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キラキラ星とコロッケ  作者: 源川 柊子
1/3

1.夏休みとコロッケ



 

 あきらは、バカだ。


 それも思い切ったタイプのバカ。


 私と亮は、家が近所で、同い年。幼稚園から中学校までずっと一緒の幼なじみだ。

 初めて会った幼稚園の入園式でギプスをしてた。押し入れから特殊な飛び降り方をして骨を折った、と、あとで亮のお母さんに聞いた。


 子供心に「バカじゃないの」と思ったものだ。


 戦隊ものを見て家の障子ぜんぶ破くとか。幼稚園の二階のベランダからカサを持って飛び降りようとするとか。鼻に豆入れて取れなくなっちゃうとか。そんなバカ武勇伝を星の数ほどたくさん生み続けて、今に至る。


 ――あ、今日もきた。


「こんちわー。肉コロッケ、二つください」


 じわじわっと暑い、夏休み七日目。

 私は抱えていたバケツを下ろして、お向かいの店を見た。ちゃぷんとはねた水滴が、頬をぬらす。


 亮だ。

 背がうんと伸びて、髪もトゲトゲしたけど、相変わらずバカやってる。


 今は『ほしぞら商店街』一の美人、『総菜のサトウ』の看板娘に夢中――らしい。


 らしい、としか言えないのは、私と亮に接点がなくなったから。中学に入って、亮は部活、私は塾にとそれぞれ忙しい。二年でクラスも別になって、話すこともなくなった。

 それなのに、亮の片思いの相手を知っているのは、クラスの女子のLINEのグループでたまたま話題になったからだ。


 2組のアベアキラ、コロッケ屋の美人が好きなんだって、って。


 LINEで流れてくる噂話は、八割くらいはウソ。毎日流れては消えていく、流れ星みたいなものだ。


 でも、亮の話はきっと本当だと思う。

 夏休みに入ってから、毎日かかさず『総菜のサトウ』にコロッケを買いにきているんだから。


 ぐい、と手首のあたりで頬をぬぐいながら、私は「バカみたい」と小さく呟いた。




 私だって、なにも好き好んで亮を見てるわけじゃない。

 お互いの親が、この『ほしぞら商店街』で働いているから。理由はそれだけだ。


 亮はソバ屋の息子。私は花屋の娘。


「はーい。いつもありがとうね、亮くん」


 で、母のやってる花屋の真向かいが、総菜のサトウ。


 亮は、コロッケを買いにサトウへやってくる。

 私も夏休み中は、店を手伝ってる。


 バスケ部の自主練がある亮と、夏期講習のある私が、こうして毎日、午後三時頃に顔を合わせてしまうのはそのせいだ。


 残念なことに、ほしぞら商店街にはそんなにお客さんが来ない。人が通れば目もいくし、話し声だって聞こえてしまう。それに亮は背が高いから、すごく目立つ。


「紫さん。そこで食べてくから、ビニール要らない」

「はい、どうぞ。いつもありがとね、亮くん」


 看板娘のゆかりさんは、美人で、頭がちっちゃい。美大に通う大学生で、日本画が専攻。大学が夏休みの間は、実家の手伝いをしてる。紫さんが接客する日は、売上が一割増になるという噂だ。


 キキー、と自転車のブレーキが鳴った。


「ただいまー。あれ? 彩佳あやか、母さんは?」


 店の前で自転車をとめたのは、配達に行っていた私のお兄ちゃん。お兄ちゃんは、七歳年上の大学生。


「お疲れ様。お母さんなら、お寺さんに花届けにいってるよ」

「了解。あー、暑かった」


 空になった箱を自転車から下ろして、お兄ちゃんは総菜のサトウに向かって手を振った。

 ちょっと照れたように、紫さんが小さく手を振り返す。

 お兄ちゃんは「今日もかわいいなぁ」とひとり言を言っていた。


 紫さんとお兄ちゃんは、ちょっと前に両想いになった。


 そして、アーケードの下のベンチでコロッケを頬張ってる亮は、たぶん、その事実を知らない。


(バカだなぁ)


 コロッケを毎日買ったって、ムダだ。


 でも、私は亮が片思いしてる紫さんの恋人――要するに恋敵――の妹、という立ち位置。悪役にはなりたくないから、二人のことは黙ってる。


 ふと、目が合った。亮は手に持ったコロッケをこっちに向けて「食う?」と口だけ動かしてきいてきた。


 私は「い・ら・な・い」と口だけ動かす。


 バカだなぁ、ほんとに。


 でも、いちばんバカなのは、そんな亮にずっと片思いしてる、私だ。







 二学期が始まった。


 頬杖をついて、窓の外を見る。空はなんとなく暗くて、町なみもどんよりしていた。


 最初のクラス会の議題は、十一月の文化祭について。進行役のクラス委員は、ずっと下を向いてボソボソと話している。


(さっさと終わんないかな……)


 夏休みの間、亮は総菜のサトウでコロッケを買い続けた。

 サトウのコロッケはおいしい。でも、さすがに毎日じゃ飽きる。飽きを上回るくらい紫さんが好きってことなんだと思ったら、片思いもバカバカしくなってきた。


 私は、私のことだけが大好きな人が好きだ。誰かのことが大好きな人なんて、好きじゃないし、好きになりたくない。


 バカバカしさは積み重なり、今では亮が目に入るだけで、ムカムカしてくる。


 どうせ高校になったら、亮とは別の道に進む。私は全教科とも学年五位以内の成績上位者。志望校も県内一の進学校と決めている。亮の成績は万年イマイチだから、絶対同じ高校ってことはないはずだ。


 はぁ、とため息をつく。


(亮のことなんて、早く忘れたい)


 そしたら、モヤモヤも、ムカムカも、消えてくれるのに。


 文化祭実行委員に立候補したい人は、明日の昼休みまでに担任に言うように、と連絡があってクラス会は終わった。


 たぶん、最後まで決まらなくて他薦とかになると思う。

 めんどくさいなぁ、と心の中だけで呟きながら、号令に合わせて起立した。委員とか生徒会は、成績のいいヤツに押しつけとけばいい、って空気、なんとかしてほしい。







 別方向に帰る友達と別れ、正門に向かう途中、私は「あれ」と声を出していた。


 車が入ってこれないようにする、変な形のポールに亮が座っていたからだ。


「よ」


 亮は、私に向かって手を上げた。


(な、なに?)


 どうせ大した理由じゃないに決まってるけど、ドキドキしてしまうのはとめられない。


 ムカムカもモヤモヤも、吹っ飛んでいた。


 だって、私はまだ――残念なことに――亮のことが好きなのだ。


「どうしたの?」


 緊張する。ドキドキする。あとで絶対がっかりするって、予想はつくのに。


「あのさー、文化祭の実行委員やんない?」


 ほら、やっぱり。


 私は、

「やらない」

 と即答する。


 予想通り、ドキドキのし損だ。


「今年も、飲食、うちの商店街でやるだろ?」

「たぶんね。知らないけど」


 近所の小学校と中学校では、バザーや文化祭でほしぞら商店街を利用してくれている。総菜のサトウがコロッケ。ベーカリー小麦がクリームパン。菓子舗柳屋はどら焼き。洋食の小林はキッシュ。小学校でも毎度おなじみのメニューだから、すっかり覚えてしまった。


「実行委員になって、なんかやろうぜ。商店街のためにさ」

「……なんかって、なに?」

「要するにさ、今の商店街って、ダサいわけだろ。駅ビルとか、コンビニと比べて」


 言い過ぎだ。私はムッとした。


 駅ビルの『フラワーマーケット代官山』と『花のよしだ』。名前の段階で、もう負けてる。ダサい。

 そんなことくらい、言われなくてもわかってる。


「勝手なこと言わないでよ」

「ダサいから、年寄りしかこない。そういうの、なんとかしたくね?」


 なんとかしたいに決まってる。


 去年だって、食券の予約が始まった時、クラスの子が言ってた。――「また同じ?」「もう飽きた」「これならコンビニで買ったほうがよくない?」


「子供には、なんにもできないってば」


 商店街のため、家のため、なんて言ったって、私にできることは店の手伝いくらいだ。


「彩佳、頭いいじゃん」

「それは否定しないけど」

「否定しねぇのかよ」


 私の頭がいいのは、小五から塾に通ってるからだ。毎日毎日きちんと自分の意志で勉強している。勉強を苦行だとしか思ってない亮より頭がいいのは当たり前だ。


「だったらなに? 頭いいヤツに委員をおしつけようってヤツ?」

「じゃなくて。いいアイディア、ない?」

「アイディアもないのに私を誘ってるわけ?」


 私はキッと眉を吊り上げた。いきなり丸投げなんて、失礼にもほどがある。


「作戦はこれから考える。とりあえず、やろう。少しでも、商店街のためになれるようにさ」


 亮の言ってることはめちゃめちゃだけど、めずらしくマジメなこともまじってる。


 それで私は、ピンときた。


「文化祭の飲食、うちの商店街の代表って誰? 知ってる?」


 亮はすぐに「紫さん」と答えた。


(そんなことだろうと思った!)


 なんて不純な動機だろう。このバカは、紫さんにカッコいいとこ見せようとしているに違いない。それも、アイディアは私に出させて。


(ひどい! なにそれ! バカみたい!)


 私は、速足で亮の横を通り過ぎた。

 遠くてプァーと吹奏楽部の楽器の音がする。


「絶ッ対やらない!」


 背中で亮がなにか言っていたけど、気にしなかった。プァープァーと楽器は鳴っていたし、サッカー部のランニングの掛け声もしていたから、亮のセリフは聞かずにすんだ。


 どうせ、紫さんのためにがんばるってことを、誤魔化すだけだ。 


(そんなことしたって、ムダなんだから!)


 今、紫さんはお兄ちゃんとつきあってる、と伝えたら、亮はどんな顔をするだろう?


「彩佳ー!!」


 いきなりの大声に、私は慌てて振り返った。


「ちょ、声、デカい!」


 亮はポールの上に立って、ブンブン手を振っていた。小学生じゃあるまいし。


「オレたち、あの商店街にはがんばってほしいだろー? 人にいっぱい来てほしいわけじゃん! できることがあるなら、したいんだ!」

「そりゃそうだけど! ……だから、声でかいって!」

「できるよ! オレたちなら!」


 なにを根拠にそんなことを言っているのかさっぱりわからない。


 亮はいつもそうだ。


 近所の裏山を探検しにいった時も、捨て猫を保護した時も。一緒におつかいに行って、お金を落としちゃった時も。


 バカだけど、よくわかんないパワーで、ほんとになんとかしてしまう。


 私は、そういう亮を好きになった。


 一緒になにかしたいって気持ちは、正直ちょっとはある。でも、紫さんに好かれたくてはりきる亮に、協力なんかしたくない。


「……勝手にすれば! 私は関係ないから!」


 いくら私がバカでも、そこまではバカじゃない。

 私は商店街に向かって駆けだす。亮はまた私を呼んでいたけど、もう振り返らなかった。







 はぁ、はぁ、と肩で息をしながら、信号が変わるのを待つ。


 この横断歩道を渡れば、ほしぞら商店街だ。

 アーケードの天井に、昔は星が描かれてたって聞いたけど、今はペンキもはがれちゃって、なんの模様にも見えない。


 商店街の端から二番目に、うちの店がある。花のよしだ。看板も、ボロボロ。


(そりゃ……ダサいけど)


 お母さんが、花束を並べてる。近くにお寺があるから、店の売り上げの主力は、キクとかグラジオラスとか、ケイトウとかの仏花だ。


「あ、おかえり、彩佳」


 私に気づいて、お母さんが手を振った。


「ただいま。……ね、お母さん。花屋、やめたくなったりしたこと、ない?」


 お母さんは笑いながら、バケツの水を替えている。


「どうしたの急に。お父さんが遺してくれた店だもの、そんなこと思わないよ。……あら、塾の時間、大丈夫?」


 急ぐね、と返事をして、私は奥に入った。塾に行く日は、家には帰らず、いつも店で着替えている。


 そうだ。ダサくたって、ここはお父さんが遺してくれた、大事な店だ。


 少し慌ただしく塾の準備をして、私は店を出た。


「いってきまーす。……あれ?」


 横断歩道の向こうに、亮が走ってくるのが見えた。


「あら、亮くん。足速いのねぇ、相変わらず」


 また委員に勧誘する気だ。しつこい。


 私は逃げようとした。けど、百八十センチはあるバスケ部員にはかなうはずもなかった。


「彩佳!!」


 逃げきれない。そして声がデカい。あきらめて、私は足をとめた。


「急いでるの!」

「もし、今、商店街にさ、一人でも多く、お客さんがいたらいいと思わねぇ?」



 私は振り返った。あんまり人がいない、地味でダサい商店街。


「……思うよ。私だって、商店街が元気になったらいいって、思ってる」


 花屋の前に今、もし一人、お客さんがいたら。総菜屋の前に、もし一人、お客さんがいたら。そんなこと、いつだって考えてる。


「もし、文化祭の帰りに、中学生とか、その親がこの商店街に足を運んだら、それだけでも意味があるんじゃないかって、オレは思う。それなら、子供にだってできるだろ」


 文化祭で人が呼べたら――?


「それ、私たちでも……できるかも」


 もしかしたら、って考えたら、急に鼓動が速くなる。


「やってみようぜ。オレたちで。商店街が元気になるように」


 その時、パッと頭の中に浮かんだのは、商店街に人がたくさんいる様子だった。


「そりゃ、やってみたいと思うけど……あ! ヤバい!」


 私はパッと腕時計を見た。まずい。私は「塾!」と叫んで走り出した。


「考えといて! 実行委員!」


 亮の片思いを応援したくない、という気持ちは、沼の底の泥みたいに残っていたけれど。


 でも、もっと大事なことが、あるような気がした。


 このほしぞら商店街が、少しでも元気になったらいい。そう考えたら、突然ワクワクしてきた。


 塾に向かう電車の中で、私は、そのワクワクする気持ちに負けた。


(やってみても、いいかも)


 なにせバカな亮は、推進力が並みじゃない。

 いつか忘れる私の気持ちより、商店街が元気になることのほうが、大事だし、価値がある。


 亮は、私を利用して紫さんにいいところを見せたい(ムダだけど)。私は亮の熱意を利用して、商店街を元気にしたい。ウィン・ウィンだ。


 ――にぎやかな商店街が見たい。


 その気持ちは、次の日の朝になって、ますます大きくなっていた。



 そして翌日の昼休み、私と亮は、文化祭実行委員に立候補したのだった。





 


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