旅するものたちの地獄
誤字脱字あればすみません
「それにしても、小僧は本当に何をしでかしたのだ!?」
ウォルターの森に入っていった翠たちのすぐ後、森の入り口にはフードを深く被った二人組の姿があった。あの左目に眼帯をつける暗赤色の瞳をした青年と、まるで人形のように抑揚のない声が特徴的な少女である。
「沢山の魔物の群れを青年の行く道前方に感知した、助ける?」
少女は青年のロングマントの裾をちょこんと掴みながら問いかけた。それに対して青年は不敵な笑みを浮かべながら、「勿論」と一言答える。
「分かっーーッ!!」
少女もそれに返そうとして、突如上空に現れたそいつに思わず声が乱れる。
「見ツケマシタ」
「お主たちは……」
機械のような声からは想像もつかない中性的で整った顔立ち。そして、その背中には一対の翼。白を基調としたシンプルな鎧を纏い、その右胸には水色の紋章のようなものが光り輝いている。
「なるほど。奴の差し金か」
しかし、その美しい顔や鎧から覗く腕、足などには包帯が巻かれていて、とても痛々しい様子が伝わってくる。
「天使の使い……」
「ああ、それもガブリエルのところの奴だろう……可哀想に」
「黙レ。コレヨリ主ノ命ニヨリ貴様ヲ排除スル」
そう言うと、ガブリエルの使いの周囲に、複数の同じような存在が現れた。
「チッ、仲間を呼びやがった……! ここは我が相手をする。小僧のことは頼むぞ」
青年は少女の頭を優しく撫で、使いの者たちに向き直る。そしてそのまま、使いと青年は遥か上空まで上昇していった。
「天使にもなれなかった雑魚どもが、我に叶うと思うなよ」
青年は一瞬にして先頭の一体の懐まで入り込むと、その腹を思い切り殴りつける。
その一撃で鎧は粉々になり、その使いは気を失って落ちていった。
「おっと、危ない危ない」
しかし、地面に落ちる直前に青年は右手を落下する使いに向け、魔法を唱える。すると青年の手の甲にいくつもの魔法陣が浮かび上がり、握った瞬間使いは姿を消した。
「ナ、何ヲシタ!?」
「何って、ただ消滅させただけさ。さあ、どんどんかかってこい」
青年はまるで稽古をつける師のような声色でそう挑発した。
*
青年がガブリエルの使い達と戦いを繰り広げ始めたのをきっかけに、少女は気づかれないように移動を開始した。
「……まだ、こっちに気づいてない。今の内」
青年が上手く身体で少女の姿を隠すように動いていたので、少女は使い達に気づかれることなく、その場を離れることが出来た。
「あとは、先回りして助けるだけ」
そして、そのまま使い達に見つからないように念のため、木の陰に身を隠しながら、翠達の元へ走った。
*
少女の気配が遠ざかるのを感じつつ、青年はさらに増えた目の前の使いにうんざりした。
「何で増えるんだよ!?」
「コレデ貴様ヲ排除出来ル」
「はぁ、会話が噛み合わん……ッ、おっと」
青年が頭を抱えようとした瞬間に、新たに増えた使い達は何処から取り出したのか分からない弓から、矢を放ってきた。
「今度は飛び道具か」
スレスレのところで全てを避け、詠唱を始める。
「消滅させるのにどれほど魔力が奪われることか……だからといって派手な大技を繰り出せば、小僧に見つかるしのぅ……」
尚も止まない矢の猛攻。身につけていたマントには沢山の穴が開き、青年の頬に一筋の汗が流れる。
「これで二人目だ」
青年に向かい放たれた矢の内、身体に当たりそうなやつだけを左手で払いのけつつ、魔法陣が浮かんでいる右手を弓を構えるガブリエルの使いの一つに向け、握りしめる。
すると、その個体は徐々に体を歪ませて、何かに吸い込まれるように姿を消した。
「何ナンダ、ソノ魔法ハ……!?」
「闇属性魔法【消滅】、我の最近のお気に入りの魔法だ」
「闇属性魔法ダト!? オ前ハ何ナンダ……?」
「何なんだ、か……強いて言うなら、我はただの旅する者さ」
さらに詠唱し、右手には魔法陣が浮かび上がる。そして、目の前の個体に手を向ける。
「永遠の眠りをお主らに」
その手を握りしめると同時に、ガブリエルの使いはまた一つ消滅した。
「さあ、引き続き、勝負といこうか」
*
走り始めてから数分後、ようやく少女は翠達に追いつくことが出来た。
テントより約15メートルほど離れた地点に身を隠すと同時に、魔物の正体を見つけた。
「発見。前方にいるのはゴブリン……?」
緑色の肌に不細工な顔、ボロボロの鎧と見ればゴブリンであることは間違いない。しかし、その数が非常に多かった。
通常ゴブリンは10数匹の群れで、多くても20匹ぐらいというのが一般の常識だった。
しかし、少女の目の前にいるゴブリンはざっと数百匹。森に生えている木よりも多いのだ。
「これは異常。一旦戻るしかない……ッ!」
「何処に行くのかな」
少女は自分の手には負えないと判断し、すぐさま青年の元に戻ろうとした。しかし、不意に後ろから聞こえた声に、思わず足を止めてしまった。
「いつの間にッ……」
振り返ると、そこにはこの世のモノとは思えないほど、神々しく美しい存在がいたのだった。
「初めまして、可哀想な少女よ」
「貴方は……天使?」
「ええ、私の名はダネル。天使ダネルと申します」
ダネルと名乗った目の前の天使は、白いスーツに白いシルクハット、加えてステッキという、天使より手品師に似た雰囲気の優男だった。
しかし、背中の二対、計四枚の翼の輝きだけが彼を天使とたらしめるには十分だった。
「何故ここにッ!?」
少女の声に驚愕の色が混じる。そして、瞬時に理解する。
「逃げなくてはーーッ!!」
少女がダネルから逃げようと一瞬、目を外した隙に、ダネルの持っていたステッキが少女の腹に衝撃を与えた。
少女はその場に留まることが出来ず、後ろにあった木に衝突した。
少女の吐き出した唾は血を含み、衝突した木は、綺麗な断面を残し、折れた。
「少々手荒で申し訳ありません。ですが、このまま逃げられても困りますゆえ、何卒理解を」
不意打ちを食らわしといて、ぬけぬけとそう言い放つダネル。
少女はゆっくりと立ち上がり、ローブで隠れていた腰元にさしていた短剣を抜く。
「おやおや、抵抗しない方が貴方のためだと思いますが」
「うるさい。ここから離脱する」
「あくまで抵抗する気のようですね。分かりました」
ダネルはステッキの持ち手の部分を引き抜いた。すると、ステッキの持ち手の部分から先の部分には刃が付いていた。つまり、仕込み杖だったのである。
そして、ダネルは今までの穏やかな様子から一転、殺人鬼のような鋭い目つきで少女を睨みつけると、こう言い放つのだった。
「私も使命に則り貴方を全力で殺しましょう」
予定より短くなりました