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武神は異世界を闊歩する。  作者: カケル
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訓 練

  ふわわっと一度大きな欠伸をし、薄緑のカーテンを開くとオレンジ色の朝焼けが目に飛び込んできた。ずっと見ていたくなるほどの風景で圧倒されていたラディアだったが、少し疑問に思うことがあった。何故朝焼けが見えるのだろうという根本的な疑問だ。この都市に入ったとき、巨大な防壁に囲まれていたのを思い出したのだ。今それを確認したが、目に見えるところにその巨大な壁は存在していない。いや見えないというのはありえないはず。あそこまで高い壁がここから見えないなんて・・・その事実にじわじわと驚きの感情が湧き上がってくる。どんなに目を凝らしても壁は元々そこにはなかったかのように消失している。


  頭と心が疑問に満ち溢れたままでラディアは顔を洗い、支度を整える。この城で過ごす初めての夜はとても快適でぐっすりと安眠することができた。

  昨日いただいたノーム衛兵の制服に身を纏い、部屋を出る。 

  どこまでも続く長い廊下を歩き、着いた目的地は城の入り口。まだ慣れない豪華な装飾に囲まれながらラディアはじっとその場で待機していた。人通りはない。まだ活動する時間ではないのだろうか?確かにまだ朝焼けが訪れたばかりで薄暗さを残しているから当たり前かもしれない。

  そう思っていた矢先、階段を下りてくるレイの姿が目に入った。


「おはようございます!レイ師匠!」


「ああ、おはよう。早いな、ラディア。」


「はい、早く起きれたので。」


「んじゃあとりあえず外に出るか。」


「はい!」


 レイの後についてラディアは外に出た。少し肌寒い空気が肺を刺激し、ラディアの目を完全に醒まさせる。薄青色の景色のなかに先ほどは見えなかった壁が何でもないように存在していて、ラディアはまたも呆気に取られる。


「あ、あのレイ師匠!」


「どうした?」


「この城壁、部屋の窓から見たら無かったんですけど・・・」


「・・・・ああ、城の中から見たら見えなくなるように幻影魔法が城全体にかけられてるんだ。朝焼けも夕焼けも見えないのは寂しいってタケミカズチ様がおっしゃったんでな。」


「・・・そ、そういうことだったんですね。」


  疑問は解けたが、城全体にかけられるほど大規模な幻影魔法など正直聞いたことがない。というか存在すらしていないはずだ。歴史上で名が知られているどんな高名な魔導士でもそんな理解を超えた魔法を行使したなんていう記述がされている歴史書は存在しない。それに魔法が行使されているということは行使している魔導士の人の魔力は今も減っていってるということ。そんなの数分も持つはずがない。それが何事もなく、数時間、いやレイ師匠の口振りからするとおそらくずっと行使されているのだろう。ただただあり得ないの一言だ。

  こういう規格外の出来事にも慣れていかなければならない。それも心を成長させる修行の一つだ。


ラディアの様子を見てレイは苦笑する。

「この世界ではあり得ないことなんだろう?でも俺たちの世界では至って普通のことだ。何ら特別なことじゃない。」


「戸惑うこともあるだろうが、そのうち慣れるさ。慣れた時、お前はもう一段階上に行けるはずだ。」


「はい!」


  レイとラディアは城の横に広がる広場に足を向けた。そこはしっかりと整地された土地で、訓練をするにはもってこいの場所だった。

  フェザーランド公国で何度かやっていたように二人は手合わせをする。

  木刀の打ち合う音が響き、ラディアの乱れる呼吸がその厳しさを物語っていた。

「一撃の威力が弱いな。もっと重い振りを意識しろ。でないと相手を無力化するのに時間をかけうrことになる。大事なのは速さだ。動きも、倒すのも、判断するのも全て、な。」


  動きを速くすることは短期間では不可能だとレイ師匠は言う。けれど判断する速さはすぐにでも磨くことのできる部分だという。

  ただやはり相手がどう動くか、二つのうちの一つの可能性を捨て去るのは難しいし、迷いというのは絶対に生じる。

「・・・相手の今までの行動から判断しろ。もちろん突発的な戦闘の場合、そういう情報すらないこともある。その場合は相手の手や足の動き、視線といったものから判断するしかないがな。」


「レイ師匠でも難しいですか?」


「相手によるとしか言えないな。魔物みたいな知能の低い生物なら苦労することはほとんどない。が、人間は別だ。人間の場合、自分と同じことを考えている可能性があるからな。裏を読むか、裏の裏を読むか・・・そこはもう経験とセンスがモノを言う。」

 

 経験、センス・・・・前者は間違いなく不足している。後者は果たして自分に備わってるのだろうか。


「そう思い悩むことはないさ。ラディアはまだ始めたばかりのひよっこだ。これから大きくなってくさ。」


「はい、努力します!」


「あらあら、朝早くからイチャイチャしてるわねぇ。嫉妬しちゃう。」


  聞き覚えのある声が耳に届いた。声がした方向を見るとそこには予想通りの人物がいた。


「アラーナ、珍しいな。お前がこんなに早起きなのは。」

  最初に声を掛けたのはレイだった。ラディアは姿勢を正して、頭を下げた。

「やっぱりラディアちゃんが気になって。だってノームで初めての下界人ですよ?」

  どこかからかっているような表情をラディアに向けてくる。もちろんラディアはその表情に多少困惑してしまう。

「野次馬はいいが、訓練の邪魔だけはするなよ?」

  

 レイが釘を刺すとアラーナは変わらない笑顔を見せる。


「当たり前じゃないですか。それは野暮だってことくらい私にもわかりますよ。」


「どうだか。というよりもお前、まだノームを発たないのか?」


「そろそろ行かないとタケミカズチ様直々に怒られちゃうかもしれないんで、明日には発とうかなって思ってるんですけどね。」


「ああ、そうしておけ。タケミカズチ様に迷惑はかけるなよ。」


「ええ、もちろんわかってますよ。あ、それと聞きましたか?」


「何をだ?」


「公国の動きがあったみたいですよ。近いうちに体制派と反体制派の衝突があるだろうとのことです。」


「情報が早いな。公国に誰か潜り込ませているのか?」


「ヨルを向かわせたみたいです。私たちよりも適任ですね。」


「ああ、間違いないな。」

  

  アサシンのヨル。神下でさえも姿を見たことがない者もいるほど神出鬼没の二級神下の一人だ。単純な戦闘能力だけで言ったらレイの足元にも及ばないが、身を隠す技術や探知能力、相手から情報を盗み出す能力はレイの数段上、いや比較するのもおかしいくらいの力を持っている。

  彼の諜報能力はタケミカズチも評価している。

「まあ、ラディアちゃんは心配しなくてもいいよ。あなたの身の安全はここにいる限り保証されているから。」


「あ、あの、私の、その母は大丈夫でしょうか?それにフィオーラも・・・」

  ラディアは不安を吐露する。まさかの事態に頭がこんがらがっているようだった。

「心配なのも分かるわ。でも安心して。あなたの周囲の人達に危害が加わることはないはずよ。ヨルには私から伝えているから。」

  アラーナは朗らかな笑顔をラディアに向けた。

「あ、ありがとうございます!」

  ラディアに言われる前にアラーナは配慮するようにとヨルに伝えた。その気遣いができるところがアラーナの良きところだ。彼女の能力の高さは戦闘の補助だけでなく、こういった面でも発揮される。

  

「ま、気にせずに稽古に励んで。あなたが強くなるの楽しみにしてるから。レイさんが教えてくれるなら何も心配する必要はないと思うけどね。」

   

  そう言うとアラーナは手を振りながらその場から去っていった。


「アラーナの言う通り心配することはない。お前がどうしても戻りたいというのなら止めはしないが・・・」


「いえ、大丈夫です。私が戻ったところで何もできませんから。」


「そうか・・・なら稽古を再開するぞ。次は相手の攻撃を躱す、いなす練習だ。」


「はい!お願いします!」


ラディアの大きな返事が高らかに響き渡った。



そんな彼女の姿を城の上部から見下ろす影がある。城塞都市ノームのなかでも上の位である幹部が二人いた。


「ほう、あれがレイが連れてきた人族の娘か。」


「らしいっすよ。いいんですか?余所者を許しちゃっても。」


「タケミカヅチ様の許可が出ているんだ。ならばワシたちから言うことは何もないだろう?」


「ま、そうっすね。その通りっすわ。」


「レイに限って言えばこれが初めてじゃないからな。あの娘が当たりか外れかはまだわからんが、目まぐるしく強くなっていくだろうな。」


「レイも物好きっすよね。他人に自分の技術を教えるなんて。俺なら絶対しないっすよ。」


「お前の技は教えたら簡単にできるようなものじゃないだろ。」


 ゲイルはにやっと笑った。


「剣士より魔導士の方が資質がより重要視されますんでね。弟子とかとっても教えられる自信がないっすわ。ジーノさんはどうなんすか?ああいう教えを乞う存在は多いんじゃないっすか?」


  ジーノと呼ばれた老人は老人とは思えないほど姿勢が良い。そして筋肉隆々な肉体が服の上からでも分かる。

  ジーノもゲイルもタケミカズチの最上級神下であり、天界でも知らぬ者はいない有名人だ。


「人に教える時間はない。全てはタケミカズチ様のために、ワシは行動している。ああいう存在はいざという時に邪魔になるだろう。」


「なかなか冷淡っすね。」


「そういう人間なんだ。知っているだろ?」


「ええ、嫌って程ね。」


「ふん、それでゲイルよ、お前が向かう国は確か・・・」


「ドラゴンロード王国っすよ。下界の二大大国のうちの一つ。魔導士の国。」


「お前にぴったりの国だな。」


「ええ、ジーノさんには感謝してます。タケミカズチ様に進言してくれたと聞いたんで。」


「ああ、知ってたか。まあお前が一番適任だと思っただけだよ。」

 

「ジーノさんがそう言うならそうなんでしょうね。ただアリスっていう選択肢はなかったんですか?」


「あいつは規格外すぎる。どんな行動をするのか予想するのが難しいからな。アルミラに似た空気を感じる。」


「アルミラよりは常識あると思いますけど。」


「あくまで似た、だ。アルミラは・・・ワシもよくわからん。」


「下界では今のところ、うまくやってるようっすね。」


「ああ、だが何度かタケミカズチ様を困らせているようだ。」


「かぁー・・・さすがは問題児。」

  ゲイルは首を横に振り、お手上げだというようなポーズを取る。

「だがいてもらわなくてはならないのも事実。あいつは重要な戦力でもあるからな。」


「そうっすね。戦闘力だけで考えれば最上級神下でもおかしくないっすからね。」


  ゲイルの視線の先では依然としてレイとラディアの稽古が続いている。時間が経つにつれて城への出入りが多くなってきて、活気が生まれてきている。


「ふう、さて準備しますかね。ドラゴンロード王国の知識を少しでも頭に叩き込んでおかないと。」


「お前の苦手な類だな。」


「ホントっすよ。」


  では、とゲイルはジーノに向かって軽く頭を下げた。



  ジーノとゲイルが話を終えた後、すぐにレイはある人物を広場へと呼んだ。

  念話という不可思議な魔法で魔導器なしで連絡を取り合うことができるらしい。少し緊張した面持ちでラディアはレイが呼んだ人物を待った。すると十分も経たないうちに広場にとぼとぼと歩いてくる人影が見えてきた。


  ラディアの視界に現れてから最低でも五回は欠伸をしている。寝ぐせもついていて、さっきまでガン寝してましたという顔だ。

「・・・ちょっとレイさん、さすがに朝早すぎませんか?」


「お前が遅いんだ。朝の見回りの時間はとっくに過ぎてるだろう?」


「まあそうですけど・・・で、頼みって何ですか?」


「この子はラディア。フェザーランド公国からの留学生だ。」


「へぇ、この子が。話は聞いてますよ。」


「あ、あの、ラディア ソルティアと申します。よろしくお願いします。」


「おお、これはご丁寧に。俺はベルりンって名前だ。タケミカズチ三級神下だ。レイさんと比べればカスみたいなもんだが、まあよろしく。」


  差し出された手をラディアは掴んだ。大きくごつい手だった。剣を握っている人の手だと瞬時に理解できたほどだった。


「ベルリン、お前にやってほしいのはラディアとの木刀での試合だ。」


「おおよそ察しはついてましたけどね。レイさんがやってあげればいいじゃないですか。」


「俺だけとやっても強くはなれん。違う人間と相対することで見えてくるものがあるんだ。お前もそうだろう?」


「手始めに俺ってことですね。」


「力を考えれば丁度いいと思ってな。」


「へいへい、わかりました。やりますよ。一応剣士ですからね、俺も。」


レイが投げた木刀を掴み取ったベルリンは木刀の状態を確認してから一度頷いて、ラディアと相対する。

「ちなみに俺の存在は木や岩と一緒だと考えてくれ。俺は動かずここで見ている。」


「はいよ。んじゃあ、始めようか。いきなりでも大丈夫だよな?」


「はい、問題ないです。よろしくお願いします。」


「んし、じゃあ行くぞ。・・・・・アクセル。」


  ベルリンは加速魔法を行使してすぐにラディアに斬りかかった。

  加速したベルリンの姿をなんとか視界に捉えることができていたので、迫り来る木刀の一撃を受け止められた。ラディアに初手を受け止められ、おお!と驚きの声を上げるベルリン。その一瞬の隙にラディアの木刀がベルリンの腹部に直撃する。


「おぶっ!!」

  吹き飛んだベルリンは大の字に転がった。


「おいおい、ベルリン・・・もっとちゃんとやってくれないか?」


「寝起きなんですもん、体の節々が痛くて仕方ないんですよ。」


「それにしても無様すぎるぞ。」


「わかりましたよ。ちゃんとやりますよ。やればいいんでしょう?」


  ベルリンは少しムキになりながら口をへの字に曲げて、再度ラディアと相対する。

  加速魔法を行使したとしても対処できないほどではなかったし、今のが本気ならばそう難しい相手ではないように感じたが、油断するのは禁物だろう。


「よし・・・極楽鳥!!!!!」

  金色に光り輝く魔力がベルリンの体内から外部へと放出され、周囲を照らし出す。体内の魔力を研ぎ澄まし、一時的に身体能力を向上させる特異魔法だ。ベルリンを含め天界でも選ばれた者しか使えない魔法であり、もちろん下界には存在しない。


「言い過ぎたか?まさかいきなり極楽鳥とは・・・」

  レイは頭を抱える。ラディアとベルリンの力の差は歴然だ。百回やってようやく一回ラディアが勝てる程度だろう。そう思っていたが、極楽鳥を使えばその僅かな可能性も泡となり消え失せる。

  今のベルリンの身体能力は二級神下に匹敵するレベルと化しているはずだ。


 

  ラディアが真っ先に感じたのは距離を取らないとまずい、ということ。ベルリンの移動読度は先ほどの非じゃないとその姿を見ただけで分かる。

  自分ができることは何か。使える技や、学んだ技術。相手の仕草や癖、表情や筋肉の動き・・・どんな細かい動きでも見逃さずに次の行動に対する情報にする。

  それを全て踏まえたとしても勝てる要素はない。だからといって諦めるという選択肢は適切ではない。一番抗える方法を見つけ出すのがここでは最も正しい行為だろう。


  ラディアはレイがいる方向へ駆け出した。それを追うベルリン。レイはその場から動くことはない。自分の存在は木や岩と一緒だと言っていたから当たり前か。木や岩がひとりでに動くなんてあり得ない。レイを盾にするようにラディアは立ち止まる。限界まで低い姿勢を保ちつつ、身を隠しタイミングを見計らう。金色に輝くベルリンの移動速度はラディアからしたら途轍もなく速いが、若干の変化を読み取れないわけじゃない。レイに近付いてある距離まで近付いた瞬間、僅かに遅くなった。そうなることを予期していたのか、ラディアは思い切り跳び出して木刀を下から上に振り上げた。


  ガコンという鈍い音が響き、ベルリンの木刀はラディアの方に触れており、またラディアの木刀もベルリンの腹部に接していた。斬撃の威力には天と地の差があったが、攻撃が当たるタイミングはほぼ互角。もし仮に同等の力だったならば勝負はわからなかっただろう。ラディアの状況判断や剣士としての腕はベルリンに引けを取らないレベルだということだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・」


「すごい・・・すごいじゃないですか、レイさん。この子は才能ありですよ。極楽鳥を行使した俺に得物を当てるなんてね・・・」


「合格点だな。正直に言うと驚いた。極楽鳥を使ったベルリンに触れるなんて相当困難だ。だが、ラディア・・・お前はそれを成し遂げた。一つ階段を上ったというわけだ。」


「うーん・・・あんまり実感がないです・・・」


「おいおい困るぜ。俺のメンツ丸つぶれだよ。自信もっていいと思うぞ。」

 

  ベルリンの神下としての強さは並みよりも低い。だが、それはあくまでもタケミカズチ神下の中で考えたらの話だ。下界でベルリンは相当レベルの高い剣士に位置しているのは間違いない。ベルリンと剣を交えることはラディアのこれからにとって非常に有意義なものになるだろう。


「ベルリン、週に一度くらいは顔出してくれ。一応礼はする。」


「ま、楽しかったから少しくらい協力しますよ。じゃ、今日はここで。レイさんの言うように見回りしないといけないんで。」


  木刀をレイに向かって投げてから今日何度目かの欠伸をしてベルリンは広場を去っていく。

  その姿にラディアは一礼すると、再びレイとの訓練に臨むのであった。




  

  


 

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