圧倒
傾斜が緩やかな山を登っている。カロリーナの北に聳える山、アロナ山の中腹辺りまでやってきた。
吹きつける風が地上よりも乾いていて異なる環境に来たことをはっきりと自覚する。
ミミはリリフの少し後を付いていく。そしてリリフはサラマンドラというパーティの後を付いて山を登っている。道中はノイズのたわいもない話で盛り上がっていた。まあ盛り上がっていたのはサラマンドラのメンバーだけで、リリフなんて一言も言葉を発さなかったから驚きだ。
「ここだ。ここにテレス、デンスケの二人がいる」
サラマンドラのリーダーであるノイズが足を止めて示した先には木造の小屋が数軒立っていた。
誰も住んでいない家。イヤそれ以前に住む場所ではなく、山を登ってきた人のための休憩所のようなところだ。左手のほうに水道の設備が完備されていた。寂れた様子はないが、人っ子ひとりいないので多少心配にはなる。
人の気配はしないみたいだけど。ミミは注意深く辺りを観察する。
・・・・・・うん、やっぱり悪意や敵意は感じられない。魔物の気配もないし、とりあえずは大丈夫だと思う。
ミミの判断はリリフと同じもので、彼女も今のところは異常はないと考えているようだった。
ノイズが一番近くにある小屋の扉を開く。
中にはテーブルと椅子が並べられているだけだ。他には何もない。
「ん?ここにいたはずなんだが……」
ノイズはおかしいなと首を捻って小屋の中を再度見渡すが、やはり誰もいない。
「お前ら、次の小屋を。君たちはその奥のを調べてもらえるか?」
サラマンドラの他の面々は二軒目の小屋に入っていく。リリフとミミはその奥にある一番大きい小屋を調べ始める。
扉を開けると同じようにテーブルと椅子が並んでいる。それ以外は何もない。照明としてランタンが置いてあるだけだ。リリフとミミは小屋の中に入ってランタンを点ける。埃っぽさに咳き込んでしまいそうになる。ここはしばらく使われていない部屋なんじゃないだろうか。
こっちにもいないとノイズに告げるために外に出ようとすると突如として入り口の扉がガチャンと大きな音を立てて閉まった。この部屋は中からも外からも鍵はかけられない仕組みになっている。でも鍵はかかった状態だった。
「あ、やっぱ閉じ込められた」
扉に手を掛けて開けようとするが、びくともしない。ここから入ったのか疑ってしまうくらいに開くという概念を失っている。
魔法が行使されたようだ。これは相手を正方形の空間に閉じ込めるジャック ボックスという拘束魔法だろう。小屋全体にそれを仕掛けるとは考えたものだ。
しかもジャックボックスは時間が経つと圧縮していき、最後は小さな点になる。その空間に閉じ込められていた生命はいずれ圧死するという危険な拘束魔法だ。
「やはり騙されていたみたいですね」
リリフは深刻な表情を一切見せずに平然とした様子でそう言った。
ミミも騙されてるんだろうなと何割かは思いながらここまで付いてきたので、そんな驚きはしていない。
「あ、あんたらは……」
薄明かりの中で部屋の隅から声が聞こえた。リリフとミミは声がした方へ視線を向ける。
そこには少しやつれた顔のテレスがいた。
「あ、目的の人物発見!」
「あのパーティについてきた甲斐がありましたね。テレスさん、怪我はないですか?」
「ああ、なんとかな。ただデンスケがどうなったのかわからん」
テレスは不安そうな顔で俯いた。
「どうしてここに閉じ込められたんですか?」
「あんたらもここに閉じ込められたってことはノイズ エルフォースを知っているな?」
「ええ、彼に案内されてここまで来ました」
「俺もそうだ。デンスケがここにいると言われてな。デンスケと俺は冒険者ギルドの上の奴に命を狙われてるらしいって言ってた。同じ冒険者として二人を守り抜きたいってな」
「それなら何でデンスケはいないのかな」
ミミは首を傾げる。その疑問に予想の回答をしたのはリリフ。
「おそらく本当にギルドの上の人間に引き渡すつもりなのでしょう」
何が狙いなのか理解するのは現段階では難しい、こともない。テレスとデンスケの二人が狙われたことを考えればおそらくは大井戸で起きた一件が関係しているのだろう。ダンジョンワームを殺したことが問題だったのか?それともミミが持つこの宝玉の存在がよくないのか?
どちらにせよノイズ、いやサラマンドラというパーティがおそらくタケミカヅチの敵に値すると知れただけで十分だ。リリフとミミはやる気に満ちた顔で頷き合った。
「本人に聞けば早い話ですね。そろそろ出ましょうか」
「え!出れるのかよ!この隔離空間から」
「はい、この空間を作り出している魔法を解除するだけで大丈夫です。ルーン マジック、チャンディラム」
昨日、大井戸に掛けられていた結界アスベル ムーロを解除した魔法をリリフはここでも使用した。
星空の現出、そして星空の収縮。淡い光を放ちながら今いる小屋が徐々に半透明になっていく。物質全てを消失させてしまったのはリリフの加減ができていなかったためだ。やはり天上界と下界の環境差は多少なりとも影響はしている。あと数日経てば完全にこの地の環境に慣れるだろう。地域間の時差みたいなものだ。
暗から明へ。やはり室内とは空気も違う。
すぐ外にノイズの姿はなく、サラマンドラのメンバーの一人が見張りでいるだけだった。
小屋が急に消え失せたことに戸惑いを隠せないその男はすぐに戦闘態勢を取る。その切り替えの早さはさすがは九死を切り抜けてきた冒険者と言える。
抜き放った長剣はエルシャベータ。使い勝手の良い万能剣だ。冒険者が最も使用している剣とも言われている。
「デンスケさんの居場所を教えてもらえますか?」
「教えるわけないだろ。お前馬鹿か?」
男の心には焦り。それが表情にも出ている。それは致し方ないことだ。ノイズのジャックボックスがいとも簡単に破られたのだ。感情が乱れるのも当然。
けれど冒険者パーティ、サラマンドラの一員として逃げ腰になるわけにはいかない。男はそう確固とした意思を持ち、剣を振るう。
「乱風刃!!!」
無数の風の刃が不規則な動きでリリフ達に襲い掛かる。リリフは後ろにいるテレスを巻き込まないために避けるのではなく、風の刃をまるごと消し飛ばした。
「な…………」
「その程度の魔法では私には届きません。あなたを舐めているわけではないですが、レベルが低すぎます」
絶句した男にリリフは冷静な口調で言った。
「もう一度聞きます。デンスケさんの居場所を教えてもらえませんか?」
「く……舐めるな。俺はサラマンドラの一員だ。死んでも教えるものか!」
サラマンドラというパーティはそれほどにまで名声があるのだろうか。目の前の男は異常なまでにサラマンドラの一員であることを誇りに思っている節がある。
「無駄だぜ。どんなことをしても口を割らないだろうな。ノイズへの忠誠は相当なもんだからな」
「そうですか、なら仕方がないですね……」
リリフは目を閉じて手を前に突き出した。すぐに変化が訪れる。男の足下に紫紺の魔法陣が現出し、仄かに鈍色の光が男を包み込む。男の顔から生気が消え失せる。
「あなたの名前は?」
目が虚ろになり、好戦的な態度を失った男はゆっくりと口を開き、リリフの質問に答える。
「バル ラゴラ」
「バル、デンスケはどこ?」
「カロリーナにいる」
「カロリーナのどこに?」
「サラマンドラ、の拠点に」
拠点、いわゆるホームというものか。それがどこにあるのかとリリフはテレスの方に目を向け、無言で尋ねる。
「ああ、俺は知ってる。サラマンドラの拠点がどこにあるのかを」
テレスはこくりと頷き、任せておけと親指を立てた。
「……それでは次に……ノイズ エルフォースはどこにいきましたか?」
「カロリーナに向かった」
「カロリーナのどこに?」
「サラマンドラの拠点に」
ノイズとデンスケは同じ場所にいるということが分かった。
「やはりデンスケを連れ出してギルドの方に引き渡すみたいですね」
リリフの予測がだいたい当たっているようだ。
それにしてもやはり魔法は便利だ。この魔法は洗脳する魔法、魔法名は確か・・・リブロス。ミミは全く魔法を使えない。使えるのは武術だけ。だからリリフの魔法を見ていると羨ましくなってくる。まあ無いものねだりなのかな。
バルの言葉を聞いて、ミミはカロリーナに向かおうとするが、リリフがバルと名乗った目の前の男をどうするか悩んでいる様子だった。
「この人はそこの小屋に待機させとけばいいよ。早くても明日にはリブロスは解けるよね?」
「ええ、そこまで強い洗脳ではないので明日には解けると思います」
リリフはミミの提案を受け入れた。指令を出すとバルは深く頷いてから、ふらふらとした歩調で二つあるうちの一つの小屋へと入っていった。
「では戻りましょうか。カロリーナへ」
「ちょ、ちょっといいか?」
「何ですか?」
「お前らは何でデンスケを探してるんだ?それに何で俺を助けてくれたんだ?」
「理由、ですか?」
リリフとミミはお互いに目を合わす。
「困ってる人を助けるのは普通のこと……私の仕えている方からそう学んだからです。」
「うん、ミミもそう。強いて言えば一緒の時間を過ごしたし、もうなんとなく他人じゃないような気がするし。それにテレス、悪い人じゃなさそうだしね」
テレスやデンスケを助けることはもちろん、この問題の根幹にはシルビアと英雄クロの問題が存在している。そこは避けては通れないし、避けるつもりもない。タケミカヅチ様はそう思っているだろう。
ミミにとってタケミカヅチがシルビアを助けようとした、それだけで自分が動く理由になる。
「早く行こうよ。手遅れになる前に」
「ええ、そうしましょう」
「あ、ああ。案内する。ついてきてくれ」
テレスはひとつ大きく頷いて、先導するようにカロリーナへと向かった。
道中、ずっと不思議に思っていたことは何故アロナ山にテレスを監禁したのか、だ。人気がなく、誰にも気づかれない場所というのは分かるけれど、それならば場所は他にいくらでもある。
なにか他に理由があるのか?とテレスに聞いてみると険しい表情で話してくれた。
アロナ山は生物のように生きている。文字通り、生きているというのは山の斜面の角度が唐突に変化したり、森林の枝葉が不規則に動き出し、登山者に襲いかかってくるらしい。普段は町長直々の許可がないと入山することさえできないし、アロナ山関連の依頼は全てAランクの難度を示しており、今のカロリーナの冒険者では到底達成するのは不可能なレベルになっている。できるとしたらクロだけだろうか。
ミミは心底会ってみたいと思った。クロという冒険者に。しかしそれはもう叶わない夢。部外者であるミミがもうクロに会ってみたいと焦がれるのだから想い人であるシルビアの気持ちはいかほどなのだろうと想像するだけで心配になる。会った時に気の利いた言葉を掛ける自身も勇気もないけど、なるべく良い話し相手にはなってあげたい。
初めての邂逅を楽しみにしておこう。
幸運なことに下山中にアロナ山の暴走は起きなかった。火山の噴火のようなもので、山の魔力が底に溜まって破裂した時に起きる現象でないかとリリフは言っていたし、そう頻繁に起こることじゃないのかもしれない。というかそう思いたい。
カロリーナまではおおよそ二時間かかった。テレスの疲労を考えるとそれくらいの時間が掛かったのは仕方がない。アロナ山に滞在していた時間は三十分もないくらいで、まだ焦る必要はない。デンスケが引き渡される直前に一網打尽にするのが一番いい方法だと思う。
カロリーナに到着したのはいいものの、予想に反して街は喧騒に包まれていた。ここを出発する時とは比べものにならない人の群れが出来ていた。そしてそれは中央広場に集中していた。
ミミはこんなにも多くの人がこの町にはいたんだ!と関係のないことを考えてしまう。
しかしその喧騒は殺伐としていて、いわゆる普通ではなかった。
「何か嫌な予感がするね。急ごう」
この聴覚を刺激する殺意と敵意。絶対に勘違いじゃない。
ミミは超特急で中央広場へと向かう。冒険者や商人、カロリーナに住まう人々が一様に視線を集中させている場所へと急ぐ。
リリフとテレスはミミよりも遅れて中央広場に辿り着いた。
大衆が注目しているのは広場の中央にある段になったステージのような場所。まさに今この現状のために用意されたような場所だ。
そこにはサラマンドラのメンバー。もちろんノイズ エルフォースが中心にいる。
他にもカロリーナのギルド長と副ギルド長、町長と副町長までその場に出席していた。通りすがりの人には何かの催し物でもあるのかと軽い気持ちで見ていた者も少なからずいたであろうが、ノイズが発した一言で周囲の耳目はより一層真剣味を帯びて、空気は無視できないほどに張り詰めた。
リリフは何かを感じ取り、隣にいるテレスに自らのローブを渡し、無理やり変装させた。
「このカロリーナの地に、またもや新たな害悪が生まれ出でた」
ノイズの目力が強まり、薄い霧のようにはっきりとは見えない魔力が広がり始める。
それを視認できたのはミミとリリフだけ。気付かぬうちにその魔力に侵された人々は心を支配され、すべてを受け入れてしまう。そう、ノイズが話す全てのことを疑うことなく、信じてしまう。矛盾を奥深くに隠して、何もかもを吸収するスポンジのように。
リリフはミミとテレスに魔障壁を張る。ノイズが使用した魔法の影響を受けさせないためだ。テレスには特に分厚い障壁を張った。ノイズの魔法がどれ程の規模と浸透力なのか未知数だからだ。リリフでもさすがにこの場にいる全員に魔障壁を張ることは難しい。張れたとしても魔力がほとんど底をついてしまうだろう。まずは最低限のことを。
「カロリーナの町を貶める大悪党の名はテレス バカリア。そしてこの……デンスケ リュウドウだ」
ノイズが指を差した場所にはぐったりとしたデンスケの姿が。厳しい拷問を受けたことが一目でわかるほど痛々しい姿だった。
テレスはぐっと堪え、状況を見つめる。ここで出ていっても自分にやれることなんて何もないと重々自覚しているのだ。
「テレス バカリアの方は残念なことにもう自ら命を絶っていた。アロナ山でその死体が発見された。誠に残念なことだ!我々の手で大悪党を粛正できなかったのは……しかしここにいるデンスケは違う。まだ息がある。死んではいない。どうだろう皆……このデンスケ リュウドウはこのカロリーナに、いやこの世界に必要な存在だろうか?」
「処刑しろ!!!」
「そんな奴はこの町にいらない!殺せ!」
ノイズの魔法の効果を強く受けた人々は過激な言葉を叫び、明らかにノイズに対して盲信的になっている。
「世界の害悪は我々の手で粛正する!そうであろう?クロのような存在が現れてからでは遅いのだ!それでは貴族や平民、貧民を含めたあらゆる人民が危険に晒されてしまう。しかし今なら……今ならまだ間に合う。カロリーナのためにやらなければならないことがある!」
それからも彼らの犯した窃盗の罪は大犯罪の種だ!許してはならぬ!と煽るのをノイズはやめない。
ノイズ エルフォース。この人は何者なのだろう。一体何のためにこんな不愉快な催しを行っているのだろうか。
「リリフ、どうする?」
ミミは言いようのない怒りが込み上げるのをぐっと堪えていた。
「ここで出ていけばこの場にいる全ての人間が敵として立ちはだかります。それは非常に面倒な事態です」
何の罪もない町民に手を出すほどミミも鬼畜ではない。
「でもこのままじゃ、デンスケがやられちゃうかも」
「ええ、そうなりそうならば無理やりにでも。しかしこの場合最善は何でしょう?」
催眠、洗脳状態の人間を解く魔法がないわけではないが、広範囲に作用させるには莫大な魔力を要する。いざという時に動けないのは可能性の問題として好ましくない。
ミミもリリフの考えていることを理解していないわけではない。彼女なりに考えてはいるが、良い案は思い付かない。
そんな姿にリリフは何故だか優し気な視線を向けていた。
「う~ん……」
こういうときは単純に考えた方がいいかもしれない。
洗脳状態を解いちゃったら混乱が凄いだろう。それにリリフの魔力が枯渇しちゃうかも。じゃあ……
洗脳状態を解く必要はなくて、傍聴している人達をその場に休止状態にしちゃえばいい。そのためには?
「ねぇねぇ、一時的に眠らせちゃえば?」
「眠らせる?」
「うん、今この段階で全てを解決する必要はないから後回しにしちゃおう」
リリフは考え込む。ただそれもほんの数秒のことだった。
「いいですね。ミミの案を採用しましょう。広範囲の睡眠魔法なら魔力消費も微々たるものですし、催眠状態の人間にも効果がありますから」
そう言うとリリフは目を瞑り、瞬時に魔法を行使する。時間は掛からない。睡眠状態に落とす魔法はそんなに難しいものではないし、広範囲に効果を及ぼすのもリリフほどの魔導士であれば造作もないことだ。
「睡眠屋敷」
巨大な魔法陣が中央広場に展開される。誰が見てもはっきりと魔法が行使されたことが分かる。ノイズ達もその異変に気付いたようだった。
それからのノイズの対応は早かった。即座に魔法の効果を無効にする魔法を行使した。範囲はサラマンドラのパーティ、そしてカロリーナの町長と副町長、ギルド長と副ギルド長のいる場所だけ。自分たちがいる場所だけ。つまり眠りについていない数人が今回の黒幕だということ。
無効果の魔法でノイズ達に変化は訪れないが、周囲の人々には明確な変化が訪れる。
刺々しい雰囲気だった人々は安らかで穏やかな眠りにつく。気持ちよさそうな表情で地べたで横になっている。
「これは……どういうことだ?誰の仕業だ?」
ノイズは視線をあちこちに彷徨わせる。努めて冷静を装っている。
視界に捉えたリリフとミミの姿に露骨な態度で驚きを露わにする。
「まさかジャックボックスを抜けたのか?……バルも抑えられなかったと……興味深い。なかなかやるようだな」
ノイズはニヤリと嫌な笑みを浮かべる。そこには初見の時の人の良さそうな空気は感じられなかった。
「お前ら、相手をしてやれ」
サラマンドラのメンバーはそれぞれ頷き、即座にミミとリリフに向かって走り出した。
確固たる殺意を肌で感じながらミミはリリフとテレスを背にして立った。
「こいつらは任せて。リリフはデンスケの救出を優先して?んで、テレスは安全なところに避難ね」
戦いたいだけなのか、それともじっくりと考え出した案なのかは分からないが、ミミのそれは至極全うなものだった。
リリフは考える間もなく承諾した。テレスも自分がこの場では無力で足手纏いなのは重々承知しているので、ここで拒否するようなことはしない。そこまで愚かではない。その判断が最も有効なものなのだ。
テレスが走り出した後ろ姿を一瞥して、リリフはひとつ頷いた。
自らの為すべきことを理解している。それに何より冷静で余裕があるし、隙を見せていない。相手との実力差があると分かっていてもこれはとても大切なことだ。
リリフもミミのように自らの為すべきことを確実に達成する、そう誓った。
サラマンドラの四人は殺気を漂わせて、こちらへ向かってきた。
移動速度は想像よりも遥かに速い。この四人の冒険者としてのレベルはこの町では相当高いのかもしれない。でもだからといって焦りはしない。ミミを狙いに四人がバラバラに動いてくる。多数での有利を生かしての戦いは熟知しているようだ。リリフはその場から離脱し、デンスケのもとへ向かっていく。リリフの邪魔はさせない。ミミは四人をあっさりと上回る速度で移動し、けん制する。
「兎人族のガキ相手に本気を出す必要もないだろ」
「ボルボ、あんまり見くびるな。こいつがここにいるということはバルが敗れたってことだぞ?」
「ふ、あいつは俺らの中で最弱だ」
ボルボは背中に担いでいた大斧を手にして、思い切り振り下ろした。
「大地破壊!!!」
地面に亀裂が入り、大小さまざまな土の突起物が次々と顔を出す。鋭さを備えたそれは確実にミミの身体を突き刺そうと迫ってくる。
カロリーナで有名な冒険者のレベルを知りたかったミミは反撃することもなく、回避だけして様子を見ていた。でももうその必要もないようだ。
自信満々に今の攻撃をしてくるところでもう様子を視ても無意味だと判断した。
よし、やっちゃおうか。
「つまんない」
ミミは不満そうな顔でボルボの懐に一瞬で移動した。文字通り・・・一瞬で。
ボルボは速いと感じる暇もなかったであろう。瞬きした瞬間に愛らしい顔の少女が目の前にいたのだから。
「兎神弾丸」
ボルボの鳩尾にミミの右拳がめり込む。瞬間的に身体の全ての力を右拳に集約させて放った一撃はとてつもない威力を生み出し、ボルボをまるで軽石のように吹き飛ばした。
即気絶。命を奪うまでの威力は出さずに加減した。いろいろと面倒だし、タケミカヅチ様の迷惑になったら困るし。とりあえずそこら辺で眠っていて。
「よし次いこう」
あんぐりと口を開けたまま硬直して動かない他三人。さっきまでの感じはどこにいったのか。ボルボって人がいなくなった途端に停滞した動きにミミは困惑する。
そんなにショックだったのかな?
こちらから仕掛けるのもなんだか気が引ける。やっちゃっていいのかな?降参するならそれはそれでいいんだろうけど。まあとりあえずリリフの方へ向かわせることだけないように気を付けよう。ミミは再度決意した。
リリフはミミがいる方向を確認しなかった。信頼、というよりもサラマンドラの四人がこちらに来ることがないのは絶対的な未来だからだ。
自分はデンスケの救出に集中しよう。
立ち止まったリリフの目の前にはノイズ エルフォース。ギルド長やら町長やらはいつの間にか姿を消していた。逃げ足だけは速いみたいだ。
「楽しめそうだ。一目見たときから凡人でないことは分かったよ。やり手の魔道士だとすぐに見抜けた」
ノイズが右手を高々と挙げると魔力の粒子が右手に集まり、杖の形を模していく。
リリフはそれを知っている。天覧魔杖という魔法の威力を向上させる杖だ。天覧魔杖自体が魔法のため、消費魔力は相当なものになる。使い手が未熟であれば、使用してから一分も持たないだろう。
「さあ始めようか。雷撃!!!」
ノイズが持つ杖から雷が迸る。
「火炎防壁」
リリフは顔色を変えることなく、淡々と魔法を行使する。燃え上がる炎壁が前方に広がり、向かってくる高威力の雷撃を防ぎきる。
やはり杖の影響だろうか、雷撃の威力が普通よりも上がっている。おそらくまともに当たれば一撃で瀕死に陥ってしまうだろう。
「ほう・・・じゃあ次はこれだ。超雷撃!!!」
さっきよりも速度が増し、威力も上昇している。
火炎防壁では防げない・・・
リリフは離れた家屋の屋根の上に魔法を行使した。その魔法は避雷針。B級の雷系魔法を全てを無効にする受けの魔法だ。
雷撃はリリフに向かわずに方向を変え、激しい音を立てながら家屋の上に立った一本の細長い針に直撃した。
「避雷針だと?」
ノイズは魔法の種類を変えてきた。雷ではなく、風。
一度も動いていなかった場所から行動を開始する。武術も嗜んでいるような動きだ。
軽やかな動きで家屋の壁を蹴り、リリフの背後に回り込んで魔法を唱える。
「風撃!」
この至近距離ならば避けられまい。C級の風系魔法により発動の即効性も高く、見積もりでもよけることは不可能だ。ノイズは小さな微笑みを浮かべる。
しかしその計算は早速狂ってしまう。リリフははなから避けるつもりなどなく、まともに魔法を受けたのだ。それに受けた結果、傷一つ付いていない。
「なに・・・?」
これにはノイズも唖然とした。スピードといい、タイミングといい、全てをこちらが上回っていたはず。それなのに何故という思いが心の中に燻る。そして理解できた時にはもう遅かった。
地面に極大の魔方陣が展開される。
リリフもミミと同じようにこの世界の基本的な戦闘力がどれくらいなのか気になっていた。今はそれを知るには絶好の機会だったので、ノイズに合わせて動いていた。好奇心を満たすためとはいえ、魔法をその身で受けるのは好ましいことではなかったか。ククノチ様がこの場にいたら叱責されていたかもしれない。
リリフは反省する。無意識に興奮していたようだ。
ただもう好奇心は満たされた。
「終わりにしましょう」
空気が変わる。一瞬で。
「・・・封魔光鎖(ルーメン ウィズ チェイン)」
巨大なる魔方陣が一気に収縮し、細長い光の柱を作り出す。天を貫く柱から次々と眩しさを蓄えた光鎖が生まれ、それは狙ったようにノイズのもとへと迫る。不規則な動きで迫る鎖にノイズは逃れられず、拘束される。しかしそれだけでは済まない。ノイズの動きを止めても、光柱から現出する鎖は全く衰えることはない。
「な・・・これ、は・・・・・・」
呻き声だけを残し、ノイズの姿は鎖の束に覆い隠される。
やがて鎖の現出が止まり、静寂が戻ってきた。中央広場には奇怪なオブジェのような異様な光景だけが残された。
「少し加減を間違えてしまったかもしれません」
リリフはまたも反省する。もっと目立たない形で無力化するほうが良かった。配慮という面を学ばせてもらった。これからは気を付けようとリリフは誓った。
「わあ、これは派手にやったね。リリフ」
「今、少し反省していたところです。でもミミも・・・お互いさまですよ」
あれからサラマンドラのメンバーは全員何の見せ場もなく、ミミの拳の餌食となった。ものの一分も掛からぬうちに掃討することができた。こちらにもやはり抗うことのできない圧倒的な実力差が存在した。
「デンスケ、大丈夫・・・じゃないみたいだね」
ミミの問いかけにデンスケは答えない。意識すらないようだ。明らかにこのまま放置しておくと命の危険がある。
こういう時もミミは無力だ。リリフに全て任せるしかない。そこが悔しくもあり、タケミカズチというかけがえのない存在を守るために自分はそれでいいのかという問いが心に残る。
リリフが治癒魔法をデンスケに施す。A級治癒魔法の天光治癒。
薄い光の衣がデンスケを優しく包み込む。その瞬間、目立つ外傷はみるみるうちに消え失せて、元通りになる。
「しばらく安静にしていればじきに目を覚ますでしょう」
「うん、デンスケはテレスに任せようか」
「それがいいでしょうね。私たちはギルド長達に会いにでも行きましょうか」
「うん、ここまで来たらそうしよう。黒幕だろうしね」
ノイズ達とつるんでいたのは中央広場での態度や振る舞いで間違いないことがわかった。彼らがどこに逃げていったかすぐに探す必要がある。
こうして中央広場の戦闘は幕を閉じた。




