不幸は運命の出会いへと導く
誤字・脱字があればすみません
(どうして俺は忘れていたんだ? あんなに大切な、忘れてはいけない記憶なのに……俺は何で!? どうしてだ! 金髪を殺させてしまった。エリナさんだって死んでしまっている。俺は……いったいどうすればーー)
頭の中でグルグルと回るのは現状に対する絶望と、女神がいる空間で二人を忘れた自分に対する怒り、疑問、そしてこの先の未来に対する漠然とした恐怖だった。俺は膝を地面について目から溢れ出る涙を乱暴に拭う。
(何で、こんな目に……)
しかし未だ、悲しみなのか後悔なのか、俺の涙は留まることを知らず、地面を濡らし続けた。そんな俺のところに、一匹の白い猫が何処からか近づいて来た。そして俺の横に立ち、まるで慰めてくれてるかのように顔を俺の服に擦り付けて、呆然としている俺の顔を優しく舐めてきたのだった。
「ありがとう」
俺は張り裂けそうな心を押さえつけるかのように、そっと白猫を抱きしめ続けた。
「ごめん、みんな……」
俺が泣き止んだ頃にはもう陽は沈みかけていた。辺り一面何も無いここでは、街の向こう側にあったのだろう海、そして水平線までもがハッキリと見えた。夕日を反射して輝く水面。そして後ろから俺を飲み込もうとするような闇と、燃える夕日とのグラデーション。
(綺麗だな)
それは前の世界にいた時から一番好きな光景だった。枯れたはずの涙が蘇る。しかし頰を伝う涙は不思議と俺を安心させた。
(俺は忘れない。あの時のことを、金髪を、エリナさんを。全てを背負って生きていく)
心の中でそう誓っていると、自分の腕の中で眠ってしまった白猫に気づいた。仕方なく正座をして、その膝の上に猫を置く。
(そういえば、こいつは何処から来たんだ?)
見れば、さっきは泣いていて気づかなかったが白い首輪をつけている。
(飼い猫なんだろうか? でも、家なんて何処にもないけど……?)
そう言い、周りを見渡す。やはり荒野だ。いや、荒野というより大きなクレーターの中心といった感じだろうか。とにかく、周りに草木はほとんどない。
(俺が生き返る時、死んだ場所で蘇るとフェーラは言ってたから、ここはダハテコシティで間違いないはずなんだけどな)
嫌な予感というより、悪い推測が頭に浮かぶが敢えて考えはしない。
(とりあえず、この猫ちゃんが起きるまでこうしてようかな……そうだ、首輪に名前でも書いてないか?)
猫が起きないよう、そっと首輪の裏側を見る。
(何だ、これ? 呪文?)
そこにはビッシリと見たことのない字が書いてあった。しかし、白猫の毛が邪魔してなんて書いてあるかは分からなかった。
(このままだと、よく見えないな。悪いけど、少し外してみようか。起きないように……そっと……)
ゆっくりと首輪を外した。
(えぇっと、なになに?)
そして、いざ読もう! とした時、寝ている猫の方からボフンという音がした。
(何だ? 急に重くなったような……)
重くなったと言っても、子供くらいの重量だが、俺の足に重みがかかる。手探りに猫の腹の部分を触ると、つきたてのお餅のように、フワフワの中にも程よい弾力を感じさせる感触が返ってきた。見るのが怖くなって、下を見ずにそのまま顔の方に手をもっていこうとすると、何やら出っ張りに手が触れた。色々触ってみると半球みたいなものだと分かった。揉んでみると凄い柔らかい。
(何だ、これ?)
それは手で覆いかぶせることが出来るくらいの大きさで、一番高い部分には何やら突起物がついている。そして、隣にも同じのがあった。勿論触ってみて分かったことである。
(これって……アレだよな? いや、そんな訳がない。さっきまで白猫が寝てたんだ。まさかな……)
心で言い聞かせて、頭の方に手を持っていく。本当はこの柔らかな半球を両手で揉みたいのだが、生憎左手は首輪を持っているので諦めた。何なのかは分からないが。本当に。
そして、手で頭に撫でるようにして触ると、毛がいつの間にか長くなっているのが分かった。柔らかくフワフワしている。
(ふぅ、諦めよう)
何となく分かっているがゆっくりと自分の膝に目を向けると、そこには裸の少女が寝ていた。年は10歳ぐらいだろうか、白く輝く髪の毛に、大きすぎず小さすぎない年相応の胸、透き通る肌は白く餅肌で、目を閉じていても分かるくらいの美少女だった。ただ一つ、普通の少女と違うのは頭にモフモフとした耳がついていることと、尻に尻尾がついていることだろうか。
(じゃあ、さっき揉んでたのはやっぱりーー)
俺は自分の右手と少女の胸を交互に見る。そして、あの柔らかい膨らみは胸だったのかと納得し、何回も悶絶していると、少女が小さくクシャミをした。
(そうだ、このままだと風邪引いちゃうな。この子が寝てるから動けないし、この制服でもかけといた方がまだマシだろ)
そう思い、自分の制服の上着を脱ごうとボタンを外していると、ちょうど目を開けた少女がこちらを見ているのに気づいた。
「あ、ようやく目覚めたんで……って、え!? どうして私普通に話してーー」
少女はそこで自分の姿を確認する。一糸纏わぬ自分が知らない男の上で寝ていて、その男が上着を脱ごうとしている状況を。
「な、何をするんですかっ!!」
少女はか細い声でそう叫んだ。
(あ、声も可愛い)
そんなことを考えながら、俺は少女に突き飛ばされた。少女自体の力は強くなかったものの、丁度強風が俺に向かって吹いてきたので10mくらい吹っ飛んで、地面に叩きつけられた。運悪く頭から落ちたものだから、脳が震えて俺はそのまま気絶してしまった。
目が覚めると、そこには白猫がいた。勿論、さっきの猫である。外したはずの首輪をちゃっかりつけていた。あたりはすっかり真っ暗で、辛うじて海に反射した月明かりが照明の代わりである。
(いや、あれは夢だったのか)
それにしては良い夢だった気がしながらも、俺は大きなバッグから折りたたみテントを取り出して組み立てる。といってもワンタッチテントなのですぐに組み立て終わったのだが、とりあえず中に荷物を持って入る。猫も連れて。
(そういえば、このバッグ置き去りにしたのに気づいたら近くにあったな。捨てたはずのスコップも入っているしフェーラのおかげかな)
バッグの謎について考えながらも、バッグからランタンを取り出し、テント内につける。
(よし、これで明るくなった)
それから、毛布を取り出し包まる。猫も抱き寄せ一緒に。夜だったからか、外で寝ていた俺の体はとっくに冷えきっていたのである。勿論少しでも毛布が汚れないようにと制服の上着は脱いでいる。
(こんな時のために、色々準備していて良かったぁ)
妄想や、イメージトレーニングを良くしていた俺は、もしもについて考えるのが好きだった。そのため、こういった場合のために色々と日々準備していたのである。ちなみに大きいバッグの重さは尋常ではなく、登下校が体を鍛えるトレーニング代わりであったのは言うまでもない。
(さて、そういえばすっかり腹が減ったな)
大きなバッグの中には缶詰が6個と乾パンが2缶、バランス栄養食がいくつかにシリアルが一袋、粉末タイプのスポーツドリンクが2、3袋、それと水が1リットル有る。どれも非常時のために準備していたものだ。
(しかし、どれくらいで違う街に着くか分からない状態で、一回に食べ過ぎたらヤバイよな)
俺は早くも違う街に向かうことを検討していた。そうじゃなくても、どのみちある程度野宿することが分かりきっているので、慎重に食べる量を調節しなければならない。
(とりあえず、今日は缶詰で我慢するか)
シーチキンの缶詰を開け、使い捨てのスプーンで食べる。3分の2ほど食べたところで残りを全て白猫にあげた。猫は小さくニャアとお礼を言った。俺はその頭を撫でて、使い捨てスプーンを持って、テントを出る。
(それにしても、本当に何も無いな)
クレーターのように俺のテントを中心に円状に広がる荒野を、そのまま海に向かって歩いていると、かなり遠いところに人影が二つ見えた気がした。
(誰かいるのか?)
そう思い、走って海の近くまで来たが、その時にはもう人影は無くなっていた。
(気のせいだったのか。まあ、良い。早くテントに戻るか)
使い捨てスプーンを海で洗い、布で綺麗に拭く。使い捨てとはいえ、何も無い状態では無駄には出来ないのだ。
(それにしても、遠いな)
帰ろうとして気づいたことが一つある。さっきは夢中で走っていたので分からなかったが、海からテントまでは1500メートルくらいあるのだ。
(ホームシックになるわ!)
何とかテントまで戻ると、白猫は缶詰を食べ終わったようで毛布の中で丸まって寝ていた。
(癒されるぜ。それにしても、さっきの夢……まさかな。でも、もし夢じゃなかったとしたら、この首輪を外すとーー)
ボフンとケムリに猫が包まれたと思ったら、そこにはさっきの夢で見た裸の少女が寝ていた。
(じゃあ、やっぱり夢じゃなかったんだ!)
と歓喜しつつ、さっきの夢が現実だとするならば、また少女に吹き飛ばされると、すぐさま判断した俺は、少女に自分の替えのワイシャツを着させた。勿論、紳士な俺は少女の裸体を一切見ないでだ。ほ、本当だよ。
(あとは、下だな。でも、見るわけにはいかないし、どうすれば良いだろうか)
とりあえず毛布をかけて、思案する。そして、そもそも貸してあげれるズボンが男性用しかないことに気づいた。当然のことだが。
(しかし、このまま下を履かせないのもどうかと思うし……スカートでも作るか)
俺は自分の替えの上着として持っていたデニムのジャケットで、スカートを作り始めた。裁縫道具すら完備する俺のバッグは、自分で準備しておいてなんだが、本当に完璧で素晴らしいなと思う。そして、それがこのバッグの大きさ、重さの原因なんだよなと苦笑する。
作業は一晩中かかって、終わった時には既に日が昇り始めていた。早速俺の横で寝ている少女に履かせてあげる。
(よし、サイズもピッタリだな。終わったぁ!)
ちょっぴり達成感を覚えつつ、俺は外の空気を吸いにテントの外に出た。朝だから少し寒くて出るのを躊躇ったのだが、見渡すかぎりの青空、そして水平線上に浮かぶ入道雲を見たら、そんな億劫な気持ちも吹き飛んで外へ駆け出していた。
(異世界に来て良かった! こんなに広大な空も、清々しい朝も初めてだ)
俺は服が汚れるのも構わずに、地面に仰向けに寝そべる。中学3年生の頃からこういう風に景色を眺めるのが好きだった俺は、そのまま何時間もそのままの体勢で流れる雲を目で追い続けていた。
気づけば太陽がすっかり昇りきっていた。体内時計的には午前11時くらいだろうか。俺は少女がそろそろ起きてるかなと思い、ゆっくりと立ち上がる。
「痛て、体が冷えて節々が痛みやがる……」
手先も冷えてしまっているので、ハァァッと暖かい息を吹きかけながら、テントがある後ろの方を振り向くと、目の前に寝ているはずの少女が立っていた。
「起きたのか。よく、眠れたか?」
子供や後輩など、自分より低い年齢の人とは普通に話せる俺は、若干カッコつけながらそう尋ねた。
「はいぃ、寝れましたぁ」
やっぱり可愛いな、声。俺の頬は緩みっぱなしだ。
「そ、それより、この服って……?」
俺のデニムジャケットで出来たスカートに、俺のワイシャツを着ている少女はオシャレかかは分からんがかなり若い感じだ。何か恥ずかしいような嬉しいような複雑な感情が押し寄せてきて困る。
(ノーブラ、ノーパンなんだよなこの子)
おまけに頭にはモフモフの獣耳が、お尻には尻尾がついている。ちなみに尻尾用にスカートには穴を開けてある。
「あ、あの、この服ってあなたのですか?」
とにかく、この可愛らしい少女が俺の服に包まれているというのは何となく心を燻る。そんな浮かれた気分が災いを呼んだのだろうか。
「ああ、流石に全裸なのはマズイからな。俺ので悪いが着てもらった」
余計なことを話してしまった。と、喋り終わってから気づく俺。少女は顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
(あ、このパターンは吹き飛ばされる流れかな)
そう思い身構えるも、帰ってきたのは少女のか細い声だった。
「あ、ありがとうございますっ! 」
「ああ、気にするな」
「それで、ですね。その、み、見ましたかっ?」
「見てません」
「ほ、本当ですか!!」
「み、見ました。すみませんでした!!」
俺は謎の圧力に負けて、速攻土下座した。しばらく少女が何もしてこなかったので顔を上げてみると、少女は一瞬見せた安堵の表情から一転して物凄く赤面していた。
(プルプルしてる。可愛いなぁ)
そして俺のあげた顔を目掛けてーー
「やっぱり見てるんじゃないですかっ!!」
強風が発動した。その威力に後ろに仰け反るも、一回くらってた俺は何とか頭を打たずに地面に倒れた。
「うッ……す、すみませんでした……」
荒い呼吸を抑えて、何とかそう口にした。
思えば、異世界に転生して初めて一日が経過したと思う。それまでの二回は初日に殺されてるのだ。ハッキリ言って思い出したくもない記憶だが。と、俺はテントで毛布に包まりながら考えていた。目の前には少女が同じように俺から借りたもう一つの毛布に包まっている。
「とりあえず、君の名前を教えてくれるかな?」
「私の名前はリリィですぅ」
さっきまで若干機嫌が悪かったリリィだが、朝食にシーチキンの缶詰を一つ丸ごとあげたら、喜んでくれてすっかり機嫌がいいみたいだ。ちなみに俺は何も食べていないので、腹がペコペコで倒れそうである。
「リリィか、可愛い名前だな。俺は佐藤翠。好きなように呼んでくれ」
「はいぃ、お願いしますっ!」
(喋り方も可愛いなぁ)
「それで、リリィに質問なんだけど」
「なんでしょうか?」
「リリィは猫ちゃんなの?」
「あ、はいっ! どちらかというと猫です」
「と、言うと?」
「私は一応ケット・シーという妖精猫? の仲間で魔獣というものなんですっ! ただ、他のケット・シーのように人の言葉を話したり、二足歩行出来ず、普通の白猫と変わらなかったんですけどね」
(ケット・シーか、聞いたことはあるな)
俺はそんなことを考えつつ、リリィの言葉を聞いていた。
「そこで、私は魔法というのを猫のまま勉強し、ついに人になる魔法を覚えたのですっ!」
(だから人と同じく喋れるようになり、人の言葉を理解できるようになった、ということか)
リリィは顔の前で両手をグーにした。何やら得意げである。そんな、かなり熱のこもった話を聞かされた俺が一番最初に思ったことは、言うまでもなくーー
「そうか、本当にリリィは可愛いな」
「ふぇっ!? い、いきなり、何言ってるんですか!?」
リリィから変な声が漏れる。
「時々左右に大きく揺れ動く尻尾も、俺に撫でられた時とかにピクピクってするケモミミも、そのポーズも可愛すぎだよ!」
次第に声を大きくして悶えている姿は、側から見たら変人もいいとこだが、前の世界でヲタクと呼ばれる部類に所属していた俺はこういった萌えに弱いのである。
「えへへっ、そ、そうですか!?」
リリィは頭に手を当てながら照れ笑いを浮かべた。
(やっぱり可愛い!)
俺は悶絶する。するとまた嬉しそうにするリリィ。そして、それに悶絶する俺……このやりとりが何十回も続いた。
流石に疲れた俺とリリィはとりあえず乾いた喉を持っていた水で潤しながら、話を戻した。
「大体分かったんだけどさ、なら、何でリリィは猫になる時にその首輪が必要なの?」
さっきの話を聞く限り、リリィは元がケット・シーという猫だったはず。正確には妖精猫だが。人間になる時に魔法の関係で道具が必要ということなら理解できなくもないが、リリィの場合、元の姿である猫になる時に首輪が必要なのは疑問である。まあ、魔法の仕組みとかも知らないし、変身に首輪は関係ないのかも知れないから分からんが。
「えっ、そ、それは……ですねっ」
困ったような顔をしながら、オドオドと話し始めるリリィ。その顔は次第に恥ずかしさで赤くなっているように見える。
「わ……」
「わ?」
「分からないんですっ!」
そう言い切ったリリィの顔は、少し申し訳なさそうだった。俺も思わず唖然とした。
「は? 分からないの?」
「すみませんっ!」
リリィはペコペコと頭を下げる。その様子を見て、予想外に冷たい言い方をしちゃったことに俺は反省した。
(あ、少し怖がらせちゃったかな)
「そうか、済まないな」
「いえ、大丈夫です。実は、私も気になっていて、それを調べるために旅をしていたわけですから」
「どうやって調べてるんだ?」
「そうですねっ、色んな町の本を読んで、という感じで探してますっ! 」
「そうか、なら何でこんなところに?」
何回も言うが、ここは何もない荒野の真ん中である。本屋や図書館が無いどころか、街自体がないのである。無論俺はそんな魔法について書かれた本は持ってない。読書用にラノベなら一冊あるが。
「実は私っ、少し昔、ここにあった街に住んでたんですっ」
「へぇー、ダハテコシティにか?」
「はい、ですが17年前にこの街が消滅したと聞いて、遥か遠い場所から歩いてここまで来たというわけですっ!」
「17年もかかったのか?」
「ま、まあ、途中の街で休んだり暮らしたりしながら、ゆったりと来ましたのでぇっ」
自分でも時間がかかり過ぎたという自覚はあるのか、言い訳する声も最後の方は小さくなっていた。
「そうか。17年も、か……ッ!!」
そこで、俺はあることに気づいてしまった。今、目の前にいる10歳くらいの少女が17年前に消滅した街にいたと言っていることに。勿論、彼女の言ってることが間違っている可能性はなくもない。
(しかし、今まで読んできたラノベの展開的には、この子の年齢はーー)
「ところで、リリィちゃんは何歳なの?」
「えぇっと、生まれてきてから確か102年くらい経ちましたかねぇ。まあ、魔獣は魔力が補給出来るかぎり老いることも死ぬこともないので、見た目どおり子供のままですが……」
「そ、そうなんだ」
テンプレ展開ながらも、実際にあった当人となれば、やはり若干のショックを拭えないのは事実である。
(まあ、逆に言えば、一生可愛い姿を眺めれるんだ。むしろ良いじゃないか!)
俺はポジティブに生きることにした。とかいうと、年齢気にしてたみたいに思われて嫌だが、可愛いければ年齢なんて関係ないよね!
「じゃあ、リリィは不死身なの?」
「はいっ、魔力さえ補給出来れば不死身ですね」
「それは凄いな! ところでさ、その魔力ってのはどうやって補給してるんだ?」
「えっと、魔力は空気から補給していますぅ」
「空気から?」
「はい。具体的に言えば、空気中に含まれる魔粒子と呼ばれるものを体内にある器官でエネルギーに変換したものが魔力というものになりますっ」
「なるほど、そうなのか! ところで、それって魔獣だけ?」
「いえ、人間も魔力を作りだす器官はあります。魔獣みたいに不死身とかではありませんが……」
「じゃあ、俺にも魔力があるのか!」
「はいぃ、あると思いますぅ」
俺は興奮していた。子供の頃、誰もが憧れるであろう魔法・魔力について異世界で実際に話が聞けているからだ。
(正直、そこまで魔法というものが確立されてるなんて驚いたぜ)
魔力や魔粒子といった見えないものについて認識しているということに俺は内心、驚きを隠せなかった。というのも、俺自身の勝手な思い込みなのだが、魔法というのは特別な素質を持った人だけが、センスや才能で使いこなすものだと思っていた。理由も知らずに。しかし、何が魔力に変わっているのか、また魔粒子がどこにあるのかまで分かるということは、方法や仕組みも分かるということを物語っている。方法や仕組みが分かるとなれば、あとは出来不出来あれど、沢山の人が魔法を扱えるということに違いないだろう。
(日常的に使われる魔法。生活の土台、魔法。ああ、魔法。俺も早く使ってみたいぜ!)
俺の胸の中はワクワクでいっぱいだった。
「しかし、リリィは不死身だったのか……良いなあ」
前の世界のも合わせて、3回ほど死んでしまっている俺は心の底から羨ましかった。
「いえ、不死身といっても、それは魔力が補給出来ればということです。外的損傷により、魔力を作る器官が破壊されてしまえば、いかに魔獣と言えど死んでしまうのですっ」
リリィは悲しいそうに言った。その姿を見て、今の自分の発言が失言だったのではないかと気づいた。
(そうだよな。どんなものにも終わりはくる)
それは魔獣だからといって、違うことはない。それに、リリィはケット・シーという魔獣の前に一人の少女だった。それなのに、明らかにお前は人間とは違う、と言われれば傷つくのも少し考えれば分かることだった。
「そうだよな。済まない、はしゃぎ過ぎた」
「いえ、そんなつもりで言ったのでは無いのですが……」
リリィはただ魔獣について説明したに過ぎなかったらしい。ただ、いかに魔獣と言えども死ぬ。というリリィの言葉は俺の心にいつまでも残り続けた。
それからもリリィに俺は質問し続けた。
「魔法ってのは誰でも使えるのか?」
「いえ、魔法というものは一部の有力者にしか、未だ知られていません」
「何故だ? 仕組みや方法が分かるのならば、沢山の人に教えてあげればいいじゃないか」
「本来魔法は魔獣な神獣といった特別な存在が持つ技? というのでしょうか。に、過ぎなかったのですっーー」
しかし時が経ち、人間同士が争いを始めた頃、一部の有力者は魔獣・神獣の力に目をつけ、争いの道具に使おうとした。いかに特別な存在であるといっても、中には戦闘を嫌うもの、または戦闘に向かないものもおり、それらは次第に殺されたり、解剖されたりしていったという。それから、今度は人間と怒った魔獣たちとの争いが始まった。そういった争いの中で人間が魔獣たちの技を、人間でも使えるようにしたものが魔法や魔術と呼ばれるものだったという。次第に魔獣を殺すために魔法・魔術は攻撃的・多様的に変化を遂げていった。その功績は大きく、魔獣たちの多くが殺されていったという。
今でこそ、魔獣たちと人間たちの間に憎しみ合いの心は薄れていっているものの、実際に人間と争った何千年と生きている一部の魔獣たちの中には、未だに恨み続けているのもいるらしい。みんなで仲良くできれば良いのですが……とリリィは最後にそう呟いた。
(リリィは本当に優しい子だな)
俺はリリィの頭を撫でてやった。完全にお父さん目線である。リリィは最初驚いた顔をしていたが、それからすぐに嬉しそうに撫でられ続けた。
「話を戻すが、結局魔法が広まってないのは何故なんだ?」
「あ、そういえば話がズレてましたねっ。簡単に言いますと、魔獣たちをも殺せる魔法を有力者たちは恐れているのですっ!」
「そうか……そういうことか!」
もし、沢山の人に魔法が広まれば、人々の暮らしは良くなる。しかし、元は魔獣たちを殺すために改良されていったもの、殺しの道具にだってなる。そこで、有力者たちは自分たちを恨んだり、妬んだりする者に渡るのを恐れて自分たちの中だけで魔法を使っている、ということだろう。
(どこの時代でも有力者は臆病で、知恵があるようだな)
「じゃあリリィが魔法について、そこまで詳しくのは何でだ? 聞いたかぎり魔獣は魔法を使わないんだろ?」
「いえっ、確かに昔は魔法を使わなかったのですがっ、最近の魔獣たちは人間との交流も深く、魔獣の中では制限なく魔法の知識が広まっているので、魔法を扱えるものが多いですねっ」
「そうなんだ。なあ、俺……実は魔法使ってみたいんだけどさ、俺に魔法教えてくれないか?」
「はいぃ、良いですよぉ。私は風系統の魔法しか使えないんですが、それでも良いですか?」
「ああ、ありがとう! これから、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いしますぅ」
「ところで、リリィはいつもはどこで寝てたんだ?」
「普段は猫の姿だったので、木の陰とかで寝てましたぁ」
「そうか、なら今日からこのテントで一緒に寝ようぜ。外は冷えるし、俺はリリィに魔法を教えてもらうんだから、お礼にさ」
「本当ですかっ! ありがとうございます!」
ーーこうして俺とリリィの生活が始まった。
*
時間は遡り、翠が使い捨てスプーンを海に洗いにテントを出たころ、海からフードを深く被ったロングマント姿男女の二人組がその様子を眺めていた。
「あの時の小僧が本当に蘇っているとはのぅ。わざわざ来てみた甲斐があったようだ」
「そうね」
「しかし、あの小僧は女神に一体何をしでかしたのだろうかのぅ」
こちらに向かい走ってくる少年の遥か頭上、雲の上には、ワイバーンと呼ばれる魔物の群れが広がっていた。その数、数千匹というとこだろうか。
「せっかく見つけたのだ。ここで殺させるわけにはいかないのぅ」
「どうするの?」
少女はまるで人形のように無機的で抑揚のない声で尋ねる。それに対して左目を眼帯で隠している男は当然のように、こう答えた。
「そりゃ、見つからないようにさっさと殺すまでさ」
その目にはワイバーンの群れが映っている。ワイバーンは赤い色をした魔物で、コウモリのような翼に、一対のワシの脚、ヘビのような尾で、その先端には毒の棘、そしてドラゴンと似たような顔を持っているが、実際はそこまで強くない魔物だ。一番弱い単体の魔物とされるゴブリンの次くらいに弱い。しかし、それが何千匹となれば、話は違ってくる。もし、この数の魔物を相手にしようとするならば、ある程度の力を持った騎士が軽く1000人は必要だろう。
「私もやろうか?」
「なあに、心配するな。この程度、すぐに終わらせる」
少女からの抑揚のない声でされた提案を断り、男は魔力を右手に込める。その手は赤黒く染まっていき、赤い稲妻のようなものが右手の周囲を駆け巡る。そして男がその手を握った瞬間、こちらに向かって全力疾走している少年の上に迫りきっていた数千匹のワイバーンが姿を消した。いや、消滅したのである。跡形も残らぬほどに。
「ふぅ、やはり地上は力を抑えるのに疲れるのぅ」
「だから私がやると言ったのに」
少女は不満げにそう言った。それに対して、片手で数千匹のワイバーンを消し去った男は、すっかり元の肌色に戻った右手をさすりながら、少女をなだめる。
「フハハハハ! そう、拗ねるでない。今度、強い魔物が出てきた時は譲ってやるから」
「分かった」
「では、そろそろこの場を去るとするか」
「会わないの?」
「ああ、まだその時ではないからのぅ。当分は見守ることとしよう」
「分かった」
そうして、二人の男女は少年から見えない位置に姿を消した。
「さて、小僧よ。我を愉しませてくれよ」
ーーそう呟いた男の右目は暗赤色に輝いていた。
読んでくれてありがとうございます