レモンネークに行こう。
レモンネークの町の統括は一切を城塞都市ノームが請け負うことになった。それはごく自然な流れであり、そうして欲しいという声が住民から多かったのが最大の理由だった。
レモンネークの責任者として任命されたのはウィーランド。その他にウィーランドと共にレモンネークへと来た数十人の神下達がそのまま滞在することになった。彼らが中心となって、崩壊したレモンネークの街並みや組織体制を復古させようという狙いだ。ただし唯一の懸念はウィーランドからタケミカズチのもとに入った連絡だ。アスモデウスとの邂逅だ。まさかアスモデウスのようなクラスの魔人が下界に降り立っているとは想像すらしていなかった。正直アスモデウスを倒すにはタケミカズチ、または最上級神下の力が必ず必要となる。
「よし、私も頑張ろう!」
そう誓ったミミは今、レモンネークに向かっていた。それはウィーランドの補佐をするようにタケミカズチから直接任命されたからだ。
レモンネークにはウィーランドしか一級神下がいない。魔人に勝ち得る戦闘力としては少し不十分だと判断したようで、ミミを抜擢したということだ。
「どうやったらあんなに強くなれるんだろう。ミミはリリフさんやアルミラみたいに魔法は使えないし、ジーノ様みたいに頭も良くないし、う~ん・・・・・難しい・・・・」
ミミの悩みはもっと強くなるにはどうしたらいいかというものだ。おそらくたいていの人がもう十分強いではないかという感想を持つだろうが、ミミ自身は自らの上にいる存在だけに目を向けている。
最上級神下。それは神に最も近き存在。そしてその中でも武神タケミカズチの最上級神下は別格。それは戦闘力が別格ということ。本気を出した場面を見たことはないのだが、垣間見える力だけでその化け物具合が分かる。
あんな風になるには元々の才能が物をいうのだろうか。
そうなると自分には絶対に到達できない地点だということになる。・・・困る。そうなるとただただ困る。
チュチュにも話してみたが、分かんないという一言で終わった。私はそこを目指していないとチュチュは言っていた。じゃあ神下として何を目指すの?という質問をすることはできなかった。それが何故だかは自分でもよく分からない。ミミの中にある何かが崩れてしまいそうな予感がしたから、のような気がする。
そんな自分の思考に耽っていると気付けばレモンネークの門が見えてきた。
門を潜るとレモンネークの住民と思われる人々が懸命に崩壊した家屋の瓦礫を掃除しているところが目に見えた。そんな状況を横目に見ていると何やら見たことのある顔を発見した。
「あれ、イーノス?何してるの?」
「ん?おお、ミミ!何でここに!・・・いやそういえば来るとなんとか聞いたような気もするな・・・まあいいか。ああ、今俺が何やってるかだって?そりゃあ復興作業だろうが。この現状だからな。まだまだ時間かかるぜ。」
イーノスはタケミカズチ三級神下の一人で、大柄で髭面の男。人族であるが、巨人族に間違われることがあるくらいの巨体だ。こういう力仕事にはうってつけだろう。
「そっか。あ、そうだ!ウィーランドはどこにいるの?」
「ウィーランド様なら中央広場じゃないか?」
「ふーん、この道真っ直ぐ行けばいいの?」
「ああ、それで問題ない。」
「わかった。ありがとう。」
「あ、ミミ!」
「なに?」
「ここ最近、ノームの統治に反発している住民が集団をつくっているようでな。今のところ、目立った動きはないが、少し気に留めといてくれ。」
「うん、わかった。情報ありがとう。」
ノームの統治に反発っていうのはどういう精神状態ならば起こり得るのだろう。手を差し伸べてあげたにもかかわらず、不満を感じるなどあり得ない。ミミは少し苛立ちを覚えた。
中央広場に向かうとイーノスが言っていた通り、ウィーランドの姿があった。
相変わらず仮面を被り、顔が分からないので異様な雰囲気を醸し出している。まあ喋ると変わった人って感じは受けないけど。
「どうも!ウィーランド!」
「ん?ああ、ミミか。随分早い到着だな。」
「うん、超特急で来たよ。」
「ありがたい。ただちょっと問題があってな。」
「あ、ノームの統治に反発してる連中がいるってこと?」
「ああ、聞いていたか。」
「うん、イーノスからね。どうするの?ぶっ飛ばしちゃう?」
「賛成ではあるが、奴らの詳細を知らない限り、動くのは危険だ。裏で魔人が糸を引いている可能性も少なからずあるからな。」
「アスモデウスみたいなのがいたらさすがに手に負えないしね・・・」
ミミは苦笑する。アスモデウスとの接触について聞いたときは正直冗談かと思った。そんな凶悪で強力な魔人が下界に降り立っているなんて考えもしていなかった。上位魔人に位置しているが、その中でも別格の強さを誇っており、天界でも要注意人物として数多くの天神からマークされていた。もちろんその中にはタケミカズチも含まれているため、ミミもアスモデウスの怖さについては重々承知している。勝てる、と思うほど愚かじゃない。今の自分では歯が立たないだろう。
「反発している奴らは北区の石柱街ってところを根城にしているらしい。」
「へえ、それが分かってるなら話は早いね。」
「ああ、私はここを離れられないからあいつを連れていくといい。」
そう言ってウィーランドが指差したのは長髪を後ろで留め、ポニーテールにしている女性だった。淡い紫紺の髪色は非常に美しく、思わず目に留まるほどだった。彼女はミミもよく知っている女性だ。
「リューナもここに来てたんだ。」
「はい、ミミ様。今回はよろしくお願いします。」
「うん、頑張ろう。」
二級神下に上がったばかりで気合の入っているリューナ エルゼオン。エルゼオンは天界でも名の知れた結界魔法の名家だ。タケミカズチの神下になったのはエルゼオン家のなかで唯一リューナだけである。
他の者達は異なる天神を崇拝しており、リューナとは今現在かかわりを持っていない。仲が悪いとか、対立しているとか、そういった類の揉め事があるわけでもない。ただ単に崇拝する神が違うと自然と疎遠になったというだけだ。
「リューナは根城になってる場所が分かるんだよね?」
「はい、正確に理解しています。調査をしたのも私なので。」
「あ、そうなんだ。じゃあ問題ないね。早速行こうか。」
リューナの年齢は二十八歳。人族であるかられっきとした大人である。ミミよりも年齢が上だが、神下としての年月や地位の差でリューナはミミに対して敬語を使っている。それも珍しい光景ではない。ミミに敬語を使う者は多く、それに違和感を抱くような小心者は神下の中にはいない。
リューナと共にミミはレモンネークの北区に向かった。街はほとんどが崩壊しており、数日前の悲惨な過去が刻まれているようだった。ただの動物にはできない所業だ。この有様は相当数の巨大な魔物でないと歩可能であろう。人の魔法でも可能であるが、そうなると膨大な魔力が必要になるので考えにくい。
「リューナはこの世界には慣れた?」
「そうですね、最初は戸惑いもありましたけど、すぐに慣れました。タケミカズチ様に直接呼んでいただいたので、甘えなど言っていられませんしね。」
「その意気だよ。まあでもそんな根を詰めても仕方ないからね。休み休みやりなよ。」
「はい、お気遣いありがとうございます。」
リューナは終始緊張しているようだった。ここは先輩として何か気を使った言葉が必要dろう、とおもったのだが、いかんせんそういう言葉を思いつくほど大人じゃない。
うん、それで失敗するのは嫌だから今はやめておこう。
二人は中央区を抜けて帰宅へと辿り着いた。
北区は中央区よりも被害は少ない様子だった。でもゼロというわけじゃない。魔物の爪痕は確実に残っていた。それも魔物のレベルは周辺の森や山にはいない強さだ。被害を見ただけで分かるのはミミが優れているからではない。タケミカズチの神下ならば地位にかかわらず、それくらい出来なければ神下失格だという暗黙の了解があるのだ。なのでもちろんリューナも判断できる目を持っている。
「ミノタウロス、キマイラ、ウィズダムゴーレム・・・ここら辺にはいない魔物が随分暴れまわったみたいだね。」
「はい。天界から召喚したようですね。私が倒した魔物の数が三十八なので、その何十倍もの魔物がレモンネークにいたみたいです。」
「この町だけじゃないんだろうね。他の国にもこういうところが増えてるんじゃないかな。」
北区の石柱街に入るには古びた巨石で造られた石門を潜らなければならなかった。町の中にもう一つ小さな町がある感じは何だか異様だった。話によると以前から石柱街はレモンネークの統治の仕方に反発を強めていたらしく、折り合いが悪かったとのこと。
上手く石柱に隠れながら移動していると、石柱街に入って初めて人の姿を確認できた。誰が反乱分子なのか確実に判断することはできないので、念のためだ。
「あそこが根城です。」
「あれは・・・地下への入り口、に見えるけど。そうだよね?」
「はい。あの下は普段は物置に使われているそうなんですが、中はかなり広いそうです。」
「じゃあどうしよっか・・・・入れてって言ったら通してもらえるかな?」
「難しいかもしれませんね。でもやってみる価値はあります。危険ですけど・・・」
「あははは。難しいことやるよりも全然良いよ。」
ミミとリューナの二人は隠れずに道の真ん中を歩いて地下の入り口へと接近する。
入り口には見張りと思われる人間が何人かたむろしていた。
「あの、すみません。城塞都市ノームから来たものですが・・・少しお話をさせていただけませんか?」
「・・・それ以上近付くな!ノームだと?ということはレモンネークを新たに統治する者ということか。」
「ええ、この石柱街に住む人たちとは対話することができていなかったので代表者として出向いたのですが・・・こちらには代表者はいませんか?」
「お前らなどに会わせるものか!」
「・・・ということは代表者はいるということですね?」
・・・リューナってちゃんとしてる。ミミよりもずっとずっと。タケミカズチ様にもこの姿をお見せしたいくらいだね。
見張りの男は腰に差していた錆びついた長剣を構えた。まるで武器とは言えないその鈍らを構えて、攻撃的な姿勢を見せる男に少し哀れなように見えた。
「落ち着いてください。こちらは危害を加えようなどとは思っていません。」
「うるさい!黙れ!もうここには関わるな!くそ!」
全てを拒否するかのような態度は盲信的であり、何か裏があることを確信させるものだった。
「何をそんなに喚いている、ジェーン。」
「ロ、ロッズさん・・・」
「入れ。歓迎するぜ。ノームの人間。」
何を考えているか分からない薄い笑みを浮かべた男が入口から姿を現した。
迎え入れられたミミとリューナの目に飛び込んできたのは広々とした地下空間だった。天井も高く、魔灯の明かりも隅々にまで行き届いている。
一つの文化がそこに芽を出しているような感じだ。机と椅子がずらっと並べられており、その上には何やら膨大な資料が置いてある。
ミミが抱いていた印象とはかけ離れている。感情的にしこりを持ち、ただ単に反発を強めているのかと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
一つの街としてこの石柱街を成り立たせるために工夫を凝らしていたのが目に見えて理解できる。レモンネークへの嫌悪、そして新に統治しようとするノームの連中、彼らにとっては隔たりにしかならないのだろう。
「あんたらが俺たちを調査しようとしているのは分かってる。こっちも同じようなことをしてたしな。」
「それならば話は早いですね。私たちと対話をしてくれますか?」
「はい、いいですよ・・なんて言うと思ってないだろう?形式上で言ってるだけだろ?俺たちは自分達の町、そして国を造り上げる。お前らのような奴等に統治を任せれば仲間、家族が死ぬんだよ。」
「へえ、そういう経験があったってことだね。レモンネークの町長の判断で死んだ人間がいると?」
「ああ、そうだ。奴の選択によって父や妹が死んだ。俺だけじゃない。この石柱街に住む奴らは皆そういう経験をしてる。そういう経験をした人達が石の街を築き上げたんだからな。」
「よくここまでの規模にできましたね。その前に邪魔が入りそうなものですけど。」
リューナは純粋に驚きを感じていた。彼らの行動力というよりもそれを成し遂げられる余裕があったことに。
「・・・誰かの助力があったんじゃない?でないとさすがに無理でしょ。ギリアムが放っておくわけがないもん。」
「ふん、もし仮にそうだったとしても何も話す気はないな。」
「あっそ。なら何で私たちをここに入れたの?」
「わからないのか?そんなの決まってるだろう。」
ロッズの顔に笑みが浮かぶ。ミミの背後にゆっくりと人が集まってくる。その誰もが錆びついた金属の剣やら槍を持っていた。彼らの目は殺意に満ちていて、今にもこちらに襲ってきそうな感じだった。
「不穏だね。」
「気のせいじゃないか?」
ロッズの笑みにイラっとしたミミだったが、ぐっと堪える。自分から手を出せば正当防衛が成り立たなくなってしまう。
リューナは顔色一つ変えずにロッズに視線を向けていた。
「対話を拒否するということでいいですね?それがあなた方の意思だと上の方に伝えますが。」
「ああ、構わない。そうしてくれ・・・まあ伝えられたらの話だがな。」
ミミは背後から空気を切り裂き、硬質な何かが近付いてくるのを感じた。それを察した瞬間、流れるような動きで接近してきた剣を躱し、男の鳩尾に掌底を叩き込んだ。
「が・・・は・・・」
「お前、民に危害を加えるのか!」
ロッズが苛立ちを隠さずにミミに対して怒鳴った。
「あのね、勘違いしないでよ。ミミはあんたらを保護しようと思ってない。あんたら以外の・・・レモンネークの住民に対しても同じ思いなの。正直興味がない。タケミカズチ様の御意思があれば別だけど、今回は細かなことは言われてないから、ミミの好きなようにやるつもり。だからあんたらぶっとばす。」
「な、何を・・・こいつ、なんて自分勝手なんだ・・・」
「それあなたが言う?自分のこと棚に置かないでよね。」
リューナは戸惑いに似た表情を浮かべる。それに気づいたミミはさすがにゴメンねと一言謝っておくことにした。
自分たちに手を出してくることはないと踏んでいたロッズのあては外れてしまい、行き場のない憤りだけが心中に渦を巻いていく。ロッズは近くの机の上に置いてあった酒瓶を手に取り、地面に叩きつけた。ガラスが割れる音が地下空間に木霊するように響き渡り、その後静寂が訪れる。
酒瓶からはエールのアルコール臭が漂い、ミミの嗅覚を刺激した。お酒の匂いは正直あまり好みではない、。周りに飲む人がいないわけではないので、匂い自体には慣れてはいるが、やはり好まざる匂いであるのは確かなようだ。今、それをはっきりと確認した。
「やれ、お前ら。もう後戻りはできない!」
うおおおおおお!!!!
煩い声にかき消されたミミが放った言葉は、戻ればいいのに、だった。




