31.宿屋を手伝おう(1)
宿屋の奥さんを回復させたお礼として、
住み込みで働かせ貰うことにしたよ。
さて、宿屋経営をどうしようね?
「住む家が無いので、二人で住み込みで働かせてください」と、切り出す私。
「ええ?」
「あの、奥様を治療したお礼の件なのですが、
こちらで、働かせていただきたいのです」
「ですが、うちには二人分の給金を支払うほど、お客さんが来なくて……」
「宿泊客や、食事をするお客さんが来れば、
ここで働かせてもらっても良いですか?
お客さんが来るまでは、お給料は不要です。
寝る場所と食事だけを提供してくもらえますか?」
「いや、でも……。こちらも3人で相談させて貰ってもいいかな?」
「はい」
話し合いの結果、
・寝る場所は提供する
・お客さんがきたら、給金を支払う
・食事は自炊。ただし、材料は家族共用の物を使ってよい
と、死にそうな人を回復させたお礼とは程遠い内容になった。
「あと、もう一つ。
自分の荷物を運んで料理の試作をしたいのですが、構いませんか?」
「いいとも」と、気安く請け負うご主人。
「じゃあ、早速試作料理の材料とかを集めてきます」
「ああ、どうぞ……」
ーーーー
<<ナビ、この国の狩人の権利は、<よろず屋>のおばさんの言う通り、許可制か組合に入る必要があるってことで良い?>>
<<基本的には>>
<<国のルールを超えない範囲で、正々堂々と狩りをする場合は?>>
<<<よろず屋の主人>の情報通りです>>
<<ありがとう>>
「ユッカちゃん。相談があるの」
「なに?」
「ユッカちゃんのお母さんが死んでしまったことをレナードさんに言おうと思うの」
「うん。それで?」
「<森のおうち>で狩りをできていたのは、ユッカちゃんのお父さんとお母さんが特別にレナードさんの許可を貰っていたっぽいの。だから、今後は自由に狩りが出来なくなってしまうかもしれない」
「そうなの?」
「ユッカちゃんは出来るかもしれないけど、私は無関係の人だから、許可が出てないの」
「黙っておいて、狩りを続けるとダメなの?」
「冒険者登録所のおばさんに見つかると、登録証が使えなくなるし、宿屋でも働けなくなるかもしれない」
「それは良くない」
「だから、ちゃんとレナードさんに面会した上で、お話しようと思う。そして、私がお母さんの代わりにお肉類やパンを提供できることも言おうと思う。いいかな?」
「わかった。おねえちゃん、がんばって」
「うん」
ーーーー
一度、<森のおうち>にもどって、トモコさんの熟成肉と私が作ったロースト鹿肉、そしてパン用の天然酵母の種をとってくる。砂糖や小麦はいつでも来れるからね。
いよいよ貴族と面会だ。
侯爵の館は大きいね。なんかホワイトハウスみたいな感じ。門から建屋までが馬車が通れそうな道が出来ていて、植木職人が庭の手入れをしてるみたいな。お金はあるところにはあると。
そして門番に声を掛ける。
「すみません。トモコさんの遣いで食料などを届けていたヒカリともうしますが、レナード侯爵様と面会は可能でしょうか」
「うん?ああ。侯爵から言付かってるよ。『顔を見せに来るように』って。」
「そ、そうですか。取り次いでいただけますか?」
「ああ、もちろんだ」
ーーーー
一人の門番さんが私たち二人を連れて歩く。
先ほど門の外から覗き見した庭を通る。
池、薔薇、ゴルフ場のクラブハウスみたいな小屋も見える。ひょっとすると召使とか奴隷が住んでるのかね。なんか、門から大分入って、100m以上あったんじゃないのかなってくらいのところで先ほどのホワイトハウスみたいのが見えてくる。お城じゃないけど、随分と大きい。この時代、コンクリートも重機も無いんだろうから、すごい力技と人海戦術で建物を作るんだろうね。いろいろと感心するよ。
建物の前まで来ると今度は執事が居た。門番さんと執事さんで何か話をすると案内役が交代になった。建物の扉が大きく、中へ入ると博物館の受付みたいな広間の所でいったん待たされる。執事が二階のどっかへ行ってる間、私とユッカちゃんは、装飾品やら建物の大きさやらに驚きつつ、キョロキョロと顔と目だけを動かす。
暫くすると、先ほどの執事が戻ってきて、二階の奥の方の部屋に案内された。大きな机の向こうに銀髪の30代後半ぐらいの細身でありながら、筋肉ががっちりと付いた感じで、精悍な顔つきの男性が居た。この人がレナードさんかな。普段から体を鍛えていて、心も鍛えているようにみえるよ。
執事が私を招いて、『ヒカリ様が到着されました』とレナードさんへ紹介する。
執事が私を先に紹介したのだから、私が先に名乗ればいいのかな。
「初めてお目にかかります。異国より来たヒカリと申します。トモコさんの家でお世話になっています」
「私はエスティア王国とロメリア王国の国境の領地を治めるバイロン侯爵だ。トモコからはレナードと呼ばれている。早速で申し訳ないが、トモコは元気か?」
「いえ。」
「なんだ、具合が悪いなら早く言わないか。だから代わりの遣いをよこしてるのか。遠慮せずに助けを求めればよいものを転々」
「トモコさんは、助けを求めることもできません」
「そんなに悪いのか!トモコは回復系の魔術を使えるよな。どうしたんだ?」
「亡くなられました」
「おい!どういうことだ!なんでトモコが死んで、代わりにお前がここに居るんだ。説明しろ!」
「私が発見したときには既に亡くなられていました。状況からすると崖からの転落死と思われます。最初に発見したのは娘さんのユッカちゃんです」
「ユッカよ。ヒカリの申すことは本当か?何か脅されて、口裏を合わせているなら、私が助けよう」
「ヒカリおねえちゃんは、おかあさんを崖の下から<森のおうち>まで一緒に運んでくれたの。私ひとりじゃ運べなかったの」
「そうか……。ユッカよ、なぜここに来なかった?私とトモコは名前で呼び合う仲だ。いくらでも手を貸してあげられたはずなんだが?」
「おかあさんは、狩りにいくから私は家でお留守番してたの。でも、たまに遠くまで行って、道に迷って、2-3日帰ってこないことがあったから今回も心配してなかったの。だけど、4日目の朝でも戻ってこなかったから、『魚を取りに行く』って言っていたのを思い出して、結界の外側まで探しに行ったの。そしたらお母さんが崖の下に居たの。でも、返事をしてくれなかったの……」
そこまで一気に説明すると、ユッカちゃんが泣き出してしまった。私は立ったまま、ユッカちゃんの頭を抱きかかえて背中をさすってあげる。
「ユッカよ。そうか、助けてやれないで済まなかったな。ところでヒカリよ。何故そんな重要なことを黙っていたのだ。ユッカが居なかったら、お前を犯人として手配するところだぞ?」
「はい。私も時期を同じくして、異国の地からの旅の途中で、突然箱に詰められて意識を失いました。目が覚めるとボロボロに破れた布だけを残して持ち物もなくなっていました。そして偶々ユッカちゃんに出会い助けられました。ユッカちゃんと一緒におかあさんを探しに行ったのですが、既に亡くなられていました」
「異国から来たという割に、こちらの言葉をよく理解してるようだが?」
「両親の教育の賜物と考えます」
「3日前に、伝言も残さずにトモコの食材だけを置いて行ってしまったのは?」
「私の配慮不足です。申し訳ございません。
ただ、いい訳がゆるされるのであれば、
焼きたてのパンを届けるために全力で移動し、言付けを失念したのが正直なところです」
「あの、鍋入りのパンか」
「そうです」
「美味かった」
「ありがとうございます」
「鍋を返せば、また作ってこれるか?」
「遠いので冷めてしまいます。ですが、今日はお肉をお持ちしました」
「トモコの肉だろ?」
「トモコさんのもありますが、ユッカちゃんと私で作ったお肉もあります」
「その肉はそこの執事に預けろ。パンの話はあとでだ。
それで、あの後から今日までの3日間は何をしていた?」
「冒険者登録証を手に入れるための試験を受けていました」
「ほう。何の特技で許可をもらった?」
「足の速さです」
「速いのか?」
「森からここまで、パンを冷めさせない程度には速いかと」
「普通じゃないな。<身体強化>が使えるのか?」
「ユッカちゃんから教わりました」
「そうか。トモコは<回復系の魔術>だけでなく、母親としての教育も素晴らしかったからな」
「私もそう思います」
「わかった。トモコと容姿が似ていることから、異国の地から来た可能性は十分にあるだろう。また、来たばかりで要領を得なかった可能性も考えられる。しかし、ここは国境を接する領地だ。不用意に見知らぬ人間を信じる訳にはいかぬな。まして、他国の言語に通じて、非常に足が速いとなるとな」
「おっしゃる通りです」
「ヒカリが私にとって信用できる存在かは保留としよう。わざわざトモコの死を告げに来て、狩りができる権利を失うことを知りながら私に面会の来たのだ。
ヒカリは何がしたい?そして、それは私に何の得がある?」
「2つお願いがあります」
「いきなり2つか。聞くのは構わないいが、簡潔にな」
「はい。一つ目はこちらのキリギスの街でパン屋を営むことを考えており、そのパンの販売許可をお願いしたいと考えます。この許可をいただける場合、毎朝温かいパンをバイロン卿に届けることが可能になります」
「続けて」
「2つ目は、キリギスの街あるいは、トモコさんの家周辺での狩りの許可を頂きたいです。この許可を頂ける場合は、これまでトモコさんとユッカちゃんが配達していたようなハムや肉類を提供できます」
「それで終わりか?」
「今の私が確約できる内容です。この先、知見を得ることで次なる貢献もしたいと考えます」
「食べ物ばかりだな……。他には無いのか?ハンスのように魔物を倒したり、トモコの様に不治の病を治療したりするとか」
「あ、ありませ……」
「おねえちゃんもできるよ!宿屋のお母さんを治したよ!」
「む!それは本当か?」
ユッカちゃんが私が困っているのを見兼ねてか、そのまま言葉を続ける。
「まだ、お仕事はできないけど、おかあさんの病気は治ったよ」
「ヒカリ、何故それを隠す?」
「トモコさんの技術をユッカちゃんが継承し、それを真似たに過ぎないからです」
「それの何が悪い」
「私の固有技術や私が見出した知見で無いためです」
「パンや肉も同じであろう?トモコの力だろう?」
「先日の鍋入りのパンと、今日持参した鹿肉は私が独自に考え、尚且つバイロン卿の街へ普及できる技術と考えます」
「それは不味いな」
「あ、あの、何か不都合でも……?」
「トモコの肉に価値が無くなるのは不味い。パンも誰でも作れては有難味が薄れる」
「そのように評価いただき光栄です」
「肉の製造技術および、パンの製造技術に独占権を与える。しかし、私の許可なくその技術を広めることは許さない。その販売権も許可するが、私の許可なく販売ルートを広げることを許さない。呑めるか?」
「はい。もし許可頂ければ、助手を雇いたいのですが、構わないでしょうか?」
「うちの朝食だけではパーティーの手土産にできん。細かいことは執事と話せ」
「ありがとうございます」
「よし、話は終わりだ。信用は積み重ねで生まれる。ヒカリの今後の活躍に期待する。
ところでユッカよ、食事をしていくか?」
「クッキーが食べられるならいいよ」
「クッキー?」と、レナードさん。
「先日、パンと一緒に同梱した硬めに焼き固めた甘いお菓子のことです」と、私。
「知らんぞ?」
「あ、あれ?ええと……。確かに一緒に門番さんには渡したはずで……」
レナードさんが手元のベルを激しく鳴らす。すると迅速に執事が入ってきた。
「何か御用でしょうか?」
「クッキーを探している。3日前に届いたトモコの荷と一緒に入っていたはずだ」
「私の無知を恐れず申しあげますが、クッキーとは如何なモノでしょうか?」
「硬くて甘いお菓子らしい」
「食材系は料理長に集められますので、直ちに確認に行きます」
と、静かにかつ素早い動作で出て行ってしまう。
「ユッカよ。クッキーが無いと食事を一緒にするのは嫌か?
トモコのことが非常に残念であり、すこしでもユッカの役に立てればと思うのだが」
「おねえちゃんと一緒ならいいよ」
「そうか。では皆で一緒に昼食をすることにしよう」
レナードさんが、また手元のベルを鳴らす。今度は別の執事が現れた。
「3人で食事をする。準備にかかれ。
あと、狩りと肉販売の権利と、パンの製造・販売の権利をヒカリに許可する。
書類をまとめてくれ」
「了解しました」
な、なんだか、話が上手くいきすぎだよね?
ただ、肉とパンが独占したい技術ってのはラッキーだ。
ついでにクッキーもそうなるのかな?
ただ、そうなると物々交換で砂糖が手に入らなくなるけどね……。
誤字、表現の修正を行いました。本ストーリーへの影響は無い(と思います)




