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キラキラ星とコロッケ  作者: 源川 柊子
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2.ほしぞらとコロッケ


 

 立候補者は他にいなかったので、あっさり私たちは実行委員に任命された。


「よし、作戦会議だ!」


 あきらは職員室を出るなり、私を図書室に連れていった。昼休みは、あと十分くらいしかないのに。


「え? 図書室、おしゃべり禁止じゃない。会議なんてムリだよ」

「筆談ならいいだろ」

「そういう問題じゃ……」


 亮は星柄のノートを持っていた。本気らしい。


 で、図書室で私たちは筆談を始めたわけだけど……


『進まねー!』

『とーぜんでしょ!』


 ノートを見開き一枚使ったところでチャイムが鳴り、第一回作戦会議は終わった。もちろん、なに一つ建設的な話はできていない。


「……時間のムダだったな」

「同感」


 お互い難しい顔でそんな感想を言い合ったら、急におかしくなって、二人で教室まで笑いながら戻った。


 懐かしい。昔は、二人でいろんな話をして、いろんなことをして、笑ってばかりいたような気がする。


「なんか、懐かしいな。彩佳あやかとこうやって笑うの」


 自分の教室の前で、亮がくしゃくしゃっとした顔で笑って言った。


 懐かしい、と思ったのも、楽しかったのも、私だけじゃなかったみたいだ。

 なんだか嬉しくて、隣の教室までの少しの距離、私の足はスキップしてしまうくらい軽くなっていた。







 五時間目、先生がくるまでちょっと時間があった。


 騒がしい教室で、私は友達に、これまでの経緯を簡単に説明した。話の要約は、塾で鍛えてるから得意だ。


「チャンスじゃん」


 話を聞いてくれた陽菜はるなは、のんきな声で言った。


「どこが?」


「だって、接点が増えたら、コロッケ美人と彩佳兄がつきあってるって、安倍が気づきやすくなるわけでしょ?」

「そうかも。気づきやすくはなる……かな」

「さくっとフラれた後、近くにいる幼なじみの魅力に気づくとか、ベッタベタだけど、よくある話じゃない」


 WEB漫画とかで、よく見る、と陽菜は言った。


「やだよ、そんなの」


 私は鼻にシワを寄せた。


「なんで? チャンスじゃん」

「絶対、やだ。私は、私のことが大好きって人じゃなきゃ、いやだもの」

「なにそれ」


 陽菜は私のノートに落書きしながら、適当に聞き返す。


「私のことがそんなには好きじゃない人に、好きって言われても困る。アイツは、ゆかりさんに会いたくて、コロッケ、毎日買いにきてたんだよ?」

「その時……っていうか、告白することになった時には、彩佳のことが好きになってるんじゃないの? 知らないけど」

「私のことしか好きじゃない人がいい。……誰かのことがずーっと好きだった人が、ちょっとの気の迷いで私を好きになった、みたいなの、絶対やだ」


 陽菜は顔を上げ、私の顔を見て、首を傾げた。


「じゃあ、一生、安倍とつきあえないじゃん」


 私がほしいのは、私のことが好きな亮であって、紫さんが好きな亮でも、三日前まで紫さんが好きだった亮でも、紫さんにフラれたての亮でもない。


「……わかってるよ。そんなの」


 先生が教室に入ってきて、話はそれきりになった。


 ノートに陽菜が描いた、やけにうまい一コマには「オレ、ずっとお前のことが……」とベタなセリフが書かれてた。


(そんなこと言い出したら、ぶんなぐってやる)


 万が一にもないけど。


 もし、仮に、紫さんにフラれた亮が、このコマのちゃらい男みたいなことを言いだしたら、絶対許さない。

 毎日毎日、コロッケ買いにきてたのを、私はちゃんと見てたんだから。


 ひとしきり腹は立てたけど、よく考えたら、そんなシチュエーション自体があり得ない。


(杞憂、ってやつかな)


 太陽が落ちてくることを心配した男が、杞憂、の語源だ。国語の教科書を開き、私は小さくため息をついた。


 亮が私に告白するなんて、太陽が落ちてくるよりあり得ない。







 話し合いの結果、亮の部活も、私の塾もない火曜と金曜に、体育館の非常口のところで作戦会議をすることになった。


「お兄ちゃんに聞いたんだけど、食券の話は、毎年九月の終わりくらいにPTAから電話あるって言ってた」


 私のお兄ちゃんは、今年の春からほしぞら商店街の青年部長になった。副部長が紫さん。バザー系は青年部が担当してるから、情報は簡単に入ってくる。


「よし、じゃあ、こっちもそれまでに作戦をかためとこう」


 亮は、ノートを広げた。

 ノートが星柄なだけで、ちょっと気持ちはアガる。


 音楽室からは、今日もプァープァーと音が聞こえていた。


「ね、これって最初から青年部の人……っていうかお兄ちゃんたちと相談したほうがよくない?」

「みんな忙しいだろ。ある程度話作ってから持ってかないと、今までどおりでいきましょう、って一言で終わっちまう。……去年はそれで流れた」


 亮は、唇をへの字にした。


「そんなことしてたの?」

「したけど、失敗した。でも、今年から青年部に雅史まさしさんもいるから、きっといける。オレたちも文化祭の実行委員だし、ちょっとは意見も聞いてもらえるだろ」


 雅史さん、というのは、私のお兄ちゃんのことだ。お兄ちゃんや紫さんたちは、商店街を変えようとしてがんばってる。


「去年は、なんで失敗したの?」

「みんな疲れてんだよ。面倒なこととか、イヤがるんだって。……とりあえず、これはオレが去年やって失敗したこと」


 亮は、ノートを指さした。

 そこには、『ほしぞら祭りの前倒し』と書いてあった。


「……そっか。文化祭の頃って、商店街のほしぞら祭りの一週間前なんだ」

「そ。小学校のバザーが毎年木曜で、もう一校が金曜。中学の文化祭は土曜日。そんならさ、ほしぞら祭りをその前の週から二週間やったら、ちょっとはお客さんが来るかって期待したわけ」


 うんうん、と私はうなずいた。


「で、どうなったの?」

「却下された。バザーとかは、特に客足に関係ないって。そこを考えたかったんだけどさ」

「……なるほど」


 ただお祭りの旗を立てて、商品のなにかを十円引きするくらいなのに。一週間長くしてお客さんを呼べる方法を考えよう、と呼び掛けても簡単に却下されちゃうなんて。亮が子供なのもあるかもしれないけど、お兄ちゃんが「商店街の連中は、化石みたいだ」と言ってるのが、ちょっとわかった気がした。


「で、オレも一年、作戦を練ってきた」

「見たい」

「まず、一つ。雅史さんがやってる商店街のSNSを利用する。それと、地域の情報誌に取材してもらう。一番大事なのは、メニューをどうするかってこと」

「メニュー……いつものメニューを変えるってことね」


 ぱらり、と亮はノートをめくった。『特別メニュー』『インスタ映え』『派手』『目立つ』と書いてある。


 私は、腕を組んで「うーん」とうなった。


「……このまま商店街の人に持っていっても、却下されそう」

「だろ? だから、いいアイディアがほしいわけ」


 そろって腕組みをして「うーん」とうなる。


「……派手で、目立つメニューかぁ……」


 人が呼べるような。話題になるような。インスタ映えするような。


「それでいて、そんなに面倒じゃなくて、金もかかんねぇヤツ」


 もう一度、私たちは「うーん」とうなった。


 派手なメニューは思いつくけど、商店街のイメージとはかけ離れてる。おしゃれなカフェとか、デパ地下のサラダみたいなものじゃ、必然性がない。そして、どれも面倒そうだ。


「なんか、しっくりこないんだよなぁ。なぜ今それを? って感じで」

「わかる。なんでここで? っていう感じ」


 二人並んで、ずっとうなっていたけれど、アイディアは全然出てこなかった。


「……今日は、いいアイディア出そうにないな」


 亮が立ち上がる。私も続いた。


「だね。じゃ、また来週」

「おぅ。がんばろうな。去年は作戦負けしたけど、今年は彩佳がいるし、心強い」


 にっと亮が笑った。


 どきん、と心臓が跳ね上がる。


 ちょっと、近い。今更だけど、めちゃくちゃ、距離が近い。


(マズい)


 ドキドキした胸をおさえて、私は亮から距離を取った。


 ドー、ドー、ソー、ソー、ラー、ラー、ソー


 耳になれた音楽が、音楽室から聞こえてくる。


 ほしぞら商店街でいつもかかっているBGMだ。


 ファー、ファー、ミー、ミー、レー、レー、ドー


 キラキラ星。

 商店街の名前にあわせて、一応、音楽もそれらしくしてるのだと思う。


 そうだ。そういえば、商店街だって、星にもっとこだわってた頃があった。


 まだ小さかった頃――


(あ)


 その時、私の頭の中に、ある映像が浮かんだ。


「コロッケ!」

「は?」


 私は叫んで、亮のシャツの袖をつかんだ。


「コロッケ! 星のコロッケ、覚えてない?」

「星のコロッケ?」

「幼稚園くらいの頃、ほしぞら祭りの時! お兄ちゃんと一緒に、店の前のベンチで食べたの。あの時、亮もいたよね?」


 アーケードがキラキラしてて、子供だけで一緒に星の形のコロッケを食べた。なんだか特別なことをしてるみたいで、すごくわくわくしたのを覚えてる。いつものコロッケが、いつもよりずっとおいしかった。


「あー、思い出した。イルミネーションとかついてて……」

「そうそう、それ!」


 たしかに、星だったな、と亮は何度かうなずいた。


「星のコロッケか……」

「ほしぞら商店街の、ほしぞら祭りで、星のコロッケ。これ、めちゃくちゃしっくりこない? 目玉になるものがあったら、取材だってしてもらいやすいし! SNSだって、星のコロッケとか、そういうので押していったら、目にとめてもらいやすいと思うの! とにかく、星でまとめて……あ、そうだ! 吹奏楽部に、商店街で演奏してもらうとかどうかな。今の『キラキラ星』!」

「……彩佳」


 亮が、私の二の腕をつかんだ。


 私も亮のシャツをつかんだままだったから、ますます距離が近くなる。


「な、なに?」


 見上げる亮の顔は、とっくに見慣れてるはずなのに、カッコいい。


「お前、天才! マジで天才!」

「いや、でも、商店街の皆に協力してもらえるかどうかは……」

「前にやってたってことは、型とか残ってるだろ。商店街で声かけたら、絶対なんかできるって!」


 すげぇ! と言ったあと、亮は突然、私の顔を見たまま固まった。


(……?)


 そして、目を泳がせながら、パッと腕を放した。


「……え、なに?」


 まだ距離は近い。こんな、距離のまま黙られたら、ドキドキせざるを得ない。


「あー……えぇと、オレ、先帰るわ!」

「え? どこ行くの?」

「星型残ってないか、商店街で聞いてくる!」


 さっきまであんなに近くにいた亮の姿は、あっという間に小さくなっていった。


(助かった……)


 ドキドキしすぎて、どうかなっちゃいそうだったから、一緒に帰らずに済んでホッとした。


 こんな調子じゃ、文化祭まで気持ちがもたない。


 私は、私が心配だった。







 さっそく調べてもらったところ、総菜のサトウには、星のコロッケ用の型が残っていたそうだ。


 お兄ちゃんと紫さんは作戦に協力してくれて、なんとか、学校の食券メニューは変えずに、形だけを変える方向で、話は進んだ。


 星のコロッケ。星のどら焼き。星のキッシュ。星のクリームパン。


 亮が地元広報誌にFAXしたところ、取材がきてくれて、青年部のみんなもSNSに力を入れて宣伝しはじめた。


 吹奏楽部の演奏も、私が実行委員会で提案したら、職員会議にかけてもらえることになった。


 私たちも、食券の申し込み期間に星メニューをアピールする作戦を立てた。。

 そして、体育館前での作戦会議で、星メニューの魅力を伝えるポスターを貼る作戦を考えついたんだけど……


「……下手だな」


 亮が言った。私がノートに描いた、星のコロッケの絵に対するコメントだ。


 そう言う亮が描いた星も、計画性のない形になっている。


「亮だって下手じゃん」


 甲乙つけがたい下手さだ。


「これじゃダメだ。もっと上手い人に頼むしかないな」


 その時、私の頭に浮かんだのも、亮の頭に浮かんだのも、同じ人だったはずだ。


「紫さん?」


 商店街で一番絵が上手い人なんて、他にいない。


「よし、オレ、今日の青年部のミーティングに顔出して、頼んでくる」

「え? そ、それはダメ!」


 私は、思わず立ち上がっていた。


「なんでだよ」

「だって……」


 青年部のミーティングに行ったら、お兄ちゃんと紫さんがつきあってるってわかっちゃうかもしれない。


 つきあって半年も経たないカップルなんだから、幸せオーラがたぶん、すごいことになってるはずだ。お兄ちゃんはだいたいデレデレしてるし。


「ちゃんとお願いするって。母ちゃんに頼んで、エビ天五本の天ざるごちそうするし」


 天ざるでお礼をする、と言われてしまえば、それ以上、私はとめることができない。それも五本。


 ついに、亮はフラれてしまうんだろうか。

 そしたら私は、フォローすることになってしまうのだろうか。


 不安な一夜が明けた翌朝、通学路で亮と一緒になった。


「どうだった?」


 気を使いつつ聞いてみると、

「紫さん、引き受けてくれた。マジで上手いな。さらさらっと描いただけで、コロッケにしか見えない絵ができてさ」

 返ってきたのは、さわやかに笑顔だった。フラれた直後の人の顔じゃない。


(気づかなかったのかな……?)


 ほっとしたような、してないような。微妙な気持ちを抱えて、私は亮の話す紫さんのイラストの話を聞いていた。


 そして、そんな私の微妙な気持ちとはうらはらに、学校も商店街も、それぞれのお祭りに向けてどんどん盛り上がっていったのだった。

 


 

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