新たな面倒事
ガルマ達が六輪の魔星を倒してから一週間が経った。いまだに何ら動きはなく、平穏といっていい毎日が続いている。公国が今どういった状態なのか、それを確かめる方法は現段階ではない。そろそろ動くべきではないか、そう思ったのも束の間、ガルマにタケミカズチ様からの連絡が入る。
フェザーランド公国の内情を探るように使いを出した。最低でもあと数日は待ってくれとのこと。そして公国に出した使いはクロキらしい。
クロキはタケミカズチ様の三級神下。アサシンで隠密行動を得意としており、まさに今回の使いにはピッタリだ。
それまでは待機するようにと命じられたため、ガルマは日頃ボーっとして過ごしている。ソイファは町に出て、ミントは森へと出掛けている。二人とも行動派であるが、ミントの場合は人との関わりを出来るだけ避けたいというのが理由の一つでもある。この屋敷に訪問者がたびたびやって来る。レモンネークのお偉いさんだったり、バルカーだったり、親切をふりかざす老婆だったり、まあいろいろだ。その対応は何かと面倒なのは間違いないし、ミントがそれを不快に思っているのも知っている。ソイファがいるときは全て彼女が対応してくれるため問題はないが、いないときはガルマかミントがしなくてはならない。ミントにはそれが耐えられなかったらしく、だからこそ最近は日が暮れるまで森へと出掛けているようだ。
ガルマも知らない人間と対話することは得意ではないが、ミントほど嫌悪しているわけでもない。自ずとガルマが対応する形となるのは自然なことだろう。それに対してどうこう思うことはない。腕っぷしが強ければいいという問題ではないのかもしれない、他にも重要なスキルがあるんだということをレモンネークに来て学んだ。
「ソイファがいなかったら詰んでたな・・・・・・」
細かな情報を引き出すのはガルマとミントには無理だ。ソイファなら心配することなく、それを任せられる。今もレモンネークの現状を調査していることだろう。
ガルマが物思いに耽りながらカップに入った冷たい水を口に運ぼうとしたところ、コンコンと突然ノックの音が室内に響き渡った。
また訪問者か、と小さくため息をついてからゆっくりと腰を上げて、屋敷の入り口へと向かう。するとくぐもった声が聞こえてきた。
「バルカーです。お忙しいところ申し訳ありません。少しお時間をよろしいでしょうか。」
忙しさなど微塵もない。何もやることはないし暇だといってよい。
そんなことを言うほどバルカーと仲を深めているわけでもないので、何も言わずに扉を開けて中に通した。
「何かあったか?」
「はい、少し相談したいことがありまして・・・・」
「相談?」
「はい、実はレモンネークには内部に抱えている問題がありまして。」
なんとなくバルカーの考えを察したガルマは何も言うことなく続きを諭す。
「その内部の問題というのが実に厄介でして・・・現町長を失脚させようとする勢力が活発化してきているようなのです。」
「それはまた面倒だな。」
「今までは実害なく終えてきたのですが、今回はかなり大規模な様子でして。」
「その手助けをしてほしい、ということか?」
「どうかお力をお借りできないかと・・・」
「その権限は俺にはない。タケミカズチ様のご指示がなければ手を貸すことはできん。」
自分の意志など関係ない、というよりも自分の意志はタケミカズチ様が望むことと同様だ。たとえ無謀だと思われるようなことでも。
「そうですか・・・タケミカズチ様へご連絡してはいただけないでしょうか?」
バルカーの人となりを詳しく知っているわけはないが、彼らしくないというのは理解できた。そこまでして懇願してくるということは内部の問題が思ったよりも深刻だということか?
「タケミカズチ様に話を持っていく・・・それでいいな?」
「・・・ありがとうございます。」
どちらにせよ、判断を仰ごうと思っていた。レモンネークはノーム加入にいち早く賛成してくれた同士でもあるため、疎かにできない相手なのはガルマでも自覚している。ここは大人しくしているべきだろう。
ガルマがタケミカズチへと連絡をしている途中で、外に出ていたソイファが戻ってきた。
「これはソイファ様、お邪魔しております。」
ソイファはまさか訪問者がいるとは思っていなかったようで、少し驚いた様子だった。
そしてガルマがタケミカズチ様と連絡をしているのをすぐに悟ると、顔つきを一変させる。優し気な表情から冷たさを宿す表情へと変わった。
「ソイファ、少し話がある。」
タケミカズチ様との話が終わったらしく、ガルマはそう言ってソイファに座るように促した。続いてバルカーにも同じように。
「タケミカズチ様に確認した。できる限り力になるように、とのことだ。実質許可を頂いた。」
「誠にありがとうございます。」
「それで具体的な内容を話してくれ。ここにいないミントからは俺かソイファから話しておく。」
「はい、わかりました。先ほども言いました通り、町長を失脚させようとする勢力・・・ここでは反体制派と呼ばせていただきますが、彼らの行動が活発化してきているのです。」
「町民の間ではそんな話は聞かなかったけど・・・」
「反体制派の正体は他の町の人間です。」
「他の町?」
ソイファは理解した。バルカーの言いたいことを。
「はい、デモテルの冒険者が中心となった組織が裏で動いているようです。」
前々からレモンネークの内政にちょっかいをかけてきていたらしいが、目に見えた大きな被害というのはなかったので、今まで無視してきただけに過ぎない。
「証拠はあるのか?」
「事実を示した証拠はないです。ただここ数日でわかったことではありません。数年前からデモテルの仕業だいうのは掴んでおりました。」
「今回ばかりは見過ごせないと?」
「はい。面と向かってデモテルと対峙すれば負けるのは目に見えています。ただ皆さんのお力をお借りできるのであれば、そうはならないかと。」
「わかった。相手は具体的に何を起こそうとしているんだ?」
「新たな町長の擁立です。この数年で奴らが育ててきた適任者がいるんです。名前はウェルバック。レモンネークの自衛兵長。衛兵のトップです。」
「そいつが次の選挙で立候補するのか?」
「はい、その手続きを終えたばかりです。」
「だが選挙となれば選ぶのは民だろう?その結果を変えることなどできないのではないか?」
「もちろんです。正式に決まってしまえば変えることは不可能でしょう。だからこそ受からないように操作をするしかないのです。」
「現町長のギリアムが負けると思っているのか?」
「・・・五分五分、もしくは六割の確率で負けると考えています。それくらいウェルバックの民衆からの支持は高いのです。」
「疑問ですね。何故危険人物だと分かっていて、そのウェルバックという人物の芽を摘まなかったんですか?」
「彼がデモテルの上層部と繋がっていることを知ったのは彼が自衛兵長になってからだったので。」
バルカーには珍しく後悔している表情を浮かべた。
「つまり手遅れだったと。解雇したならば民衆の不満が暴発するかもしれない。」
「はい、そういうことです。」
「ちなみに選挙の日程は?」
「正式に公示されるのが二日後、選挙期間を終えてちょうど二週間後に投票が行われ、すぐに開票がなされます。」
二週間という日数が選挙として長いのか短いのかは分からないが、あまりもたもたしている時間がないのは確かだ。
「受からないように操作をするとは選挙後の開票の時に手を加えるということか?」
「それがひとつの手段です。一番はウェルバックがデモテルと繋がっていることを民衆に明らかにできれば苦労はないのですが・・・」
「難しそうだけど、まずは後者のほうを試してみましょう。」
「ああ、ソイファの意見に俺も賛同する。」
「デモテルの町長、ベルトリア殿の差し金ですが彼自身が尻尾を掴ませることはないでしょうから、その下で実際に行動している者を狙う必要があると思います。」
「なんにせよ、デモテルに向かう必要があるかもしれないな。」
レモンネークにもデモテルのスパイが入り込んでいるのは間違いないけども、それを暴くのは非常に時間が掛かる。それならばデモテルに向かい、真相を知る者と直接対面するべきだろう。
「・・・今日のところはこれで。私たちが何か知り得たなら、早急に皆様にお伝えしようと思います。」
バルカーが二人のもとを去ると、ガルマは再度タケミカズチへと連絡を取った。
内容が思ったよりも深刻なものだったので、伝えなければならないと判断したのだ。
タケミカズチ様からはレモンネークにリリフを送り、転移門を使ってデモテルへと移動させるという指示を頂いた。
それが最も時間を短縮できる方法であることに疑いようはなかった。
リリフが転移門でレモンネークに到着するのとミントが森から戻ってくるのはほぼ同時だった。
まずはミントに状況を説明するが、これが一番手こずった。ミントの理解力があまりにも乏しいのだ。もともと人の話を聞くのが苦手だし、好きではないというのは知っていたので、イライラすることはなかったが、面倒に変わりはなかった。
「デモテルには誰が行くのですか?」
「私が行きましょう。」
ソイファが立候補すると、即決でガルマとミントもそれを認めた。
「ああ、それが一番いいだろう。俺とミントでは立ち回れない可能性があるからな。」
「ではソイファさん、行きましょうか。私も同行するようにタケミカズチ様から命を受けているので、どうぞよろしくお願いします。」
詳細についてはタケミカズチ様から聞きましたので、とリリフは話した。ソイファはリリフのことをあまり知らない。ただククノチの唯一の最上級神下であり、アルミラと同等の魔導士だと言われているのは天界でも話題になっていたため知っている。あの転移門を見ればそれも納得だし、天界で聞いた話も事実なのだろう。
◇◆◇◆◇
ソイファとリリフの二人はさっそくデモテルの地へと転移した。
以前のように町のど真ん中に転移するわけにもいかないのでデモテル外れの森に転移した。薄暗さと虫の鳴き声が五感を刺激する。どうやら人や魔物は近くにいないようだ。
「・・・・ん?リリフ様?その姿は?」
ソイファは森の姿を見回してからリリフに視線を向けたが、そこには見慣れぬ女性が立っていた。リリフとは似ても似つかぬ容姿で、何より種族が異なる。リリフはエルフ族であるが、目の前の人物は人族だ。
「変身魔法を使いました。タケミカズチ様がデモテルに赴いたときに私もお供していたので民衆に顔を見られているんです。杞憂かもしれませんが、一応こうしておくべきかと。」
「なるほど、そういうことですか。」
「あとソイファさん、私のことはリリフでよろしいですよ?」
「いえいえ、それはちょっと。ククノチ様の最上級神下であるリリフ様を呼び捨てになどできません。」
「ですが、私は今、タケミカズチ様に忠誠を誓っている身。ソイファさんの後輩に当たるのですが・・・」
「ならリリフさん、でどうですか?」
「・・・・・・それなら問題はないです。」
様付けで呼ばれるのが頑なに嫌らしい。ソイファ自身もソイファ様と呼ばれるのは好きじゃない。リリフさんと同じ理由かは分からないが、ソイファは様付けされることによって呼び方の上で自分が神と同等の位置づけになってしまうことがどうしても嫌だったのだ。
リリフさんもたぶん同じような理由からだと思う。
呼び方論争はすぐに集結し、二人は急ぎデモテルの町に繰り出した。
町の様子はリリフが前に来た時とさほど変わっていないらしいが、ソイファにとっては初めてのデモテルだったため、町の活気に若干戸惑った。レモンネークは落ち着いた空気があったが、ここは正反対に人の熱気を感じる。荒々しい客引きや冒険者の笑い声や怒鳴り声が跋扈し、異質な空間を生み出している。あくまでソイファが慣れていないだけでデモテルでは当たり前の日常のようだ。
「これ驚きますよね。お祭りでもしてるのかなって思いますよね。」
リリフはうっすらと笑みを浮かべ、周囲の雑踏に目を向けている。
「ええ、あまり経験したことのない雰囲気です。」
苦手な部類だ。人の下品な一面が堂々と表れているような感じがする。
もちろん個人的な意見だが・・・・・・
二人の足は中央通りを抜けて、比較的静かな東地区へと進んでいた。冒険者の町ということもあって町の中心でなくても、ちらほらと冒険者の姿が垣間見える。
「やはり町の中心を探したほうがいいんでしょうか?」
「デモテルの町長であるベルトリアは冒険者ギルドのギルド長も兼任しています。そう考えるとおそらくギルドに登録している冒険者を駒にして使ったのでしょう。」
「ということは冒険者ギルドに出入りしている冒険者を調べ尽くせば自ずと見つかるということですね。」
「ええ、ですがそれですとかなり時間が掛かってしまいます。ですのでギルドに最近出入りしなくなった冒険者についての情報を探すのがいいでしょう。町長の駒として動いている最中はクエストを受ける暇もないでしょうし。」
なるほど、とソイファは素直に感心した。
「見つけ次第、吐かせますか?」
「ええ、洗脳魔法で手っとり早く。」
リリフは美しい顔に微笑を浮かべた。
リリフには目的の場所があった。東地区の古びた家屋が立ち並ぶ、デモテルのスラム地区と呼ばれている場所だ。
中央の活気がデモテルの表の面ならば、このスラムは裏の面とでも言うべき場所だろうか。町長であるベルトリアはスラムに住む者に財政的な援助をしていない。援助を訴える力すらない弱者がこの地区に集まっているのだ。屑の溜まり場・・・・そんな名称でここを呼ぶ人もいる。
ソイファも初めて見る物悲しい光景だった。レモンネークも決して裕福とは言い難い町だったが、こんな悲惨な地区は存在しなかった。
「ここに何の用があるんですか?」
「知り合いがいるので挨拶をしておこうと思いまして。まあ、彼はいろいろと情報通なので何か知っているかもしれませんし。」
リリフが急に足を止めた先にはこれまで見た建物と変わらないおんぼろ家屋が建っていた。
リリフは何も言わずにその家屋の入口扉を開くと、まるで自分の家のように躊躇なく足を踏み入れていった。
「・・・リリフはん、脅かさんでくださいよ・・・・・・」
「クレマン、どう?スラムに変わった様子はない?」
「へい、ありやせんよ。いつも通りのクソみたいな日常が続いていますわ。ん・・・?そっちの人は?」
「ええ、こちらはタケミカズチ様の神下のソイファさん。くれぐれも失礼のないように。」
「ああ、ソイファさんですかい?これまたべっぴんさんですなあ。あっしはクレマンです。まあ何者かって言われればリリフさんの使い魔ですわ。」
使い魔を使役していること自体はそう珍しいことじゃないが、人間と使い魔の契約を交わすなんて聞いたことがなかった。
しかしこれはソイファの誤解だった。その誤解にリリフはいち早く気付いた。
「ああ、クレマンは人間ではありません。種族はアンチゴブリン。見た目は人間とほとんど変わらないので人間だと思ってしまう人が多いみたいですけど。」
なるほど。アンチゴブリンならば納得の話だ。ゴブリン種の中でも一際人間の真似をし、人間の文化に対応した特殊なゴブリン・・・それがアンチゴブリンだと言われている。名前の由来としてゴブリンらしさを欠いている反ゴブリンだということで、とある学者によって付けられたそうだが、詳細は分かっていない。
とにもかくにもソイファはアンチゴブリンを初めて見た。
「おうおう、その目はあっしみたいなゴブリンを初めて見たって感じだな?」
「ええ、初めて拝見したわ。本当に人間と変わらない姿なのね。」
「ゴブリン種が世界に生み出されてからずっと種は人間に憧れを抱き続けてきた。その想いが膨れ上がって最終的に誕生したのがあっしらってわけだ。まあゴブリン伝承の中での話だから空想だろうけど、あっしは割りと気に入ってる。」
憧憬の対象としての人間、それは人族をはじめとしたあらゆる人間種族に当てはまる。目の前にいるクレマンは人間の中でも最も数の多い人族の背格好をしている。アンチゴブリンの赤子として生まれ出でたその瞬間から人族の容姿と格好だったことを考えると天からの思し召しだと考える者もいるのではないか?
ひょっとすると目の前のクレマンは容姿や態度に似合わず信心深いのかもしれない。
というよりその方が想像しやすい。リリフがククノチの神下なのだから、その使い魔も同じ考え方なのが普通だ。今度ノームに帰ったら使い魔を使役している神下に聞いてみよう。
「それでクレマン、私がここに直接来た理由わかる?」
「情報漏洩の心配を懸念したということは・・・・重要な内容ですな?」
「ええ、最近冒険者ギルドに来なくなった冒険者の情報を知らない?」
「ほほう、これまた細かいですね。クエストを受注しない冒険者なんて山ほどいますよ。ですが、まあ最近まで来ていたのにパッタリと来なくなった冒険者ってことですもんね。いますよ、それでも一人ってわけにはいかないですけどね。」
「それは誰?全員教えてもらえる?」
「もちろんですよ。何でも聞いてくだせぇ。あっしはそのためにここにいるんですから。」
アンチゴブリンのクレマンから冒険者の情報を手に入れた。人数は六人。もちろんソイファにはどの名前も聞いたことのないものばかりだったが、リリフは違ったようだ。
「・・・・バディウス、聞いたことがある名前です。確かデモテルでは有名な冒険者だったような気が・・・」
タケミカズチ、ミミ、リリフの三人で初めてデモテルを訪れた時、タケミカズチに無礼な態度を取ってしまい、ミミの逆鱗に触れ、引きこもるほどの痛い目を見た冒険者・・・それがバディウスだ。
まあリリフの頭からはその出来事はすっかり忘却されていたが。
「リリフさんはその冒険者が気になるんですか?」
「ええ、今回裏で動いた人間にはある程度の求心力と腕っぷしが必要な気がします。それに当てはまるのはバディウスという人物かと。クレマン、バディウスがどこにいるのか所在は分かる?」
「デモテルの一等地に住んでますよ。中央通りを抜けて冒険者ギルドを通り過ぎた先にある場所ですね。まあ、直接ご案内しますよ。」
クレマンは自分の存在価値を理解していた。戦闘の面で期待されているわけではないし、活躍できるはずがないと自覚していた。劣等種族である自分がリリフから求められていることは何か、考えるのに苦労はしなかった。
ソイファもクレマンに心から敬意を表していた。正しい歯車の役割を担っており、その心がけも完ぺきだったからだ。多少の言葉遣いの粗さが気になったが、無視しても問題ない程度だ。
クレマンの案内で冒険者ギルドの奥にある居住区へと移動した。変わった色彩の石の門をぐぐるとそこに現れたのはスラムとはかけ離れた趣のある屋敷の群だった。




