ノームの一日
広がる青空には飛竜が飛び交っている。チュチュが下界でテイムした魔物だ。いつの間にか増えていたので聞いてみたところ、頻繁に都市外に出て、テイムしているようだった。可愛いから!という理由だけらしい。都市の周囲を見張らせる役割を担っているし、翼の音も騒音ってほどじゃないし、まあいいかって感じだけど。というかそんな可愛いかな?
城塞都市ノームにはいつも通りの日常が続いていた。
ガンガンガンと建築の音が聞こえてきて、神下の大工が切磋琢磨しながら働いている。タケミカズチの神力を使って建物を造り上げるのは容易だが、それだと神下が怠けてしまう。天界で大工の職業を有している者には建設作業をさせ、城に住まうメイド達には料理をさせる。各々が得意なことに取り組む癖をつけてもらう。今のところ、それが毎日の繰り返しとなっていた。今後はこのノームがナバール連合の中心となるように経済というものを勉強するべきだろう。
そのためには下界の人間を神下に引き込むのが得策だろうが・・・
「良い案は浮かばないな・・・全く。」
「なんですか?そんあ浮かばない顔して。こんなに良い天気だっていうのに。」
「おいおい、天気の話をここでするか?こんな遮光カーテンの実験室じゃ天気が良いも悪いもないだろ。」
「そんなことはありませんよ。天気が良いと私の気分が晴れます。」
タケミカズチは話の続きを促す。
「そうすると実験のやる気も上がります。おのずと成果も上がります。ほら、やっぱり天気が良い方が利点がありますよ。」
そんなに天気にこだわりがあるとは思わなかった。
「確かに嵐よりも晴天の方が良いのは認めるが、ここではあんまり感じられないしなあ。」
「心で感じましょう。」
なんか危ない信仰者みたいなこと言い始めた。神である自分が言うのもなんだけど。
「ならこの遮光カーテン開ければいいんじゃないか?」
「それはダメです!!日差しが入ってくるじゃないですか!!」
「いやフーレインよ、さっき言ったことと矛盾してないか?晴れの方がやる気が出るなら開けてた方がそれを感じられるだろ?」
「タケミカズチ様、こういうのは心の中で感じるものなんです。現実のこの世界で晴れを感じても、ただ眩しいという感情しか生まれないんです。」
なんか面倒くさいな、こいつ。まあ今さらか。
「わかったわかった。それで今、お前は何やってるんだ?」
時間ができたのでタケミカズチはフーレインの実験の様子を特別区まで見に来た。実験の失敗による爆発や衝撃を緩和するために魔法障壁を何重にも張られた特殊な空間だ。神下のほとんどの者は特別な用がない限り立ち入らない場所で、最も出入りが多いのはフーレインを除けばタケミカズチだ。
「ゴブリンの里から頂いたミノスの花、それから抽出した液体を気化させています。」
壺のようなガラス容器に薄緑色に濁った液体が入っていて、その容器の口の部分にフーレイン特製の魔法金膜という物質が取り付けてある。はっきり言うと謎だ。気化させて何をしようとしているのか全然分からない。魔法金膜はフーレインのオリジナルのため、下界には存在しない物質だ。主な特性として触れた魔力の量によって硬度を自在に変えるというものがある。まあそれも一つの特性に過ぎないのだが。
タケミカズチは自分の予想を口にしてみる。
「そのミノスの花から抽出した液体に魔力と似た物質、もしくは魔力が宿ってると考えたのか?」
「おおおおお!すごいですね、よくわかりましたね!さすがはタケミカズチ様ですね!」
「いや単なる予想だ。俺は魔法筋膜の性質をひとつしか知らないからな。その性質から考えた。」
「魔力で膜の硬度を変えることですね。うん、今回はそれを用いた実験をしてました。」
「何でミノスの花に着目したんだ?」
「ゴブリンの里では昔から病気になった時にミノスの花をすり潰したものをお湯の中に入れて飲むっていう習慣があったみたいで、そしたらたちまち治る!・・・ことはなかったんですけど、身体の調子が良くなるって話を聞きまして・・・ちょっと気になるなと。」
「そうか、ゴブリンも人間と同じように体内に魔力を宿しているからな。そこに何らかの影響を与えたと考えたわけか。」
「はい。予想通り、魔力、もしくは魔力と類似した謎の物質が含まれていることは分りました。」
「これは使えそうな物質だな。」
「下界で一儲けできるかもしれませんよ?」
フーレインによれば、この物質を上手く抽出して外から魔力を補えるような丸薬や飲料にすれば画期的な発明になるとのこと。
確かに戦闘中に魔力がなくなった際に下界ではそれを補うのは難しい。エーテルを飲むという選択はあるが、エーテルは非常に高価で、一流の冒険者でないと持っていないだろう。S級、最低でもA級でないとまず手にしたことすらないかもしれない。
だがフーレインが提唱した物はエーテルよりずっと安価で済みそうだ。抽出方法に手間さえ掛からなければの話だが、可能性は高い気がする。
「まあノームの特産ができるのはいいことだ。これからどれくらいの時間をここで過ごすか分からないからな。」
「神槍探し、進展しないですね。」
「本腰を入れて探すならいろんな国に出向いていく他ないんだろうけどなー・・・」
「魔人の存在が気掛かりですよね、やっぱり。」
「ああ、ロスベルトの町長が魔人だったってのは驚きだった。そんなに近くに潜んでいるとは思ってもみなかった。というよりも下界にいること自体おかしいと思ったんだけどな。」
「魔人に勝てる存在は最上級神下を除けば、一級神下でぎりぎりじゃないですかね。」
フーレインの言葉にタケミカズチは大きく頷く。二級、三級、その下の位の神下でははっきり言うと難しいだろう。
魔人にも階級があり、下級魔人、中級魔人、上級魔人に分類される。ロスベルトの町長だったデモロスは下級魔人になる。
ただ下界に送り出されたには下級魔人だけではないだろう。中級、もしくは上級魔人も降りてきているのはまず間違いない。ナバール連合の中にいるかは別だが、今のところピッツバーグ王国のグロウからは魔人の存在は確認できないとの連絡は来た。
隣国に魔人がいるとどうしてもそちらに目を向ける必要が出てくる。魔人は自分たちの命を脅かす唯一の存在だ。無視することはできない。
はあ・・・・・。タケミカズチは全力で溜息をついた。
「もちろん私は一瞬で殺されちゃいますけど、ははは。」
「ノームに入れば大丈夫だ。俺がいるし、カグラもいる。」
「ああ、カグラ様も呼んだんですね。それは心強いです。タケミカズチ最上級神下であり、神下最強の存在・・・・はあカッコいい。」
「他にも最上級神下を呼んでるしな。まあ、ディアボロとネフェルティだけはまだ呼んでないが・・・・」
「ディアボロ様はともかく、ネフェルティ様は呼んでもいいのでは?」
「・・・・あいつがいれば確実に死人が出ることはないからな。」
「あ、ネフェルティ様のベタベタが嫌なんですね?」
「い、嫌というわけではないけど、なあ・・・どうすればいいか分からなくなるんだよ。あいつの感情を制御するの大変なんだぞ?」
「でもやっぱり下界に魔人がいると分かった以上は呼ぶべきかと。」
「わかってるよ。次に呼ぶのはネフェルティだ。本当はもう決まってる。ジーノにも同じことを言われたしな。」
「それが良いと思います。ジーノ様が言っていたのなら確実ですし、ね。」
フーレインはにこっと笑ってから魔法金膜をつんつんと指でつついた。鉄のような硬さに驚きながらもその成果に満足げに頷いた。
「ああ、確実だ。真理だ。正しい。」
そういえばジーノは今どうしているのだろう?他国の情報を集めるよう指示を出したので、おそらくそれに関する何かをしているのだと思われるが・・・まあジーノの場合、心配は無用だろう。
ジーノは最上級神下の一人で、天界ではタケミカズチの参謀を務めていた。彼がいなければ神下に多くの死者を出してしまうような事案もあったほどタケミカズチにとってはいなくてはならない存在の一人だ。
「ジーノ様に相談するのはどうですか?」
さっきのタケミカズチの浮かばない表情を慮ってくれての言葉だ。実験以外にはあまり関心がないように見えるが、フーレインはこういうところは優しい。やっぱいい奴だな、フーレインは。
「ジーノには他国の情報を集めてもらってる。そのために一級神下の数人が出払ってるんだよ。」
「あ、グロウさんがピッツバーグ王国に出向いているのと同じように、ですね。まさかとは思うんですけど、私が調査に出ることはないですよね・・・?」
「安心しろ。それはないさ。フーレインにはここで薬品を調合してもらうっていう大事な役割があるからな。前に作った白い丸薬があっただろ?」
「ああ、はい。対魔人専用の丸薬・・・アスパラガス一世ですね!」
「な、なに?あ、あすぱら、ぎす?」
「アスパラガス一世です。あの丸薬の名前です。」
「なんだその、あす、ぱらがす一世って?」
タケミカズチは戸惑いの表情を浮かべる。アスパラガス?とは何の呪文だ。いや呪文じゃないのか、あの丸薬の名前だとか言ったな。フーレインにそんな奇天烈なネーミングセンスがあるとは思わなかった。まあ名前なんて何でもいいか。
「アスパラガスは下界の野菜みたいですよ。何でも野菜とは思えないほど美味しいとのことです。タケミカズチ様も下界では人族の身体をお持ちですし、一度食べてみることをお勧めします。あ、その時は私にも少しおすそ分けして下さい。」
どこからの情報だ?というよりもフーレインも人並みに他人と接触するんだなと感慨深かった。
「そのあすぱらがす一世を量産しといてくれ。あれは魔人の毒を無効化できるから神下全員に持たせたいと思ってる。」
「お任せください。ただゴブリンの耳の数が足りないのでそこは調達する必要がありますよ?」
「それはエルンドーに頼んでおくから心配するな。」
「わかりました。じゃあさっそくアスパラガス一世の大量生産に入りますね。」
「ああ、頼んだ。」
タケミカズチは特別区を後にして、城の外へと足を踏み出した。
暖かな日差しを全身に浴びて、人族の身体に力が湧いてくるのを沸々と感じる。外に出ると神下達が汗を流している光景が目に入る。そんな彼らもタケミカズチの姿を視界に入れると作業を止めて姿勢を正し、深々と頭を下げる。しなくてもいいぞと声を掛けたこともあるが、それはできないですと拒否の意思を示された。別に嫌な気持ちになっているわけではないので構わないっちゃ構わないのだが、彼らの手を止めてしまうのは少し申し訳ない。
それにしても建築がかなり進んでいるようだ。神力で造り上げた建物よりも不思議と味わい深い気がする。木材を運ぶ馬人族達や金槌を振るう人族の大工達のおかげだろう。天界では全てタケミカズチの神力で建物を造り上げていたためにここまで大きな建物をつくる経験はあまりないと思ったのだが、見たところ何の苦労もしていないようだ。さすがは大工の職業を有しているだけはあるな。
庭園の手入れは庭師が行っている。今もその光景が目の前に見えていた。これまた手際良く剪定をしており、タケミカズチの合格点に届く剪定だった。
タケミカズチは庭園にこだわりを持っている。庭園マニア、だと自信を持って言える、うん。
なんてたって庭師組合を設立し、神下を数多くの庭師として採用しているくらいだ。目の前で剪定している庭師も組合の庭師の一人だ。ノームの巨大庭園を手入れする立場になるには庭園組合のトップにならなければならない。庭師にとってはそれほどの難関だ。
「いやー、さすがの剪定だな、ユーマ。さすがは組合最高の庭師だ。俺の庭園心をくすぐるぞ。」
「タケミカズチ様、おはようございます。いえいえ、私なぞまだタケミカズチ様を満足させる力はありません。いっそう精進しなければなりません。」
「ふ、ユーマ。お前は謙虚だな。まあ、そこがお前の良いところか。お前には他の庭師の教育も頼みたい。言葉で何かを説明しろとは言わない。お前の手入れを他の者に見せるだけで違うはずだ。頼んだぞ。」
「はい、お任せください。必ずやタケミカズチ様が心から納得していただけるほどの力を庭師全員が持てるよう努力します。」
タケミカズチは満足げに頷いて、庭園を後にした。
「あ、タケミカヅチ様ー!おはようございまーす!」
「おう、ミミか。おはよう。調子はどうだ?」
手を振りながらミミがこちらに近付いてきた。
「バッチグーです。タケミカズチ様はどうですか?」
「まあまあてとこかな。身体は絶好調だが、悩みは尽きないよ。」
「あ、レモンネークの一件ですね。ビックリですし、面倒ですね。町長が変わったっていうのは。」
「ああ、ギリアムは使い勝手のいい奴だったんだけどな。率先としてノームと友好関係を結んでくれていたしな。」
「次の町長はどんな奴なんですか?」
「名前はウェルバック。レモンネークの自衛兵団の元団長でかなり腕の立つ奴らしいぞ。ソイファからの情報だ。」
「あ、ソイファさん達は今、レモンネークにいるんでしたね。」
「ガルマ、ソイファ、ミントの三人はレモンネークにそのまま留まってもらうことにした。新しい町長に拒否されれば断念せざるを得ないけどな。」
「そうならないといいですね。武力で屈服させることになったらいち早くミミを呼んでくださいね?」
危険なこと言い始めたぞ。確かにそれが一番手っ取り早いし、楽なんだけどな。魔人がいる可能性が少しでもあれば下手に手出しはできない。神下を犠牲にするのはタケミカズチの矜恃が許さない。
「わかった。そのときは頼んだぞ。俺自身はそうならないことを祈ってはいるけどな。」
ミミはチュチュと遊ぶ約束をしているらしく、そそくさとタケミカズチのもとから離れていった。あの足取りからして約束の時間に遅刻しそうになっているのだろう。立ち話している暇なかったんじゃないのか?
タケミカズチは次に外界とノームを遮断し、都市内部に安寧をもたらしてくれる大門に足を運んだ。守りは万全で、衛兵が内側と外側の見張りをしており、特に外には門前にトーテムを配置している。
トーテムは天界にしか存在しない魔物で、タケミカズチの神下のトーテムは他の個体とは異なるステータスを持っている。三級神下でありながら門番を任せられる防御力は圧倒的だ。
何も知らない下界の人間が訪れたときの驚きは凄まじいだろう。
「おう、今日も精が出るな。フォークス。」
「これは・・・殿下。おはようございます。何か気になることでもありましたか?」
「んん、いや、散歩だよ散歩。特に何かあるわけじゃない。みんなの顔を見たくなったんだ。」
調子はどうだとフォークスに聞くと、漆黒の長髪が揺れた。
「万全です。何があっても対処できるという自負があります。」
自信がみなぎった顔つきではなく、当たり前のことだという冷静さが表れていた。
「そうか、それは頼もしいな。だが、むやみやたらに攻撃するなよ?まずはどんな人物なのか、そしてどういう目的でここに来たのかを知ることが第一だ。」
「かしこまりました。そのように致します。」
「最初から敵対してきた奴等には遠慮はいらない。そのときは全力で叩き潰していい。」
軽く頭を下げたフォークスに向かって、東方面異常なしですという声が横から聞こえてきた。声の主も神下の一人で、見張りの役目を果たしている。
「わかった、次は西方面の監視を頼む。」
フォークスがそう声を掛けると了解ですという言葉が返ってきた。
フォークスをノームの衛兵隊長に任命したのは間違っていなかったみたいだ。彼なりに他の神下を率いらなければならないという気持ちがあるのだろう。天界にいた時には感じられなかった成長だ。
神槍を探して下界に来たが、悪いことだらけじゃないかもしれない。こうやって神下の成長や変化を見られるのだから。
いろいろと見てきたが、相変わらず変わらない日常が続いているようだ。悪くない。これからもっとこ都市を発展させていき、心の底から都市だと思えるような場所にしていきたい。
「んなことよりも神槍探せよって感じかな?ふう、苦難だ苦難。」
タケミカズチは今日何度目か分からない憂鬱な溜息をついた。




