ノイズ エルフォース
寝相の悪さは一級品。体は動かなくても心は元気なタケミカヅチを見舞いながらミミはこれからのことを考え始めていた。
ミミの手には大井戸にいたダンジョンワームの身体の中から出てきた宝玉がある。手の平くらいの大きさで光輝くというより鈍光を灯しているような感じだ。
オリハルコンとアダマンタイト、そしてグリーンダイヤモンドという三種類の物質が合わさって構成されている。強度は並大抵ではなく、凡人には傷一つつけられない代物になっている。というのもリリフが鑑定できるそうで成分の分析を行ったところ、物質の構成が分かった次第だ。
「これ何なんだろう?あのおじさんが言ってたクロの盗んだ宝ってやつかな……?」
ミミは独り言を呟く。誰に伝わるわけでもないが、何故だか自然と口から漏れていた。
こういう高価な宝石類には疎いし、興味もないので、この宝玉がどれだけの価値があるのかさえ分からない。
そうやって、にらめっこをするように宝玉をじっと見つめていると部屋の扉が開いた。
あ、言い忘れていたけどここはキロスの宿屋。今のところ最も安全な場所。
扉が開いて入ってきたのはリリフだった。まあこの部屋に入ってくるのは彼女、もしくは隣部屋でシルビアを看病してくれているビルとシウラの夫妻くらいだ。
「どうですか?タケミカヅチ様の様子は」
リリフは赤桃が入った籠を脇にある小さな机にそっと置いた。
「相変わらず気持ち良く寝てる。そっちはどうだった?」
「キロスではさほど変わったことはありません。ただカロリーナから来た冒険者が話しているのを小耳に挟んだところ、やはりカロリーナでは大井戸の件は騒ぎになっているようですね。」
「うわ、もう広まってるんだ。ミミ達が大井戸の芋虫を倒したの」
「詳しくはわかりませんが、大井戸に侵入した者がいるというのは把握しているみたいです。おそらく結界が破られたのを認知したからでしょう」
「破られたら自動的に知らされるシステムだったのかも」
「あり得なくはないですね。またはテレスとデンスケに何かあったか……」
「ど、どうしよう……そうだとしたら結構ヤバイ状況なんじゃ……二人はカロリーナに戻ったんだよね?」
二人に思い入れがあったわけじゃないが、僅かな時間だが共に戦ったのだ。目覚めの悪い最期は迎えてほしくはない。
「ええ、二人はカロリーナに戻りました。ギルドに寄ってすぐに依頼をやめる旨を伝えるとおっしゃっていました」
ミミは自分にしては珍しく考え込んでいた。
「……一度カロリーナに向かうべきかもしれませんね」
しかしすぐにリリフが提案してきた。まさにその提案にミミは賛成だった。
「タケミカヅチ様はどうしよっか?」
「ビル様とシウラ様に任せたいところですが……お二人はシルビア様の看病を頼んでいます。これ以上の負担はかけられません。なので……」
「なので?」
「召還獣を使いましょう」
リリフはそう言うと両手を胸の前で合わせ、静かに目を閉じた。
薄緑色の粒子が体内から漏れ出て、生命体を形作る。
それはとても綺麗な光景だった。一般の魔法使いが召還魔法を使ってもこうはならない。改めてリリフが行使する魔法の美しさにミミは舌を巻いた。
現れたのは透き通るくらいに薄い羽を持つ妖精だった。大きさはこれまた手に乗るほど。
「ルーナ、タケミカヅチ様の守護、頼みますよ」
「はい、お任せください!」
ルーナと呼ばれた妖精は深々と頭を下げた。やる気満々といった感じの妖精は可愛らしかった。
それからリリフとミミはカロリーナに向かうため、キロスの宿屋を出た。
見上げると薄暗くなった空が広がっている。二人は気にすることなく、カロリーナの道のりを歩いていった。
カロリーナに到着した時には空に星々が輝いている時刻になっていた。この程度で疲労を感じるほどではないが、行動するにしても日中でないと意味がないだろう。リリフとミミはそれからカロリーナの中央広場にある宿屋の一つに泊まった。キロスと比べれば広さや質に雲泥の差がある。宿泊費が高いだけあって、やはり過ごしやすい。
二人はすぐにベッドに入ってぐっすりと眠りについた。
朝日が顔を出して、小鳥のさえずりが聞こえてくる。その安らかな音でミミが目を覚ますと、リリフはもう支度を終えていた。
「あれ?早いね、なんかごめんなさい」
「いえ、全く問題ないですよ。私が早すぎるだけなので」
その自覚はあるようだ。決してミミが寝坊しているわけではないということは言っておこう。
それにしても……
起きてからそう時間は経っていないはずなのに儚げで美しい顔をしている。同性のミミでさえ思わず見惚れてしまうくらいだ。
ミミはリリフがどういう人物なのか、未だに分かっていない。そりゃあまだ会って間もないのだから仕方ないのだけれども、それでも理解したいという気持ちは持っている。ただやはりリリフはエルフ族だ。エルフはあまり他種族と友好的な関係を取らないと聞いたことがあるし、何よりもタケミカヅチの神下のなかにいるエルフ族もあまりそういった関係を取っていない。そう考えるとやはりこの話は信憑性がある気がする。
今すぐに!というわけではなく、長い目で見て仲良くなれればいいかなとミミは楽観的に考えることにした。
まずは目の前の問題に取り組もうと気持ちを切り替える。
支度を終えた二人は宿屋を出て、中央通りをただひたすら真っ直ぐに歩いていく。朝早いのに多くの冒険者や商人が通りを埋め尽くすように歩いていた。
耳を済ませると至るところから聞こえてくるのは大井戸の化け物の話だ。
ダンジョンワームがキロスの大井戸に住み着いていたという事実はカロリーナの冒険者には驚きだったようだ。知らなかったことにミミは驚きを隠せない。それとも噂としては聞いていたけどまさか本当に棲みついているなんてといった感じだろうか。
そんな魔物を倒した奴がいるらしいぞという声も多く耳にした。誰なんだ?と憶測が飛び交っていたが、答えを導き出すのは難しいだろう。倒したのは冒険者ではないし、ましてやこの世界の人間ではないのだから。
中央通りで最も大きく目立つ建物として冒険者ギルドがある。
ギルドの前はより多くの冒険者がたむろしていた。気のせいか殺気だった様子を醸し出しながら、独特の雰囲気を発している。その場は空気が違った。
昨日、大井戸の前で出会ったテレスやデンスケも今思えばこういう空気を纏っていた気がする。要するにナメられないように気を張っているのだ。自分を大きくして見せないと冒険者としてはやっていけないのかもしれない。
ギルドに来たはいいものの、テレスとデンスケの姿はない。ギルド内部にいるのだろうか?クエストを受けるとは考えにくい。昨日、何もかもが終わったあとにしばらくは休みかぁと呟いていたし、昨日の今日で新たな依頼を受ける気力はたぶんないだろう。
淀みない歩調でリリフはギルドの門を潜り、中へ入った。ミミもそのあとに続いた。
広々とした空間で天井も吹き抜けになっており、青い空に流れる白い雲が目に入る。今日は気持ちがいい晴天だ。
空間の両側にソファと低めのテーブルが設置され、休憩ができるスペースとなっている。今もまさに多くの冒険者がそこで座って話をしていた。ガハハハと笑い声を上げたり、コーヒーのような飲み物を飲んだいたりと自由に過ごしている人が多い。こんな朝早くから依頼を受けるのだとしたらご苦労なことだと思う。
「見当たらないですね」
「うん、いないみたい」
周囲を見渡してもテレス達の姿はない。まあ依頼を受けないのにギルドに来るなんてことはないだろうけど。一応確認はしないとね。
リリフはそのまま受付へと赴き、テレスについて尋ねた。
「すみません、今日、もしくは昨日の間にテレスさんを見ませんでしたか?」
「テレスさん、ですか?たぶんギルドの方に顔は出してないと思いますよ」
受付の若い女性は少しの間、思い出すように唸っていたが、やっぱり来ていないとリリフに伝えた。
どこかの宿屋に泊まっているのだろうか?それともカロリーナにしっかりと家を持っているのだろうか?いや冒険者なのにそれはないかな。
そこのところをもう少し聞いておけば良かったとミミは今更ながらちょっぴり後悔した。もちろんそんな暇はなかったから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。
二人がギルドから引き返そうとするとリリフの言葉に耳を済ましていたのか、眼鏡をかけた見た目が見るからに優男な冒険者に話し掛けられた。どこの種族の血も混じっていない生粋の人族で年齢はおおよそ二十五ほど。正直な印象としてあんまり強そうじゃない。身体が細くて筋肉が出来上がっていない。本当に冒険者?と疑ってしまう。
「君達はテレスを探しているのかい?」
警戒させないように優しい印象を与えようとしているのか、声色が弱々しい。
「ええ、テレスさんに渡したいものがありまして」
リリフの表情や態度は至って普通に見えるが、内心は信用ならないと思いながら優男を見ている感じだ。実際にミミ自身がそうだった。
「テレスがどこにいるかなら分かるよ。付いてきて、結構近くだから」
ミミは困惑した様子を見せる。まあわざとですよ?
それを察して、優男は慌てて自己紹介をした。
「ああ、そういえば名乗っていなかったね。俺はノイズ。ノイズ エルフォース。冒険者だ」
でしょうね。冒険者じゃないのにギルドに用があるんだとしたら物好きな行商人かなにかになるだろう。
「リリフと申します」
「・・・あ、えっと、ミミって言います」
ノイズの後ろに数人の冒険者の姿がある。おそらくパーティなのだろう。人数は一、二、三・・・ノイズを合わせて六人だ。
どの人物も顔に傷があったり、目付きが殺伐としていたりとそこら辺の村人とはかなり風貌は異なっている。
「・・・後ろにいるこいつらは俺の仲間だ。まあパーティといった方が分かりやすいか。サラマンドラってパーティ・・・聞いたことないか?」
あるわけないじゃん。でもこの街では有名なのかもしれない。じゃないとこんなに自信満々にパーティの名前を発表しないだろうし。
「申し訳ないです。この街に来たのはつい先日のことなので、色々と知らないことが多くて・・・」
「お?それは俺達がこの街でしか有名でないと?おお?言ってくれるねぇ、嬢ちゃん」
背後にいた大柄の男が強烈な視線で睨み付ける。怒りの沸点が低すぎる気がする。一発殴り飛ばしたい欲求がミミのなかに膨れ上がる。
しかしそうはならない。このパ―ティの隊長であろうノイズが制するように口を開く。
「やめないか、ボルボ。この街以外の人々が知らないのも無理はないだろう。我々の活動拠点はカロリーナだ。そこを離れれば自ずと認知度は下がる。考えればわかるだろう。・・・申し訳ないな、うちの仲間が」
「いえ、問題ないです。私の方も勉強することが多いみたいです」
そう言ってリリフは綺麗なお辞儀を見せる。ノイズも、そして他の仲間達も揃って驚いた顔を表に出す。
ミミには到底真似ができない礼儀作法だ。最上級神下になるには力だけではない他の要因もあるのかもしれない、と初めて思った。ただ同時にタケミカズチ信仰の最上級神下のことを考えてみたら、ただ一人納得できない者がいて、そこが気になって気になってしょうがなくなった。何故あの人は最上級神下になれたのだろう。奇しくもその人物はリリフと同じエルフ族だった。ミミとその人物は犬猿の仲でタケミカズチも天界では苦労していた。ミミも周囲に悪いとは思っていたが、どうも性格が合わないのだ。
・・・・・とミミは心の脱線を直しながらリリフの動向を見守る。ここは全てリリフに任せた方がいいと判断した。ミミも将来はこういう大人な対応もできるようになりたい。
「・・・それでどうだい?テレスの場所に行くかい?」
リリフは一瞬ミミの方に視線を向ける。
アイコンタクト・・・情報がない今、この話に乗った方がいいだろう。罠である可能性も十分あるが、様子を見てみよう。例え罠であっても何かしらの情報は手に入るかもしれない。
目を合わせたほんの一瞬でミミが感じ取ったことだ。
その選択に同意する、と言うばかりにミミは一つ頷いた。
「はい。テレスさんの場所に案内していただけるとありがたいです」
ノイズは小さな笑顔を浮かべた。
「よし!じゃあさっそくそこに向かおうか」
冒険者六人とリリフ、ミミはカロリーナを出発した。テレスとデンスケの両名はカロリーナにはいないらしい。街を出て、向かったのは北に聳える山だった。




