突 然
中央区だけでなく、全区域に戦いの幕が切って落とされた。
魔物との戦闘とは違い、人間同士の争いというのはやはり醜い。
「ひっ!バルカー!」
震える声が鼓膜を揺らす。そのビビり様に少しだけ可笑しさを感じた。
「今の私は民を殺すことを厭わない。逃げるのなら見逃しますよ。」
「ひ、ひいいいい!」
粗末な武器を地面に放り投げて一目散に逃げる。
見逃す、という言葉をかければ、たいていの人は今のように逃げていく。それくらいバルカーの強さというのは民衆に知れ渡っていた。
しかし全員が全員、逃げ出すわけではない。なかには無謀にも剣を向けてくる者もいる。そういう人間に慈悲を与えるほどバルカーは優しくない。
何十人かの民兵を殺した。何か思うことがあるかと問われても、別に何もない。民を殺すことが初めてではないし、それがギリアムの障害になるのならすすんで殺すだろう。
バルカーがギリアムのもとで働きはじめたのはおよそ五年前から。ギリアムはその頃にはもう町長の座についており、レモンネークの社会を変えようとしていた。
出会った瞬間にカリスマ性を見抜き、バルカーはこの人のもとで働きたいと感じた。
それは今でも間違っていたとは思わない。こんな状況になっても気持ちは変わらない。
双方の民兵が疲弊しきっており、このままでは反乱が終わってもレモンネークの町が崩壊しかねない事態だ。
世界政府もレモンネークの反乱に危機感を覚え、仲裁するべく使節団を派遣したとの情報を得たが、あまり意味はないだろう。世界政府が機能するならば、フェザーランド公国の暴走を止められただろうから。
「バルカー様!こちらへ来てください!」
「どうしました?」
「ミセス ブブカが・・・」
バルカーはブブカの戦闘力の高さを信頼していた。もしかしたら自分よりも強いのではないかと本気で思っていたくらいだ。彼女が駒として存在するのとしないのとでは作戦に雲泥の差が出るほどだったのだが・・・まさかこんなことになるなんて。
バルカーの視界に入ったのは血だまりのなかでピクリとも動かないブブカの変わり果てた姿だった。
一目見ただけで死んでいるとわかる酷い惨状だった。ブブカを悼む気持ちと同等に彼女を殺すことができるくらいの実力者がウェルバック派にいるということに不安な気持ちが募っていく。
ティルクの奴の仕業か?と一瞬疑ったが、正直ブブカをここまでできるほどティルクは強くはない。ティルクと手合わせしたことのあるバルカーから見て、それは断言できる。
ウェルバック本人という線もあるにはあるだろうが、本人が先陣を切るというのも想像しづらい。
「ど、どうしましょうか?ミセス ブブカほどの人がこんな・・・」
「私たちが知らない存在がウェルバック派にいるということでしょう・・・ただ降伏するという選択肢はありませんよ。もはや引き返せないところまできていますから。」
引き返せば殺されるだけ。ウェルバックも以前と同じような振る舞いはしないだろう。
「ただ、ブブカをこのままにしておくのは忍びない。」
「わかりました。しかるべきところに埋葬します。」
「・・・ああ。」
バルカーが向かったのは中央区。南区よりも悲惨な状況ではあったが、ここまで来ればどこも似たようなものだった。ひとつ違うのはこの中央区にウェルバックがいるということだ。
馬に跨り、中央通りを一直線に通り抜ける。いくつもの屍を横目にするもバルカーは馬の速度を緩めることはなかった。
町長会館の目の前まで何の障害もなく来ることができたものの、館の目の前には一匹の魔物がぼーっと突っ立っていた。あれはオーガだ。ただし普通のオーガよりも一回り、いや二回りほどでかい。
バルカーは周囲に視線を彷徨わせるが、見たところ人影はない。どうやらこのオーガを館の門番にしているようだ。通常のオーガならばそこまで苦労することなく倒せるが、油断すればやられる可能性もある。バルカーは一度気を引き締める。
「う”ぉ?」
オーガはバルカーが接近しているのに気づくと、喉の奥に何かが詰まったような声を出した。
首を傾げている表情を見ていると戦意は感じられない。
「そこを通してもらいたいのですが・・・・・っと言っても伝わるわけありませんね・・・」
「お”う?」
「まあいいです。あなたを殺してでも通させていただきますよ。この館にウェルバックがいるのは分かっているので。」
バルカーは愛用の戦鎌を手にし、オーガの懐に入り込む。戦鎌は農民が使う農機具を改良して武器にしたもので、農民兵が装備することの多い平均的な武器だと言われている。だが、バルカーにとっては長剣や槍よりもずっと使いやすい武器だった。
この戦鎌を使いはじめておよそ二十年の月日が経つ。もはや達人の域に到達しており、オーガの右腕を刈り取るくらい容易なことだった。
声にならない苦悶の叫びを上げて痛がるオーガにバルカーの戦鎌は容赦なく、襲い掛かる。次は左腕を切断する。あっさりと分断され、どす黒い鮮血と濃緑の肉片が散らばるとオーガは白目を剥いてうつ伏せに倒れた。
バルカーは戦鎌を下ろさず、警戒を緩めない。
「おおおおおおおお!!!!合格ですネ❤」
オーガの首が360°回転し、口角が吊り上がったままの表情で硬直した。
「な・・・・」
バルカーが瞬時に後退するのと同時にオーガの身体が脈を打つようにして大きく揺れ動いた。その後、着ぐるみを脱ぎ捨てるようにオーガの中からピエロが現れた。
「デス・・・・ピエロ・・・」
咄嗟に言葉が出ないバルカー。それもそのはず、デスピエロという魔物が目の前に突然現れたのだから、それも当然のことだろう。
冒険者ギルドが設定する魔物危険度S、A、B、C、Dの五段階の中でデスピエロは危険度Aに位置する災厄の存在だ。
危険度Cのオーガがかわいく見える。いくらなんでもデスピエロを倒すのは難しい。自信を持って言うべきことではないかもしれないが、断言できる。
「おほう、私のことをご存じだとはありがたい話でございますね。どなたかは存じませんが、いや素晴らしい心持ちでございました。オーガを倒しても油断をしなかった・・・あれはとても大事なことです。強者と言われる方々は皆様それを自然と実行しているものですヨ?」
魔物が言葉を話している。しかも人間の言葉を。あり得ない話ではない。世界は広いし、バルカーが知らないことだってたくさんある。けれど正直驚きを禁じ得なかった。
「この表現が正しいのかどうか分かりませんが、あなたは何故オーガの中に入っていたのでしょうか?」
「あなたを試したくて。オーガくらいは倒せるでしょうし、倒したあと驕ることなく、平常心を保っていられるかどうかを。」
デスピエロはにこやかに笑った。
「何故試す必要が?」
「ただの雑魚を始末しても何の意味もないですからね。無駄なことはしたくないのです。ただ実力がある人間を殺すことは意味があります。私の存在に箔がつきますから、ふふふ。」
殺すことを楽しんでいる。しかもそこにこだわりがあるようだ。自分の尺度で価値の有無を判断し、見合わない者は無視し、見合った者は殺す。ゲームをする感覚とほぼ一緒だ。
魔物相手に言うことでもないが、こいつは狂ってる。
逃げ出したとしても逃げ切れる確率はほぼ皆無。ならばもう向かい合うしか選択肢はない。バルカーはふうと軽く呼吸を整えて、戦鎌を構えた。
「ほほう、覚悟を決めたようですね。その潔さも合格点です。ウェルバック様が唯一認めていた人間なだけはありますね。」
戦鎌を持つ手が自分にしか分からない程度に震える。これは武者震いだと言い聞かせ、デスピエロに向かっていく。
戦鎌を振り下ろし、デスピエロの肉体を真っ二つにしたように見えた。が、何もないところに鎌を振り下ろした感覚をバルカーは抱いていた。
幻影か!?
デスピエロと相対するのは初めてなので、正直どんな技能を持っているのか定かじゃない。形勢不利なんてものじゃなく、無謀な挑戦だ。
バルカーはそれでも果敢にデスピエロに挑む。
戦鎌を器用に使いこなし、素早く振り切るが、デスピエロには届かない。
デスピエロはバルカーの一撃を避けてはいない。周囲に展開されている魔力の瘴気が威力を全て無に返したのだ。
「ん、ああ言っておくの忘れてました。私には物理攻撃耐性Aという特性がありますので、ほとんどの物理攻撃は私の前では意味をなさないですよ?私を殺したいなら魔法が最も有効だと思います。」
まるで敵に情けをかけられているようだ。弱点を教えてやるから倒してみろ。まさにそう言っているのだ。間違いなく面白がっている。まさにゲーム感覚といった感じだ。
だが意地を張ってその忠告を無視するほどバルカーは幼稚じゃない。
魔法を行使する。
「ヘルファイア!」
館前に紅蓮の炎が巻き上がり、炎熱のカーテンを作り出した。
「ん、B級炎魔法ヘルファイアですね。身体能力からして物理特化型の人間だと思っていましたが、魔法の方も良い腕をしてますね。素晴らしいです。」
灼熱の地獄のなかで手放しの賞賛をしてくるデスピエロ。魔法が効いている様子はない。バルカーの魔法の質や威力がデスピエロに攻撃を与えられる基準に達していないということだろう。
悔しさはない。半ば予想できたことだ。
「・・・まだ終わりじゃない。」
「そうですよね、これで終わりじゃさすがにつまらなすぎますよ。」
「・・・まだ終わりじゃない!」
バルカーらしさとは程遠い熱を感じる。
デスピエロを倒すことを殆ど諦めていたバルカーの心が動き出す。
「アクセルギア。」
移動速度大幅上昇。物理攻撃上昇傾向。
「炎熱の大鎌。」
手にした大鎌が灼熱の炎に包まれる。熱気が周囲に充満し、バルカーの額に汗が浮かぶ。
「行くぞ・・・!」
先程とは比較できない移動速度でデスピエロに迫ると炎鎌を振り下ろす。魔力の瘴気で炎鎌は遮られるが、徐々に瘴気を霧散させ、デスピエロに近付いていく。
「よい攻撃ですね。あともう少しで届きますよ。ほら、頑張って下さい。」
あともう一押し・・・! だが、もうバルカーはこれ以上の力を出せる魔法も技能も持っていない。実質、今のが彼の最強の攻撃だった。そのことにデスピエロも気付いたようで、落胆した様子で大きなため息をついた。
「ふう・・・どうやらこれ以上の攻撃はないようですね。残念です。よくこの程度でウェルバック様のもとへ辿り着けると思いましたね。無謀、軽躁・・・そんな言葉があなたにはお似合いです。」
デスピエロが纏う雰囲気が急変した。魔力の瘴気も段々と濃くなっていき、今までとは雰囲気が全く異なる感覚を抱かせる。
「もう飽きてしまいましたし、終わりにしましょうか。」
バルカーは自分に死が近付いてきているのを肌で感じた。漠然とした予想ではなく、絶対的な確信だ。
それでも武器を構え、デスピエロと相対する。最後まで抗うことをやめてしまえば、自分の価値は本当に何も残らない。
デスピエロがケタケタと耳障りな笑い声を振り撒きながら超速でバルカーのもとへ飛んでくる。
死というのは本当に突然訪れるらしい。
「ギリアム様、申し訳ありません。」
戦鎌を思い切り振り下ろしたバルカーの意識はそこで途絶えた。
その日のうちに町長会館を訪ねてきた者は誰一人としていなかった。




