら……。


「か、確認します。ですが、公平性を期すためにも、上皇様に私が触る前に確認して頂いても宜しいでしょうか。異常が見つかった際に、此方が棄損したことを疑われては困ります。」

「よろしいぞ。だが、ヒカリさんの前で<金貨>の話は無駄であろうに。」と、上皇様。

上皇様が革袋を重そうに、1つずつ点検して回る。

別段異常があるようには私からも見えません。

とすると、本当に……?


「店長よ、ワシの目からは異常は確認できぬ。それゆえ、ここには帝国の金貨で5000枚が積まれているということになる。宜しいか?」

「しょ、承知しました」


ですが、ここで終われば仕入れは別途考える必要はありますが、1日で金貨5000枚を売り上げた成果が残るだけ。なにも憶病になることは無い。


「店長さん、そしたら、私は金貨5000枚で、<現物と未来の価値>を手に入れたことになるよね?」

「は、はい。契約書の記載の通りでございます。末永く、大切にご使用いただければと思います。また、何らかの修理が必要になりました場合には、速やかに信頼のおける専門の工房へ依頼をさせて頂きますので、どうぞお申しつけください。

本日は当店のご利用大変ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ち申し上げます」


「う~ん。勘違いしてるかもしれないけど、まだ終わりじゃないよ」

「何がでしょうか?」


「鑑定の真贋がまだ終わって無いよ」

「鑑定書は添付させて頂きまして、現物とリストと照合が取れており、不備はございませんが?」


「鑑定書も現物に合わせて偽物なんだよ」

「はぁ?」


「ステラのハーブティーの葉も偽物だし、ロマノフ家の銘も偽物だし、オリハルコン類の金属成分の含有量が記載と違うのね。だから、偽物を私が買い取ったの」

「いや、ええと……。どういうことでしょうか?」


「ステラ、そこの女性店員さんと一緒に人数分のハーブティーを作ってくれる?

ニーニャは純度90%ぐらいでいいから、オリハルコンとミスリル銀の指輪を作ってくれる。銘はあってもなくても良いよ」と、<麻袋>

「「了解」」と、エルフとドワーフが返事をする。


この人達、何を始めるんです?

そして、上皇様はなんのため息をついているのでしょうか。


ドワーフはおおきなくたびれたリュックを降ろして、何やら鉱物と器具を取り出すと、突然鍛冶を始めるではないですか。そして、あっという間に指輪2つを完成させます。私が見たことも無い白に近い金色に光る指輪と、眩いばかりの白銀の指輪がついになって完成しました。



「店長、これを見て確認したら上皇様に渡してね」と、<麻袋>。



と、渡された一対の指輪をよく観察する。

この色と光沢は私の長い人生で初めて見ます。

単に、表面の仕上げの問題ではありません。金属の純度と、結晶成長が合致してるので妙なムラが生じていないに違いません。

単純な何も彫刻の施されていないリングですが、これ一つで貴族の屋敷1つが買えると言っても過言ではありません。

そして、この内側の銘?のような模様はストレイア帝国語では無いので全く判別できませんね。これがロマノフ家の本当の銘ということでしょうか。

これが<麻袋>のいう、銘も材質も鑑定書から偽物という意味だったということでしょうか……。

頭がグワングワンと揺れ、耳鳴りが煩いです。

息も詰まり、熱も出て来たようです。

椅子に座っているにもかかわらず、ぐるぐると回って手で机を押さえていないと体が椅子から転げ落ちそうです。私はどうしてしまったのです?


ーーーー


「皆様、お茶が入りましたわ」


と、どこかで声が聞こえます。

そして誰かが私を背もたれに起こすと、ゆっくりとお湯で口を湿らします。

何でしょうか、これは。

全ての苦しみから救われるような芳醇な香りと薬草のスッとした香り。そして飲み込んだ後の舌に残る清涼感、息を吐けば鼻腔くすぐる複雑絡むハーブの香り。

これは1つのお茶が起こす何通りもの奇跡の融合でしょうか。

は~~~。救われます。

いま、私はどこにいるのでしたっけ?


「ヒカリさん、あまり虐めては気の毒ですわ」と、先ほどのエルフの声。

「わ、私が悪いんじゃないよ!二人が宣戦布告するからでしょ!」と、例の<麻袋>


はて?だれがだれに戦争をしていましたっけ。

そうでしたか、私は<麻袋>に金貨5000枚の返金をしなくては・・・。


「あ、大変美味しいお茶をごちそうになりました。店長としていろいろお詫びを申し上げないといけません。ですが最初に金貨5000枚の返金をさせてください」

「え?」と、<麻袋>


「いや、この鑑定書付きの品物の総額を返金させて頂こうという話です」

「違うよ?」


「まぁ、確かに厳密には金貨4980枚相当ですが、ここは私の落ち度もありましたので金貨5000枚を受け取って頂けませんか?」

「全然違うって。10倍返しだよ」


「え?」

「さっき、宣誓と契約書を作成したでしょ。<偽物なら価値の10倍返し>って」


「ご、ごご、ご、5万枚でしょうか?」

「え?なにが?」


「大目に見て頂けて、49800枚ということで?」

「全然違うって。わたしは<現物と未来の信用>を買ったんだよね?」


「は、はぁ。まぁ、良質な宝飾品は永遠の輝きを約束されますので、未来まで保証されます」

「うんとね。店長自らが、<この現物には未来の信用として10倍の価値がある>って、言ったし、さっきの宣誓書にも、未来の信用を損なったら10倍に返すって書いてあるよね」


「は、はぁ」

「いま、私が買い取った物は、貴方の贋作によって、<現物+未来の信用>が失われて、その10倍を私に返す必要があるんだよ」


「そ、そうなりますかね」

「現物が金貨5000枚、未来の信用が10倍で金貨5万枚。合わせて金貨5万5千枚。ここまでは計算が合ってるよね?」


「はぁ、まぁ。そうですね。とすると、私は金貨5.5万枚の借金を背負うので?」

「ううん。貴方は、<もし贋作なら10倍返し>と、言ったのだから、55万枚になるよ。

まぁ、返済はこの店のオーナーに頼もうか。なにせ、著名な人達の立ち合いの署名入りだからね。踏み倒すと戦争になるよ?」


ああ……。

この頭がグワングワンになる感覚を一日で二度味わうのですか。

二度目はもう、なんだか……。

……。


私のような庶民出の人間が高価な買い物するお客様を相手に、特別な契約書を結ぶとか、してはいけなかったのでしょう。

人生をかけて、全てを失っても足りない誓約書が手に入りました。

今更ですが、高価な買い物をするときには気を付けるべきです。

いつもお読みいただきありがとうございます。

マイペースで続けさせていただきます。


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