大井戸の大芋虫
シルビアを助け出したタケミカズチ一行はそれからキロスヘ向かうことにした。
そりゃあカロリーナの町に戻るわけにも行かない。ただの自殺行為だろう。
リリフが道を知っているので、彼女についていく。
途中馬車を見つけたが、万が一の場合があるので、決して乗らない。カロリーナの冒険者が乗っているかもしれないからだ。
キロス周辺の土地はほとんどが田んぼや畑。ここで育てられた作物がカロリーナへと運ばれる。キロスという小さな町が財政的にもやっていけているのは、この作物輸出のおかげだろう。
懸命に土を耕す農民の姿を目にして下界の環境の差を痛感する。かたや貴族として優雅に振る舞い、かたや農民として畑を耕す毎日を送っている。まあ実際にどっちが良いとか悪いという話ではないが、貧富の違いを肌で感じた瞬間だった。
「あの作物は何だ?見たことないな」
「わわわ・・・なんか可愛らしい野菜さんですよぉ」
「これは赤桃ですね。野菜というより果物です」
「へぇーおいしいんですか?」
見た目は美味しそう。甘いもの好きのミミには見逃せない代物かもしれない。
「実は私も食べたことはなくて・・・・・・」
気付いたときには立ち止まり、華やかに咲き誇る赤桃の花を見つめていた。八枚の花弁が美しく、黄色みがかった色合いに目を奪われる。
「おいよ、何だい?お前たちは?冒険者かいな」
畑で作業していた中年の男がこちらに近づいてきて話しかけてきた。農作業をする服装を着ている。周囲の田畑にも同じ服を身に纏った人達が黙々と作業をしていた。
「ああ、まあそんな感じだ」
「そんな感じって何や?はっはっは。んで、お前ら赤桃が気になるのか?」
「いや美味そうな果物だなと思って。あんたが作ってるのか?」
「おう!今年はなかなかの傑作だぜ。なんてったって色味と艶が違うな」
うーん、普段の赤桃を見たことがないからコメントのしようがない。しかし素人目から見ても形も綺麗だし、赤く熟した実は見事なものだと思う。
「ここでずっと赤桃を育てているんですか?」
「ああ、二十歳からだからもうかれこれ三十年になるか。そうだ、ちょっと待ってろい」
リリフの質問に少し感慨深そうな表情を見せたと思ったら、すぐに何かを思いつき、畑の方に入っていった。何やら
持ってきたのは三つの赤桃。
「ほらよ、これ食ってみろ。うめーぞ?」
「お、いいのか?」
「ああ、どうやらお前ら食ったことないみたいだしな。エルフは赤桃食っちゃいけねぇなんて文化ないよな?」
赤桃を食ったことないなんて人生の半分以上損してるぞと中年のケ男はラケラと笑っている。
「ええ、大丈夫です」
「兎人族はどうだ?」
「はい!大丈夫です!食べたいです!」
ミミは嬉しそうに男が手に持っている赤桃に目を向けている。
背にはいまだに目を覚まさないシルビアがいるが、ミミには全く不自由ないようだ。
「くくく、気持ちが顔に出てるな。いいじゃねぇか。ほら、やるよ」
ミミは赤桃を頬張る。果肉の柔らかさに思わず笑みがこぼれる。いやミミの気持ちはすごくわかる。タケミカヅチも赤桃をかじってみたが、これがなかなかの美味。天上界に持って帰りたい、そして天上界で育てたいと思う作物だ。
「どうだ?美味いだろ?赤桃は最高だろ?」
「こりゃあ美味いな。ミミ、どうだ?」
「美味しいです、これ!甘くて最高!」
リリフも頻りに頷いている。顔には出ていないが、彼女が美味しいと感じているのは間違いない。
エルフは肉や魚は食べず、野菜や果物が主食だったはず。そう考えると赤桃は主食のひとつになり得るであろう。
「これはカロリーナに卸してるのか?」
「ああ、カロリーナにもしてるし、キロスでそのまま売ってもいるぞ。ちなみにキロスの方が安いぞ。当たり前だけどな」
ならキロスでミミに買ってやるかと思ったが、お金の存在を失念していた。またリリフに借りができてしまう。
「あんたの名前、聞いてもいいか?」
「ああ、そういえば名乗ってなかったい。俺はダロス。キロスの副町長だ」
風格は皆無。そんな立場の人が農作業もするんですね。
というよりこっちが本業で副町長が副業なのかもしれない。キロスは小さな町らしいからそこまで町長や副町長に威厳はなさそうだ。
遅れはしたが、それからタケミカヅチは自己紹介する。もちろんリリフとミミも。
「町のほうに向かうのか?まあすぐそこだけどな」
「ああ」
「なら、くつろいでいけよ。ああ、でも大井戸にはあまり近づかないようにな。あそこには最近化け物の目撃情報が相次いでるからな」
「大井戸?」
「町外れにあるから行こうと思わないと近付きすらしないけど、一応言っておくぞ?」
「化け物が出るのか?どんな?」
「巨大な蛇みたいな怪物らしい。噂では犯罪者クロが盗んだ宝が隠されていて、それを守っているとかなんとか……ま、噂だがな」
「そうか、貴重な情報ありがとう。助かったよ」
予想もしていないところからクロという名前が出てきた。シルビアの夫であり、カロリーナ唯一のA級冒険者だとビルはそう言っていた。盗んだ宝を守っている怪物というのも引っかかる。正直怪しさしかないが、調べてみる価値は大いにありそうだ。
キロスの町はほとんどが平屋で視界に広がる空の面積が大きく、開放的だった。二階以上の建物は町に一つだけある宿屋と町長が住む一軒家くらい。
キロスの宿屋は木造の二階建てだった。広々とした空間ではなく、普通の一般家庭と同じような建物だった。一見すると宿屋?と疑問に思ってしまうほど質素で、民家のようだった。
中に入ると受け付けにいたのは優しそうな白髪頭のお婆ちゃんで親切にも湯を三つサービスしてくれた。
部屋にシルビアを寝かせてからリリフの案内でその宿屋の違う部屋を訪れる。
コンコンとノックをしたあと、リリフが名乗る。すると時間を掛けずに扉がゆっくりと開いた。
「おおお、リリフさん。あとタケミカズチさんも」
ビルとシウラは不安そうな顔を一変させてホッとした感情を見せる。タケミカズチ達が無事来てくれたことへの安堵だろう。ただそれも心からのものではない。やはり自らの家に帰れないと心からの安寧は訪れないだろう。
「どうやら無事のようだな。何か変わったことは?」
「ああ何事もないよ」
「キロスに来てからカロリーナの冒険者を見ましたか?」
ビルとシウラは一斉に質問の主の方を見る。初めて会うミミに少し戸惑いを感じているようだ。まあ無理もないだろう。兎人族の少女を見る機会はそうそうないからな。
一応ミミのことについて説明をした。いらぬ誤解や不安を与えるのは得策ではないからだ。
「いや……直接は見ていない。ただ宿の店主が見たという話は聞いた」
「やはりキロスにも捜索範囲を広げているのかもな」
見つかるのも時間の問題だ。確かに隣町の宿屋なら捜索するのにそう難しくはない。
「湯を持ってきましたや。みなさんお知り合いでしたかぇ?」
受付にいた老女が桶を三つ置いたお盆を持ちながら階段を上ってきた。
「この辺には冒険者が多いのか?」
唐突だったタケミカヅチからの問いに何故そんなことを聞くのかと思うこともなく、老女は淡々と口を開いた。
「あああ、最近は多いのう。なんてったって大井戸に物の怪が出たらしいからのう」
「そういやそんなこと言ってたな。じゃあその大井戸にいる魔物を倒すために冒険者がこの町に来てるのか?」
「いや、そういうわけじゃないんじゃ。あの大井戸に近付かせないための見張り役として冒険者を派遣しているようじゃ」
「見張り?じゃあ魔物はそのままってことか。どういうことだ?魔物を倒せば、手っ取り早いだろうに」
もし仮にキロスの大井戸に魔物が現れたなら、キロスにもっとも近いカロリーナの冒険者ギルドで依頼が発生するのが普通だろう。しかし依頼の内容は異なる。魔物退治ではなく、大井戸の見張り。危険な場所へ町民を接近させないという理屈だろうが、それにしてもギルドの考えはわからない。依頼を退治しなければ、本当の意味での安心は生まれないだろう。ずっと魔物をそのままにしておくわけにもいかないだろうに。
……何か裏がある、神としての予感だ。あんまり当たんない予感だけど。
ビルとシウラに宿から出ないように告げてから、タケミカズチ一行は早速その噂の大井戸へと足を向けた。目的地に近付くにつれて建物の数は少なくなり、着くころには人工的な建造物は辺りに何もなかった。
大井戸は町外れのただでさえ人気の少ない場所に存在していた。周囲は鬱蒼とした雑草に囲まれており、土地の手入れが行われていないのは明白だった。
「大井戸なのにこんな人が住んでない場所にあったら意味ないような気がするが」
細道を歩いていくと古ぼけた小さな門があった。その前に数人の冒険者らしき男達がたむろしている。
あ、面倒なことになりそう。そう思ったのもつかの間。
「ここから先は通行禁止だ。引き返しな」
見た目は野生の大男。そして髭面。野蛮なのは口調も同様だった。
「大井戸に魔物がいるんだろ?それを倒そうと思っているんだが?」
「できるもんならやってるさ。でもギルドがそれを認可していない。何故だか知らないがな」
詳しいことを聞かされていない冒険者も大勢いるようだ。ここにいる冒険者たちもできることなら魔物を倒したいと思っているらしい。冒険者としての好奇心からくる気持ちだろう。
「ああ、そうだ。魔物の姿も拝んじゃいけねぇなんてよぉ」
「じゃあ勝手に中に入ればいいのです!」
ミミが何故だか胸を張って宣言する。こちらも好奇心を刺激されたみたいだ。やはり子供の好奇心は無限大だ。
「いや無理だ。結界魔法が張られてやがるんだ。俺たちじゃ、どうにもならん」
「結界魔法?」
うーん・・・あまり詳しくない。タケミカズチの管轄外だ。というか結界魔法が張られているのなら見張りは必要ないような気もする。依頼を出した人物が念には念をと思っていたのかもしれないが。
「その結界見せてもらっても構わないか?」
タケミカヅチの懇願にどうしようかと少し話し合う冒険者達。
「ま、いいんじゃねぇか?減るもんじゃないしよ」
「俺も別に構わないと思うぜ」
ということで三人は冒険者に連れられて、小さな門をくぐり抜けた。そんなに歩くことなく、古ぼけた大井戸が目の前に見えてきた。所々に砕け散った石材が転がっている。手入れのされていない感じが立ち入った人の少なさを物語っている。
タケミカヅチは張られている結界に意識を向けた。文字が書かれている札。その文字はステラ文字。結界魔法にのみ使われる特有の文字だった。このステラ文字の書き方がとても重要で、乱雑になってしまえばいくら魔力を注ぎ込んでも不安定な結界しか張れない。しかし逆に言うと魔力残量が不足していても、ステラ文字の書き方が美しければ強力な結界も張ることが可能なのだ。
簡単な話、字が綺麗かどうかが重要だということ。
「これか……」
結界の種類はなんとなく分かった。たぶん解くのはそんなに難しいものじゃないだろう。それでもその基本的な解除方法さえ知らないので、ここは任せるしかない。
「これを直接殴ってぶっ壊すしかやり方を知らないからな……俺の場合。リリフ、ここは任せてもいいか?」
「はい、お任せください」
リリフは顔色を変えることなく、平然と結界のすぐ前まで歩いていく。まあこのくらいは余裕だろうと思ってリリフに頼んだ。リリフは魔導士だ。魔導士は特化型と万能型が存在する。明確にそう分けられているわけじゃない。ただ炎熱系の魔法や氷雪系の魔法など何か一つが極端に得意な魔導士は特化型と呼ばれ、すべてを難なくこなす魔導士が万能型と呼ばれる。
でもそれは低次元での話だ。それをも超越する力は特化も万能もない。リリフはまさにそうだろう。何が得意とかのレベルではないのだ。彼女の使う魔法は天上界でもトップレベル。それが下界となれば、想像しなくても理解できるだろう。
「ルーン マジック……魔陣開放」
リリフがそう呟いただけで一瞬にして星空が一面に広がる。ものの数秒で星空は収束し、球体となり、リリフの手の中に収まった。侵入者を拒む結界はきれいに跡形もなく消え去り、大井戸は解放された。
「結界魔法、アスベル ムーロですね。第二級結界魔法にランク付けされています」
「ああ、俺でも見たことがある。よく使われてる」
「はい。この結界魔法はステラ文字の影響を多大に受けますので、魔力が低い人でも文字の書き方が上手ければ扱えます。」
結界魔法は全て等しく文字の書き方が影響しているのかと思ったが、実際は影響の大小があるらしい。リリフの簡易な説明で初めてそれを知ったタケミカズチだったが、さも知っていたかのようにうんうんと頷きを示した。
「だからよく使われるんですねー?」
「はい、そういうことです」
タケミカヅチとリリフとミミが三人で普段通りの会話をしているのを開いた口が塞がらないといった様子で冒険者達は見ている。
彼らは「あり得ない……」とか「何かの間違いだろ?」とか「おおお、神様……夢であってくれ……」と口々に呟いている。リリフを見る視線が先程までは美しいエルフの女を見る目だったのが、不気味で恐怖を感じる対象となっている。
このくらいでそうなるってことはカロリーナの冒険者のレベルはあまり高くはないようだ。なんとなく想像はしていたけれど、この予想は当たっているとタケミカズチは確信していた。
「よし、まあひとまず入ってみるか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「何だ?」
彼らが言おうとしていることは予想ができた。
「俺たちも連れてってくれ。あんたらも大井戸の魔物を倒そうとしてるんだろ?」
「まあちょっと気になるからな」
「お、俺らにも手伝わさせてくれよ」
「別にいいぞ?何だったらその魔物倒しちゃえよ」
この三人がシルビアの行方を捜している冒険者なのかは定かではない。だが、現状のところでは彼女に興味を抱いている様子は見受けられない。この大井戸の見張りをやって金を稼ごうとしていたくらいだからシルビア捜索の依頼は眼中にないのかもしれない。
「ああ、ありがてぇ。まあ倒すかどうかはどんな奴なのか見てからだな。倒せるかどうかもわからないし……」
見た目に反してネガティブのようだ。見張りをするという依頼を受けるくらいだかあら根は粗暴ではない可能性もあるか。
「さあ行こうか」
「はい!」
安心した顔つきでミミはしっかりと返事をした。まるで父親のことが大好きな娘のように。
大井戸の入り口は何もかも飲み込んでしまうほどの暗黒に包まれている。
底が見えない恐怖。普通の人間ならば足が竦むだろうが、タケミカヅチもミミもリリフも何も感じない。冒険者たちは少し緊張している様子だ。
「ではまず私が降ります」
リリフが率先してそう言ったのは彼女が暗闇に対する耐性を最も会得しているからだ。ちなみにリリフは明暗の違いで見え方に差異はほとんどない。前方に何があるかすぐに分かるので先頭で進むのに不自由はないはずだ。
タケミカズチもその選択が最善だと思ったから何の異論もない。
「ああ、頼んだ。気を付けろよ」
「はい」
縄梯子が掛かっているが、降りている途中に切れてしまうだろう。それくらい古く、耐久性が落ちている。
リリフは慎重に縄梯子に足を掛けて、井戸の中へと進んでいく。地上からはすっかりリリフの姿が見えなくなった。
依然として暗闇の視界は変わらない。冒険者はリリフの安否を心配している。まあ気持ちは分からなくはないが。
しかしそれは杞憂だ。
間もなくして、エメラルドのような翠色の光が暗闇を照らし出した。
光が灯るまでの時間を考えると想像以上の深さがあるらしい。
「じゃあ次はミミが行きますね!」
ミミがそのまま縄梯子に手を掛けようとしたら、井戸の中から羽の生えたとある生物が現れた。
「お、リリフの使い魔か」
翠色の幼竜が元気に空中を動き回っている。久し振りに外の空気を吸ったよ的な表情をしている。
しばらくして満足したのか、竜粉を井戸に撒き散らす。すると緑白色の半透明な螺旋階段がそこに最初からあったかのように出現した。幻想的で目を奪われる光景だった。
「使い魔の能力みたいだな」
「うわ~、すごいですね。便利だなぁ」
ミミも感心しきりで飛び回る幼竜と構築された螺旋階段を交互に見ている。
冒険者たちは何度も起きる信じられないような光景に感覚がおかしくなり、何故だか大量の汗をかいている。
こいつらは何なんだ……使い魔なんてA級冒険者であり、かつ一流の魔導士でないと召喚さえできないと聞く。ひょっとするとやばい奴らに関わってしまったのではないかと彼らは少しだけ後悔していた。
そんな冒険者の考えはタケミカズチには見え透いていたし、そう思うのも致し方ないだろう。
自分自身では計れない底の見えない力は畏怖の感情を生む。この大井戸の暗闇のように。
大井戸の底には水が薄く広がっており、足元がびしゃびしゃになってしまった。
周りを確認すると、そこは円形の空間だった。行き止まりではなく、一つの小道が奥へと続いている。何も言わず、その道を進んでいくタケミカヅチ一行。
水を弾く音だけが響き渡る。
漠然と理解はしていたが、この井戸はもう長い間井戸としての役割を果たしていないようだ。
「今日は暗くてどんよりした場所に縁があるな。洞窟といい、この井戸といい……」
「ミミ、あまり好きじゃないです」
「俺もだよ。特にこの体には毒だな」
よく見るとミミのうさみみが萎れた花のように元気がなかった。兎人族は環境に多大な影響を受ける。それくらい鋭敏な感覚を持っているので、逆に言うと周囲のありとあらゆる気配を感じ取ることができる。
「むむ、前方に魔物の気配です。でもこれは、小さいです」
「例の魔物じゃないみたいだな」
「そうですね。大したことないです」
翠色の光に照らされて、魔物の正体が見えてくる。
その正体は霞がかった緑の肌を晒した数匹の小人だ。赤く血走った眼でこちらを睨みつけている。口角は裂けるように上がり、それが不気味さを数段と高めている。
「ゴブリンか。しかも通常の」
「へ、ここは俺らに任せてくれ」
指をポキポキと鳴らして、前へと躍り出る冒険者たちの背中は自信に満ち溢れていた。
ゴブリンはモンスターの中でも弱小の部類に入るが、それはあくまでも戦闘力だけにスポットを当てた場合だ。知能という一部分に限って言えば、魔物の中でも非常に優れている。
ゴブリンだからといって舐めてかかると痛い目見るぞ?
そんな心の呼び掛けを知ってか知らずか、三人の冒険者はそれぞれがバラバラに走り始めた。
だが好き勝手動いているわけじゃないとすぐに分かった。お互いがお互いの動きを理解し、適切な判断で動いている。
「意外と連携とれてるな」
まとまって動くのはこの場合、最悪のやり方。
反対に、彼らが不規則に攻撃を仕掛けていることはゴブリンの意識を散らすのに成功している。
そう、結果的にゴブリンに対して優位に立っているのだ。もちろんこれはゴブリンが弱いからこそ成り立つ作戦ではある。
「行くぜぇぇぇぇ!!!おりゃあああああああ!!!」
鬼気迫る冒険者の一撃。手に持つ斧が唸りを上げて、ゴブリンに振りかかる。
ゴブリンが持つ木製の棍棒を吹き飛ばし、隙が見えたところを蹴り上げると軽々と上方へと吹き飛んだ。
何度も反復しているような慣れた動き。魔物を倒すためだけの動きだ。こういう戦闘をいくつもこなしてきた感じが出ている。
少し冒険者という存在を軽んじていたかもしれない。魔物を倒した経験値というのは死と隣り合わせの戦闘に強く反映されるということか。
他の二人も戦いに工夫が見られ、手こずることなくゴブリンを屠ると、満足げな顔をして戻ってきた。
はっきり言って予想以上。
「どうだ?俺たちもなかなかやるだろう?」
「いやあ、いい連携だった。パーティでも組んでるのか?」
「ああ、その通り。俺ら三人はパーティだ。もう五年になるな」
今頃になって気付く。こいつらの名前知らないな。
「テレスだ」
「俺はオーバ」
「デンスケっす」
「おお、改めてよろしく。タケミカズチだ」
覚えられる気がしない……というか一人目は何て言ったっけか?……まあ努力しよう。
テレスは武器が斧。オーバも武器が斧。デンスケに至っては両手に斧を持つ斧の二刀流だ。
冒険者と言えば斧!なのだろうか?タケミカズチはどちらかといえば剣!という印象があった。
タケミカズチは大井戸の深奥に進みながらテレス達にクロやシルビア、貴族殺しの件について聞いた。
彼らはシルビアを捕らえる、もしくは殺しても構わないと冒険者ギルドの方から通達を受けたという。カロリーナの冒険者ギルドに登録されている全ての冒険者に知れ渡っている話らしい。まさかsこまで例外なく周知徹底が行われているとは思わなかった。
ただそのことを真に受ける冒険者は最初は少なかったらしく、シルビアの周りに危険が及ぶことは今まで特段なかった。
しかし状況が変わった。そのクエストの報酬が莫大な金額になったのだ。カロリーナのギルドで受けられるどんなクエストよりも高額で、それに目の色を変える奴はかなりの人数いたらしい。
テレス達もシルビアの居場所を調べて、何度か試みようとしたが、断念。
「シルビアに罪はないからな。これは違うなって踏み留まったわ。まあ報酬はマジで莫大なもんだったけどな……」
テレスは何かを思い出すように呟いた。その言葉にオーバもデンスケも終始頷いている。
「そういう考えの奴らばかりだと良いんだがな」
テレス達はクロについてよく知っていた。
クロはカロリーナの英雄だというのは本当らしく、町の危機であったキングオークの襲来をたった一人で立ち向かい、打ちのめしたという。その功績から世界連盟本部よりA級冒険者の称号を与えられた。
???
聞いたことのない言葉が耳に届いた。タケミカヅチはリリフの耳元でそれについて尋ねる。
「世界連盟って何だ?」
「世界連盟はこの下界全体を統べる組織で、第三者としてあらゆる戦争を解決する役目を担っています。」
「下界を安定させるための組織か。天界の円卓会議みたいなもんだな。」
「そうですね。その世界連盟の下に冒険者ギルド総本部があって、カロリーナはひとつの支部に過ぎません。」
カロリーナのものは末端の末端にあるギルド支部らしい。
「他にも同じような支部があるのか?」
「規模の違いはあれど、ギルドは至るところにあります」
カロリーナはナバール連合に属している町だ。ナバール連合の他の町にもギルドは存在しているのだろうか?
下界で冒険者になってみるのも手かもな。そっちの方が何かと動きやすそうだし。
テレスらの活躍によりゴブリンを退けた俺たちは迷うことなく、奥へ奥へと足を進める。
その後も何度かモンスターが現れたが、どれもゴブリンで難なく打ち倒すことができた。大井戸はゴブリンの住処になっているのは間違いないようだ。ただそれだけでギルドがここを立ち入り禁止にするわけがない。
最深部に必ず何かがある。
分かれ道はなく、一本道がずっと続いている。
何も話すことなく、黙々と奥へと進んでいく。まあ実際ちょっと歩き疲れたっていうのが本音だ。
天界でもそんなに歩くという行動はしない。何かあればすぐに転移することで解決するのだ。ただこの下界ではそうもいかない。転移できないわけじゃないが、膨大な神力を消費する。ただでさえこの器には神力が不足しているし、ミミを呼び出した影響で、今はほぼゼロ。俺、今ただの人間です。
「お、何か見えてきたぞ?」
いつの間にか先頭を歩いていテレスの言葉が聞こえたので、タケミカヅチは目を凝らして前を見た。
「おお、やっとか」
視界に映ったのは赤錆がまとわりついた鉄扉だった。長い間、誰も触っていないのか?と思ってしまうくらいに古ぼけた扉で、衝撃を加えればすぐに壊れるのは明白だろう。
それでもやっぱり冒険者というのは乱暴であった。テレスは有無を言わずに扉を蹴り壊したのだ。タケミカヅチの心はええええ?の反応一色だ。
「こっちの方が早いだろ?」
「まあそうだけど・・・お前、血の気が多いとか言われない?」
「はは、血の気が多くないと冒険者になんかならんだろう」
ガハハハと山賊みたいな笑い方するテレス。
やっぱりそういうもんなのか。もっと冷静で思慮深い奴に出会いたいものだ。
鉄扉の先の空間に恐る恐る足を踏み入れる。リリフの魔法の光を頼りに周囲に目を配っていると、至るところに人の骨が散らばっているのが見えた。
この場所で生き絶えてしまった冒険者だろうか?それにしてもおびただしい数だ。
広々とした空間だが、隅の方にはここで寝泊まりできるようにと寝具やぼろぼろの箪笥、一人用の小さな机と椅子が置いてあった。何故そんなものがあるのか皆目見当もつかない。そんな疑問を吹き飛ばすような気配がじわじわと肌を汚染していく。
「何かいます。すごい大きな何かが」
ミミが前方に目を向ける。
さっきの洞窟とは違い、身体がチクチクと針で刺されるような感覚に襲われる。それは明らかに強者の空気を前にした時と同じだ。ということは・・・・・・
「ダ、ダンジョンワームだぁぁぁ!!!!」
デンスケがゆっくりと後退りしながら叫び声を上げる。尻餅をつきながら必死に距離を取る姿は冒険者とは思えない。
タケミカヅチは発せられたその声に驚いた。ちょっと大げさじゃない?いやヤバそうなのはわかるけど。
「この魔物は・・・天界にはいなかったな。」
リリフとミミにだけ聞こえるくらいの声で呟くと、二人は小さく頷いた。
デンスケはなりふり構わず、引き返そうと後ろを振り向いた。テレスには目も暮れずだが、それも仕方ないだろう。助ける時間さえ惜しい。
しかしそこには立ち塞がるように一人の男の姿が。
「オーバ?」
三人の冒険者のうちの一人で一番地味だったオーバが見るからに危険で不気味な表情を顔に張り付けていた。仲間であるデンスケでさえも普通じゃないと感じるほどの違和感だった。
まるでゾンビのように、ここからは一歩も通さないといった感じで他の者をじっと見つめている。
一言も発さずに右腕を高々と振り上げる。
その手の中にある赤黒い魔石の存在をタケミカヅチは見逃さなかった。
「みんな、下がれ!そして伏せろ!」
タケミカヅチの言葉と被るように波打つ爆破が起きる。空間を削り、上の土壁や下の地面が抉り取られ、鉄扉の向こうのスぺ―スは広がった。
全員が咄嗟に伏せて爆発から逃れたが、焼けるような熱さを感じるのは防げなかった。背中かどこかが火傷したかもしれない。
「あの魔石・・・黒魔術が施されてる特別品だな・・・」
「凄い爆発でした・・・びっくりです。いきなり何なんですか?」
「小石ほどの大きさの魔石だったからこの程度で済んだと言ってもいいな。それにリリフが干渉魔法を使ってくれてたみたいだしな?」
ミミはリリフの方を咄嗟に振り向いた。
全く気付かなかった。魔法の速度は肉眼で視認できないくらいで、魔法発動の時に生じる特有のノイズさえ聞こえなかった。完全で完璧な魔法。
そのクオリティの魔法を見たことがないわけではない。もちろんタケミカズチの最上級神下の中にいる魔導士達もリリフと同じような完成形の魔法を使っていた。ただやはりそれ以外の人物が同等の魔法を使うというのはやはりミミには信じ難いものだった。
ミミは魔法に全く詳しくないため、リリフが行使した魔法が何だったのかさぱり分からない。
まあちなみにリリフの行使した魔法は絶対支配という干渉魔法。第三者の魔法に自らの魔力を溶け込ませ、威力を半減させる。溶け込ませる魔力の量によっては魔法自体を発動不可にすることさえできる。リリフの前で魔法や魔石の効果は意味を成さないのだ。今回の場合はあまりにも急なことだったため、溶け込ませる魔力の量が不足していて、爆発そのものを無くすことができなかった。
そういえばといった感じでテレスやデンスケの様子を確認するが、近くには見当たらない。タケミカヅチは土煙の中で二人を探す。
「おい、テレス。大丈夫か?」
「あ、ああ、なんとかな・・・デンスケは?」
デンスケは少し心配だ。明らかにあの爆発の中心の最も近くにいた。げんに彼が立っていた場所は土が抉れて、跡形もなく消え去っている。
「タケミカヅチ様、こっちにいます!」
声か聞こえた方へ振り向くと、ミミのシルエットがかろうじて確認できた。
そちらに向かおうと一歩前に足を踏みしめた瞬間、地面が大きく膨れ上がり、轟声を上げながらダンジョンワームが飛び出てきた。
「おおお!?」
タケミカヅチは反射的に神力を解放し、瞬間移動した。ほんの微量、雀の涙ほどの神力を使った。もう本当にヤバい。これ以上使用すればぶっ倒れるのは避けられない。
タケミカヅチの肉体は瞬きをする間よりも速くミミの隣へと移動し、彼の双眸はすぐに倒れているデンスケを映し出した。
「・・・・息はあるな。気絶してるだけみたいだ」
あの距離で無事だったのは驚きだ。どこかしらの骨が折れてたり、火傷を
負っているのは間違いないが、それくらいで済んでいるなら幸運だろう。
さて、どうする?
ダンジョンワームと対峙する。蠢く体は不気味さを奏で、吐糸管から黒い糸を吐き出して繭をいたるところに作り出している。頭部を不規則に動かしているのは何かの合図だろうか。
それとも獲物を見つけたと喜悦に満ちた表情を浮かべているのだろうか。実際は表情の変化など全く分からないのだが。
タケミカヅチはリリフを呼び、テレスとデンスケの治療をするように促した。
「お前のこと見たこともないし、聞いたこともないけど、戦いってのは俺の領分だ。たぶんお前、負けると思うよ」
神力が底をつきそうな人族の器ながら負ける気はまるでしない。神力が無くなる危機感はあるが、敗北など一切考えていない。この姿でも武神としての矜持がある。
武神と大芋虫との戦いがきって落とされる。




