早期の決着
レモンネークの孤立から二週間。ゲシュラの襲撃から目立った動きはない。ただだからといって黙っているという選択はしない。ノームを襲撃したという事実はタケミカヅチ神下の中で決して看過できないものだった。けれども即座の報復は主であるタケミカズチからストップの声が掛かり、行動することができずにいた。腹の中では怒りが沸々と湧き上がるのを抑えることができない神下達は森に入り、害獣となる魔物をこれでもかと駆除していくことでその怒りを発散させていた。
だがようやくタケミカズチの許可が下りたため、こうして多くの神下達が広場に集まった。
列をなす神下の数は総数二十五。一見少ないように見えるが、一人一人が途轍もない強さを誇っている。
その集団をまとめ上げているのは赤い絵の具で奇怪な文様が描かれた仮面を被った性別不明の人間。かつて天界の辺境にひっそりと住んでいた仮面族の唯一の生存者で、タケミカズチ一級神下の一人・・・・
「・・・・私がこの壊滅作戦の指揮を執るウィーランドだ。よろしく頼む。」
名乗らなくてもこの場にいる者のなら誰しもが間違いなく知っている存在だが、一応形式的にウィーランドは名乗った。
「ようやく愚かな屑どもに報復する機会が訪れた。タケミカズチ様の許可が下りた今、遠慮をする必要は全くない。この神聖なる地を踏み荒らそうとした報いを受けさせる!殺すことを厭うな。」
ウィーランドの言葉を聞いている者達全員、目つきの鋭さが増しており、空間が歪んでしまうのではないかと思うほど殺気が溢れ出ている。
「ただしレモンネークの一般市民に対しての殺戮は控えるようにとのことだ。これは私の判断ではない、タケミカズチ様のご判断だ。それを忘れないように。」
タケミカズチ様のご判断ならば無視することはできない。無視をすれば最上級神下から殺されるのは目に見えている。
「では心してかかれ。」
「はっ!!!!!!」
リリフの転移魔法によってモンネーク東の森へと移動した集団は歩いてレモンネークの大門まで辿り着いた。ひっそりと静まり返っており、活気などまるでない。
しかしそんなことは関係ないし、意味を持たない。ただ重要なことはここにいる新たな町長に報復することだけだ。
ウィーランドの合図の元、神下達は待ってましたと言わんばかりに一斉に走り出した。
つい最近造られたのであろう堅牢な大門は決して開くことなく、ウィーランドらの前に立ち塞がっている。
「ここは俺に任せてくれ。」
走りながらそう言ったのは二級神下のブロス。天界のゲアテトラス山脈を支配していた山賊の王だった人物で、二振りの斧を装備しているのが特徴だ。
彼の種族はドワーフ。魔物に属するが、人間に近い知能を有しているとも言われている。
「レヴァナント アッシュ!!」
ブロスは両手に持っていた斧を大門に振り下ろした。鋼鉄の大門は轟音と共に爆散した。さすがはブロスだ。一ミリも心配する必要がない。
煙が上がる中で速度を緩めることなく、神下達はレモンネークの町内へとなだれ込んでいく。
町の中に人影はなかったが、その代わりに魔物が跋扈していた。社会性などまるでなく、自由に動き回る魔物は突如として獲物が現れたと思っているのか喜びの感情を爆発させたかのように跳び回っている。
コロスコロス、クウ、クウ。
人間の言葉を学習したのか、時折そういう言葉を発して不敵な笑みを浮かべた魔物キングコングは巨大な腕をぶん回して襲ってくる。
キングコングは猿王とも呼ばれ魔物の中でも図体がでかく、筋力も優れており、町を一つ崩壊させることもあるほどで、地方によっては天災、厄災などとも呼ばれている。
それが見たところ十体以上は町中を歩いている。常識的に考えればあり得ないことだ。だが魔人ならば街をそういう環境に変えることは難しくないだろう。
振り下ろされた拳はウィーランドのすぐ上でピタッと止まった。震える腕からは今もウィーランドを潰そうという意志が感じられる。
「どうした?コロスのではなかったのか?」
これ以上動かない腕にキングコングはパニックになって、顔を紅潮させる。
「無駄だ。動きを封じた。お前は一生自由に動き回れない。私は傀儡師。全てを自由自在に操る事ができる。」
ウィーランドは手を細かく動かした。すると呼応するように目の前のキングコングは態勢を変えて他の個体へと一直線に向かっていった。同志だと思っていた個体に突然殴り飛ばされる気持ちはどんなものなのか想像するのは難しい。ただ一つ物語っていたのは殴り飛ばされたキングコングの瞳に宿る光が揺らいだことだ。
それをきっかけにキングコングの内紛が始まり、泥沼の内乱が開始された。
知能の低い魔物は扱いやすい。ウィーランドは薄い笑みを浮かべながら、町の中を進んでいく。
「ウィーランド様、飛ばしていた白鷺が戻ってきました。」
「どうだった?」
「やはり町の中に人の姿はないようです。いるのは魔物だけのようです。」
「町長が潜んでる場所は確認できたか?」
「町長会館という建物がある場所はここから五キロほど北西に行った場所ですね。」
「わかった。そちらに向かうとしよう。」
進み始めるウィーランドのもとに念波が送られてくる。
誰だろうと訝しむウィーランドだったが、聞こえてきた声ですぐに誰だか理解した。
「ガルマか。どうした?」
「どうしたじゃない。攻め入るときくらい連絡をよこせ。」
「ずいぶんな口の聞き方だ。まあいいが・・・お前たちは今、レモンネークにいるのか?」
「そうだ。ただ端も端。レモンネークの外れだから中心部まで行くのに時間は掛かるが。」
「お前らは三人だったか?」
「ああ、そうだ。」
「なら中心部まで来てくれ。まあ面倒なら来なくてもいいが。」
「行くに決まってるだろ。この念波はそっちに向かうことを伝えるためのものじゃない。連絡をしない抗議の念波だ!」
ガルマは不機嫌な様子で念波を切り上げた。
二級神下のガルマと一級神下のウィーランドでは地位が違うため、普通ならば敬語を使うべきなのだが、ガルマは何故かウィーランドに対して敵意を持っているのかいつも無愛想だ。
「ふう、荒れてるな、いつもの如く。」
「ウィーランド様?」
「ああ、念波が来たんだ。今終わった。進もうか。」
ウィーランドが先頭に立つタケミカズチ神下の集団は迫り来る魔物を次々に薙ぎ倒して難なく町長会館へと到着した。
◇◆◇◆◇
ウェルバックは町長会館の一室の窓から外に広がる光景を見下ろす。そこには見慣れない敵意を全身から発している存在が多数いた。ここまで来たということは道中の魔物の群れを倒してきたということ。それを考えるだけでも中々骨のある者だと予想できる。
「まさか・・・ゲシュラが向かった城塞都市ノームの奴らか?」
ゲシュラが殺されたのは感覚で理解できた。近辺の魔人の魔力が消失するのを知覚した。この周辺にいる魔人はゲシュラ以外にはいないはずだから、消失したのはゲシュラに違いない。そしてゲシュラを打ち倒したのは間違いなく城塞都市ノームの人間だ。
「丁度いい機会だ。魔人の本当の恐ろしさというものを教えてやるか。」
ウェルバックとゲシュラでは魔人としての格が違う。能力が桁違いなのだ。下級魔人と中級魔人の差は想像以上で、下級魔人を倒せたからといって中級魔人を倒せるかというとそんなことはないのだ。
ウェルバックは町長会館から外に出た。ガチャっと扉が開いて、ウェルバックが姿を現しても即座に攻撃してくる者はいない。よくわかっているようだ、さすがは町長会館までたどり着いた猛者達だ。ここでむやみやたらに攻撃してくるようなら底が知れるというもの。
「お前がレモンネーク新町長を名乗っているウェルバックか?」
「いかにも。お前たちは何だ?城塞都市ノームの人間だと予想したのだが。」
「ほう、よくわかったな。報復をされる自覚があったのかな?」
「できるものならやってみろ、と言わせてもらおうか。」
「・・・ウェルバック、お前は魔人なのだろう?レモンネークを支配したのは何故だ?」
「そんなことを聞いてどうする?」
「これからお前は死ぬんだ。死んだら聞けなくなるだろう?」
「はっはっはっ・・・愉快な冗談を言うのが好きなんだな。いいだろう、冥土の土産に教えてやろうか。天界の魔人族は下界全体を支配し、この下界を天界と同等の力のある世界へと確変するのが目的だ。俺はこのナバール連合を支配する役目を負って天界から降りてきたんだ。」
「天界と同等の世界?魔人族は天神様方を倒せないと諦めていると思っていたが・・・まさかそんなことを企んでいたとは。お前達魔人族は天界最強の種族だ。その自覚を何故持たない?」
「自覚だと?天界最強の種族である我々を苛んできたのはどこのどいつだ。天神の奴らだろう?奴らが頂点にいる世界などゴミ同然。必要のない世界だ。ただ、我々にはまだ天界を壊す力はない。そして天界を滅ぼし、造り返る・・・それは天界にいては決してできぬこと。だからこそ魔人族はこの下界を我がものとし、力を蓄えようとしているのだ。」
「下界にお前らの言う力というものがあるのか?」
「くくく・・・無知な天界人ほど滑稽なものはいないな。それを説明するのは長くなる。正直言って面倒だ。冥土の土産はもう十分だろう?」
魔人ウェルバックは魔力を解放する。辺り一帯に並々ならぬ重圧が押し寄せてくる。
ウィーランドの背後にいる神下達は戦闘態勢に入ったが、すぐにウィーランドに制止される。
「お前たちにもやらせようと思ったが、気が変わった。私も馬鹿にされたままなのは多少気分が良くない。」
神下達はそれぞれ目を合わせてから抜いた武器をそのまま収めた。
「一人でやる気か?全員で来てもいいんだぞ?」
どす黒い魔力を放ちながら侮蔑な笑みを浮かべたウェルバックにウィーランドは何の反応も示さない。ただ目の前の魔人を殺すことだけを考えている。ただ油断をすれば返り討ちに遭う。魔人族の力はそれほど脅威に満ちているのだ。
「ロックブラスト!」
最初に攻撃をしたのはウィーランドの方。初手は慣れない魔法で攻撃を仕掛けた。地面が削れ、数十個の鋭利な岩がウェルバックに向かって飛んで行った。が、魔人が纏う魔力の前に無力化され、尖った岩石は何もなかったかのように消失した。
「そんな魔法で倒せると本気で思っているのか?」
「別に思っていない。まだ魔法は終わっていないしな。・・・ロックアンホール。」
地面が大きく揺れ動くと同時にウェルバックの足元の地面が陥没し、落とし穴のような空間が生まれる。
「ほう?」
底が見えない落とし穴。ウェルバックは落ち続けながら上を見上げる。光は差すことなく、粘土状の土が落ちてくる様子が見えた。
土魔法スロードローをウィーランドは行使したようだ。生き埋めにしてどうするのか、意味があると本気で思っているのか甚だ疑問だ。
「つまらない魔法で時間稼ぎか?舐めるなよ、雑魚。」
突如として地中が爆発し、岩石や土砂が弾け飛ぶ。ぽっかりと空いた穴からウェルバックが姿を見せると、すぐさまウィーランド目掛けて飛んできた。
「防壁魔法ミカエラオリジン。」
「防壁など俺の前では悪あがきにもならんぞ。」
魔人の魔力が滾る拳がウィーランドの展開した防壁を容易く突き破った。
「ふん、もろい!お前がこの中で一番強いのだろう?もっと俺を楽しませろ。くくく。」
ウェルバックにはウィーランドのレベルは物足りないようだ。下界では全く経験していないもっとスリリングな戦いをしたい。天界で毎日経験していたかのような。それが魔人族が生来持っている欲求だ。
「まあ腐っても魔人は魔人か。今のレベルの魔法なら余裕といったところか・・・・・・」
「何をぶつぶつ言っている。」
「いや少し本気を出そうかなと思ってな。」
「そうか、それはこちらとしても朗報だ。これで本気だと言われたら期待していた俺が馬鹿みたいだからな。」
「じゃあ行くぞ。・・・・・よし終わり。」
「は?」
「終わりだと言った。お前はもう私には勝てない。」
「なにを・・・・な・・・・」
ウェルバックは鼻で笑い、ウィーランドの発言を一蹴しようとしたが、自分の身体が思うように動かないことに気付いて、戸惑いを隠せない様子だった。
「気付いたか?今の魔乱糸が見えないようじゃ、私の相手にもならない。、魔人族も落ちたものだ。」
「な、んだと?な・・める、な!!!!」
魔人族の魔力を最大限解放したウェルバックだったが、身動き一つ取れない状態に変わりはない。
「なんなんだ!!何故体が動かん・・・」
ウィーランドは傀儡師という極めて稀な肩書きを持っている。天界ですら数えるほどしかおらず、外科医にはいない存在。ウィーランドが言うように魔乱糸に一度捕まったら最後、抜け出すことは不可能だ。それが出来得るとしたらタケミカズチらのような天神やその下に位置する最上級神下達ぐらいだろう。
「ナバール連合を支配する意思はあまり強くないみたいだ。じゃなけりゃもっとマシな魔人を連れてくるだろうしな。」
「き、さまあああああああああああ!!!」
「さっきまでの余裕はどこにいった?化けの皮が剥がれているぞ?」
「・・・・俺が負ける?まさか!この俺が?」
冷静さを取り戻したと思いきや、感情が憤怒に染まるというのを繰り返す。ウェルバックにとって初めての経験だったのかもしれない。
「あり得んあり得んあり得ん!!!そんなことがあってたまるか!俺を倒せるほどの存在がこんな近くにいるというのか!」
「最後くらい自爆して一花咲かせてみたらどうだ?ゲシュラとかいう奴と同じようにな。」
「自爆など負けを認める行為!まだ終わってはいない!負けてはいないぞ!」
眼が充血し、筋肉が破裂しそうな勢いで発達しはじめるが、やはり身動きを取ることはできない。
「もうやめておけ、ウェルバック。見苦しいぞ。」
ウェルバックのすぐ背後に黒い影が出現する。ウェルバックよりも背丈は高く、真顔でこちらを見る
「!!・・・あ、あんたは、何故ここに!?」
「期待外れだな、ウェルバックよ。お主の力を見誤っておったか。」
「・・・・・・アスモデウス・・・」
ウィーランドは大きく目を見開き、一瞬呆然とした様子を見せたが、すぐに現実に戻り、アスモデウスと距離を取る。警戒心を限界まで高めたウィーランドは後ろに控えていた神下達にも油断しないようにと声を掛ける。
「アスモデウス、あんた何でここに!?ここは・・・ナバール連合は俺が任されていたはずだ!」
「任せていた・・・確かにそうだな。だが、お主の体たらくは伝え聞いていた。ナバール連合を支配するのには力量不足だとな。」
「俺を見張っていたのか?」
「当たり前じゃろ。お主がここまで抜擢されたのは初めてなんじゃから。」
「まだ俺は負けていない!見ていてくれ、アスモデウス!」
「いや無理じゃ。お主ではウィーランドには勝てん。」
即刻、否の言葉をウェルバックに告げたアスモデウスはウィーランドの方に視線を向ける。
ウィーランドは自分がアスモデウスという上級魔人に名を知られているとは思っていなかった。アスモデウス・・・天界で轟いていた魔人族の頂点にいる三人のうちの一人だ。そんな存在までもが下界に降りてきているなんて、魔人族の本気が見て取れる。
「ウィーランドの傀儡糸は目に見えん。そして捕まれば最後抜け出すことは不可能じゃ。今、お前が動けなくなっているようにな。」
「私の戦闘スタイルを知っているとは驚きだ。」
「ははは、知らない方がおかしいだろう?あの最強の神タケミカズチの一級神下の一人なんだからな。」
冷静に考えてウィーランドではアスモデウスには勝てない。自分の戦い方を知らなかった場合、勝てる可能性はほんの少しあったかもしれないが、それがないとなるともう不可能だといってよい。
ならばどうするか。この場をどうやって切り抜けるか。
ウィーランドの後ろに控える神下達は二級神下と三級神下で構成されている集団だ。まず間違いなくウィーランドよりも弱いと言い切れる。彼等ではアスモデウスの相手にもならないだろう。足手纏いにはならない、むしろ戦闘ではプラス要因だ。しかしそれでもアスモデウスには敵わない。
「そんなに身構えないでくれ。君とここで戦おうなんて思っちゃいないさ。」
「信じられるほど私はあなたを知らない。」
「うむ、そうじゃろうな。だが、安心してくれ。タケミカズチが近くにいるのにわしが単騎で攻めても落とすことは不可能じゃ。それくらいはわしにもわかる。お主を殺せば間違いなく奴が出てきてわしを殺しに来るからの。もう少し準備が必要じゃ。この地も明け渡そう。」
「な・・・勝手なことを!!!」
ウェルバックはなおも反抗しようと試みている。煩わしさを感じたのか、アスモデウスはウェルバックにそっと触れた。するとウェルバックは突如として白目を剥いて倒れた。
「すまんの。うるさい奴で。レモンネーク、いやナバール連合からは魔人は撤退する。じゃがそれも一時のことだと思ってくれ。時期が来ればまた会うこともあるじゃろう。」
それだけを言い残し、アスモデウスは霧のように消失した。何もなかったかのような沈黙がその場を支配する。魔物の声も聞こえなくなり、空を覆っていた暗雲も徐々に晴れていき、青い空が顔を出してきた。
「終わったのか・・・?」
誰かがそう呟いたが、正確な答えを出せる者はいなかった。予想だにしない存在の登場で未だに戸惑いから抜け出せていないのだ。
ウィーランドはその中でも一人だけ冷静だった。
「とにかくタケミカズチ様へ報告だ。誰かガルマ達がこちらに向かってるはずだから連絡をつけといてくれ。」
ウィーランドはそのまま城塞都市ノームへと帰還し、他の神下達はレモンネークの探索。主に住民達に生き残りがいないかを確認することだ。
晴れた空がレモンネークを照らし出したと同時に少しずつ人影が森から帰ってくる姿が
確認された。それはレモンネークに住んでいた町の人だった。




