4-55.武具屋
お腹がいっぱいになったら、
今度こそ仮設住宅の建設開始だね。
次に帰ってきたのはルシャナ様。
2人のドワーフさんを連れて、例の迷宮の収集品が入った麻袋のうち、3個を運んできた。
「皆様ただいま戻りました。それとニーニャさんから頼まれました迷宮の収集品から剣の類のみをドワーフさんに選別してもらって運んできました。」と、ルシャナ様。
ニーニャとドワーフ2人の3人がかりで、先ずは麻袋をひっくり返して武器を並べ始めた。ここから、どの武器を潰して大工道具にするか考えるんだろうね。
その様子を見ていた役人さんが慌ててアジャニア語で話しかける。
「その見るからに貴重な剣の数々はどなたの持ち物ですか。アジャニアに譲って頂くことは可能でしょうか?」と。
ニーニャ達はポカンとした顔をして、その方向を見る。
貴重かどうかよりも言葉が通じてないからね。
「ニーニャさん、この役人さんがその剣を譲って欲しいそうですわ。」と、ルシャナ様が通訳する。
「んー。それでしたら、ルシャナ様の錫杖を潰して道具にさせて頂いても宜しいでしょうか?」と、ニーニャが返す。
「これは私がヒカリさんから折角もらったものですので、ちょっと差し上げられないですわ」とルシャナ様。
「ヒカリ、どうするんだぞ!ちゃんと考えるんだぞ!」
「え?え?私なの?それだけ数があるんだから、1-2本は潰しても良いんじゃないの?
ルシャナ様、ちょっとそこの役人さんに確認して頂けますか?」
「分かりましたわ」
「これらの剣を潰して、大工道具を作りたい事情があります。
仮設住宅の建設に必要なので、何本か適当な剣を潰しても良いでしょうか?」
「あの、お母様。お母様が代表で宜しいでしょうか。
あれらの剣は幾つかが魔道器としてのコーティングが施されており、普通の道具屋では価値が算定できないものが含まれている可能性が高いです。
また、幾つかの剣には名家の家紋があります故、迷宮討伐の出兵の際に命を落とした兵士の遺品の可能性があります。遺品に関しては政府として買い取らせて頂きました上で、遺族の元に届けたいと思う所存でございます。」
二人の会話の内容は、ルシャナ様が適宜念話で通知してくれてる。
しかし、なんで、こう面倒な物が迷宮に落ちてるかね。
あと、ニーニャの目利きが良すぎて貴重品ばかりってのもさ。
簡単に潰して、工具とか作っちゃだめなのかね。
「ニーニャ、そしたら、ルシャナ様の錫杖みたいに、あり合わせの鉱石から工具は作れないのかな?」
「道具も鉱石も全てユッカちゃんの鞄の中だぞ。一般的な道具では鉱石の精錬ができないから、ここにある金属を元に工具を作りたいんだぞ。」
そっか。ニーニャにはニーニャの事情があるって訳だ。そしたら、街の武具屋で普通の剣とか買ってくれば良いのかな?
「ニーニャ、武具屋で別の武器を購入して、それで工具を作るのはどうかな?」
「私は金貨50枚の袋しかないんだぞ。工具用の武器を買ったら、お土産が買えないんだぞ。」
「え~?武器ってそんなに高価なの?お鍋とかって、金貨1枚とかで作って貰えたでしょ。」
「行けば分かるんだぞ。ちゃんとした鋼鉄製の品とかは高価なんだぞ。」
そうなんだ。お茶屋のお兄さんが帰ってきてないから、金貨も200枚しか無いし。収集品の武器は政府の役人が欲しいとか言うから、売れないだろうし。もし、売ってもこの役人さんが武具屋から<接収>しちゃって、迷惑かかるだろうし。
う~ん。
とりあえず、みんなで武具屋にいって、工具になりそうな金属がいくらで手に入るか見に行くことにしたよ。
ーーーー
「あー。済まぬが、主人はおるか?政府の者だが至急の要件がある。」
と、例の書状を持った役人さんが武具屋で挨拶を始める。
というか、これ挨拶なの?
役人が自分の部署で部下を呼びつけてるようにしか見えないけどさ。
また、<接収>とか、言い出さないよね?
「いらっしゃいま……。こ、ここ、これは征夷大将軍様。このような所へようこそお越しいただきました。」と、店主。
え?
征夷大将軍って、相当偉いんじゃないの?
実行指揮ではレナードさん級?
右大臣、左大臣とかああいう利権絡む役職は置いといてさ。
なんでそんな人がラナちゃん抱えて駆けてきて、<お煎餅>の買い出ししてるのさ。
私はリアルタイムで会話についていけてるけど、念話による通訳はルシャナ様が継続して担当してくれてるから、みんなも話に付いてこれてるね。
「ああ。儀式ばった挨拶は無用。早速要件に入りたい。
この者達の所有する武器を下取りに、ここの店にある武具や素材を入手したい。」と、役人さん。
「あ、はい。下取りですね。内容を確認させてもらっても良いでしょうか?」
「うむ。ムサシ・ミヤナガ様の客人である故、失礼の無いように。
また、下取りできぬ銘の入った遺品や、高価過ぎてこの店で買い取れぬものは、政府が代行して借用書を発行するので、正当な評価額を示すように。」
「ハハッ。<鑑定スキル持ち>を呼び、直ちに鑑定作業に入らせて頂きます。」
「ああ。待っている間、この辺りの武具や素材を確認させて貰うが良いな?」
「狭い所ですが、ご存分にご覧下さい。」
ニーニャだけが、ちゃんと品定めをしているね。吟味するほどじゃないものが多いのか、さらっと目を通して、あとは気になったのをじっくり見直してる。入り口の脇に立てかけてある大振りの斧と、カウンターの奥に遊びで作ったような刃渡りが2mぐらいある大型の両手剣とか。この2つが気になってるみたいだね。あとは、素材置き場をゴソゴソ、ガラガラとかき回してる。
他の人達は、あんま興味が無いんだよね。
ステラは自分の杖持ってるし、ルシャナ様は錫杖が気に入っちゃったみたいだし。私は良く切れるナイフと、いつもの装備一式が船にあるし。
店主と役人さんは、二人の鑑定士と合わせて4人で机の上に麻袋を1つずつ広げて、念入りに鑑定を進めていく。
束や鍔に銘がはいっていたり、飾紐が組んで有ったり。遠目には刀剣の銘の確認までしてるのかは、わからないね。魔術師みたいな人がコーティングの反応を確かめて、なにかメモを残してる。
結局私達の手元に残らないんだからどうでも良いんだけどね。それより早く戻って待機しておかないと、お茶屋のお兄さんとか、ユッカちゃんが戻って来るんじゃないのかな。美味しいものを勝手に食べてたことがユッカちゃんに知られると、ある意味ラナちゃん以上に怖いんだよね。ああ、もう、適当で終わんないかな~。
「ヒカリ、暇なんだぞ。」
「ニーニャ、私も帰りたいよ。何かいい物見つかった?」
「ずっと使う訳でないなら、ルシャナ様の錫杖を潰すのが良いんだぞ。」
「いや、だから。あれはルシャナ様がお気に入りだから私は言えないって。
それに、ニーニャだって、『適当に作った』とか、言ってたでしょ。」
「ルシャナ様の鉱石を用いて作った<適当>と、人族の普通の武具屋で扱っている素材を一緒にして考えてはダメなんだぞ。」
「それって、このお店の武具より、ルシャナ様の杖のが良いってこと?」
「簡単に言えばそうだぞ。」
「あ、ええと・・・。それは素材なのニーニャの腕なの?」
「素材8割。私はそれを形にする火の妖精の力を借りただけなんだぞ。」
「え?じゃぁ、ユッカちゃんのオリハルコンの剣とかミスリルの鎧も簡単に作れるものなの?」
「素材が手に入って、高温で長時間維持できる火力があって、その素材と火力を維持しつつ精錬、生成、鍛錬できる技術があれば作れるんだぞ。」
「あ、質問の仕方を変えるね。素材をルシャナ様から貰えたとして、ここの武具屋でも同じものが作れる?」
「無理なんだぞ。」
「なら、今回下取りに持ってきた武器一式と、ユッカちゃんの剣と鎧だったら、どっちが貴重なの?」
「オリハルコンは単体の金属として剣が作れないんだぞ。だから、<普通>には存在しない物なんだぞ。似たものすら在り得ないんだそ。」
「うん?作ってくれたじゃん。」
「少し説明するから黙るんだぞ。
オリハルコンという金属というか、結晶というかは非常に産出量が少なくて、さらに精錬するにも、大量のエネルギーを必要とするから、<普通にいうところのオリハルコン>は含有率70%も行けば、城が買える価値があるんだぞ。
今度はその精錬したオリハルコンの塊を剣の形に成形するためには、精錬するエネルギーだけでなくて、鍛冶をする道具も専用の物を揃えるか、オリハルコン以上の耐久性のある素材とコーティングで道具を保護する必要があるんだぞ。この辺りが世間で非常に希少性の高く、滅多に存在を見ることができないといわれるオリハルコン70%含有の<普通の剣>なんだぞ。
ユッカちゃんのは純度98%以上のオリハルコン結晶を元に、合金としてギリギリ変形できる柔らかさにする金属を添加しつつ、純オリハルコン特有の脆さを補ったんだぞ。そこから火力と道具と技術と時間を掛けて作ったんだぞ。」
「ニーニャ?」
「なんだぞ?」
「それってさ。関所で王子とかお妃様に作ってくれた専用の武器とかより、凄く手間がかかってる気がするんだけど。それでも確かユッカちゃん専用でなくて、汎用的な剣とか言ってたよね。」
「ヒカリの関所に居たときは、あそこで手に入る最良の素材と最良の道具とラナちゃんのエネルギーを借りて作ったんだぞ。オリハルコンは産出されてなかったんだぞ。」
「うん。そんなこと言ってた気がする。」
「ルシャナ様から頂いた素材がすごいんだぞ。純度も高くて量も豊富なんだぞ。『ヒカリの鎧をオリハルコンで作れるといいわね』と、かなり大量のオリハルコンを頂いたんだぞ。
加工に使う熱も、ラナちゃんの炉だと熱を与える角度や分布に制限があるけど、火の妖精の力を借りると、好きな所を好きな温度で、好きな時間温められるし、徐冷加減も制御することが出来るんだぞ。精錬や加工が難しい素材にとって、温度管理は非常に重要な要素なんだぞ。」
「じゃあ、『適当に作った錫杖』も、そんな感じなの?」
「ヒカリが迷宮で装備していた鎧や剣より断然良い性能なんだぞ。」
「え?そうなの?」
「あれは娼館の門番の衣装として作った物なんだぞ。ヒカリはあれを着ていて恥ずかしくないのか?」
「え?腕も足も動かし易くて邪魔にならないし。ちゃんと下着なんかより大きな面積で体を囲ってくれてるし。そういうものだと思ったんだけど。」
「肌がむき出しのところは敵に狙われやすいんだぞ。神経や血管を狙った攻撃が掠ると、次の攻撃が防御出来ないんだぞ。魔術、毒、武器の全ての攻撃対象に対して、それらを防御するのが防具なんだぞ。」
「あ、あ、あれ?ニーニャって戦闘もするんだっけ?」
「うちは武具を作る家系なんだぞ。顧客の要望に応える鍛冶ができて一人前なんだぞ。
一般的には無理とされる注文でも、それを実現できるから名家としての価値があるんだぞ。」
うお
「そう。なんか状況が判ってきたよ。それでさ?仮設住宅を作るためだけの工具として考えたら、どんな素材で作ればいいかな?」
「私が作った物がここに残るのは不味いんだぞ。ヒカリが回収して持ち帰るならなんの素材でもいいんだぞ。」
「え?どういうこと?」
「二つ意味があるんだぞ。
ロマノフ家の業物が形として残る以上は、後世の人間がロマノフ家の腕を評価する要素になるんだぞ。だから中途半端な物は残せないんだぞ。
もう一つは、私が作った工具が使い捨てにされるのが嫌なんだぞ。それなら普通の商人から買えばいいんだぞ。」
「ニーニャ、ゴメン!私はニーニャの凄さと伝統ある家系の重みを全然分かってなかったよ。私は何にも分かってなくてすニーニャに甘えていたよ。もう、普通の商店に行って、普通の大工道具を買おうよ。それでみんなに作業して貰えばいいよ。」
「仕事の効率が落ちるんだぞ。観光したり、お土産買う時間が減るんだぞ。技術視察もちゃんと、丁寧にする時間を確保した方が良いんだぞ。」
「ニーニャは私たちの時間のために、家系の束縛の限界を乗り越えて、いろいろ我慢して行動してくれていたんだね。そして私たちのことをいろいろ考えてくれてたんだね。なんか本当にごめんなさい。申し訳ないよ。」
ああ、なんか、自分が恥ずかしい。
ニーニャの心遣いが嬉しい。
ニーニャの家系の伝統が素晴らしい。
なんか、複雑な感情が入り混じっちゃうよ。
「ヒカリ、泣くんじゃないぞ。
皆がヒカリのしたいことを支えているだけなんだぞ。ヒカリが工具を回収してくれれば問題無いんだぞ。ナイフとハンマーを航海士の専属にすれば、各自に持ち帰らせるだけなんだぞ。」
「ああ。航海士さんたちにプレゼントするってことね?」
「それでいいなら、そこの箱にある素材を何個か購入して私が作るんだぞ。コーティングはステラかラナちゃんにしてもらうと良いんだぞ。ルシャナ様のコーティングの種類は分からないからヒカリが直接聞くと良いんだぞ。」
「わかった。そうする。」
溢れる涙を拭きつつ、なんとかニーニャに答える。
私としてニーニャの役に立てることって何かあるかな?
「それで、ニーニャはこのお店で何か欲しい物は無い?
さっき、扉のところの斧と、看板になってる剣に興味があったみたいだけど。」
「ヒカリ、あの斧はいくらなんだぞ?買えるなら買って帰るべきなんだぞ。」
「え?それって?」
「多分、神器なんだぞ。」
「わ、分かった。ちょっと交渉してみるね。」
いつも読んで頂きありがとうございます。
時間の許す範囲で継続していきたいと思います。
暫くは、週に1回の更新で続けさせて頂きます。




