呆気ない終わり。
カチカチと歯がなる。強く噛み締めて、怒りを堪えるが、表情は隠せない。感情が色濃く出たその顔は般若の如しだった。
これはなんだ?何が起きてこうなった?誰が、いや誰がなどという問いは意味がない。なぜなら誰の仕業かは分かるからだ。確かめた訳じゃない。だが、あいつしかいない。すぐさま殺すべきだった。反乱が起きるかもしれないと野放しにして生かしておくなんて甘いことをするべきじゃなかった。後悔という感情が滝のように心に流れてくる。
するとまたその後悔が変異して憤怒に変わる。その繰り返しだった。
ウェルバックは町長室でひたすら机に置いた一枚の紙を睨んでいた。その紙はレモンネーク全体に張られたウェルバックを貶める紙。信じる奴なんていない、大丈夫、そんな声は聞こえてこない。これを確認した人は皆、ウェルバックに疑いの目を向けてきた。
それもそのはず、その紙には特殊な魔道具が張られていたのだ。光を利用して映像を射出する特殊な魔道具が。
そしてそこに写し出されていたのはウェルバックが森の中の魔物に賛辞を送っている場面だった。
いわゆる隠し撮りのような形になっている。
・・・だが、こんな場面は存在しない。ウェルバックは魔物に賛辞を送るなんていう行為をしてはいない。そんな危険で愚かな行為をするはずがない。つまりこれはでっち上げ。嘘を真実かのように捏造されたということ。しかし見事だった。どう見ても映し出されているのはウェルバック、そしてレモンネークを襲った魔物達だ。
これを目にした民衆は一瞬意味を理解できなかった。何故町長のウェルバックと魔物が一緒に映っていて、魔物達はウェルバックに頭を下げているのかを。
しかしゆっくりと思考が動き始めると疑惑という感情が滲み出てくるのを感じた。
ウェルバックが魔物を利用してレモンネークを襲わせた?
確かにあの出来事がウェルバックが町長になる決定打になったと言われている。魔物を撃退した強さ、それが今のレモンネークの町長には必要なのだ!と民衆は悟った。全てあの出来事がきっかけだ。
疑惑を確信へと変え、すぐに行動に移す者も現れた。町長会館を取り囲み、説明責任を果たせと大声で叫ぶ一部の民衆がいた。人数は最初は微々たるものだったが、その行為は徐々に隠れていた悪意に火をつけていく。
気づけばウェルバックを支持する者は選挙前の半分に減っていた。大まかな数でしか判断はできないが、ウェルバック勢力と反勢力が均衡しているのを見て、そう判断した。
してやられたか。怒りは沈静化し、愉悦な笑みが込み上げてくる。はたから見れば情緒が不安定で不気味に見えることだろう。これは魔人の特性ではなく、ただ単にウェルバックの性格がそういうものだというだけだ。
「裏でこそこそと動き回るのはあまり得意じゃなかったからな。ちょうどいいさ。ゲシュラ、お前の大好きな殺し合いの始まりだ。存分に暴れればいい。」
「・・・相手はギリアム派の連中ですか。あまり面白そうじゃありませんね。」
「ストレス発散にはなるだろう?あと体は動かしてないとすぐに鈍るぞ。良い機会だろう。」
「まあ何にせよ、ウェルバック様の命なら嫌でもやりますよ。」
「ああ、頼んだぞ。」
「遠慮は入らないんですよね?」
「もちろんだ。」
面白くなさそうだと言いながらもにやにやを止められない様子のゲシュラを残して、ウェルバックは町長室を出る。自分が町長になってからまだ数日、指て数えられる程度の時間しか経っていない。にも関わらず、こんな事態になるとは想像もしていなかった。
町長会館二階の廊下に備わる窓から外を見てみると布に辞任せよと赤い文字ででかでかと掲げているのが目に入った。
イライラが募るよりも、弱者が騒いでいる姿が滑稽に見えて、思わず微笑を浮かべてしまう。正義感に突き動かされての行動だろうか?どちらにせよ、騒音を出す虫は駆除しなければならない。
「問題はどうやって始末するか、だな。」
ここで殺戮を始めたならば火に油を注ぐかの如く、ギリアム派は武力で攻め入ってくるだろう。だが考えてみれば好都合か?いや半分になったが、ウェルバック派がいなくなったわけじゃない。目の前のデモを起こす民衆を駆除してしまえば、そいつらの支持すらも失ってしまうのは明白だろう。
「喚いてますね、カス共が。始末しますか?」
「キップか。それをすれば誰一人として俺を支持しなくなるだろうな。」
「ウェルバック派の人間を集め、その者達に殺し合いをさせるのはどうですか?」
「それならば直接関わったわけではないから支持者を失うこともないと?」
「はい。どちらかと言えばウェルバック派の戦士として進んで戦ってくれるかもしれません。」
「そんなうまくは行かないだろう。」
ウェルバックとキップの間に沈黙が訪れる。
「・・・・・私の魔法を使いましょう。」
「魔法?お前は魔法を使えるのか?」
「はい、C級までの階級しか使えませんがね。」
「で、なんの魔法を使うんだ?」
「洗脳魔法です。」
「何?洗脳魔法だと?お前が洗脳魔法を使えるというのか?」
「はい、戦闘に特化した魔法はほとんど使えませんが、洗脳魔法だけは唯一得意なんですよ、これが。」
洗脳魔法は特殊魔法のひとつで、持って生まれた特性がなければほとんど使えない代物だ。つまり生まれ出でた時に才能があるかないかで使用の可否が決定するということ。
キップには洗脳魔法の才能があったのだ。
ただし洗脳魔法の常識として数時間の祈祷のような時間が必要になる。戦闘中に相手を瞬時に洗脳できるような万能性はなく、主に罪人などに使用し、長い時間をかけて真実を話させるためのものだ。逆に言うとそういう用途以外で使う機会がないとも言える。
「キップ、俺はお前を見くびっていたようだ。お前を秘書に任命したのはその知謀を利用しようと思ったからだ。まさか洗脳魔法を使えるとは想像もしていなかったぞ?」
「それは仕方ないことですよ。私も率先して魔法についてお教えしなかったので・・・」
「ふ、まあいい。お前に任せてもいいんだな?」
「ええ、問題ないです。」
「ならば頼む。」
キップの他にいた別の秘書は数日前に忽然と姿を消した。ウェルバックのもとで働くことが嫌になったのだろう。この騒ぎが全ての元凶だ。
窓の外では依然と抗議デモが続いている。
それから外に異変が起きたのは半日の時が経った頃だった。
ブブカはひたすら中央区へ向けて走っていた。
建物が半壊し、黒煙が空を覆っている。まさか民衆同士が剣を交えて反乱が始まるとは思わなかった。ウェルバック派とギリアム派の民。その二派間の小競り合いがきっかけになり、レモンネークは大反乱に陥った。
この町は呪われているのではないか。あまりにも争いごとが多すぎる。そんな声も耳にしたが、あながち間違いでもない気がする。さすがにこの短期間は激動すぎた。けれどこの一年がまさにレモンネークの転換点になる。今が踏ん張りどころだろう。ブブカは覚悟を決めた。
「ミセス ブブカ・・・・だな?」
凡人では到底出せない速度で駆けていたブブカの耳に男の低い声が聞こえてくる。
妙にはっきりと聞こえたその声にブブカは警戒心を募らせる。
「誰・・・!?」
「お、いい反応だな。さすがはミセス ブブカ。さすがは元A級冒険者。」
腰に携えていた長剣を振り抜き、すぐさま目の前の愉悦な笑みを浮かべる男に斬りかかった。何者なのかと聞いている暇はない。感覚で分かる、目の前の人物がやばい奴だということを。倒さないと・・・ギリアム様のもとにこいつは向かう!本能がそう叫び、ブブカの身体を動かす。
「はあああああああああああああああああ!!!!!」
「おいおい、いきなりだな。野蛮な女だ。まあ嫌いじゃないぞ。」
ブブカの一閃を苦慮することなく避けた男は膝蹴りをブブカの腹に打ち込んだ。
「ふん!!!」
「あごふぅ!!!!」
何が起こったのか分からない。攻撃を躱されて、何をされた・・・?速すぎて、見え・・・
腹部の強烈な痛みが収まる前に顔面がへしゃげる痛みを感じる。正確に言うと痛みという概念に収まらない何か、だ。
「おがぺぇ!!!!」
激痛で悶絶するブブカに男は微笑を浮かべる。心から楽しんでいる、そんな表情だ。
「おらおら、どうした?そんなもんか?元A級冒険者なんだろ?」
ブブカは霞む視界の中で精一杯男を睨み付けていた。もう男が浮かべる表情を判別することはできない。
この男は人間じゃない。それは断言できる。こんなにも尋常ならざる力を持っている人間がいてたまるか。あり得ない、恐すぎる。
ブブカは回想する。
・・・・・冒険者になってどうするというんだ?お前にはギリアムのもとでメイドとして働くという責務があるのだぞ?
父の声だ。久しぶりに聞いた。いやもう聞くことはできないこの世には存在しない声だ。ああなつかしい。
・・・・・強くなるの。メイドがしおらしくないといけないなんてことはないでしょ?強ければギリアム様を守ることができるもの。だから私は誰に何を言われようと強くなるの。
ああ、そういえばそんなことを言った気がする。頭の奥底にしまったまま、取り出すことのなかった記憶。強ければ痛いのを我慢できたのだろうか?強ければあの男に勝てたのだろうか?ブブカはA級冒険者としてデモテルで活動していたが、ある程度強くなれたという自負があったし、ギリアムを守れるほどの力を有しているという確信に似た自信もあった。
だが、それもこれも・・・何もかも無駄だった。あっさりと崩された。突然現れた得体の知れぬ男に。男を睨んだブブカの目に宿っていたのは憎しみだったのか、悔しさだったのか、それはもう誰にも分からない。
ブブカは誰も帰ってこない暗い世界へと旅立った。
「ふん、終わったか。呆気なさすぎないか?やっぱりつまらないな。早いとこ終わらせて、ノームに遊びにいってみるか。」
男は鼻を鳴らして、血だまりに沈むブブカを背に歩き出した。




