29.冒険者(よろずや)になろう(3)
宿屋の奥様を回復させるのはユッカちゃん頼み。
うまく回復させられればいいけど……。
「手元にある薬が効果があるかもしれません。しかし、その薬は効果が必ず出るとは限らないので、お二人にその薬を与えても良いか了解をいただきたいのです」と、私が切り出した。
「もし助かる可能性があるなら、お金はなんとか工面する。ぜひお願いしたい」と、宿屋の主人が即答する。
「わかりました。お礼を頂くのは奥様が回復されたときで結構です。
ただし、異国の薬のため残りが少ししかありません。効果があっても次の人は助けられないのです。もし奥様が回復しても、異国の薬で治ったとは口外しないでもらいたいのですが、約束を守っていただけますか?」
「分かった。守る」と、主人。
「うん。僕も絶対に秘密にする」と、息子さん。
さてと。
こっからはユッカちゃんのお手並み拝見になるんだけど、問題はここで終わらないってことだよね。二重三重に降ってくる難題に対して、先読みして準備しておかないとね……。
4人で奥さんが休んでいる部屋に向かう。
なんか、部屋の空気が淀んでいる。
お母さんはベッドに寝ていて、息が浅くゼコゼコいってる。
これって、肺炎とかの類じゃないの?
額に手を当ててみると、かなり熱い。熱があるんだろうね。
<<ナビ、肺炎の症状って分かる?>>
<<今、ヒカリが検知した情報は肺炎の症状に含まれます。また、事前情報からも風邪をこじらせて悪化したと考えられます。体に無理をさせていたことも、肺炎に発展する条件を満たしています>>
「ちょっと、症状を確認するために奥様の服を脱がさせていただきたいのです。
こちらが声を掛けるまで他の部屋でお待ちいただけますか?もし、薬を処方する場合には必ず事前に声を掛けます。宜しいでしょうか?」
「わかりました。おい、外で待つぞ」
と、心配そうな顔をする男の子をお父さんが連れ出す。
二人が出て行ったのを見計らって、ユッカちゃんに声をかける。
「ユッカちゃん、どうかな?」
「肺の端部が白いの。これはおかあさんが言ってた<ハイエン>という症状と思う」
「そっか。治せるのかな?」
「この白いのを薬で減らすんだって。でも薬がないときは、その人のエーテルの力をつかって、少しずつ、少しずつ白いのを肺から喉の方に押し出していくしかないの」
「そっか。さっき、私は薬があるって言ったけど、実は薬を持ってないんだよ。ユッカちゃんがエーテルの作用を使って回復させることができたら、それを異国の薬を使ったことにできるかなと思ってああいったのね」
「わかってる。私が少しずつ白いのを押し出す。やってもいいかな?」
「うん。治る見込みが出てきたら、何か薬みたいのを皆の前で飲ませればそれでいいとおもう」
「わかった。おねえちゃんはみててね」
<<ナビ、エーテルのスキャンでこの人の肺胞を映像化できるかな。白血球が少ない場所を黒で、白血球や細菌が繁殖している部分を白で表示>>
<<日本のレントゲン撮影に類する技術の視認化でよろしいですか?>>
<<ここでX線とか出せないから。エーテルで代替スキャンができないかを教えて>>
<<可能です。スキャン情報を右目前方に大画面表示させます。また、スキャンは10秒に一度自動更新します>>
<<ありがとう。あと、日本から肺炎の症状とそれに対応した抗生物質の情報もダウンロードして確認できる準備をしておいて>>
<<了解。情報を収集します>>
ユッカちゃんの方を見ると、薄っすら汗がでてきてる。
これって、精密な魔法を使うときになる状態だよね。
自分の体内の組織をイメージしてエーテルを操作するのと、
他人の体内を把握しつつ、そこにあるエーテル操作は難易度が違いそうだ。
さらには、治療であるいじょう、異常と正常を分別して操作してるんだろうし。
抗生物質みたいな、選択式で体内に影響を与えてくれる物質は偉大な発明だよ。
「ユッカちゃん、どう?私に手伝えることあるかな?」
「うん……。あのね……」
「何かな?」
「この人、普段エーテルの操作をしてないから、エーテルの感度が低いの」
「それって、どういうこと?」
「普段から体内でエーテルの循環をしてないから、エーテルと生体細胞の相性が悪いの。ほとんどエーテルさんの力を借りることができないってことなの」
「ええと、前におかあさんが治療方法を見せてくれたときは?」
「おかあさんが回復させた人は、エーテルを使うことができる人だったから、そこを後押しすることが簡単にできたみたい」
「そっか……。ちょっと何かいい方法が無いか考えてみるね」
「わたしも、もっと頑張ってみる」
「無理しないで。魔力切れて倒れたらまずいし」
「うん」
<<ナビ、肺炎の情報と薬の情報集まった?>>
<<今回のケースは院内感染が疑われないため、風邪から悪化したとみなせます。発熱は解熱剤などで下げる緩和療法がありますが、肺炎自体の自然治癒を待つには肺の白い部分が広く困難と思われます。抗生物質のリスト及びその組成をダウンロードしますか?>>
<<薬のリストと組成は今回はいらない。私の判断ミス>>
<<了解>>
抗生物質そのものは手に入らない。
薬の組成が判っても、それを具現化したところで体重などを加味した処方量と基材の精密な配合がここではできない。
そこまで出来たとしても一週間単位での処方は薬を生成や合成してる様子が周囲にばれちゃう危険性がでてくる。
この世界にあるもので代替可能でない物質は、いくら情報があっても利用できないんだね。
ここが私の限界か……。
ユッカちゃんの様子も汗の粒が大きくなるものの、肺の白濁が緩和される様子がない……。
エーテルも万能ではない……?
不可能を可能にする魔法ではないということ……。
もし、私の体内のエーテルをこの人に移せれば、体内循環を変えられるかもしれないのに。
どうにか私のエーテルを移す方法は……?
ハッ!
「ユッカちゃん、相談があるの!」
「お、おねえちゃん、なに?」
「この人の体内のエーテル濃度を高めることができたら、外からのエーテル操作にも反応しやすくならないかな?」
「動きやすくなるとおもうけど……」
「肺の白濁した部分に、小さなエーテルの粒が外部から侵入していって、そこに留まれば、外部からのそのエーテルの粒を操作することで、その周囲の細胞を活性化できるかもしれないよね?」
「そうかも……。でも、エーテルは目に見えないし、そんな風に止まらないよ?」
「ユッカちゃん、魔石を作ることできるよね」
「エーテルさんに頼めば作れる」
「魔石って、魔道具を動かすことができるよね?」
「うん」
「魔物も魔石で動くみたいだよね?」
「うん」
「魔石って、エーテルを凝縮した結晶みたいなものじゃないかな?」
「<ぎょうしゅく>?<けっしょう>?」
「ああ。エーテルさんをぎゅ~~って集めて、固めた物ってこと」
「そうかも?」
「作った魔石を細かく粉にして、肺にまで送り届けることができれば、
凝縮したエーテルが肺の白濁部に届くんじゃないかな?」
「おねえちゃん!すごい、すごい!!」
「じゃ、少し魔石を作って、粉にして飲ませてみよっか」
「外の二人に声かけないの?」
「上手くいくか先に試そう。悪いけど、これが上手く行かなかったら、回復しないよ」
「そっか。そうだよね」
私はゆっくりと魔石生成のために念じる。
<<魔石生成。ただし、1~3umサイズの粒形分布で、ピュアの魔力10回分>>
<<<ジワジワ>>>
左手の掌の上に黒い粉が浮きあがる。
奥さんの体を起こして、鼻からその粉を吸わせてみたよ。
「ユッカちゃん、どう?」
「おねえちゃん、うごくよ!最初からやり直しだけど、うごくの!」
右目前方のスクリーンの白濁部がもやもやと動く。変化が表れている証拠だ。
抗生物質よりエーテルの力ってすごいんだ。
今すぐにその効果が現れるとか、本当に魔法だね。
「ユッカちゃん、魔石を粉薬っぽくして、二人の前で使って見せて安心してもらおうか」
「うん!」
「乳鉢もない。薬包紙もないね。どうしよっか……」
「<にゅうばち>?<やくほうし>?」
「魔石の欠片を粉にできないし、私の掌から直接粉を吸わせるわけにはいかないでしょ?粉を薬っぽく包んでおく入れ物がないのね」
「魔石そのものを飲み込んでもらって、私達で操作して粉にすれば?」
「いいね!ちょっと飲み込めるように魔石を作り直す。ユッカちゃんの魔石入れる袋にいれさせてもらっていい?」
「いいよ~」
魔石を一旦粉末状に砕く、そして5㎜ぐらいの黒い球体に再凝集させる。飲み込んだ瞬間に気道に移しちゃおう。もしお母さんが咽たらごめんね。
ーーーー
二人を呼んできて、「上手くいかないかもしれませんが」と再び念をおす。そして、「上手くいっても口外無用」とも。
二人がしっかりと頷くのを確認してから、ユッカちゃんに胸元から小さな革袋を取り出すように促す。そして、その革袋から私が魔石の光沢をした黒い丸い球をとりだす。
「これをおかあさんに飲ませますね」
「「はい」」
「息が苦しそうなので、無理に飲ませると咳き込んだりするかもしれません。しかし、直ちに薬のせいで悪化したと思って、驚かないでください」
「「わかりました」」
さっきとは異なり、今度は口から飲ませる。
そして、飲み込むタイミングを見計らって、エーテル操作で丸薬だけを気道に移す。移して粉砕して肺へ送る。実際にはさっきの粉末でエーテルは留まってるけど、下手に体内にエーテルの丸薬が残ってると何が起こるか判らないから散らした方がいいよね。
上手く呼気とともに肺に入ったのようで、懸念したような咳き込みは起こらなった。
よかった。よかった。
あとは、ユッカちゃんと二人で見守る風を装って、肺の白濁部を外に押し出す。
動くもんだねぇ!みるみる白いのが減っていくよ。
だんだん奥さんの息が静まってきたので、心配そうに待っている二人に声をかける。
「薬の効果はありそうです。このまま一晩寝てもらって、明日様子を確認しましょう」
「「はい」」
二人は奥さんに付き添うという。
私たちは長い一日だったので何かあったら起こしてもらうことにして、部屋で休ませてもらうことにした。
「ユッカちゃん、上手くいったね!」
「うん。明日が楽しみ!」
「じゃ、ねよっか」
「うん」
いい夢が見られますように。
誤字などの修正です。本ストーリーへの影響はありません。




