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異世界で気ままな研究生活を夢見れるか?  作者: tinalight


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304/334

5-20.武力制圧

「おねえちゃん、おはよ。朝だよ。」

「ユッカちゃん、おはよ。朝だね。」


「うん!戦争の始まりだよ!」

「いや、ユッカちゃん、私が戦争嫌いなの知ってるよね?」


「でも、おねえちゃんは領地を取るんでしょ?」

「逆逆!相手が私の領地を獲るの!」


「ドーナツ作戦だね!」

「そうだね!食べられないけどね!」


朝ごはんはユッカちゃんとか手の空いてる<夕食会メンバー>とか、割といつも通り。

もう、作戦は実行待ちの状態だからね。

私は下手に隠れたりせずに、堂々とメイドとして働いていることが重要。

あとは、フウマ率いる近衛騎士団が上手くやってくれるのを待つだけ。


ここ数日、モリスやアリア、シズクさんなんかは必死に接待やら視察案内やらで振り回されまくってたね。ある意味で私の犠牲者なんだよね。

無能な領主を演じるメイドでごめんね。


でも、500人も抱えて、その家族まで呼び寄せられるようになったら、かなり大きな街になるし、いろいろな分野での急速な発展も望めると思うんだよね。

そうやって、人数と幅が広がるってことは少数精鋭ではできなかったことへ余力を回せるってことで、行く行くはこの有難味が分かって貰えると勝手に信じてる。


ーーーー


で、モリスと私が視察団、兼制圧部隊の大隊長から呼び出されて、領主の応接間で面談することになった。今日は急使の人、大隊長、モリス、私の4人になるね。


「モリス殿、ヒカリ様、ここ数日中の視察へのご協力に感謝する。今日が最終日になると思う。」と、急使の人。


「視察結果は特に問題なかったでしょうか」と、モリス。


私は3人にお茶を入れて、お茶菓子を出してから席に座る。

私は鼻から話に加われてない訳ね。


「ああ、モリス殿。そなたの案内、そして宿泊施設、娼館の利用など、全て満足のいくものであった。」と、大隊長。

「それは良かったです。皇帝にはよろしくお伝えください。」と、モリス。


「それで、モリス殿、少々込み入った相談があるのだが、聞いて貰えるだろうか?」

「私に分る範囲であれば、なんなりと。」


「うむ。このような素晴らしい領地に対して、皇帝は非常に感心が高い。そのためこのような新年の儀が終わって、間もないタイミングでの視察が行われることになった。」

「はい。」


「それに加えて、<焼きおにぎり>に関して、皇帝は非常に興味があるのはご存知であろうか?」

「<焼きおにぎり>なる食べ物は存じ上げておりますが、皇帝が興味を示されているとは初耳でございます。」


「おぬしは、<焼きおにぎり>を何処で知ったのだろうか?」

「ヒカリ様の<お土産>にありましたので、そちらのご相伴しょうばんに預かりました。」


「なるほど。つまり、この領地には<焼きおにぎり>を作れる材料があるということだろうか?」

「メイドの・・。あ、いや!領主のヒカリ様にお伺いしないと分かりかねます。ヒカリ様、例の<お土産>は残っているのでしょうか?」


「モリスさん、かめに何個かの醤油と、小麦を入れる袋1つ分の米があります。」


「大隊長殿、お聞きの通りで、多少は残っているようでございます。」


「なるほど、それは朗報である。後で案内して頂くことになろう。

それでモリス殿、突然ではあるが<領地マーカー>についてはご存知であろうか?」


「はい。先日の視察でご案内させて頂きましたのも、ヒカリ様の領地マーカーで囲われた土地のはずでしたが、何か不備がございましたでしょうか?」


「うむ。理解されていればよい。

これは国際法の話であるが、空白な土地に領地マーカーを設置して、その領域を囲うとそこに領地マーカーのあるじの権利が発生する。

これは良いな?」


「はい、その通りでございます。」


「もし、他国が小国の領地をまるごと囲うことができたとしたら、その小国の領地は消滅してしまうのだ。分かるだろうか?」


「大隊長の仰る通りです。

ですが、小国にも軍隊が備えてあれば、さらに僅かな外周に領地マーカーを設置し直すことで領地は元通りになると考えます。すなわち、大きな武力衝突は発生しないのではありませんか?」


「その通りだ。

だが、大国側が圧倒的な兵力で領地マーカーを設置して、そこの死守に入るとすると、小国の武力では太刀打ちができない。領地を失うだけでなく、その軍事力も失うことになる。

わかるだろうか?」


「とすると、小国側は国民を連れて、持てるだけの財産をもって遠くへ逃亡するしかとれる策はなくなりますね。」


「理解が速くて助かる。

では、この領地が500騎の精鋭部隊で制圧されつつ、帝国の領地マーカーで囲われてしまったら、どうなるのだろうか?」


「ヒカリ様、どうされますか?」

「モリスさん、どうなるのでしょうか?」


「ええと、こちらの大隊長が言うところでは、ヒカリ様の領地が消滅した場合に、ヒカリ様はどうされたいかという話かと思います。」

「モリスさん、消滅しないようにステラ様にお願いします。」


「ヒカリ様、ステラ様は不在です。そしてヒカリ様の領地に正当性が無い以上は、ステラ様と言えども、帝国相手にヒカリ様のために戦争を起こして頂けるかは疑問があります。」


「でしたら、この館だけでも私の領地マーカーで囲って貰って、ステラ様が戻られるのを待ちます。モリスさんなら私の領地マーカーを描けるのでしょ?」


「ヒカリ様、既に帝国の領地となった場所に、後からヒカリ様の領地マーカーを設置することは、完全な<領地侵犯>となりまして、帝国へ宣戦布告するのと同義です。

視察中の騎士団がヒカリ様やこの領館を包囲し、制圧するでしょう。」


「大隊長様、本当にモリスさんが言ったような事になるのでしょうか?」


「モリス殿、ヒカリ様、既に領地マーカーがあるところへの別の領主の領地マーカーが設置されることは、完全な<領地侵犯>と見做されます。」と、大隊長。


「急使の方、ご意見は同じなのでしょうか?」と、食い下がる私。

「ええ。大隊長の解釈でよろしいです。」と、急使の方。


「でも、今日は視察最終日で、お帰りになるのですよね?」と、私。

「誰も帰るとは言ってませんな。そろそろ作戦開始の合図が鳴ります」と、大隊長。


「大隊長様、作戦とは何でしょうか?」

「今に分かる。モリス殿であれば、領地マーカーを確認して状況を把握できるだろう?」

と、そんな会話をしているタイミングで数発のキ~~~ンっていう、鏑矢かぶらやが飛翔した音が建物の外から聞こえてくる。

勝ち誇った笑みを浮かべながら、大隊長がモリスに語り掛ける。


「モリス殿、領地マーカーはどうなっておるかな?(ふふん)」


「ヒカリ様、大変です!ヒカリ様の領地が帝国の領地マーカーによって、占領されています。これは<領地侵犯>になります!」


「モリス、適切に指示を出してね。この二人は私が面倒をみるから。」

「承知!」


ーーーー


場所は変わって、領地の開拓地のさらに東の外れにある広い平原。

水牛の群れが遠くに見えるぐらい遠い。

ここなら戦争をしても誰にも迷惑が掛からないよね。

なにせ、私の領地の中での模擬戦が行われる訳だからさ。


「大隊長、大隊長、そろそろ起きて貰えますか?」と、私。

「ん、ん~。ここは何処だ?占領は済んでるのか?」と、大隊長。


「モリス、状況の説明をお願いね」

「ハッ。承知しました。」


「大隊長殿、急使殿、

お二人には現在地の領地マーカーの持ち主の確認と、遥か西方にある貴方達の部隊が設置した帝国の領地マーカーが、ヒカリ様の領地の中に設置されていることを確認頂けますでしょうか?」


寝ぼける二人が状況も判らずに、モリスの指示に従って、自分たちの居る場所、遥か西方にある帝国の領地マーカー、そしてそれが私の領地を侵犯していることを確認して、顔が青ざめる。


「表情から察するに、何が起きているか理解して頂けたようで有難いです。

すなわち、あの関所から遥か遠くここまでがヒカリ様の領地になっております。

そして、お二人がおやすみになっている間に500名の制圧部隊員もこちらへ移送させて頂きました。」


二人が後ろを振り返ると、帝国の鎧に身を包んだ精鋭騎士団の大部隊がズラッと綺麗に整列している。それを確認すると再度モリスの方に向き直り、モリスの次の言葉を待つ。


「ここからお二人が採れる行動は大きく以下の3通りです。

1.無謀を顧みずに我々に戦争を仕掛けて、全滅するまで戦う

2.この先どこまで続くか判らない領地マーカーの果てを探して、再度広大な領地を帝国の領地マーカーで囲いなおすことを試みる。

3.ヒカリ様の温情に請う。

如何でしょうか?」


「あ、ああ、あの・・・。」と、何も言えない二人。


「モリス、そんな言い方じゃ、二人が可哀想だよ。模擬戦をするチャンスをあげて、どれだけの実力差があるか体感してもらって、そこから意見を聞いた方がいいよ。」

「ヒカリ様は優しくて、いらっしゃる。」


「うん。フウマに教わったからね。そうした方がいいと思う。」

「では、ヒカリ様の仰せのままに。」


「フウマ、ちょっと来て。話を聞かせて欲しいんだけど」

「姉さんなんだい?」


「こちらの隊長率いる制圧隊と、私達で模擬戦をしたいんだけどさ。

どんなハンディキャップをあげたら納得して貰えるかな。」


「う~ん。運んでくるときには飛竜さんの力も借りてるから、そこの助力を無くせば、多少は相手もやる気出してくれるんじゃないかな。

ただ、姉さんの騎士団50人は十分すぎると思うけど?」


「じゃ、ちょっと私の騎士団のリーダーを連れて来てくれる?」

「了解!」


ーーーー


帝国兵や指揮官を放置したまま、アイン、ドゥエ、クワトロの3人と打ち合わせを始める。

「アイン、ドゥエ、クワトロ、直接会って話すのは久しぶりだね。いろいろな活躍は聞いてるよ。みんなを助けてくれてありがとうね。」

「ありがたきお言葉!(3人)」


「うんうん。楽にして良いから。

いろいろとお話したことがあるんだけど、新年の儀から今までいろいろ忙しくてゆっくり話ができる時間がとれなくてごめんね。」

「問題ありません!(3人)」


「でね?

フウマから作戦は聞いてると思うんだけど、私はあの500人をこの領地の人材として活用したいと思ってるのね。だから無闇に殺したくないの。けど、一応帝国騎士団だし、精鋭らしいからそこそこ強いと思う。それに、私達に負ける訳がないと思ってるから、あのまま服従する訳がないと思うんだよね。

この辺りは良いかな?」

「はい!(3人)」


「うん。じゃ、どんな模擬戦にしたい?」


「ヒカリ様、少々宜しいでしょうか?」と、クワトロ。


「クワトロ何かな?」


「我々の多くは犯罪奴隷であったところをヒカリ様に買い上げて頂き、いろいろな考え方や生き方までを提供頂いて感謝しております。

そして、その出会いの原点となりました犯罪奴隷になった経緯についてはこれまで報告させて頂く機会がございませんでした。


いま、その話をさせて頂いても宜しいでしょうか?」


「うん。あっちはほっといて良いから今でもいいよ。

ただ、模擬戦を終わらせちゃって、ご飯食べながらゆっくり聞いてもいいけど、どっちがいい?」


「手短に申しますと、我々のメンバー全員がストレイア帝国の騎士団に恨みを抱いているので、是非とも思う存分に戦わせて頂きたいという要望がございます。」


「そっか。君らの希望は叶えたい。でも500人を殺したくないの。

どうしたらいいと思う?」


「相手との交渉にもなりますが、無し無しで50人対500人の勝ち抜き戦が宜しいかと。」

「君ら3人で500人抜きできちゃうじゃん?」


「もし相手が受けて頂けるのであれば、こちらも10人ずつで交代します。もしこちらが10人抜きを果たせずに負ける場合には、我々3人で残りを全て引き受けます。」


「なるほど。それは実力差が見えていいかもね。アインとドゥエもそれでいいかな?」

「ハイ(2人)」


「うん、じゃ、モリスに交渉してもらおっか。」


ーーーー


モリスが大隊長と急使の2人に交渉しに行ったよ。

なんか、悔しそうな表情をしながらも、現状が把握できてないから強気に出れないよね。でも、有利になるように食い下がりたいんだろうね。


あ、モリスが帰ってきた。


「ヒカリ様、彼らの軍隊は弓兵や魔術師がいること、そして騎兵にとっては騎乗することで速度の優位性があるため、個人戦の模擬戦だけでは、軍隊としての真価が発揮できないと仰っています。

ただ、ヒカリ様の意向として無闇に死者をだすことを望んではいないので、全滅せずとも、大将が降参の合図として兜を脱ぐか、大将の兜を敵側に取られたら、勝敗の決着とすることで話を進めました。


そして、こちらの要望としての個人戦に関してですが、500人のうち、有志のみを選出したメンバーで勝ち抜き戦に臨みたいとのことです。


如何でしょうか?」


「う~ん。向こうはこっちの本気を知らないよね。

軍隊同士の模擬戦は3回戦にしてあげたら?戦闘範囲も向こうに決めさせればいいし、初期の大将の配置も向こうが決めて良いよ。そうすれば、納得してもらえるでしょ?

あと、こっちの大将を誰にするかはクワトロと相談かな。」


「承知しました。再度確認に行ってまいります。」

「うん。こっちはクワトロ達と話を詰めておくよ。」


ってことで、クワトロ達と追加で打ち合わせを行ったよ。

大将の兜を取ったら勝敗が決まるルールがあることと、個人戦の模擬戦にも付き合ってくれるんだから、まぁ良いよね。


「ヒカリ様、向こうの言い分ですと、個人戦の際に不戦敗として戦わずに負けを認める可能性がございます。」


「あ。考えてなかった。その可能性はあるね。」


「であれば、最低50人は相手にも参加して頂きたいのですが。」

「分かった。追加しておくよ。」


ーーーー


なんか、こっちが軍隊同士の戦いに関して譲歩する姿勢を見せると、向こうは本気で勝つための布石をしてきたんだよね。

範囲は500m四方ぐらいで、そこから出たら戦線離脱と見做し、次の個人戦への模擬戦への参加も出来ないとか。

魔法の使用もOKにして欲しいし、即死魔法は無理でも、四肢損傷は各自の責任とするとかさ。

大将は戦闘に加わっても良いが旗を常に掲げておくこととか、いろいろ条件を付けくわえてきたのね。


こっちは、勝敗に関係なくこれ以上得るものないから、どんどん譲歩するだけなんだよね。鎧を剥いで勝ち取っても、結局それを返すか、別の服を用意することになるしさ。

今回はとっとと終わらせて失礼しようっと。


「姉さん、ユッカちゃんとエルフの子ら3人も参加したいらしいんだけど、いいかな?」と、横からフウマ。


「え?」


「出来れば、ハントさんも。」

「ええ?」


「模擬戦はともかく、相手の兜を射抜くぐらいは出来るって。」

「わ、私は良いけど、クワトロ達が何て言うかだよ。」


「さっき確認したら、軍隊戦には興味が無いし、兜を剥がす作戦は同じだから、姉さんの判断でいいって。」

「じゃ、いいと思うけど、弓師が5人居ても、模擬戦は3回だけだよ?」

「ユッカちゃんは、オリハルコンの切れ味を試したいんだって。」


「鎧を切り裂くのは不味くない?回収するのも大変だし、再利用しにくくないかな?」

「ニーニャ様には<念話>で確認して、どうせ融かすから好きにして良いって許可を貰ったよ。代わりの服に関してはインナーもあるし、毛織物の衣服をサイナスから運んできてもいいよ。」


「フウマ、その作戦は今日考えて手配した内容じゃないね?」

「僕だってミラニア川に架けた橋での模擬戦のことは覚えているさ。」


「分かった。フウマが調整済みなら好きにして良いよ。私はモリスと上空から見てても良いかな?」

「姉さん、ありがとう。観戦を上空からするのは、流れ弾も飛んで来にくいし、姉さんを故意に狙った攻撃もしにくいから安全で良いと思うよ。」


「じゃ、フウマがあっちの隊長と交渉して、審判役も務めてよ。

私とモリスは狙われないように光学迷彩もかけた上で見てるから。」

「了解。上手くやるよ。」


ーーーー


じゃ、観戦だね。


私は<光学迷彩>と<重力軽減>をモリスにも施して、手を繋いでフワフワと上空から観察だね。魔法がたまたま流れてくるかもしれないけど、ナビに監視はしておいて貰うことにしたよ。

ちなみに、妖精の長達には、『万が一にもこちらに妖精の長の存在が疑われることはあってはいけない』ってことで、立ち合いには遠慮してもらった。

クロ先生が心配するから、『私はモリスと一緒に観戦します』って、条件を加えることで我慢して貰ったよ。


1戦目は、中央の境界線に対して手前が自陣で奥側が帝国軍。

帝国軍は鶴翼の陣っていうの?鳥が大きく羽ばたいたみたいな感じで、こっちから一番深いところに敵の大将が陣取ってる感じ。正面から突っ込めば、左右から挟撃されるし、かといって、10倍の人数差だから、左右のどちらか端を強行突破しようにも、包囲されちゃうみたいな。

欠点としては、正面に配置する兵士の数が少ないから、大将の旗竿がよく見えるし、大将の手前には横に数列並んでるだけで防備が薄いことだね。


こっちは大将と数人が一番手前で、敵からすると一番奥まったところに布陣している。あとは中央の境界線近くに残り全員が横一線に並んでて、その2列目にユッカちゃんとハントさんとエルフの子ら3人が居るだけ。

布陣も何も無いね。


フウマは簡易で木の櫓を(やぐら)を組んで、そこから開始を知らせる旗を振った。

開始の合図とともに、帝国兵は矢を射かけ始めつつ、魔術師たちは各種詠唱を始めたみたい。騎兵隊は左右の端から包み込むように攻めてくる。その後を歩兵が駆け足で進軍してくる。普通の歩兵50人だったら、一気に潰されてお終いだね。


こちらはというと・・・。

ユッカちゃんとミストの二人が鏑矢を敵陣の上空に向けて放つ。

戦略上も、戦術上もまるで意味がないんだよね。

音がするだけで、ダメージ0だから。


でもね?

音によって、敵の視線を上げることには成功したよ。

当然大将も飛来する音が鏑矢の音だと分かっていても、「何事?」って感じで空を見上げちゃうわけ。


その200mぐらい先に居る大将の顎が上がったタイミングでエストとイストが兜の顎紐の両端を射抜いて切る。

トドメに、ハントさんが兜のひたい部分を射抜いて、兜を脱帽させる。


フウマが笛を吹きつつ、旗を振って、「勝負アリ!」って戦闘中止を呼び掛ける。


「大将の兜が脱がされたため、ヒカリ・ハミルトン伯爵の軍勢の勝ちとする。

双方、第二回戦に備えよ!」


まぁ、作戦勝ちだね。

っていうか、音がでる鏑矢が飛んで来たら普通に見上げるだろうし、

200m先から兜の紐が切られるとも思わないだろうし、

その上、兜を弾き飛ばす威力がある矢が飛んでくるとか考えられないよ。

それより、何より、ハントさんの弓の威力は<身体強化>の範疇を超えてるね。きっと誰かが飛竜の血を飲ませたんだね。

私がいちいち許可出すものではないけど、飛竜さん達がOkしてくれてるならそれでいいや。


ーーーー


さて、第二回戦は今みたいな不意打ちはできないような布陣にしてくると思うけど、こっちはどんな作戦を考えているんだろうね?


帝国軍は楔型?矢じりみたいな三角形で、その中心に大きな盾を抱えている騎兵がいて、その中央から敵軍の旗がチョコンって飛び出てる。大将の姿は全く見えない。

騎兵の脚力とか、なんとかって話はどこにいったのさ?


位置取りは楔の先端が境界ギリギリに位置していて、大将を完全防御しながら、隊形を整えたまま進軍するって作戦なんだね。速度と臨機応変さには欠けるけど、相手が少数なら結構有効そうな手段だと思うよ。

なかなかやるね?



こっちは、敵の楔が境界ギリギリにあるものだから、今度は境界線から100mぐらい下がった自陣の真ん中で横一線。で、その後ろに数人の弓師が配置されている。

相手の布陣が近すぎるから、ちょっと距離を取っただけに見えるね。


もし、ちゃんと<目に見えない敵に備える習慣>があったなら、<隠密行動>で姿を隠した4人が居て、境界線の左右両端に配備されていることに気が付いたかもしれない。でも、陣形を変える様子がないところを見ると、気が付いていないか、自分達の作戦が完璧であると信じてるんだろうね。

でも、ユッカちゃん、クワトロ、アイン、ドゥエの4人が参戦してるってことは、あの大将旗を持ってるのは、だれか別の人なんだろうね。



第二回戦が開始の合図で始まったよ。


帝国軍は陣形を崩さないように、掛け声かけて歩調を乱さずに進軍してくる。進軍しつつも魔術師は詠唱してこちらの陣地に氷や雷を降らせる。

エルフの子らが居てくれたので、簡単な魔法攻撃はレジストしてくれてるし、ステラ達が鎧に各種コーティングをしてくれてるから殆どダメージは無いみたい。

流石に全員分の装備をニーニャに頼む気は無かったし、その分馬車やモーターの開発とかに注力して貰ってたからね。


で、味方の軍隊は、初期配置では敵軍との距離が100mしかないけれど、奥行き方向で250mもあるのだから、横一線から丸く塊りになりつつ、徐々に後退して、軍隊同士が衝突するのを避けて逃げるような振る舞いをし始めた。


こちらのそのような素振りに油断せず、陣形を保ったままジリジリと距離を詰めてくる帝国軍。


でもね?

楔型ってさ、前面側は密になってるし、側面もきっちりガードされてるんだけど、三角形の底辺になる一番後方ってさ、後ろを警戒することが出来ないし、進軍中に後方の兵が離脱してしまっても、あまり気が付きにくいんだよね。


そんな後方側の手薄な所から4人が攻め込んで、あっという間に騎兵に囲まれた大将の兜を獲ってきた。姿を見せないままね。

で、自陣の後退中の団子集団に戻ってから<隠密行動>の解除。


当然ながら、審判のフウマは既に帝国軍の大将の兜が取られていることに気が付いているんだろうけど、黙っててくれるのは良い配慮だね。

そして、帝国軍の大将も兜が取られているにもかかわらず、黙って進軍を続ける辺りは、ばれてないと思っているのか、制圧してから引き分けに持ち込もうとしてるのかね?


クワトロさんが集団の中から、帝国軍の大将の兜を剣先に刺して頭上高くに掲げる。すると、帝国軍に動揺が走り、進軍が乱れ始めたタイミングでフウマが声をかける。


「両軍戦闘止め!帝国軍の大将の兜が脱帽したため、勝負アリ。ヒカリ・ハミルトン伯爵の軍勢の勝ちとする!

それでは第三戦について協議を行いたいので、代表者はこちらに集まって欲しい。」


なになに?第三戦やらないの?

あ、そっか。第三戦やるまでもなく、私の軍勢が2勝してるから、負けても関係ないか。

よしよし、モリスと一緒に野次馬しに行こう。


ーーーー


コソコソっと人の影に隠れてから光学迷彩を解いて、フウマのところにモリスとクワトロさんと集まる。

帝国軍側は大隊長と急使の二人が集まる。

何でか知らないけど、兜はともかく、二人とも鎧まで脱いでて、下着というかインナーしか身に着けて無いのね。ちょっと切れてるし。もう疲れたから脱衣してるの?


「帝国の代表の方、既に3戦中2戦を落としている状況があります。

もし、ハミルトン伯爵の軍勢に胸を借りたいのであれば、クワトロさんに交渉して頂いて構わないです。

当然ながら、ハミルトン伯爵の庇護の下に入るのであれば、いつでもどのような形でも軍事訓練にお付き合いすることは可能でしょう。

意味はお判りでしょうか?」と、フウマ。


「2戦とも軍隊としての武力衝突が無いのは卑怯ではなかろうか?」と、大隊長。

「軍隊同士の模擬戦のルールに何か不備があったということでしょうか?」


「そうはいっておらぬ。」

「油断したと?」


「一戦目は、確かに意表を突かれたことは確かである。」

「2戦目も油断して、その隙を突かれたということでしょうか?」


「軍隊同士での模擬戦において、<隠密行動>への配慮は足りなかった。」


「では、私が3戦目の結果を予測しましょう。

騎馬隊を前衛に突っ込ませつつ、遠隔から大ダメージの魔法をハミルトン伯爵側の大将に打ち込む。しかし、騎馬隊は敵陣に突っ込めず、大魔法は防御壁で防がれる。そこに<隠密行動>を伴わない数名の突撃隊が正面から討ち入り、大将の兜を奪う。


そして、4戦目の結果を予測しましょう。

<科学教>の技術を取り入れた魔道器による攻撃を仕掛け、即死攻撃無しのルールを無視した上に、返り討ちに遭い敗北します。


その他にも数パターンの攻防を想定して準備がされております。

如何でしょうか?」


「それは、つまり、フウマ殿が指揮をされているということだろうか?」


「クワトロさん、私が何か指示をだしていましたか?」

「いいえ」と、クワトロさん。


「しかし、では、何故こちらの手の内が読まれるのだろうか?

何かスパイを送り込まれたのだろうか?」と、大隊長。


「とある指導者の賜物でございます。戦略、戦術、局所戦闘まで含めてその方の影響を受けております。」と、クワトロさん。


へぇ~。

やっぱりクワトロさんは最初に奴隷商人の所で模擬戦して思ってたけど、誰か偉い師匠が居るんだね。流石だよ。


「その師匠の名前を伺っても宜しいだろうか。その名前次第では諦めもつくというもの。」と、大隊長。


クワトロさんの師匠に敬意を払う姿勢があるってことは、こういう武人たちから崇められている軍神のような存在が居るんだろうね。


「そこにいらっしゃる、ヒカリ・ハミルトン卿でございます。」

「え?私は只のメイドだよ?」


って、条件反射的に答えたよ。

てか、クワトロさんとは奴隷商人の所で戦闘1回と、ロメリア王国とのトリッキーな模擬戦3回しかしてないし。何にも教えて無いよ。


「ヒカリ様、もう宜しいです。彼らに状況を説明してあげてください。

我々としては、個人戦での模擬戦をするのも馬鹿々々しく感じてきておりまして、恨みも失せております。

全てヒカリ様の導きによるものです。」


「いやいや、待って待って。私は指導者でも師匠でも無いから。

あ、でも、もう個人戦の模擬戦しなくて良いなら、

彼らを説得するか殺すか決めようか。」


「「「それで宜しいかと」」」


って、モリス、フウマ、クワトロの3人が同時に答える。


「ヒカリ様、参考までにはございますが、

彼ら二人の鎧がインナーを残して切り裂かれているのはヒカリ様から頂いた装備のおかげです。」


「そう。クワトロありがとうね。じゃ、ユッカちゃんも一応満足してる?」

「ハイ」と、クワトロが返事する。


「分かった。じゃ、先ず大隊長と急使さんのお名前を教えて。」

「私はカシム・ウクライナと申します」と大隊長。

「私はハシム・クロアチアと申します」と急使の人。


「カシムさんと、ハシムさんね。

うんとさ、貴方達はストレイア帝国に戻れると思ってる?

歩いて帰るとか、そういう意味じゃなくて、


『その爵位を所持したままでストレイア帝国が受け入れてくれるか?』


って、ことなんだけど、私の質問の意味わかりますか?」


「この模擬戦で勝てれば、その可能性はあるかと。」


「勝てないよね?

勝てない上に、私の領地マーカを消せないから、<領地侵犯>の証拠が各国に知れ渡るよね。当然ストレイア帝国もその状況を認識するよね。

その状況がまだ理解できてない?」


「いや、しかし。軍勢はこちらの方が多く、長期戦になれば・・・。」

「食料はどうするの?装備はどうするの?」


「数日分の兵站は所持しておりますし、その後は状況次第でストレイア帝国の本体が動く可能性があります故、持ちこたえることさえ出来れば・・・。」


「私の領地を消して、<領地侵犯>の証拠を消すためには、私の領地が隣接しているエスティア王国のレナード・バイロン卿やロメリア王国の大臣達の領地を<領地侵犯>することになるし、この平原のかなり先にまで進軍しないと、私の領地の端は見えてこないよ。判るかな?」


「先日までの視察では、そのような隣接する領地や遠方までの領地は無かったはずでは・・・?」


「その説明は後回しにしておこうね。現状から貴方達が挽回できる方法を考えようよ。領地侵犯してる証拠を消すことが事実上不可能。その状態にストレイア帝国の本体が進軍してくるって、どういうことになると思う?」


「ストレイア帝国を構成する各国から、皇帝への問い合わせが起こるでしょう。」


「そのとき、現皇帝はなんて説明するの?」

「<部下の独断行動>として、各国へ通達するかと思われます。」


「各国へ指名手配されたような<領地侵犯>の部隊を受け入れてくれる国ってどこ?」

「ストレイア帝国内では、存在しないでしょう。」


「貴方達2人なら、逃げる算段はあるかもしれないけど、残された500人はどうするの?」「彼らなりに、何らかの方法で生き延びてもらう。」


「モリス!説明よろしく!」

「は!承知しました。」と、モリス。


「カシム様、ハシム様、改めて申し上げます。

ここからお二人が採れる行動は大きく以下の3通りです。


1.無謀を顧みずに我々に戦争を仕掛けて、全滅するまで戦う

2.この先どこまで続くか判らない領地マーカーの果てを探して、再度広大な領地を帝国の領地マーカーで囲いなおすことを試みる。

3.ヒカリ様の温情に請う。


全く同じことを2回も申し上げる失礼をお詫び申し上げます。」


「モリス殿、最後の『ヒカリ様の温情に請う』とは、どのような意味であろう?」


「詳細はヒカリ様にお伺いしないと分かりかねますが、ストレイア帝国の指揮下から離れて、ヒカリ様の指揮下に属することを承知頂くことになります。」


「投降しろという意味であろうか?」

「いいえ。ストレイア帝国からのヒカリ・ハミルトン卿への和平の使者として、贈与される存在です。」


「罪は生じないと?」

「罪は生じませんが、ヒカリ様の指揮下に入って貰う都合上、どなたかの奴隷印は受けて頂くことにはなると思います。」


「奴隷だと?」

「ヒカリ様はお優しい方でいらっしゃるので、嫌な方にはこの場で自決して頂いても構わないとお考えです。ただ、もし、この提案が受け入れられるのであれば、家族の呼び寄せも速やかに手筈を整えて貰えるでしょうし、細やかな物ではございますが、住居の提供も可能と思われます。」


「ヒカリ様の指揮下に入れば、我々に奴隷印が付くだけで、ここで家族と共に暮らせるのだろうか?」

「贅沢はできないかもしれませんが、平和に暮らせると思います。」


「済まぬが、部下たちと話を詰めさせてもらえるだろうか。それと、家族の呼び寄せの際に私有財産は輸送しての持ち込みは可能だろうか?」


「ヒカリ様、どうしましょうか?」

「兵士さん達と話し合うのは当然でしょ。家族の呼び寄せは、帝国としても許可をだすだろうから大丈夫だよ。ただ、私有財産の輸送は私には権限がないからねぇ。

カシムさんやハシムさんはお金持ちなの?」


「ハシム殿は分かりませんが、部下500名の通行料を支払うことが出来る程度には。」

「え?それって、金貨2500枚?」


「ハイ。」

「私有財産なの?帝国が視察の費用を出してるんじゃないの?」


「こちらの領地が得られる予定でしたので、その税収から返還頂けたかもしれません。」「じゃ、ストレイア帝国への書状には、私有財産の輸送と、その引っ越し費用も出して貰おう。」


「ヒカリ様?」

「なに、モリス。」


「橋の通行料はいつ決めたのでしょうか?」

「ドーナツの日にレミさんに連絡した。」


「でしたら、ヒカリ様が彼らに返金すべきですね。」

「やっぱ、そうなるの?でも、ほら、接待したでしょ?それに貴族用の別荘地を斡旋できるし。」


「橋の通行料とは関係ございません。」

「チェッ。折角、お小遣いが稼げると思ったのに。」


「残念でしたね。でも、お金では得られない仲間が得られたのでは無いのでしょうか?」「まぁね。彼ら二人の部下への説明と統率次第だけどさ。」


「あの、お話し中すみませんが、あの橋はヒカリ様が架けたのでしょうか?」と、カシム。


「私は架けてないけど、みんなが作ってくれた。」

「皆様の物にもかかわらず、勝手に通行料を決めて良いので?」


「うん。割と許してくれる。この関所の通行料も私が勝手に変えたけど許して貰ってる。」


「ヒカリ様、関所は国にとって重要な施設であるとともに、貴重な収入源です。それを勝手に変更できるはずが無いかと。」


「だって、貰ったから。好きにして良いって。」

「いや、いくら何でも、そのような無茶は・・・。」


「カシム様、<ヒカリだから>という有名な台詞がございます。この先、この領地で暮らしていくならば、覚えておいて損はございません。」と、モリス。


「モリス殿、<ヒカリ様ならでは>という意味でしょうか?」

「意味としては大よそ合っていますが、<ヒカリだから>が正解です」


「モリス、モリス、まだ一緒に暮らしてない人に、それって酷くない?」

「さ、ヒカリ様、冷たい風がお体に触ります。関所に戻りましょう。」


「あ、うん。帰って、各種書状の準備しようか。

フウマ、クワトロさん、あとの面倒よろしくね。

あと、奴隷印は私のじゃない人でお願い。」


ふぅ~。

しかし、妊娠してから何にもさせてもらえないね。

<橋の通行料>も稼ぎ損なったし。

ただ、まぁ、思ったより被害も無く速い時間で片付いて良かったよ。



いつもお読みいただきありがとうございます。

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今週分からはマイペース(書き溜まるまで週一ぐらい)で進めさせて頂きます。

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