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武神は異世界を闊歩する。  作者: カケル
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前触れの兆候

  「なんてことをしてくれたんだ!!!!」


   怒号が響き渡ったあと、衣の掠れ音さえ聞こえない静寂が訪れる。その場にいた誰もが口をつぐんでしまう状況がそこにはあった。憤怒の表情に染まっているのは公国の幹部の一人であるエスタ。彼が怒りを向けている相手は剣帝学院の学院長、ベルナーレだ。

  二人が向き合っているのを傍にいる者は身体を小さくしながらただじっとその争いが終わるのを待っていた。

  エスタは一つ大きな溜息をついてから今度は感情を抑制してベルナーレと向かい合う。


「ベルナーレ・・・どういうつもりだ?何故留学の許可を出した?しかもその相手がナバール連合などという理解不能なことを・・・」


「理由など一つしかないだろう。ナバール連合と争い合うことは不利益しか生まない。だからだ。」


「そんなことが理由になると本気で思っているのか?ここはフェザーランド公国だ。神からのお告げを無視することは死を意味するのだぞ?」


「ならば何故殺さない?私を殺すのをためらう理由はなんだ?」

  

  ベルナーレの言葉にエスタは押し黙る。

  ベルナーレは公国の中でも大きな権力を持つ存在で、反体制派としての筆頭だ。ベルナーレを始末するのは正直難しくはない。が、後のことを考えると得策ではない。公国内部があらゆる人間の死地になるのは目に見えているからだ。

  それすらも気にせずに公王が命を下せば動くことになるが、今のところそういう気配はない。


「公王様にもこのことが伝わっていないわけではないのだろう?ならば答えは出ているだろう。私が無事でいるということは許可が出たということだ。」

  

「こんなことがずっと続くと思うなよ。公王様がなりふり構わずにお前を消す可能性もあるということは覚えておけ。・・・・これはかつての友としての助言だ・・・・」


「・・・ふ、そりゃありがたいな。まあ、覚えておく。」


  ベルナーレは静かに椅子から腰を上げて部屋から出ていった。

  淀みない歩調で、もうこの場所には何も言い残すことはないというように。


  その場にいた誰も彼に声を掛ける者はいない。この場の全員が現体制を維持することが最も最善だと考えているエスタと同じ思想を持つ者達なのだ。


  エスタはゆっくりと閉まっていく扉にじっと視線を向けている。しばらく経った後、エスタは何度目になるか分からない溜息をついた。


「こうなる日が来ることはわかっていたはずなんだがな。どこで道を違えた?明確な違いが生まれた地点はどこだった?・・・・・・そう考えてる時点でもう見ている方向は違っていたのかもしれないな。」


エスタとベルナーレは古くからの知り合いだ。彼らがまだ兵卒として公国に対しての盲信を深めていた頃が最も一緒にいる時間が多かった。だからこそ当時と今の差をエスタは愕然と感じてしまう。ベルナーレは誰よりも神のお告げを信じ、行動してきた人間だったはずなのに。




◇◆◇◆◇




  

 公国には中央協会という国の全てを統括するための組織があり、その組織の頂点に君臨する大神官が大聖堂の奥の部屋で神のお告げを聞き、それを公王の名のもとに世間へ発表するのが通例になっている。これは何十年、何百年も前からの伝統だ。

 大神官の立場はあくまでも公王の下に位置するナンバー2だ。だが、公国を好きに動かすことができるという面では公王よりも自由度は高い。

 現在の大神官は三十四代目で、もう大神官になって二十年になる。エスタは何度も目にしたことがあるけども、ある一定の地位がなければ姿を見る機会はほとんどない。

だから国民の大半は大神官の姿を目にしたことがないのだ。

そのため大神官が町を出歩いても町の空気は一切変わらない。エスタはこうして出歩くことを何度も共にしている。

大神官様、とうっかり口を滑らせないように注意を払い、本名を口に出す。


「ワソル様、これからどこへ向かわれるのですか?」


「お前もよく知る人物のところだ。そろそろ動かなければいけないかもしれないからな。」


 その大神官様の言葉一つですぐにエスタは全てを悟った。国内で大きな騒乱が起きることを。また近いうちにベルナ―レとの対面が訪れることを。


  ワソルとエスタは大聖堂から数キロ離れた貴族の居住区へと足を向けていた。二人の目的地はとある貴族の邸宅だった。エスタは服装に乱れがないかを今一度確認してから覚悟を決めたように邸宅をベルを鳴らす。一方でワソルは平然とした様子だ。それもそうだろう、大神官の上に立つ者は公王のみ。それ以外の存在は下に位置するのだから。


  ベルを鳴らして数十秒後に年の召したメイドが遠く離れた屋敷の玄関から姿を現した。メイドは漆黒の大門を開き、恭しく礼をした。それはそれは綺麗な姿勢の一礼に召使いへの教育の高さが伺えた。


「ようこそおいでくださいました、ワソル様、エスタ様。さあどうぞ、中にお入りください。」

  メイドの態度はまるで二人が来るのを知っていたかのようなものだった。ここに来ることは事前に伝えられていないはずだが。そんなエスタの訝し気な表情を見て悟ったのか、メイドが口を開く。


「グーテンベルク様が近々、大切な訪客がいらっしゃるとおっしゃっていたので。」


「・・・そうでしたか。さすがはグーテンベルク様。お見通しというわけですね。」

 エスタは感激したように何度も大きく頷いた。

  

案内された部屋は煌びやかな装飾は一切なく、机と椅子が並んでいるだけの部屋だった。


「・・・ワソル様、お久しぶりです。エスタも久しいな。」


「グーテンベルク様、お久しぶりです。フルーレ祭以来ですね。」


「ああ、あれ以来か。もう半年前くらいだな。」


「あの時はお世話になりました。」

 エスタは軽く頭を下げる。

「お前も大変だったな。あの時は反体制派との小競り合いがあったし、ワソル様の警護もあったしな。」


「はい。まさかフルーレ祭の開催時に暴動を起こすとは思いませんでした。」


「はっはっは、確かにな。そこまで堕ちた連中だとは誰も思うまい。」


「グーテンベルクよ、今日はそいつらの排除について話に来た。」

 ワソルは顎に生やした白髭を撫でながら仏頂面で言った。

「ほう、ようやく動く時が来たということですね。いや待ちくたびれましたよ。」

 排除という言葉にピクリと僅かに目元を動かした後、グーテンベルクはにやりと楽しそうな感情を隠すことなく笑顔を浮かべた。


「ロングロデオ王国を征服したとはいえ、ナバール連合との戦闘で公国は貴重な戦力を失った。それは聞いているか?」


「知っていますよ。六輪の魔星の全滅ですね。彼らがいなくなったことは公国の多大なる損失なのは間違いないかもしれませんが、私としては彼らは所詮他国の人間。良いタイミングでしょう、公国出身の新たな星を見つけるには。」


「お前の意見にはほぼほぼ賛成だ。だが、国を守る兵力が損なわれた今、攻め込まれれば対処することは難しいぞ?」


「だからこそ、まずは国内の問題を片付けると?」


「ああ、後に引きずっても何らメリットはないだろう。他国が目を向ける前に国内を平定し、兵力を増大させていくべきだ。」


「・・・・・ふむ、反体制派の処遇は?捕らえて殺しますか?」


「抵抗を続けるようならば殺す。まあ絶対に生かして捕らえろ、とは言わん。殺してしまったならそれはそれでいい。反体制に染まった思想の人間などいても意味などないからな。」


 エスタは同意見だと言うようにうんうんと頷く。


「わかりました。私の部下も動かしましょう。」


「そう言ってくれると思ったぞ。さすがはグーテンベルクだ。」


「なんの。ワソル様の頼みですし、私も早くこの二分化を終わらせたいのでね。」


  決定的な判断が今下された。エスタの頭の中にはベルナーレの顔が浮かんだ。あいつとの決着がつく日が決まったのだ。とうとう来たという感じでもあり、ベルナーレと面会してまだ日は浅いというのに展開の早さに気持ちを落ち着けるのが大変だった。


「具体的にいつから行動を?」


「相手に知らせずに行動を起こすと中立派が反体制派になびいてしまう可能性がある。だからベルナーレのもとに捕縛の知らせを伝える。それが三日後だ。」


「ということはその前に兵士をそろえておく必要があると。」


「ああ、そういうことだ。」


「わかりました。まあどちらにせよ、明日には準備を終わらせます。」


  ワソルとグーテンベルクはそれから細かい打合せを行った。住民の避難などを想定し、短時間での終焉を目指す。

  エスタは黙って彼らの話を聞いていた。エスタに意見がないわけではない。しかし二人はエスタにとっては雲の上の存在。求められてもいないのに意見を言うほどエスタは身勝手で出しゃばりではない。


  話し合いが一段落してグーテンベルク宅で夕食を共にしてからワソルとエスタはその場を後にした。

  


  公国の街並みや商店を横目に大聖堂へと戻っていく。

「とうとう始まるんですね。公王は納得してくれるでしょうか?」


「愚問だ。納得させるだけだ。それは私に任せておけ。」

  

「はい。」


 大神官であるワソルと公王の立場を考えれば、もちろん公王が上なのは間違いない。しかし現状ではワソルの方が国に与える影響力が高く、公王も彼の発言を無視できないほどになっている。


「今日は星がくっきり見えるな・・・・・・」


「こうしてゆっくり星空を見ること自体少なかったですから、綺麗なもんですね。」


「これから見る暇もないくらい忙しくなるぞ。」


「覚悟しときますよ。」


  エスタは苦笑いを浮かべて、帰路についた。その後も何度か空を見上げ、星の美しさを堪能していた。



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