4-39.通訳の人(3)
いや~。
手詰まりだよ。
どうしよう・・・。
フウマに期待するしかないね。
足が痛い振りをしながら2時間近く歩き続けた。
フウマからの<念話>で手に入った情報によると、
アルバートさんが酋長とある程度会話が出来たんだって。
アルさん、凄いよ。
でも、ムサシさんの状況は、樽みたいのに掴まって漂流しているのをこの島の漁師が見つけたんだって。船に括り付けて、こっちの島まで連れてきたんだってさ。
樽も、浮力を得るため中身は捨てて軽くしてあったらしくて、食べ物とか無い状態だったらしい。
だけど、私だったら、濡れないようにした重要書類を隠すと思うんだよね。
例えば、樽の蓋側に貼っておくとか、底を二重底にするとかね。
もし、まだ樽が残ってるなら調べたいかな。
それか、私達が上陸したのを見計らって、既に場所を移しちゃってるかな・・・。
一応、フウマにはムサシさんを連れていくかもしれないから、所持品やその樽なんかを集めておいて貰うようにお願いしておいた。
あとは、トレモロさんと酋長の交渉で、村の女性の何人かを夜のお仕事に付き合って貰えるように交渉を済ませたらしい。ヤマタノオロチを倒す勇者の機嫌を損ねる訳にはいかないしね。
ちょっとした寄り道のつもりが、随分やることが増えちゃったねぇ。
航海士さんたちのストレス発散と、アジャニア国での事前情報入手。
あとはアマテラス様が仲間になってくれたのは大きい収穫だね。
ってことは、成果もそれなりにあったってこと?
そういえば、アマテラス様の名前を考えてないや。
もう、やることだらけで、どんどん零れ落ちるね。
ーーーー
村まで着くと、既にフウマやトレモロさんが指揮を執りながら航海士達が上陸してめまぐるしく動いていた。夜に備えての掘立小屋の準備とか、水洗い場、食料の荷揚げなんかをしてた。ドワーフの二人も丸太を切り出し済みでニーニャの到着を待っていた。
<<フウマ、漂着したときの樽ってのを見せて。
あと、トレモロさんと通訳のムサシさんを引き合わせて、
科学教のどういう立場の人か判断できるか、確認しておいてくれるかな?>>
<<姉さん、了解。>>
<<あと、トレモロさんにも、私はステラの付き人ってこと言ってあるよね?>>
<<言ってない。言っておく>>
<<科学教とムサシさんの関係が判るまで、私という存在は見せないから。>>
<<了解だよ>>
ステラには上手く状況を作って貰って、付き人の私を抜きで話をしてもらうことした。
ムサシさん、トレモロさん、ステラ、アルさん、フウマの5人ね。
何かあったら、念話を通して貰うことにしたよ。
その間、私は樽の調査っと。
この、こういう樽ってさ?
女の子が開け方とか知る訳ないじゃん?
釘抜もってきて、釘を抜いて回るの?
そもそも、どっちが上でどっちが下かもわかんないし。
あ、丁度いい人がいた。
「コウさん、コウさん!ちょっと助けて!」
「ああ。ヒカリ様、何でしょうか?」
「忙しいところゴメンね。この樽を開けたいの。どうやるの?」
「普通に開けてしまって、よろしいので?」
「爆発とかしないと思うけど、何か書類とか入っていると不味いから乱暴にはしたくない。」
「承知しました。道具をとってくるので少々お待ちを。」
そっか。爆薬とか仕掛けは考えてなかった。
<<ナビ、応答できる?>>
<<ヒカリ、通信できてます>>
<<うん。あの樽の危険性をチェックして。
細菌、毒物、爆発物、仕掛けによるか開封時のダメージ>>
<<汚れていること、一般的な生活環境に存在する細菌以外見当たりません。
錆び釘周辺での破傷風菌の存在がされていますが、一般的には問題ありません。
中身は殆ど空です>>
<<ほとんど?>>
<<一般的な樽の、完全に空の状態に比べれば、少々異なります>>
<<ナビは本当に優秀だよ!ありがとね!>>
<<どういたしまして>>
「ヒカリ様、ちゃちゃっと、開けてしまって宜しいでしょうか?」
「うん。錆びてる釘とかでケガしないように注意してね。あと、中から籠った臭い空気がでてくるかもしれない。」
「ハハ。爆発とかの魔法が掛かって無ければ大丈夫です。ご安心を。」
「うん、おねがいね。」
とんとん、バキバキ、ごりごりと蓋を開けていくわけね。
ものの数分で開いたわけなんだけど・・・。
「ヒカリ様、この樽は空ですぜ。」と、コウさんが空っぽの樽を私に見せる。
「う~ん。確かに・・・。樽の上下って決まってるの?」
「ヒカリ様も面白いことを聞きますね。
樽には上下の目印をつけておかないと、開けたとき大変なことになる。
水なんかの液体であれば構わないけど、縦に置いて並べてるものなんかは、
逆さにして開けたら中身がぐちゃぐちゃになるでしょう。」
「そっかー。これは蓋の側から開けてくれたんだよね?」
「ええ。ヒカリ様の指定もなく、普通に開けましたが。」
「うん、ありがとう。底側って、開けられる?」
「ヒカリ様は、樽の筒を作りたかったのですか?
一度そんな風に壊すと、樽としては使い物にならなくなっちまいますが、宜しいので?」
「うん。ちょっと我儘でごめんね。お願いします。」
「いえいえ。お安い御用で。」
また、トンテンカンと大工仕事を始める。今度は片側が開いてるから、木を叩くような高い音のはずなんだけど、なんか、ゴスゴスと鈍い音がするんだよね。
「ヒカリ様!」
「開いた?」
「なんですか、これは?」
「何が?」
「二重底です。」
「それで?」
「何か、羊皮紙の束のようなものが密封されているようです。」
「コウさん、すごい~~~。」
「いや、ヒカリ様。これは航海での書類保管とは別の意味があります。
万が一航海に失敗してもこの情報が漏洩しないような仕組みと言えます。」
「コウさん、すごい~~~。」
「ヒカリ様、この先は私は見ないことにします。あとはどうぞよろしくお願いします。」「コウさん、書類があることが判っちゃったんだから、もう遅いよ。」
「ヒカリ様、私に死ねと?」
「なんか、秘密が増えちゃったね~。コウさんも大変だ~。」
「ヒカリ様・・・。」
「うんうん。がんばって、みんなで秘密守って生きて行こうね。」
「ハイ!では、元の作業に戻ります!」
「うん、ありがとね~」
ってことで、この羊皮紙の内容の解読に入ろうかな。
<<ナビ、手伝ってくれるかな?この羊皮紙の開け方も含めてだけど。>>
<<承知しました。>>
羊皮紙自体には特別な仕掛けがある訳でも無く、
単に、保護用の羊皮紙に包まれているだけで、特に問題はなかった。
中身の文章の方なんだけど、十数枚の契約書の束だった。
二ヶ国語で丁寧に描かれていて、それぞれのサインも記されている。
簡単に言うと、ストレイア帝国がアジャニアへ科学の代償を支払うって感じね。
この代償が公平なものであるかは、おいておこうか。
内容の吟味も取り敢えずはしない。
きっと、かなり不平等な、あるいは統治方針に示唆が含まれている内容であると想像がつくもんね。あとでトレモロさんやアルバートさんに見て貰おう。
<<フウマ、そっちの様子はどう?>>
<<なんか、ムサシさんの船が難破した後の苦難で盛り上がってるよ>>
<<科学とか、アジャニアとストレイア帝国の話は?>>
<<姉さんたちは、歩きながらいろいろ話をしたのだろうけど、
僕らはムサシさんとは何も話をしてないんだからさ。
いきなり、そういう話には持っていけないよ。>>
<<そっか。あのさ、アジャニアとストレイア帝国の契約書が見つかった。>>
<<どこで?>>
<<航海士のコウさんが、樽を開けたんだよ。そしたら出てきた>>
<<コウさん、凄いな!>>
<<うんうん。私も傍でみてたんだけどね。『ヒカリ様、こんなものが!』って、感じでさ。>>
<<姉さん、その書類を読んだの?>>
<<二ヶ国語で書かれてるからね。だから、契約書って判るし。>>
<<で、僕に念話を通したのは、それだけ?>>
<<ムサシさんをこの島から連れ出すのに、どこまで譲歩させられるか交渉しようか。>>
<<どういうこと?>>
<<こっちは、契約書を破棄することもできるし、ムサシさんをここに放置することもできるね?>>
<<姉さん、科学教がそんな条件を飲むわけがないだろ?>>
<<ムサシさんが、科学教の幹部または首席補佐官のような立場であったなら、
科学教としてもムサシさんを見捨てられない。
たとえ、ムサシさんが自分の命より科学教を重要だと思っていてもね>>
<<姉さん、だったら、何故ムサシさんは我々に助けを求めない?>>
<<交渉になることが判ってるから、自分の価値を下げて、なぁなぁに連れて行ってもらおうとしているんだと思う。アジャニアについたら、さようならってことでね。>>
<<姉さんの好きな戦争だね>>
<<お~い~!>>
<<ハハハ。トレモロさんに伝えて、姉さんの所に行って貰うよ。さっき案内した場所でいいのかな?>>
<<うん。フウマ、よろしくね>>
ーーーー
「ヒカリさん、何でしょうか?フウマさんから指示を頂きましたもので。」
「トレモロさん、これ見て貰えますか?」
トレモロさんに羊皮紙の束を見せる。
トレモロさんは契約書の類は見慣れているから、どんどん束を読み進めるのね。
航海術や人脈だけでなく、事務処理能力も優秀ってことですよ。
流石、みんなが慕ってついてくるだけのことはあるね。
「ヒカリさん、これは・・・。」
「コウさんが見つけたよ。褒めてあげてね。」
「あ、はい。承知しました。それで、この内容なのですが・・・。」
「ステラ達とここに来るまでに、ムサシさんと話をしていたんだけどさ、
その文章がなくても、かなり科学教の重要な地位にいることが伺えてさ。
単なる通訳の範囲を超えてる内容がでてきたんだよ。
妖精を魔術の力で召喚したり、自由に操って魔石を作りたいとかね。」
「ヒカリ様、何をおっしゃってますか?」
「トレモロさん、敬語になってる。リラックスしようか。
結構重要な情報でしょ?今回の航海に出る前にみんなで話をしてたわけでしょ。」
「ステラ様の命が危ないです。あの方は魔石生成ができます。」
「うん、そうなんだよね~。手の内は見せてないけどさ。
あと、ユッカちゃんとクロ先生が<水銀鉱毒の治療>もしてる。
私達は飛竜を操っちゃって、洞窟にある科学教の防衛も突破できるとか言ってる。」
「ヒカリ様・・・。」
「生きて返せないレベルなんだよね~。
なんか、上手い交渉に持ち込めないかな?」
「ヒカリ様、少々考える時間を頂いても宜しいでしょうか?」
「うんうん。戻って歓談を続けて貰ってもいいかな。
無理に情報を引き出そうとしなくても、
交渉に向けての考えをまとめる助けにはなると思うんだよ。」
「承知しました。しかと、受け止めました。」
「焦らないでね~。リラックスだよ~」
トレモロさんが後ろ向きで手を振りながら戻っていく。
首を曲げたり、肩を回したり。
こういうリラックスの方法って日本と同じなのかね?
とにかく、これで一歩前進っと!
いつも読んで頂きありがとうございます。
時間の許す範囲で継続していきたいと思います。
暫くは、週に1-2回の不定期更新で続けさせて頂きます。




