5-05.魔術の指導会
よし、力試しの大会は終了。
3人の優勝者への特別な権利も与えた。
あとは、ステラの出番だね。
「え~、皆様、領主より賞品の授与と挨拶を頂きありがとうございました。優勝者の3名は一週間以内に私まで返事をください。
これにて、力試し大会は終了となります。賞品を忘れずにお持ち帰りになることと、いつもより疲れていると思われますので、気を付けてお帰りください。次回の開催につきましては、農閑期の半年後か来年を考えております。
それでは、続きまして、魔術の指導会をステラ様より開催して頂きます。関心や興味のあるかたは、このままこの会場にお残りください」
多くの人はそのまま家族で家路に着いた。
お母さんに付き添われて子供が10人くらい残った。大人が単独で残っているのは3人ぐらいだね。ということは、受講者は13人ってことかな?
「只今紹介に預かりました、ステラ・アルシウスと申します。縁あってここの領主様の元で一緒に暮らしております。
このような力試しの大会で、力技はあまり得意とする方ではないため、何か皆様の役に立てる方法があればと提案させて頂き、このような場を設けさせて頂きました。
と、堅苦しい挨拶はここまでにして。
緊張を解しながら、魔術の適正を見つつ、各個人の魔術の能力を向上出来ればと思います。同伴のお父様・お母様は、お子様への説明を支援頂ければと思いますし、ご一緒に参加して頂いても結構です」
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子供10人の後ろに保護者10人、そして大人の参加者3人。場所を食堂に移して、講習会を始めることにした。
今更だけど、こういった集会所みたいで大きな屋根のある施設って無いんだね。そういうのも作っていくと、今後は寄り合いとかもしやすくなるのかな。
私も食堂でステラの講習を一緒に聞こうっと。マリア様とかミチナガ様も同席してるから、結構興味があるってことだね。
「では、皆様に魔術が何であるかを説明します。
魔術は目に見えるとは限りませんわ。私達が実現したいことを強く思うことが実現できるのです。
『ここに水を出したい』
そう考えることを、ちゃんとに考えることで、このように水を空気中から出すことができるのです」
と、アリアの作った透明なガラスのコップを台の上において、そこに手をかざすと、空中から水がコップへ注がれていく。
「これは、手品やトリックでは無いので、種も仕掛けもありませんの。この世界のルールに従ってお願いをしているだけですわ。
この世界のルールを知ることと、お願いの仕方を知ることで、今お見せしたように魔術を使うことができるのですわ」
会場からは、水が空中からでてきた驚きよりも、魔術を誰もが使える可能性について、興味と関心を引くことができた様子。みんな真剣に聞き入っている。
「今、皆さんは世界のルールも、お願いの仕方も判りませんわ。
最初は『私がどこにある水を呼び出したか』と『どのようにお願いをしたか』を説明しますので、それを真似てみてくださいな。
水は、このような森が多い空気に沢山含まれています。砂漠のようなところでは大変ですが、今は空気から呼び出します。これが、『この世界に水がある』ことを知ることですわ。
次に、水の呼び出し方ですが、慣れない人は口に出したり、文字に書いたり、指で形を作ることで、強く思いを伝える必要がありますわ。もし強い思いを何もせずに考えることが出来たら、それはあたかも何もせずに魔術を行使しているように見えますわ。
これが基本になりますけど、宜しいかしら?」
皆が黙って、真剣にコクコクと頷く。
魔術がとても身近なものに感じられているのかもしれない。
『もし、自分にも魔術が使えるならば』と。
「では、これから私の言うことを良くイメージをされて、思いを込めて詠唱という名前の呪文を唱えましょう。
『生を司る空気に混じりし小さき水の子らよ、水の妖精ウンディーネの名において、ここにその姿を集めよ』
こんな感じですわ」
ステラが用意した2つ目のガラスのコップに今度は水の妖精が姿を現して、そこに水を注ぐ。私には水の妖精が見えているけど、集まった人には見えてないかもしれないね。だとすると、最初の無詠唱と今の妖精の支援では同じに見えるかもね。
「お姉さん、凄い~!妖精さんだ~!」
「すげぇ~。お母さん見た?あの人、妖精を召喚したよ!」
「あらあら、この子ったら、そんなの無いわよ。ちゃんとした魔術なのだから、それを教わりましょう」
「あんたも、調子に乗って。水が出てきたのは同じだけど、妖精さんなんて吟遊詩人のサーガの中だけよ」
「正直に手を挙げてほしいのですけど、今、妖精が見えた方はいらっしゃいますでしょうか?」
子供5人、付き添いから1人、大人の参加者から3人が手を挙げる。へぇ。9人も居るんだ。大人で参加した全員が見えるのは流石だね。
「今、手を挙げて頂いた9名の方は、今日からでも水の魔術が使える可能性がありますわ。
そして、手を挙げられなかった人が魔術の素養が無い訳ではありません。別の方法でも魔術が使える可能性がありますわ。ただ、その魔術の行使を邪魔しているものは人それぞれですので、今日直ぐに使えるかどうかは、この後の訓練次第になります。
妖精召喚系の魔術以外の魔術の訓練の仕方は、いろいろと時間が掛かることがありますので、後で、簡単に素養を確認してから後日改めて挑戦しましょう」
なるほどね。
最初と2回目でわざと魔術の行使の種類を変えてるんだね。妖精が見えなかった人でも魔術は使える訳だから、その人たちの適正に合わせて使い方を教えて導いて行けばいい訳だし。
「では、今日の所は時間が限られていますので、妖精が見えた方の9人を中心に説明を始めますわ。
この説明は残りの方に直接影響を与えません。しかし知識を広げることは、今後の生活のヒントとなりますし、次なる魔術の指導会においてのヒントに成るかもしれませんので、無闇に否定せずにこのままご同席くださいな。
私達人間は、直接に魔術を扱うことはとても難しいのです。そのためには、<科学>といわれる知識を膨大に知り、そしてその仕組みを理解して、その理解の元に具現化したい内容を思考する必要があるのです。
しかしながら、妖精さん達は違います。
妖精さんはこの大地を司る星と共に生まれていますので、その星の成り立ちや仕組みを習得しています。
つまり、私達の思いを妖精さん達に伝えることができれば、魔術を容易に具現化できるのです。分かりましたでしょうか?」
(ふむふむ)
(うんうん)
と、黙って真剣に話に聞き入る。
妖精さんが見えなかった人達もちゃんと話を聞いている。もしかしたら別の方法で実現できるかもしれないからね。
「今日は水の妖精を呼び出して、水を出して貰いましょう。先ほども言いましたように、ここは森も川もあり水の妖精が呼び出しやすい環境にあると思いますので、上手くお願いすれば妖精が呼び出せるかもしれません。
慣れないうちは、<妖精の長>の名前を出して、その支配下になる妖精さんに協力をお願いするのが簡単ですね。水の妖精の長の名はウンディーネとされています。
言い方は、どのようにでも構わないのですが、心から信じて『助けて欲しい』という思いでお願いをすれば、その気持ちは通じやすいとされています。
ですから、
『水の妖精さん、水が欲しいのです。助けてください』
と、このように、先ほどとは違う形でも、私の意を汲んで水の妖精さんが現れて、手助けしてくれますわ」
と、ステラが3杯目のコップに水を満たす。
「では、皆様、目の前のコップに水を満たしてみてください」
と、各自の前には木製のコップがあり、そこに水を満たそうと9人は夫々がそれぞれの考えで、水の妖精とコンタクトをとって、コップに水を入れて貰おうとお願いする。
子供たちの3人と大人の3人は直ぐにコップに水を満たすことができた。残りの子供2人と保護者のもう一人も暫くするとコップに水を満たすことができた。
流石はステラだね。あっといまに9人の魔術師誕生だよ。
ここでびっくりなのが、妖精が見えなかった子供5人は上手く行かなかったけど、保護者10人のうちの、妖精が見えなかった9人の中の1人がコップに水を満たしたんだよ!
私よりちょっと年上ぐらいなのかな、精悍な青年が額に脂汗を流しながら、コップに一杯の水を出したんだよ。
<<ステラ、見てみて!あの人、妖精さんを召喚せずに水を出したよ!エーテルさんへの作用も知らないはずだよね>>
<<ヒカリさん、素晴らしい逸材かもしれませんわ。特にヒカリさんの好きな<科学>方面の才能が高いかもしれませんわね>>
<<うんうん。ステラのこの講習会は素晴らしいね>>
<<この森にはウンディーネ様が住まわれているから、水の妖精を召喚し易いのですわ。けれど、あの一人の方は、直接水を空気から絞り出していますわ。何か特別な知識か経験を備えていると思いますわ。>>
<<そしたら、上手く導いてあげられると良いね>>
<<領主の権限で彼だけ残って貰えれば良いのですけど>>
<<分かった。子供と一緒に残って貰って、遅くなる様なら、子供だけ誰かに家まで送って貰うことにしよう。>>
<<助かりますわ>>
このあと、水をコップに満たすことができた9名には妖精への感謝の気持ちを忘れずに、そして練習を続ければ、簡単にバケツの水くらいは取り出せることを説明して、今日の講習会は終えることにした。
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一般の講習会は解散して、妖精を召喚せずに水を出せた人に話をきくことにしたよ。領主の館の食堂へ席を移動して、ステラと領民の人と、私の3人で会食の席を設けた。お妃様のマリア様はこっそりメイド姿で給仕する訳だけど、まぁ、気にしない。
「こんばんは。遅くまでお付き合い頂きすみません。
私と領主と一緒に夕ご飯を食べながらお話を伺いたいのですけど宜しいかしら?」
「あ、はい。どういったご用件になるのでしょうか。私は妖精の姿が見えませんのでしたので、きっとステラ様の考えるような魔術を簡単に使える能力は無いと思うのですが。」
「貴方だけ妖精の姿が見えないのに、コップに水を注げていたわ」
「ステラ様のお話を伺って、私なりに水を出す方法を考えてみたのです。大変消耗しました。」
「魔術は結果であって、必ずしも一つだけの方法で実現している訳ではないの。貴方には妖精を召喚することとは別の素晴らしい才能があるわ。今更ですが、お名前を伺っても宜しいでしょうか」
「私はライプニッツと申します。それで、どのようなご用件になるでしょうか。」
「ライプニッツさん、貴方は特殊な才能をお持ちですので、私も驚きですが、領主様自らがお会いしたいとの希望もありましたの。」
「は、はぁ。ますます意味が判りません。」
「ヒカリさん、この後、どのように進めましょうか。」
「う~ん。本人も困ってるしねぇ。私としてもライプニッツさんの才能を埋もれさせておきたくないよ。宮廷魔術師とは別の形で私達の役に立つ存在だと思う。」
「私もそう思いますわ。ヒカリさんに似た臭いを感じます。ひょっとしたらヒカリさん同様に異世界から来られた人かもしれませんわ。」
「あ、そっか。本人かその先祖に異世界から来た人が居ないか聞いてみよう。あとは、どうやって、自然科学のアプローチを見出したかだね。」
「あの、お話の最中に割り込んですみません。私と私の知る限りの家族において、吟遊詩人のサーガにあるような他の星からやってきた人は存じ上げません。出身は普通の農家になります。このたび、こちらの開拓地で農民を募集されているとの話を聞いて、家族で移り住んできました。」
「そう。だとすると、天賦の才かもしれないね。自然とか大地とか星とかに興味があったりしますか?あるいは、錬金術とか」
「領主様、私は人よりツマラナイことが気になる性格のようです。花が何故咲くのかとか、葉っぱは何故緑なのかとか、空は何故青いのかとか。
今日、ステラ様から空気の中に小さな水が沢山入っていると聞きましたので、なるほどと思い、それを集める様に念じてみました」
「ステラ、この人凄いね。英才教育を受けた訳でも無く、自然現象を観察する力を持ってるよ。アリアに似た感じかもしれない」
「ヒカリ様、私からするとヒカリさんもアリアさんもニーニャさんも素晴らしいですわ。私が使える魔術とは系統が全然違うので、皆様に追いつくのが大変ですわ」
「そっか~。じゃぁ、ひょっとして勉強会に参加して貰えれば、<重力軽減>とかも簡単に使えるようになるかも?」
「私より速いかもしれませんわ」
「そっか、そっか。ちょっと軽食でも食べながら教えてみようよ」
「良いと思いますわ」
ーーーー
お茶やクッキーを食べながら、地水火風という妖精が居るという話をする一方で、元素という小さな微粒子が世の中を構成していて、その組み合わせによって、各種現象が引き起こされていることを説明した。ライプニッツさんは、その私の説明を簡単に信じて納得した。
「領主様、そうしますと、水の妖精は何の元素から出来ているのでしょうか?」
「うんと、妖精は妖精。人間は人間。だから水の妖精は水を巧みに操れる妖精という話になるね。
今度は、<水>が何かという話になるけど、<酸素>と<水素>という2種類から出来てるね。」
「領主様、<空気>は何から出来ているのですか。」
「<酸素><窒素><二酸化炭素><アルゴン><水素>あとは検出しにくいね」
「そんなに沢山の種類があるんですか。」
「窒素が80%、酸素が20%あとは少しずつだよ。」
「窒素とは何でしょうか?」
「お肉の成分を作るのに重要な元素。お豆や肥料なんかにも含まれてる」
「領主様、そうしますと、全ての物は空気から作られているのでしょうか?」
「ううん。炭素っていう大事な元素が抜けてるね。それと地面はケイ素が多くて、後は金属元素の鉄とかアルミニウムとか、チタン、鉛、銅、金、銀などなどだよ。」
「全然判りませんが、大地が金属元素、肉体が炭素と空気で出来ていることが理解出来ました。魂は何でできていますか?」
「面白い質問だね。私の知ってる科学では説明できないし、解明されていないよ。
でも、ステラのお師匠様とか妖精の長なんかは、そこへのアプローチの仕方を知ってるかもしれないね。」
「それはどういうことでしょうか?」
「構成要素としての元素ではなく、情報の塊なんだと思うよ。」
「情報の塊?沢山の会話という意味でしょうか……。」
「ううん。全然違う。今日はそこの話をしても難しいね。
ステラ、話についてこれた?」
「ヒカリさん、会話には付いていけていますが、ライプニッツさんの吸収力は素晴らしいですわ。
私は話を聞いて、その情報を覚えるだけですが、ライプニッツさんはその情報をベースに次のステップへ即座に踏み出すことができてますわ。勘とか度胸というかセンスの話なのかもしれませんわ」
「ステラの理解力とその分析能力も素晴らしいと思うよ。あと妖精さんとの繋がりに関しては、そんじょそこらの人では敵わないしさ。
で、いつもの午前中の勉強会に参加して貰ったらどうかな?」
「ライプニッツさんが構わなければ、私はそれでも良いと思いますが、きっとご本人が承諾しないと思いますわ」
「そっか。そりゃそうか。どうしよう。
ライプニッツさん、明日から勉強だけしてもらうとしたら、どんな条件が必要ですか」
「畑が心配です。家族が心配です。収入がなくなり、暮らしていけなくなります。
何を勉強すればいいか判りませんし、私には魔術の才能は無いことが分かったのですよね」
「いずれ、この領地にアカデミーを開校するの。そこの先生になれば良いね。
よし、モリスに一家族分の家と職を見繕って貰おう」
「領主様、その、それは、あまりにも……」
「ステラ、勝手すぎる?」
「<普通>は無理ですわ」
「ライプニッツさんは<普通>じゃないよね」
「ヒカリさんのお気に入り以外では<全く普通の農民>ですわ」
「そっか。ごめん。私が悪かった。どうしよう。」
「モリスからベイスリーさんに話を通せば良いと思いますわ。農地の運営と関所での就職の両方が解決すると思いますわ」
「じゃ、明日からは無理でも近いうちに合流できればいいよね」
「普通はそういう流れで宜しいと思いますわ」
「じゃ、ライプニッツさん、そういうことで、残りの夕ご飯食べてから帰ります?」
「あ、いえ。妻が心配してますし、息子も連れて帰らないといけませんので、用件が終わりましたら、早速帰らせて頂こうかと思います」
「モリスが馬車で送っていくよ。ゴードンに頼んで残りは持って帰って貰おう」
「ヒカリさん、もう暗いですわ」
「私の子に手伝って貰えばいいでしょ。」
「ヒカリさんの子は人目に付くので、私の子で宜しいでしょうか?」
「そしたら、モリスとステラで送って貰っても良い?」
「承知しましたわ。今日の力試し大会の反省会を進めてくださいな」
「うん。分かった。じゃ、また後でね」
「はい、また後で」
う~ん。
魔術の指導からとんでもな逸材が見つかったね。好奇心とか探求心、そして勉強する心が無いと新しい世界は見えないよね。
きっと、いろいろな進歩の役に立つと思うよ。




