不幸な異世界生活
リリィとの生活一日目。
見事に何事もなく一夜を過ごした俺は、異世界に初めて転生してから3回目にして、3日目を過ごしていた。
朝もまた、シーチキンの缶詰を少女に全てあげて腹ペコの俺は、そろそろ食料を調達する方法を考えなければな、と思いながらリリィから魔法学を習っていた。
魔法学とはその名の通り、魔法についての学問のことで、未だ人々に魔法が伝わってないことを考えるとリリィが独学で学んだことを教えてくれているのだろう。
「魔法には属性というものがあって、火、水、風、土の四属性に加えて、光と闇の対立する二つの属性、そして無属性と呼ばれるその他に分けられますぅ」
リリィが丁寧な口調で話す。属性についての話だ。それは、さながら小学校の時、優しくしてくれた女性の先生のように、ゆっくりとしていて落ち着いた心地の良い声色だった。
(なるほど。つまり、7つの属性があるんだな。それで、多分こういうパワーバランスなんだろう)
俺は学校用バッグからノートと筆箱を取り出して、真面目にメモを取っていく。ラノベで培った知識が役立って、理解に苦しむことはなかった。時には図を、時には落書きしながら、ノートは段々と埋まっていった。
「そもそも何で属性なんてものがあるんだ?」
優等生な俺はよく質問をする。
勿論、前の世界では恥ずかしくて、みんなの前で手をあげて先生に質問など出来なかったが、本来知識欲が旺盛な俺は分からないことがあれば、それを知りたくてしょうがないのだ。
その結果、始めてから2時間が経っているのにも関わらず、リリィ先生の話は、最初の属性についてから未だ進んでいない。
「ーーので、属性というのが出来たのですぅ」
ちなみに、この属性の話をまとめると、魔獣は全て四属性のいずれかに分類され、その属性の力を得意とする。その魔獣の力を真似て出来たのが魔法のため、魔法もまた四属性に分類されるらしい。
また、光と闇の対立する属性は、それぞれ天使と悪魔から授かった力が元らしく、仲の悪い二つの種族の性質上、闇と光は互いに弱点となる。
無属性に分類される魔法は属性の力を必要としないため誰でも簡単に使える汎用性の高いものらしい。例として【身体能力強化】や【剣術】などがある、ということだ。
「次は、属性の相性について話しますぅ」
リリィ先生は話が丁寧だ。また、俺の質問にも一々丁寧に教えてくれるため、属性の話だけで、更に1時間が過ぎた。
内容はゲームなんかと一緒で、火が風に強く、風が水に強い。そして水が土に強く、土が火に強いといった感じだ。光と闇は互いに強く、無属性には属性の相性とかで良し悪しは無い。
「他に知りたいことはないですかぁ?」
「それぞれの属性の特徴も教えてくれるかな」
「分かりましたぁ!」
リリィが張り切って返事をする。かれこれ3時間もこの調子である。今も身振り手振りを交えながら一生懸命教えてくれている。
「そんなに頑張らなくても良いんだぞ。俺が頼んでおいてあれなんだけどさ」
「いえいえ、貰った分の働きはしっかりとします!」
そうハッキリと言うリリィに嬉しく思う。と言っても、リリィがこんなに張り切るのには理由がある。
俺がメモを取るためにノートを取り出した時、リリィは凄く目を輝かせた。何でもこの世界では紙をつくる技術がまだ発展していないらしく、物凄く高価なものらしい。オマケにノートのように複数枚の紙が閉じて一つになっていることにも驚きを示していた。
そこで俺は日頃から予備のノートを持ち歩くようにしていたから、1冊、使ってないのをあげたら凄く喜び、今に至るというわけだ。
「ーーというわけですぅ。無属性は魔獣たちが元となっているわけではなく、人間が作ったものなので、人間の使いやすいものだと聞いていますぅ。属性が無い分使い手の力が求められるらしいですが」
「そうか。大体分かったよ、ありがとう」
内容はそのままだった。炎属性なら炎を操れる、風属性なら風を操れるらしい。といっても魔法自体それほど出回ってないものなので、これぐらいしか知らないらしい。
「じゃあ、次は実際に簡単な魔法を教えるので、練習をするのですぅ!」
「ああ、頼むぜ。最初はやっぱり無属性魔法から教えてくれるのか?」
汎用性が高いってことは、覚えるのにそんなに難しくないだろうから初心者向けだろうと俺は考えたのだ。しかし、そんな考えたとは逆にリリィは申し訳ない顔で、目を逸らしている。
「うぅっ……すいませんっ! 私っ、無属性魔法使えなくて、風属性魔法でお願いしますぅ」
そこでやっと思い出す。
「あ、そういえば風属性魔法しか使えないんだっけ?」
その問いにリリィは小さく頷いた。
「なので、風属性魔法の中でも簡単な【疾風】という魔法から教えますぅ」
「疾風?」
「そうなのですぅ、風の力を借りて自身の速さを上げる魔法なのですぅ。無属性魔法にも【加速】という魔法があるのですが、そっちは自身の筋力を強化して速くなる魔法なので、全く別物なのですぅ」
「へぇー、同じ名前でも属性によって、けっこう違うんだな」
「はいですぅ、では早速やってみますっ!」
刹那、リリィの姿が消えた。
「え、消えた……」
「消えてないのですぅ、後ろにいますぅ」
振り返るとそこにはリリィがいた。
「凄いな、消えたかと思ったよ」
「実際は速く動いただけなのですがねっ」
俺はあの時ずっとリリィを見ていた。それでも動き出しが分からなかったということは、瞬きするほんの僅かの間に移動したということだ。
普通に鍛えてもそんなには速くなれない。魔法というのは人の力を遥かに凌駕するものなんだと俺の心を好奇心が埋めていった。
(俺がいくら鍛えても魔法には敵わないな)
しかし好奇心とは裏腹に、日々筋トレをしていた俺としては、若干の絶望感を味わったのは言うまでもない。
「なあ、早く教えてくれよ」
「了解ですぅ、では、まず魔法を使うときに大切なのは何か分かりますか?」
いきなりの質問に少々驚いたが、何となく答える。
「えーと、魔力とかかな?」
「確かにそれも必要なのですがっ、一番大切なことは想像力ですぅ!」
「想像力?」
「そうですぅ、魔法は奇跡を操る術。自分が欲してるものを、力を、生み出す術。つまり、自分の想像を実現させる力なのですぅ!」
「だから想像力が大事……」
「その通りですっ!」
「なるほど、それで具体的にはどうすれば良いんだ?」
(言っていることは理解できるが、まさかイメージしたら勝手に発動するとかはないだろう)
「どうする?」
「いやっ、想像力が大事ということは分かったんだけど、”この呪文を唱える必要がある”とか普通あるよね?」
「えーと、ありませんが……」
「無いのッ!?」
あまりの驚きに思わず声が裏返る。自分でも変な声が出たと思いながら、コホンと咳払いを一つし、リリィに問いかける。
「じゃあ、今までリリィはどうやって魔法を使っていたの?」
「えーと、想像したらー何となく身体が勝手に動いてー、それで……」
「それで?」
「魔法が発動した! ……みたいな感じですぅ」
(まさかそのままだった……!!)
その時初めて、リリィが教えるのに向いてないことが分かった。
(前兆は確かにあったな……)
早速難所にブチ当たったなと思いながら、とりあえずイメージしてみる。
(アニメや漫画の忍者のように……速く……風に乗って……)
しかし、何も起こらない。
「やっぱりダメか」
「最初は難しいかもですが、ファイトなのですぅ!」
「そうだな。地道に頑張ってみるよ」
それから日が暮れるまで、練習を続けた。成果はゼロである。
誤字・脱字してあればすみません