ミミのお勉強
それは突然でした。
でも心のどこかで望んでいて、叶ったことが嬉しくて。
ミミはあの方に抱きつきました。
そして改めて誓ったのです。私の全てを捧げてこの方を守り抜く、と。
視界が薄っすらと開けてきて、少しずつだけど状況が理解できた。
ミミは呼び出されたのだ、下界へと。
何もないのなら絶対に来たくないところだけど、今は違う。
だってタケミカズチ様がいるんだもの。
行きたくて行きたくて仕方なかった。
タケミカズチ様が神下の誰よりも先にミミを呼んでくれたことは言葉では言い表せないほど嬉しかった。
呼び出された場所ではそんな二人の邪魔をするかのようにミミ達の周りを複数人の人族が取り囲んでいた。
それがタケミカズチ様との再会を邪魔されている気がして無性に腹が立った。そしてそのタイミングでタケミカズチ様がミミにお願いをしてきた。お願いなんてしなくてもミミは拒否しないのに。無理難題を含んだどんなことでも。
「ミミ、こいつらを抵抗できない状態にしてほしい。ただし殺すことはないように頼む」
「はい!お任せください!」
殺さないように……それが一番難しいけど、タケミカズチ様の言うことは絶対!!
ミミ、頑張ります!!
ミミはそのままファイティングポーズを取る。何か意味があるかと言われると、特に何もない。ただただカッコいいと思って。てへ。
敵は十五人、ううん十七人いるっぽい。下界での初戦闘。どんな相手なのかミミは楽しみでぷるぷると震え出した。
「お嬢ちゃん、どうやってここに来たのか知らないけど……まあそいつが魔法で呼び出したんだろうけどな?帰りな?危険だぞ、ここは」
「そうだぞ?君みたいな子供じゃあ命がいくつあっても足りないぞ?」
笑いながらそう言う。隙だらけだ。
完全にミミのことを舐めてるよね?これは久し振りにムカムカの頂点だよ。
でも少し抑える。あの方の願いだもの。
ミミはこれ以上ないくらいの目一杯の笑顔で口を開く。
「うるさい。黙れ、虫ケラ」
ミミは有無を言わさずに目の前の男を殴り飛ばした。木々をなぎ倒していきながら鉄砲玉のように飛んでいく男の身体。もちろん加減はしているよ、安心してね。
軽々と吹き飛んでいく男の行方を他の者は呆然と目で追っていた。一瞬、何が起きたのか理解できずに戸惑いを見せたが、冒険者としての意地というか魂というか、心の奥が震え始めたようだ。
目に見えて変わったのがミミにもわかる。お、本気になったみたい。
下界の連中がどれほどの力なのか、純粋に気になっていたので、こういう機会があって、良かったとは思う。
まあもっとタケミカズチ様と再会した感動を味わいたかったけど。
吹き飛んだ男は木にぶつかり、凄まじい打音が響き渡る。だが死んでいない。気絶しているだけだ。ミミの加減がうまくいった。
「てめぇ!クソガキが!!!」
さっきの態度とはうって変わってミミに冷えきった視線を向けながら冒険者たちは攻撃を仕掛けてきた。
隙だらけの太刀筋に欠伸を堪える。ミミには彼らの動きの全てがスローモーションに見えてしまう。表情の変化すらも読み取れる。
次々と斬りかかってくる男たち、なかには女の人もいたけども、彼らの攻撃は到底ミミに届くレベルに達していなかった。
「あ、当たらねぇ……な、何なんだ、このガキ!」
「こんなことあり得ない!なんだこいつは!」
実際彼らのレベル、いわゆる冒険者ランクというものはC級。A、B、C、Dに分けられるランクでCは普通だ。しかし天界で考えれば、その実力は羽虫並み。だから彼らがミミの相手になるわけがないのだ。
たった数秒。それですべてが終わった。目にも止まらぬ速さでその場にいた全ての冒険者を殴打し、気絶させた。
タケミカズチ様に言われた通りに命を奪うことなく、やり遂げることが出来て、内心ほっとしている。
「よくやったぞ、ミミ。上出来だ」
タケミカズチ様からのお褒めの言葉。それが何よりも嬉しい。思わず顔を赤らめてしまう。
「そうだ、ミミ。体の具合はどうだ?」
タケミカズチ様の質問の意図が一瞬理解できなかったミミはまだまだ甘ちゃんだ。精進しなければならない。
その意図は下界へと転移して生じた体調の変化を聞いたもの。
でも安心してください。ミミの体は絶好調。天界にいた時とまるで変わりないです。
タケミカズチ様はミミの言葉に安堵した様子を見せる。
それからタケミカズチ様から今の状況について教えてもらった。
町にいる冒険者全員から狙われている女性を探している、とのこと。ミミは少し羨ましいと思った。ミミが狙われて、誰かに捕まったりしたら、必死に探してくれるだろうか?なんてことを考えてみたりして。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。ふふふ。」
たぶん、いや絶対に駆け付けてくれる。タケミカズチ様なら。
タケミカズチ様と共に森のなかを歩き出す。気絶させた冒険者たちは縄でぐるぐる巻きにして、茂みのなかに放り込んでおいた。まあいつになるかは分からないけども時期に目を覚ますだろう。
女性、名前はシルビアというらしい。その人を見つける前にまた新たな人物が登場した。
「申し訳ありません、ミカズチ様。遅れてしまいました。」
誰だろう、この綺麗なお姉さんは。嫉妬スイッチが僅かに押される。
表情に出ていたのか、タケミカズチ様は説明をしてくれた。
彼女はククノチ様の最上級神下らしいです。あれれ?ミミよりも凄い人だった。何でこんなところに?
「ククノチが俺のために派遣してくれたんだ。名前はリリフ。下界に詳しいからある程度のことなら答えられるぞ、たぶん。」
なるほどです。下界案内人という感じですね。見た目は容姿端麗なエルフの魔導士。タケミカズチ様の神下の中にもゲイルというチャラ男のエルフがいます。あの人とは性格が正反対であることを望みます。
「そういやリリフ、ビルとシウラは無事にキロスに?」
「はい、少々邪魔する輩がいましたが、無事にキロスへ送り届けました」
ビル?シウラ?キロス?何が何だかわからない言葉がリリフとタケミカズチ様の口から発せられるのをミミは戸惑いながら聞いていた。
タケミカズチ様は今までのこと、一日とちょっとの間にあった出来事を簡潔に教えてくれた。
ふむふむ。聞くところによるとタケミカズチ様もこの状況の突発的な変化にびっくりしている模様。
ここはミミが力にならなければ。
シルビアという女性を探す。タケミカズチ様はミミを呼び出すために神力を根こそぎ使ってしまって、探知ができないみたい。
ミミは軽い身のこなしで木に登り、うさ耳をそば立てる。
むむむむむむむむ・・・・・・・・・
鋭敏な聴覚でどこに何がいるのかをある程度把握できる。もちろん正確には難しいけれど。
「見つけた、かな?たぶん」
「本当か?」
「はい!ここから南に向かうと洞窟があります。どうやらそこにいるようです。」
ミミとリリフはタケミカズチ様を挟む布陣で森の奥へと足を進めていく。
途中でばったりと出くわしたレッドベアをミミは一撃で倒しました。邪魔ですよ。私の前に、いやタケミカズチ様の前に立ちはだかる者はミミが成敗します。
そんな気概も見せつつ、ようやく洞窟の前まで辿り着いた。
真っ暗で先が何も見えない入り口に足を踏み入れると、湿気の多さで肌に膜を覆うような感覚が襲ってくる。気持ちの良いものではなかった。
「うわわ、結構暗いですよぉ」
「こりゃあ何も見えないぞ」
数メートル先の視界さえはっきりしない。そのなかで進むのは危険だが、後ろにいたリリフが魔法を行使した。魔法といっても洞窟内を照らし出すだけの光を小さく指に灯しただけ。
しかしそれだけでも周囲の明暗が驚くほど違う。目の前の状況、そして同行した者の顔が見えるというのは非常に安心するものだった。
リリフには感謝だが、ミミも負けていられない。タケミカズチ様の役に立たなければ。
ごつごつとした岩肌を横目に歩き続けていると、徐々に道幅が広くなり、三人が横並びになっても十分にスペースが余るほどだった。
光に反応して蝙蝠が飛び交う。ミミは初めて蝙蝠を見た。こんな生き物が下界にはいるんだなと何故だか感慨に耽る。パッと見たら気持ち悪いけど、よくよく見たら愛らしい顔をしていた。
「おお、これが蝙蝠ってやつか」
タケミカズチ様も初めて見るらしい。
「意外と可愛いです。ここまで多いと気持ち悪いですけど」
「確かにな。蝙蝠という生物がいるというのは知ってはいたが、もっと気味の悪い感じだと思っていたから意外だな」
タケミカズチ様とそんなたわいもない話をしている間に、何やら広い場所に出た。
そこは人工的に作られたのではないかと思ってしまうくらい綺麗に正方形に切り取られた空間で、その中央に横たわっている女性がいた。二人の反応を見るとあの人がシルビアという女性のようだ。
ミミは周囲の音を敏感に感じ取りながらシルビアのもとへと歩み寄った。
死んでは・・・いない。どうやら気絶しているだけ。三人は安堵する。
しかしそれを壊すかのようにミミの耳がうねりを上げる叫音を感じ取った。続けて地面が小刻みに揺れ動く。
ミミは気を引き締めて、辺りを警戒する。
「「下です!!!」」
リリフとミミがほぼ同時に声を揃えて叫んだ。
三人は一斉にその場を離脱する。倒れていたシルビアをミミは軽々と抱える。その体重の軽さに正直驚いた。ミミよりも軽いってことはないけどね!
地面がぽっかりと穴を開けて、蜥蜴のような巨大な生物が顔を出す。黄色い瞳は洞窟のなかで不気味に光り輝き、ミミたちを刺々しい視線で睨み付ける。
時刻はちょうど正午。12時になったからご飯でも探しに来たのだろうか?
ギャルルルルルルルルルルルルルル!!!!!!!
波状に広がる音の強襲。一般の冒険者ならば確実に仰け反ってしまうだろう。それくらいの迫力と威圧感が背中に圧し掛かってきた。
ミミはこの蜥蜴を知っている。天界ではこう呼ばれていた・・カナへビと。
「カナヘビ・・・第一級モンスター」
モンスター、魔物、様々な呼び方があるが、通常の動物とは一線を画す体内に魔力を宿した生命体がそれだ。
魔力をどれだけ体内に宿しているかで、そのモンスターのランクが決まる。もちろん天界にもモンスターは存在するので、決して目新しいものではない。だから戸惑いや驚きという感情はほとんど生まれない。
そしてこのカナヘビは天界で第一級モンスターとして位置づけられている。リリフ曰く、この下界でもそうらしい。ただ天界に生息するカナヘビを念頭に考えていたら、違う意味で驚くという。
ファイティングポーズ。
ミミがタケミカズチの方をちらっと見ると、タケミカズチは小さく頷いた。それを確認してからミミはカナヘビに向かって猛進する。
「ミミ、一分でどうだ?」
「一分もいらないです。十秒もあれば片付きます」
ミミは魔力を両足に集中させる。
ホップ・・・ステップ・・・ジャンプ!!!!!
そのタイミングでミミの動きが一気に変わった。カナヘビの黄色い瞳から、うさ耳の少女の姿が消える。そう、まさに消えたのだ。
カナヘビは頭を左右に動かして、明らかにミミを探している。
「・・・ここだよ」
声の聞こえる方へとカナヘビが視線を向けると洞窟の天井に逆さに張り付いているミミの姿があった。彼女がニコッと笑顔を浮かべたその表情がカナヘビが見た最後の光景だった。
「メテオ ストライクぅぅ!!!」
隕石の如く、灼熱を纏う拳がカナヘビの脳天に直撃する。そのまま顔面は地面に食い込み、巨大な胴体が空中に浮く。本当にその一撃だけでカナヘビは絶命した。広範囲に陥没した地面がその威力を物語る。
「ちょうど十秒だな、ミミ。有言実行だな」
「なんか拍子抜けです。カナヘビってもっと強いイメージだったんですけど・・・」
少しつまんなそうにそう言ったミミはカナヘビの頭から飛びと降り、タケミカズチのもとへと戻ってきた。
「天界のカナヘビと比べると数段階レベルは下がりますね」
「天界にいる奴の方が強いってことか?」
「はい。天界には神雨が降るので、その影響でモンスターの力も上昇するみたいですね。」
「まさに恵みの雨だな。魔物にとっちゃ」
「とりあえず、ここから出ましょう」
「そうだな。シルビアをしっかりとした場所で休ませよう」
ミミを先頭に洞窟の入り口まで戻る。その洞窟の主を倒したからか、魔物はおろか普通の動物さえ姿を見せなくなっていた。
入り口から外へと出ると雲一つない青空から太陽の光がこれでもかというくらい差しており、湿気の多い洞窟と比べてやはり気持ちもだいぶ違うなとタケミカズチはもちろん、他の二人もそう思った。




