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武神は異世界を闊歩する。  作者: カケル
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ビブルノース

  カロリーナの冒険者ギルドのなかにある関係者しか立ち入れない秘密の部屋で今、話し合いが行われていた。ミミとリリフがちょうどカロリーナの宿屋で眠りについている頃で、住民たちも就寝しているのか、家々の明かりはほとんどが消えている。


  ギルド長、ブライアン ステーシャル。

  副ギルド長、エリック スターダム。

  町長、オルフェイ シェイ。

  副町長、ノガモ。


その話し合いの内容はもちろん、大井戸についてだ。


円卓を囲むようにして座る齢六十を超えた男達は皆、渋い表情を浮かべ、今後のことについて憂いていた。


「大井戸に侵入を許したというのは本当なのか?」

 ブライアンは未だ信じられないといった様子で眉間に皺を寄せている。


「ああ、あの結界を破る者がカロリーナ、もしくはキロスにいるということだ。そして結界を破るという行為はギルドの方針に反している。」

  エリックは表面上は努めて冷静だ。しかし内心は驚きを隠せないでいる。大井戸の入り口に張られていた結界は低レベルの冒険者では決して破れない代物だったと聞いている。ということは高レベルの何者かが侵入したと考えられる。つまりそれはクロと同等の力を持つということ。


「そうなると・・・ギルドの言うことを聞かないような人物。外様?カロリーナの冒険者ならば、このようなことはしないだろう?」

  カロリーナの町長であるオルフェイは苛立ちを隠しきれていない。


「まあ・・・そういうことはテレスに聞いてみればいいんじゃないか?大井戸に侵入を許したときに大井戸の見張りの依頼についていたのがテレスだからな」

  副町長のノガモがこのなかで最も末端の情報まで知り尽くしている。なので自ずとノガモの発言量が増えていく。


「大井戸の宝玉、あれを取られれば我々のしたことが明らかになってしまうぞ?」

 ブライアンの言葉に他の三人も息を呑む。

 沈黙が支配するなかでブライアンが唸るような低い声で呟く。

「・・・・・・殺すしかないな」


「本気か?」

 エリックはブライアンの呟きに過剰に反応する。その理由はその場にいる者ならば理解することができた。


「クロと同じように・・・ってことだな」


 カロリーナの英雄であったクロを処刑にまで追い込んだのは何を隠そう、ブライアン達だ。その事実はここにいる者、あとは彼らに仕える部下達だけしか知らないことである。


クロは知りすぎてしまったのだ。カロリーナの裏の部分を。

知りすぎた者は生かしておくわけにはいかない。


ブライアンは当時の自分自身を思い出していた。





ーーーーー今にも雨が降りそうな天気。カロリーナの最大貴族であるヒップスは降れ、降れ、と神に祈るように窓の外を見つめていた。赤桃の大規模栽培を行っているヒップスにとってここ数日の晴れ晴れとした天気は嬉しくもあり、少し困ることでもあった。ちょくちょく雨が降らないと赤桃が成長しないので、やはり雨よ降れ!と願ってしまうのも仕方ないことだろう。


  どこまでも広がる畑に視線を向け、満足げに笑みを浮かべる。こんなにも広大な土地を手にいれるのにどれだけの時を過ごし、どれだけの苦痛に耐えてきたか。一代で築き上げた自らの栄華を守り抜きたいという思いはひとしおだ。


カロリーナでも知らぬ者はいない大屋敷にヒップスはいる。自室でゆっくりと苦味の強いコーヒーを飲んでいるところに訪問者が。

 ヒップスの邸宅にはお手伝いがいない。厳密にいうといないのではなく、すぐに辞めてしまうのだ。もちろん理由はヒップスの傲慢さと厳しさで、だ。


 ヒップスはお手伝いがいないことに多少後悔しつつ、重い腰を上げて玄関の扉を開けにいくと見えたのはまたいつもの人物だった。本当にしつこく、軽薄な人物だ。

「・・・何をしに来た?またこの宝玉を譲ってくれと頼みにでも来たのか?」


 ヒップスは訪問者を見るや否や、ため息交じりで嫌味っぽく言った。


「ヒップスさん、頼みますよ。その宝玉こそ世界十玉の一つでしょう?いくら積めば譲ってくれますか」

 カロリーナのギルド長であるブライアンが訪問者だった。何度この屋敷に足を運んできたのか。ヒップスが留守にしている時に何度も訪問してきたという。その熱意の中にはどす黒い欲望が滲み出ててヒップスはブライアンを強く嫌悪していた。


「お主もわからぬ奴だな。何を言われても譲らんと言っておるだろうが!」

 意思は変わらない。これまでもこれからも絶対に。

 ビブルノ―スはヒップスの家系が代々受け継いできた宝玉で、

 それでもこのように頑なに宝玉を譲ろうとしないヒップスに苛立ちを溜め込んでいた。

 その苛立ちがあんな行動を起こさせたのかもしれない。


 ・・・私はギルド長だ。何故貴族風情に頭を下げなければならない・・・

 ・・・ただ、こいつが持っている宝玉は喉から手が出るほど欲しい・・・

 ・・・早く、どうにかして、あれを私の手に・・・


 その時、ブライアンの心の中にどす黒い感情が生まれた。それは形容し難い初めての感情だった。

 気付けば傍に置いてあった銅製の置物で何度もヒップスの後頭部を殴りつけていた。

 血みどろになる自らの手のひらを薄い笑みを浮かべながら見つめるブライアン。


「くくく・・・そうだ・・・最初からこうしておけばよかったんだ。私が馬鹿だったよ・・・これでこの宝玉は私のものだ・・・」


  ビブルノース。どんな金属よりも硬質な宝玉。売ればこの世界にあるものが大抵買えると言われている代物で、世界十玉と呼ばれる神話級の宝玉の一つだ。謎が多く、解明できていない特殊な魔力を宿すとも噂されている、とにかく貴重な宝だ。


  ふと我に返るまでにおおよそ一時間の時が必要だった。

ブライアンにとって幸運なことにヒップスの部屋には誰も来なかった。ヒップス以外の人間がこの屋敷の中にはいないとブライアンは知らないため、自分は運がいいと思ったのだ。たとえ人がいたところで姿を見られていないブライアンが訪問してきたとは誰も知り得ない。


いつかは殺してやろうという気持ちがどこかにあったのかもしれない。それほど清々しい心情が胸に広がっていた。




 そこからの処理はあまり覚えていない。副ギルド長であるエリックに全てを明かして、共犯関係になったことは記憶している。そして町長と副町長も手を貸してくれた。

町長の絶対的な信頼が住民にはあり、それが何もないところからの罪を生んだ。英雄であったクロはその真相に辿り着いたが、逆にヒップス殺しと強盗の罪で牢屋に入れられた。カロリーナの住民達の間でもクロの罪状に懐疑的な者はいたし、しばらくは街中の話題はそればかりだった。


・・・・・・・・・


「思い出していたのか?あの時のことを」


エリックの言葉でかつての記憶から今へと引き戻される。目尻からはじんわりと涙が浮かぶ。悲しくもないのに何故だろうか。


「あの宝玉を何故キロスの大井戸なんかに隠したのか、未だに自分の行動がよくわからん」


 深夜、住人が寝静まった時間帯に何度か大井戸へと侵入し、ビブルノースを舐めるようにじっくりと見つめたこともあった。その時はこんなことになるとは全く思っていなかった。


「あそこなら誰も見つけることはないと思ったからだろう?」

 事実、立ち入る者は限られていた。結界を張る前も訪れるとしたら物好きの

「ただ予想外にもダンジョンワームが大井戸の奥地を棲みかにしてしまったからな。」

 町長であるオルフェイは魔物には詳しくないが、ダンジョンワームの存在くらいは知っていた。非常に強力な魔物だと。洞窟や地下迷宮などの広大な暗所を棲みかにすることが多い。


「そのダンジョンワームも倒したようだがな。その侵入者」

 ノガモが口にしたことは他の三人には初耳だった。

「何?どういうことだ?」

「ダンジョンワームを殺すなど並みの冒険者には不可能だぞ?それこそA級冒険者ぐらいにならないと・・・」


  ノガモは冗談を言った様子もなく、事実だけを淡々と話しているだけだ。その事実が何故本当だと言えるのか?それは・・・


「実は俺の独断で一人の冒険者にこの魔法具を持たせていたんだ」

 ノガモは懐を漁り、目の前に手鏡のような道具を置いた。

「それは感知鏡か?周囲の生体反応を感知する魔法具じゃないか」


「これをオーバっていう冒険者に持たせてたから分かるんだよ。ダンジョンワームの生体反応が消失したのがな」

 感知鏡は周辺の生命反応を感知し、それを鏡の上に鈍い光として記録する魔法具で、主に森や洞窟内に仕掛けて生物がいるかどうかの確認をするために用いられる。今回の場合は念のためにオーバに持たせていただけだったが、上手く働いたようだった。

「ならば侵入者の生体反応も記録されているのか?」


「ああ、侵入者は三人。他にオーバ、テレス、デンスケの生体反応があった。まあオーバの反応は消えたからおそらく魔石を使ったみたいだがな」

 

「なんと!魔石を持たせていたのか?」


「ああ、もし結界を破って大井戸の奥まで辿り着いた者がいれば使うように言っていたからな。おそらくではあるが使ったんだろう。現場の状況を見ればそれはすぐに分かる」


 ノガモは何の罪悪感も抱いた様子もなく、そう言った。まあ罪悪感なんてものを持ち合わせているのなら、英雄クロを貶めるのに加担などしないだろう。オーバはノガモにとってただの駒でしかなかった。はいはい、と否定することなく承諾の返事をする使い勝手のいい駒だった。


  もちろん他の三人もノガモの行為について咎めることはない。むしろ良くやった!と称賛しているくらいだ。彼らにとっては冒険者など羊皮紙一枚よりも無価値なものである。


  それにしても同時に侵入したという他の連中が魔石の爆発によって命を落とさなかったことが信じられない。魔石の大きさから爆発の規模を考えると大井戸の半分以上は吹き飛ぶと予測されるが、犠牲者を見る限りそうはならなかったということだろう。


  それぞれの頭に浮かんだその疑問は一度棚に置き、できることといえばテレスらの召喚だ。

「よし、まずは生き残ったテレス、ならびにデンスケに話を聞かなくてはな?」


 そう呟いたブライアンの瞳は暗く淀んでいた。この世に生きている者とは思えないほどに。









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