4-06.航海の準備(6)
ふむふむ。
先ずは航海に出る前の試練だね。
「アリア~、みんな~、航海術の訓練は上手く行ってる?」
「・・・」
「・・・(ALL)」
「何々?なんで無言なの?」
「ヒカリ様、すみません。私では皆の協力が得られません。」
「アリア、謝らなくていいよ。何が悪いか判らないしさ。航海士さん達の意見も聞こうよ。」
「はい・・・。」
「航海士の皆様、挨拶が遅れました。ヒカリと申します。今回トレモロさんと一緒に航海に出ることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。」
「姉ちゃん、ボートも飛竜も使わずに何処から現れたんだ?」
「あっと。<飛行術>を用いて来ました。
今から話をするにあたって、皆様のお名前を伺っても宜しいですか?」
「俺は、コウ。こいつがカイ。残りの奴らは必ず俺らの言うことや指示に絶対服従だから心配しなくていい。」
「分かりました。コウさん、カイさんよろしくお願いします。
今、港の方でトレモロさんと荷物の話をしていて、こちらの操船訓練の進行に配慮が至らず、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。」
「姉ちゃん、メディチ卿のどんな知り合いなのか知らんが、<トレモロさん>とか爵位も付けずにファーストネームで呼ぶのはどうかと思うぞ。」
「これは大変失礼しました。今後はメディチ侯爵とお呼びします。それで、今はどのような状況なのでしょうか?」
「メディチ卿の使いの者が来て、『アリアの言うことを聞くように』って話だったんだ。確かにアリアちゃんもメディチ卿の書状を持っているから、それは確かなんだろう。
だがな?無理は無理だ。メディチ卿の命令でも無理なもんは無理なんだ。」
「どういったことが無理なのか、詳しく伺っても宜しいでしょうか?」
「ああ。こっちも明日になってメディチ卿に変な告げ口されるぐらいなら、ちゃんと話を通しておくべきだと思う。繰り返しになるが、もう一度説明するぞ?」
「是非とも、よろしくお願いします。」
「先ずな?
暗いんだよ。全部な。船も海も陸も全部だ。これで何の訓練をするんだ?操舵室だけ明るくても意味がないぜ?帆やそのロープなど全部が照らされていないと、操船に必要な行動がとれない。
仮に高名な宮廷魔術師や魔道具を船内に配備して明るくできたとしよう。
しかし、こんな星明りしかない日に、浅瀬が何処かも判らないし、陸が何処かもわからない。
ってことは、操船してもちゃんと、思った方向に進んでいるかどうか確認のしようがないじゃないか。
分かるだろ?」
「つまり、<暗いことが問題>ということで宜しいでしょうか?」
「それだけじゃない。
風だよ。風が好き勝手な方向に吹くなんて聞いたことがない。彼の有名なステラ様だって、海全体の風向きを変えるなんてことは出来ないだろうさ。
つまり、操舵に必要な条件の風を常に吹かせておいて、操舵の練習をするなんてことは無理なんだ。」
「海洋の風向きを変えられるような、奇跡が起きる必要があると。
奇跡が起きれば大丈夫でしょうか?」
「ああ、その二つの奇跡が起こせるなら、沖合まで船を進めた上で、そこにいるアリアちゃんの話を聞いてもいい。
つまり、出来る・出来ない以前の問題なんだ。
だからアリアちゃんが悪いとかそういう話じゃないんだ。
ねえちゃんも分ってくれたか?」
「では、二つの奇跡が起きたら、アリアの話を聞いて貰えますか?」
「ああ、いいぜ。だがな?奇跡が起こるのを待つより、朝が来る方が早いだろうさ。
だから、さっきからそう言っている。」
「分かりました。操船の練習を行うのに適した場所の方角と距離を示してください。
先ずはそこに灯りを灯します。
そして、そこに進む追い風が吹きます。」
「姉ちゃん、面白いな。その奇跡を見せてくれるならなんだってやるさ。
そもそも、そんなことが出来るなら、操船なんかしないで常に追い風に乗ってられるはずだがな。
こっから、南東の方向に順風で四半日ぐらいが進んだ場所が良い。
ただ、順風でかなりの船速があっも往復で半日だ。行って戻るだけで朝になるぜ。」
「まぁ、やってみましょうか・・・。」
この頃の最大船速が時速10㎞として、2時間とすれば20㎞ぐらいかな。
<<ラナちゃん、南東方向に20㎞ぐらいの地点に赤い光を上げておいて貰えますか?>>
<<いいわ>>
「分かりました。南東の上空に灯りを灯します。
次に船内を明るくします。それができたら、航海の練習にご協力ください。」
会話をしている間にラナちゃんが赤い灯りを灯してくれていた。仕事が早すぎるね。
今度は私が発言する前に、私の光の妖精の子が他の妖精さんたちを使って船中全体を電飾で飾ったような明るく照らされた状態にしてくれてる。これは以心伝心ってやつだね。これには私もびっくりする。
「コウさん、カイさん。方角はあの赤い灯りの辺りで良いですね?
そして、船内の灯りはこれで十分でしょうか。
次にあの灯りに向かって風が吹きますので、帆を張って操船する準備をお願いします。」
「姉ちゃん、お前何者だ?」
「メディチ侯爵と一緒に船旅をするヒカリと申します。どうぞよろしくお願いします。」
「あ、ああ・・・。判った。
おい!てめぇら!!出航の準備だ。
20数える間に終わらせろ!」
「イエッサー(ALL)」
うわ~~~。この人達速いよ。そして団結力が凄い。
あっというまに帆が張られる。一番高いマストとか10mの高さを軽く超えるのに、20秒だか30秒だかしらないけど、猿より速いんじゃないかな?
「ヒカリさん、準備できましたぜ。操舵席にアリアちゃんと一緒に来てもらっていいですかぃ?」
「コウさん、素晴らしく洗練されて、尚且つ訓練が行き届いたメンバーですね。安心して航海に乗り出せそうです。」
「ありがとさんよ。これでも、メディチ卿の船を預かるリーダーだ。そこらの商船と同じレベルの訓練で済ませてる訳じゃない。その辺りは心配しなくていいぜ。」
「では、操舵席に着いて、風を待ちましょうか。
皆さんにも風に備えて貰うように指示をお願いします。」
「ああ、判った。
てめぇら風が吹くぞ!順風全開に備えろ!!」
シルフがその掛け声に合わせて風を吹かせてくれる。
嵐とは言わないまでも、結構な強風だと思う。
船本体は大丈夫なのかな?
「ニーニャ、船の強度はどれくらいの風まで耐えられるの?」
「これくらいなら全く問題ないぞ。
ギシギシ言い始めてからが本番なんだぞ。
帆が破れるか、固定ロープが先に切れるぞ。
試してもいいぞ。」
「そうなんだ。じゃ、やってみよっか。
コウさん、船速を3倍ぐらいまで上げても、乗組員は対応できますか?」
「ああ。大丈夫だ。
初めての船で航海に出る場合、操舵性の確認や、風での船体の撚れ具合や曲がり癖を確認するために多少は荒っぽい方が良いんだ。
宜しく頼むぜ」
「分かりました。」
この会話を合図に、シルフが風を強めてくれる。
なかなかの風だよ。台風とかくるとこういう風が吹くね。
木がなぎ倒されるほどじゃないけど、傘をさすと危険なレベル。
船体はスムーズでギシギシ言わない。
これって、凄い事なんじゃないの?良く判んないけどさ。
「ニーニャ、この速度で継続的に航行しても大丈夫かな?」
「問題無いぞ。この2倍ぐらいは行けそうだぞ。ただ、水の上より空の方が安心なんだぞ。」
「ニーニャ、ありがとうね。先ずはこの速さで様子を見ようか。海上での操船が終わってから浮かそう。
コウさん、この船の最大船速はまだまだあげられるみたいだけど、船の具合はどうかな?」
「姉ちゃん、この船はメディチ卿の新型船なのかい?安定感が抜群なんだが。
ただ、この速度で舵を切るには、ちょっと重いな。もう少し軽く舵を制御できると良いんだがな。明日にでもメディチ卿へ直接相談しておく。」
「ニーニャ、コウさんの言っている意味が判るかな?」
「ヒカリ、きっと、船体の性能に舵の性能が合ってないってことなんだぞ。
あとは、舵の切れ角と操作の角度を調整して、軽い力で操作しないと、これ以上船速を上げたらコントロール不能になるってことだぞ。」
「ニーニャ、それって、いまの、棒と一枚の板で連結されている舵を、<舵輪の舵>に変更するってことかな?」
「ヒカリ、その言葉は判らないぞ。どういうことか説明するんだぞ?」
「今はさ、舵とここの操作棒が1:1の角度で制御してるわけでしょ?
今度はさ、そこに風車や水車のギヤ比を変える感じかな。ここに縦横の組み合わせのギヤみたいのを設けて、円盤を一周回すと、すこし水中の舵の角度が変わる。沢山回せば、沢山角度が変わる。そんな風に操作する車輪の回転に合わせて、舵の角度を楽に微調整が出来る仕組みのことだよ。」
「わかったぞ。その改造用の部品を私らで作るから、他に改造することが無いかヒカリが調べてまとめておくんだぞ」
「わかった。アリアやコウさん達と一つずつ整理してまとめておくよ。部品を作るための材料とかあるの?」
「ヒカリが模擬戦で勝ち取った鎧とか剣を材料にするぞ。あと、ラナちゃんの炉を鍛冶用の温度で使わせて貰うんだぞ。」
「うん。じゃ、お願いね。」
「コウさん、お待たせ。改造の準備を始めてくれるから、操舵性はもうちょっと待っててね。」
「お、おぅ。これぐらいの風までなら十分に操船できるぞ」
「じゃ、沖合の赤い灯りの下に着くまで、アリアの話を聞いて貰っても良いかな?」
「いいぜ。風が変わらないなら、他の者に舵を預けるぜ?」
「うん。風は大丈夫。早速話を始めよう。
アリア、お待たせ。説明して貰えるかな?」
「ヒカリ様、あの・・・。私・・・。何にも出来なくて、すみません・・・。」
「アリア、あのね?何でもできる必要は無いの。
アリアが自分のやりたいことを上手くできなかったのは、私の作戦ミスだよ。
私がちゃんと環境を整えられて無かったってことね。
さ、仕切り直しだよ。」
「は、はい・・・。」
いつも読んで頂きありがとうございます。
時間の許す範囲で継続していきたいと思います。




