4-05.航海の準備(5)
橋もそうだけど、航海も準備にすごい時間かかるね。
「さ、冒険に出発だよ!」
みたいに始まらないのかね?
「トレモロさん、食料の準備の相談に入りたいのだけど、
普段はどのようなものを積みこんでいるんです?」
「ヒカリさん、普段我々が自分たちの食料として積み込むものはパン、バター、チーズ、オリーブオイル、塩、塩漬け肉、ワインやビールになります。交易品としての食糧品を別に積む場合もありますが、それは後回しで宜しいですね?」
「トレモロさん、そのメニューですと、船上で調理しない前提なんですか?野菜類も無いようですが。」
「一ヶ月連続での航海はほとんど経験がありませんが、大概の食事は調理しない方向で進めます。水や食料の補給は寄港地や新規開拓地点で調達し直しになります。」
「調理するのは上陸したときのみってこと?」
「いえいえ。オートミールを温めたり、パン粥にする場合もあります。ただし、多くの場合燃料を必要としますので、焼いたり炒めたりするような料理は無いとおもってください。」
「それって、傷んできたものを味付けて誤魔化すためにスープとかお粥にしてるって聞こえるのですが・・・。」
「ヒカリさん、お言葉ですが、うちの船員はこれでもまだ良い方です。
水も潤沢に用意している方です。
その管理を徹底してるため、病人や船員の離脱率はとても少ないのです。」
「なるほどね。船員特有の病気として、歯茎から血がでたり、足がむくんだりするような人は居ませんか?」
「確かに、陸上での休息期間が短いまま航海に連続ででると、そういった話は聞きますが、陸上で一ヶ月も経てば元に戻るので、ほとんどの人が気にしていないですね。
ただ、他国の貿易船では<歯が抜ける病>があるとか、<暗い船室で管理された奴隷は足が腐る>など、ヒカリさんのおっしゃる症状より酷いケースを話として聞いたことがあります。
何か、医術について心配事がありますか?」
「う~ん・・・。<食事>というのは、単にエネルギーを摂取して、動く力を得るためだけでは無くて、体の成長や調整を行う成分も必要なんです。」
「ヒカリさん、お酒を飲んで気晴らしをすると調子が良くなりますね。」
「う~ん。それともちょっと違うんです。例えば、骨はカルシウムという金属と土の中間の物質から出来てるし、血の中には鉄分が含まれている。味覚を感じるのは亜鉛という金属が必要なんです。その他にも体の筋肉、関接などで様々な物質が必要なんです。」
「ヒカリさん、初めて聞く話になります。そのまま続けて頂けますか?」
「はい。食事の中に微量に含まれている物質があったり、野菜や果物からしか摂取できない物質があるのです。その<摂取すべき物質>が体内で不足してしまうと、先ほど紹介したような病気の症状が現れます。
トレモロさんが伝え聞いたような、歯が抜けたり、足が腐るような病は<壊血病>といって、野菜や果物を長期間に渡って摂取していないと起こる病気なのです。
きっと、トレモロさんの管理下では、適切な休養が与えられることで体の休息と十分な栄養が整っていて、大きな被害が出ていなかったのだと思います。」
「なるほど。今回は陸から離れている期間が長いので、野菜や果物を調達できず、<壊血病>の恐れがあると、そういいたいのですね?」
「私もトレモロさんと同じ考えなので、仲間の命や健康を犠牲にしてまで成果を得ようと思いません。そのため今回の長期間の航海前には入念な準備が必要と考えています。
一旦、航海に出てしまってから準備不足に気が付いても、もう取り返しがつかないことになってしまっていることを危惧します。
そこで、<壊血病>に関する知識について伺いました。」
「ヒカリさんの気にしていることが理解できました。
しかしながら、野菜類は船の中では簡単に傷みます。トマトスープですとか、酢漬けのピクルスであれば多少日持ちはすると思いますが、それでも10日も過ぎれば、腐ってきてしまいます。また、新鮮なリンゴやミカンは一週間も経たずにカビたり、腐ったりするでしょう。
30人の一ヶ月分の野菜や果物を積み込むには、何か相当の工夫が必要になると思います。」
「一つ目の方法として、ユッカちゃんの鞄に詰め込む方法があるね。この場合は、<時間の経過が止まる>という特徴を使うよ。問題なのは一度に大量に収納できないし、入れたものを覚えておかないといけない。あと、カバンの間口以上の大きさの物は入れられないよ。
別の方法として、冷蔵庫に入れて保管する方法があるよ。これなら樽ごと購入して保管しておいても、そう簡単には腐らないし、一度に大量に購入できるから便利だね。」
「ヒカリさん、私からの提案があるのですが、宜しいでしょうか?」
「トレモロさん、何かな?」
「ユッカちゃんの鞄の秘密に関しましては、先ほど<命の危険がある秘密>として伺いました。それはすなわち、<一般的には使用できない方法>と考えられます。
一方で、<冷蔵庫>に関しましては、調理師の件で事前に伺いましたところによると、ヒカリさんの関所や架橋拠点でも既に採用されていて、<一般にも展開可能な方法>と考えられます。
今回の片道一ヶ月以上かかる新規航路を発見し、それを利権として承認頂くためには、<一般的な方法で定期的に交易が行える>という要件を満たす必要があります。
すなわち、ヒカリさん達の一部の楽しみのために<カバンを活用する>ということは全く否定しませんが、<今後の再現性>を検証する観点からは、<一般に使える方法でトレースできること>も考慮すべき点だと思います。」
「なるほど、なるほど。うんうん。トレモロさんは凄いよ。私はの考えは実業家では無くて、単なる冒険好きの女の子の考えだ。」
「ヒカリさんに褒められると照れますね。ですが、お互いに合意が得られて良かったです。」
「トレモロさん、
細かい仕組みはさておき、有能な宮廷魔術師を雇うか、このまえ前金として渡した魔石があれば、冷蔵庫や水の供給、そして船内でのコンロは10年ぐらいは使えるよ。<冷蔵庫を一般に展開する方法>は船旅の最中に皆で勉強するとして、<冷蔵庫>を使う前提で、食料の種類の選定、購入する分量を決めてから買い出しに行こうか。
冷蔵庫を使える前提で30人x2ヶ月分の食料でいいと思うのですけど、どのくらいの分量が必要になるとか判りますか?」
「ヒカリさん、水と熱源が潤沢にあれば、ジャガイモや麦を積み込んで船上で調理する方が良いです。また、小麦粉を積んでパンを作成することも可能になります。その場合、作成したパンを積む必要が無いので、小麦粉の袋で計算ができます。
小麦粉のみの換算で一人1日400gを目安にすれば良いので、1日12kg、60日で720kgになります。一袋30kg入りの麻袋を用意すればよいので、24袋です。
この他には、一日1個のリンゴ又はオレンジで良いので、樽で1樽ずつあれば良いでしょう。トマトやキャベツも積み込めればスープなんかも作れますので1樽ずつあると良いと思います。
あとは、チーズ、バター、塩、油、ヒカリさんの好きな種類の肉で良いかと。」
「トレモロさん、小麦粉、野菜、果物の量はトレモロさんの見積もりで良いと思う。チーズ、バター、油なんかも今まで通りのものを2ヶ月分で積んで欲しいかな。
最後に、お肉はどうしようかな・・・。
イノシシとか牛が良いけど、市場で鮮度が悪い肉を買って持って行っても直ぐに腐るしねぇ・・・。かといって、美味しくない干し肉を積んでいくのもねぇ・・・。」
「おねえちゃん、私が獲ってこようか?朝までには集まるよ。飛竜のタカさんに朝とりに来てもらえば良いし。」
「そっか。今からみんなで獲りに行こうか。」
「姉さん、食料の買い出しの分もあるから、全員で行くのは効率が悪いよ。」
「じゃ、ここも更に分かれようか。市場に行くのがトレモロさん、フウマ、アルさんの3人で、狩りに行くのが、ユッカちゃん、ステラ、私の3人。これでどうかな?
あ、フウマ、お金が足りなかったら、<岩キノコ>を岩場からはぎ取ってくればいいよ。小さな革袋一杯で金貨1000枚になるらしいから。」
「姉さん、了解。そのチーム分けで良いと思う。」
「トレモロさんもいいかな?」
「よろしいと思います。港までの荷物の運搬は<万事屋>の方達に手伝って貰うのもありだと思います。また、食料調達のための資金は気になさらないでください。それくらいは私にも負担させてください。」
「そう・・・。じゃ、手持ちの資金に余裕があったら、交易品として使えそうなものも追加で購入しておいて貰えるかな?新大陸を目指すから、何がいいかは判らないけど、腐らない物がいいんだろうね。」
「ヒカリさん、その件も承知しました。商人ネットワークなどに流通させている資金がありますので、そこにアクセスすれば簡単に金貨の1000枚や2000枚は集まるので、心配は無用です。そもそも、それほど高価な買い物はしないと思いますし。」
「わかった、トレモロさんに任せるよ。
一応、アリアに船の操船訓練の状況を確認してから別行動に移ろうか。」
「ハイ(ALL)」
早速アリアに念話を通す。
<<アリア、今、話しかけて大丈夫?>>
<<・・・>>
あれ?返事が無いね。なんかあったかな?
<<クロ先生、アリアは大丈夫かな?>>
<<少々込み入った状態で、念話は通せないでしょう>>
<<何か不味いの?>>
<<簡単に言えば、お互いの見解の相違によって、行動が決まりません>>
<<アリアが苦戦してる感じかな?>>
<<多勢に無勢ですね>>
<<私が行った方が良い?>>
<<揉め事になれば私が仲介しますが、ヒカリさんが来られないままの状態では、この事態は改善しないでしょう>>
<<分かった。こっちの状況片付けてから、そっちへ向かうよ。>>
<<承知しました>>
「みんな、ちょっと船の操縦訓練が上手く行ってないらしいから、私が見に行ってきてもいいかな?」
「姉さん、僕も行こうか?」
「フウマありがとう。一緒に行ってくれると助かるかも。トレモロさんとアルさんの二人でも大丈夫かな?」
「ヒカリさん、私は大丈夫です。ただ、船の中で航海士と揉めているのでしたら私が仲介に入った方が宜しいのでは?」
「う~ん。<可愛い子には旅をさせろ>って言ってさ。なんでもかんでも力づくで解決しちゃうと、本人は楽できちゃうし、<相手が悪いんだ>って思って自分が反省するチャンスが無くなっちゃうと思うんだよ。」
「承知しました。火急の事態になりましたら、どなたかを派遣頂ければと思います。<万事屋>に行けば、私がどちらに向かっているか連絡がとれるようにしておきます。」
「理解してくれてありがとう。人の育成は時間も手間も掛かるからね。一歩ずつな部分もあると思うんだよ。何かあったら<万事屋>で確認をとります。
ユッカちゃん、ステラ、悪いけど2人で狩りしてもらっても良いかな?」
「おねえちゃん、大丈夫だよ。」
「ヒカリさん、大丈夫ですわ。何かあったら連絡くださいな。」
「うん、じゃ、悪いけどフウマと一緒に行ってくる。よろしくね」
「ハイ(ALL)」
いつも読んで頂きありがとうございます。
時間の許す範囲で継続していきたいと思います。




