フェザーランド公国
雲の切れ間から太陽の日差しが降り注ぎ、広がる街並みを照らし出す。
暗雲が晴れるのと同時にフェザーランド公国の日常が始まった。店屋は暖簾をかけ、冒険者はクエストを達成するために外へと出ていく。ラディアはそんな同じ毎日を横目に公国に唯一ある兵士育成を主とした剣帝学院へと登院する。
フェザーランド公国が国家戦力の強化のためにちょうど五年前に設立したのが剣帝学院だ。剣帝学院に入学する者には貴族が多い。これは意外に思われるが、その貴族の子供たちは戦場に赴く一兵士を目指すのではなく、安全な場所から指示だけを出す権力者を目指すのだ。それはつまり国防軍の幹部になるということ。現在も国防軍の幹部は貴族で埋め尽くされている。彼らの系譜を受け継いで学院に通う貴族の子供たちは偉くなっていくのだろう。
ラディアは貴族じゃない。学院には知られていないが、彼女は公国のスラム出身者だ。今はスラムを抜け出して、親戚の家でお世話になっている。両親は早いうちに死んだ。流行り病だったらしい。らしいというのもラディアがまだ三歳の頃の話だったので、あまりその時の記憶がない。
それからは母方の祖母に育てられたが、十三歳の頃にその祖母もこの世を去った。その時の悲しみは両親がいなくなった時とは比較にならないくらいだった。優しげな祖母の顔は今も時折思い出したように蘇ってくる。
十八歳になった今、ようやくスラムを抜け出せたが、別にスラムが嫌だったわけじゃない。スラムはラディアの生まれ故郷だ。愛着もある。だが、あそこにいては何も果たすことができない。剣帝学院に入学さえできなかっただろう。ラディアは剣帝学院の制服を身に纏っている自分をガラス越しに見て顔を綻ばせる。
「うん、似合ってる・・・よね?」
ちょっと自信がない。はたから見ても何ら違和感を抱く人はいないのだが、ラディア本人の心の弱さがそれを助長している。
剣帝学院に入学してから半年が経った。正直言ってまだ慣れない。剣術や武術の訓練についていけないわけじゃない。何よりも学院に通う貴族達との関係に悩んでいるのだ。これはラディアだけではなく、学院に通ういわゆる一般的な生徒達全員が感じていることだろう。わかりきっていたことだが、学院側が露骨に貴族を贔屓しており、貴族か貴族でないか、で扱いがまるで違うことになる。
そしてそれを貴族の生徒達も真に受け、ラディアのような一般生徒に下劣なものを見る目を向けてくる。俺たち私たちは貴族なのだと偉ぶり、傲慢な態度を示してくる。
許せない、とは思わない。何故ならわかりきっていたからだ。
貴族とはどういう存在なのかを。
代々受け継いできたその異常なまでの利己心が薄らぐことはないということを。
ラディアはそんな扱いに抗うことはしない。ただ我慢をし、相手が飽きてくれるまで耐え続けるだけ。
貴族としてはラディアのような一般生徒を苛めている感覚は全くないのだろう。人ではなく虫に対して何かをしたところで罪悪感を抱く者の方が少ないだろうから。彼らにとってラディアはそういう存在なのだ。
学院に登院するとすぐに教官から戦争から帰ってきた兵団を歓迎するパレードが行われる趣旨が説明された。
そういえば公国は隣国であるロングロデオ王国を攻め滅ぼしたと聞いた。聞いたというのもあまり国内で話題になっていないからだ。一部の狂気的な反ロングロデオ主義者は大騒ぎをしてきたが、公国に住む一定の人々は別に盛り上がってはいなかった。確かに隣国に勝利したという事実は嬉しいものだったが、ドンチャン騒ぎするほどのことでもない。
公王が住まう大神殿に向かって真っ直ぐに伸びる巨万通りという名の広大な道を兵士の集団が歩いてくる。疲弊しきっているのか、歩くのもやっとといった感じだ。
横から労いの言葉をかけられると多少反応を示すが、あまりにも勝者という言葉が似合わない態度だった。
いずれラディアは彼らと同じ立場になるのだろうか?学院をそのまま卒業すれば、歩兵としての将来は約束されているようなものだから、兵士になることはできるだろう。だが彼らの姿を見ていたら、少しだけ不安に思う気持ちもある。
けれど将来が見えないよりも全然マシだとスラム出身としては感じてしまう。明日すら見えない不安と絶望はもう味わいたくはない。
「負けたみたいだよ。」
「あ・・・・フィオーラ、おはよう。」
フィオーラはラディアと同じく学院の生徒だ。そしてラディアが唯一話すことのできる存在、まあ友達というものだ。
「うん、おはよう。」
「それで負けたって何に?」
「ナバール連合に。ロングロデオ王国を負かした後にすぐに下へ進軍したらしいよ。」
「それは無茶だよね。兵の疲労が計り知れないよ・・」
「うん、でもナバール連合に負けるなんて想像できないよ。冒険者の力を借りたとしても公国の方が強いに決まってる。」
「うん、そだね。」
フィオーラは公国の力に過剰な評価を下している節がある。学院の教育が実を結んでいる成果だといえるが、あまり良いことだとは思えない。自分達の国の本当の力を正確に理解させることはとても大切だと思うのだけど・・・
兵士の集団は列をなし、そのまま公王が待つ大神殿へと入っていく。兵士達の姿を見送った後はいつもの日常が戻ってきた。
学院に戻り、公国の歴史や公王の偉大さついて学び、午後になると剣を振るう稽古が続く。
疲労はあるけど、続けないと兵士として使えない代物だと思われてしまう。ただでさえ貴族でないから扱いがぞんざいだというのに。
「じゃあラディア、いつものやろう。」
「うん、いいよ。」
フィオーラは稽古用の剣を手にしている。ラディアも同じだけれども微妙に長さが違う。
それはフィオーラとラディアの体格の違いのためだ。学院に入学した者は一人残らず、専用の剣を与えられる。稽古用といっても鈍らの剣というわけじゃない。切れ味鋭く、人も殺すことができる最高の剣だ。
午後の稽古になるといつもこうやってフィオーラと剣を交えるのが日課だ。
フィオーラは背が高く、力もある。しかしそのせいか小回りの利く動きが苦手なようだ。一撃を受け止めるのさえラディアには困難だが、それを知ってからは斬撃を受け止めるようなことはしなくなった。
上手く攻撃を躱しつつ、フィオーラの懐に何度も入り込む。剣を首元で止めては、また同じように首元で止める。
第三者から見てもラディアとフィオーラの力の差は圧倒的だった。
「ふう・・・やっぱ凄いね、ラディア。」
「ううん、フィオーラもだいぶ動き良くなってると思う。」
「あはは。ラディアにそう言われるとちょっと自信つくよ。」
「ごめん。偉そうだね、ちょっと。」
「何言ってんの。そんなことないよ。というよりも少しくらい偉そうにしてもいいんじゃない?ラディアは学院でも一、二を争うくらいの力があるんだから。」
ラディア自身はフィオーラの過大評価だと思っている。だが学院の中では弱くはない、それは断言できる。月に一度行われる学院生徒による一対一の試合では三度その頂点になったことがあるからこその自信だ。
「まあラディアのライバルになり得るといえば、シュミットくらいだろうね。」
「シュミットは私よりも上だと思うけど・・・・・」
「また過小評価してる。本当にそんなことないのに。」
シュミットはサウランド家の一人息子で公国の未来を担う存在だと学院でも期待されている存在だ。戦闘力も高く、ラディアも勝てるかどうか分からない。
何度か試合形式で戦ったことがあったが、あそこまで苦戦した記憶はない。
ラディアは広い訓練場にいたシュミットの方に視線を向ける。横柄な態度を除けばシュミットは兵士として既に一流と言えるだろう。
ラディア達と同じように試合を行っているが、やっぱり強い。動きは鋭いし、フィオーラを超える力の持ち主だ。
「うわあ、やってるね。あいつも。相手のシャルドネもきつそうだね。」
フィオーラは可哀そうにという表情を浮かべる。
「いつもシュミットの相手してるからシャルドネも強くなってきてるけどね。」
フィオーラとシャルドネ・・・ラディアにとって戦い辛いのはシャルドネだろう。その理由はシャルドネがラディアと同じ戦闘タイプだからだ。力で攻めるのではなく、動きの速さを重要視した戦い方だ。フィオーラはそれとは真逆の力を重要視した戦闘タイプで、シュミットはバランス型だ。ただし彼の場合、力も素早さも守りも全てが優れているバランス型なので、他の人とは段違いだ。
シュミットに勝ったことはあるが、やはり勝てる想像ができない。もっと精進しなければならない。
ラディアはそれから数時間、フィオーラと共に稽古を続けて終わったのは夕闇が空を覆った時間だった。
「ふう・・・・今日も動いたねぇ。さすがに疲れたわ。」
フィオーラは一度大きく伸びをして、学院の敷地を出る。
時間も時間なので学院に近い飯屋は混み合っており、賑やかな雰囲気に包まれている。町には夜灯がつきはじめ、本格的な夜が訪れようとしていた。
ラディアとフィオーラが住む家は近い。まあだからこそ自然と仲良くなることができたのだ。学院まで要する時間はおおよそ歩いて三十分。太陽は完全に沈みきり、暗闇に包まれるが、通りを照らす明かりがあるため、視界に困ることはない。
二人はあそこはああだとか戦闘の改善点を話し合いながらいつも帰路についている。これが反省に繋がり、次の稽古に役立っているとラディアは個人的に思っている。何より友達とそういう会話を共有できるのが純粋に楽しかった。
二人は何件かの飯屋や飲み屋を通り過ぎて、人通りの少ない道を歩いていた。
いつもと同じ帰り道なのだが、いつもとは違う見慣れないものがある。ものではない、人だ。しかも一目見ただけで怪しげだと感じる人間だ。
ラディアは背後を確認するが、誰もいない。前方にいる怪しい人以外この通りには誰もいない。
ただまだわからない。怪しいだけで、実はなんでもない普通の人かもしれない。その可能性は捨てきれないし、むしろそっちの方が確率は高いと思われる。というか思いたい。
注意を怠ることなく、二人は通りを歩き、怪しげな紫のローブを着た人とすれ違う。
「・・・・学院、生徒、殺して、殺したい。」
途切れ途切れではあるが、低い男の声が聞こえた。と思った瞬間、すれ違い様に怪しげな男はラディアに飛びついてきた。ラディアはそれを待っていたかのようにくるりと回転して思いきり男の鳩尾に蹴りを入れた。予想以上に硬い感触だった。鍛え上げられた肉体なのか、いやもしかすると人間じゃないのかもしれない。
ラディアの予想が的中したのはすぐにわかった。フードの奥に見えた顔は皮膚も肉もない骸骨だったからだ。
「ア、アンデッド・・・!?」
「え!?何で!?意味わからない!!」
ラディア以上に驚きを隠せなかったのはフィオーラだった。
公国にアンデッドが潜んでいるなんて荒唐無稽な話だ。それが事実なら神を崇め、死を憎む国の面子なんてあったもんじゃない。死霊族と呼ばれる種族とは縁遠い国だと思っていたのは間違いだったのだろうか。
「とにかく逃げよう!」
「う、うん!」
ラディアはフィオーラの手を掴み、暗い路地をひたすら走った。振り向くことなく走り続けて、気付けば見慣れぬ住宅街に到着していた。
「どこ、ここ?」
「う、うん、ちょっとわかんない。」
二人とも今いる場所がどこなのかよく分かっていない様子だった。道など気にしないで逃げ出したからそれも致し方ない。
後ろを振り向いても誰も追ってくる気配はなかった。ラディアはそれを確認して初めて大きく息を吐いた。
「・・・なんとか逃げ切れたのかな?」
「ってかあれ何?どう見てもアンデッドだった気がするんだけど。私が夢を見ているのでなければ。」
「たぶん、夢じゃないとと思うよ。私もアンデッドを見たから。」
「二人とも夢を見てるのかもよ?そういう幻覚魔法をかけられたのかも。」
フィオーラが荒唐無稽なことを言う。彼女も本気でそうだと思っているわけではないだろう。そんなことを言ってしまうくらい理解できないことが起きているのだ。
「その方が全然いいよ。そうであってほしいね。」
とりあえずこの事を伝えなければと思い立つも、この話をしたところで信じてくれる人がいるとは思えない。逆に国賊だと罵られ、牢獄にぶちこまれる可能性も無きにしもあらず、だ。
それでも野放しにしといていいはずがない。
「とりあえず衛兵の人に伝えよう。アンデッドって言葉は出さずに不審者がいたってことを。」
「そだね。どうせ信じてくれないだろうし。」
二人がその場からを離れようとした時、邸宅の屋根の上から声が聞こえた。
みーつっけた。
「な・・・何で・・・」
アンデッドの顔が歪む。骸骨なのにもかかわらず、愉悦な表情に見えるのは気のせいだろうか。
フィオーラは驚きすぎて身体を硬直させている。ラディアはそれに気付いてフィオーラをおもいきり突き飛ばした。
「フィオーラ、走って!」
ラディアはそのまま剣を抜き、攻撃を仕掛けるがアンデッドは流れるような動きでラディアの剣を避ける。死を招く瘴気を振りまく姿は死神そのもの。額に汗が滲み、寒気が襲ってくる。これが死霊族と接触した時の感覚か・・・
しね。
アンデッドはラディアのすぐ目の前に移動する。
アンデッドの動きを注視していたはずなのに全く反応することができなかった。
終わった。呆気ない最期だった。フィオーラは逃げることはできただろうか?こんなにも、突然死というものが訪れるなんて思わなかった。不思議と恐怖という感情が浮かんでこなかったのが唯一の救いだった。
そうしてラディアが命を自分から手放そうとしたとき、目の前のアンデッドが突風に巻き込まれたかのように吹き飛んで行った。
何が起こったのか全く分からなかったラディアの目に飛び込んできたのは木の棒を持った男の姿だった。




