圧倒的差。
魔導士五人で造り上げた最大級の召喚魔法。今唱えることのできる最も強力な魔法であり、リヨンを倒した相手を仕留められるであろう唯一の魔法。
六輪の魔星、今は正確に言えば五人だが、五人全員そう判断していた。
その判断は結果的には間違っていた。天龍を呼び出しても敵を一人も殺すことはできなかったのだから。ただその判断はあの状況下では最善なものだったのは間違いない。あれ以外では数秒の足止めさえできなかったであろう。
とにかく自分たちが相手にしようとしているのはレベルが桁違いの存在だということだ。
ここは前線から離脱し、いち早く公国の領土へと戻るべきだ。そう考えて後退したものの、すぐに危険な存在に追い付かれることになった。
三人の敵が目の前に並び立っている。その中の狼人族の男が前に出て、背負っていた剣を抜いた。
「お前らがさっきの天龍を召喚した魔導士か。・・・確かに匂いの数も一致する。じゃあ楽しませてくれるか?」
狼の目が鋭さを増し、一瞬で空気を強張らせた。
◇◆◇◆◇
アドラ テレスマン。
フェザーランド公国の秘密最大戦力、「六輪の魔星」の一人だ。年は三十を過ぎたばかりで、うっすらと髭を生やし、少しワイルドに決めている。それも異性にモテるためだと豪語していたが、周囲からは不潔だという烙印を押されていた。
彼はフェザーランド公国で生まれ育ったわけではない。というか彼以外の六輪の魔星も同様にフェザーランド公国出身者は一人もいない。
六輪の魔星は元々、冒険者だった。フェザーランド公国に滞在していたのも、クエストの一貫だった。アドラも例外なく、ここ二年ほどの間ずっと公国で生活をしていた。
しかしそれもおかしな話なのだ。フェザーランド公国は戦争以外で外界と関り合いを持つことはほとんどない。旅行をするにしても公王の直接の許可がなければ不可能だし、旅行者の受け入れもかなりシビアになっている。にもかかわらず、六輪の魔星は公国に入国し、あろうことか二年近くも滞在し、クエストに当たるという特殊な行動をしていたのだ。
本人達は最初の頃は特別に許可が下りただけかと思っていたが、違ったらしい。公王が自ら望んで、六輪の魔星を招き入れたのだという。
他国で有名な魔導士冒険者集団を自らの手駒として迎えいれ、隣国を攻める・・・・・・そんな目的が公王にはあったようだ。
それがここ最近始まった隣国制圧だ。
アドラも当初は乗り気ではなかった。ただ公国のために働くだけでS級クエストの何倍もの報酬を手に入れることができる、その贅沢に感覚が狂ってしまったのか、一種の中毒となり、公国のためならば何でもするというスタンスに心が傾いていった。アドラだけじゃない、他のメンバーも同じような思いを抱えていた。
アドラは魔法に自信があった。しかも得意な魔法は召喚魔法だ。一人で天龍を呼び出すことは不可能だが、地龍や赤龍ならば一人でも召喚させることができると自負するほどには得意であった。だからこそ五人での合同召喚魔法で天龍を呼び出すとなったら中心となって魔法を行使した。最も多量の魔力を使って、呼び出した天龍はそれはそれは神々しく、美しかった。見惚れてしまうとはこういうことを言うんだと初めて理解した。
これならばやれる!そう確信した。リヨンを倒した凶悪なる敵にも対抗できると疑わなかった。
しかしそれはただの勘違い、だった。
対抗なんて馬鹿馬鹿しいほどに軽々と天龍は倒された。あまりにも簡単すぎて自分の目を疑い、これは夢ではないかと現実逃避する始末。
衝撃が大きすぎたアドラを正気に戻らせたのは他のメンバー達だった。彼らはすぐに切り替え、逃げるという選択をした。
アドラにとって仲間がいたのは幸運だった。一人だったならば、あのままずっと彫像のようにピクリとも動くことはできなかったであろう。
逃げるなんて行動を取るのはいつ以来だ?もしかしたら冒険者になったばかりの新米の頃以来かもしれない。あの時は初めてのミノタウロスに逃げ出したっけか・・・こんな危機的状況にもかかわらず、アドラは不思議とそんなことを考えていた。
しかしその思考もすぐに消し飛ぶ出来事が起きる。
三人の敵がまるで瞬間移動したかのように現れたのだ。確かに逃げ切れる可能性は限りなく低いと見ていたが、それにしてもこんなにも早く追い付かれるなんて想像すらしていなかった。加速魔法を行使したのだろうが、常識的な移動速度じゃない。
「化け物か・・・・・」
目の前に立つ、特に狼人族の男が醸し出す殺気は異常で、少しでも動けば命を奪われると自覚する。
ただ何もしなくても殺されるなら最後まで抗おうと思った。
「お前達はナバール連合の人間なのか?」
相手にとっては唐突な質問だ。答える義務すらないものだろう。無視して殺される確率の方が高いとそう予想していたが、狼人の背後にいた人族と思われる女が不思議そうな顔でこっちを見てきた。
「あれれ、なんか質問してきたよ?敵なのにお喋り好きかな?」
「お喋り好きに敵も味方も関係ないだろう。」
「ガルマが答えてあげなよ。」
ガルマ?狼人族の男に向かって女がそう口にした。ガルマというのがこの男の名前か。
ガルマは表情を一切変えないままでアドラの質問に答えた。
「そうだ。ナバール連合の城塞都市ノームの者だ。」
城塞都市ノームという町がナバール連合内にあることは報告で知っていた。いや調査で知る前よりも早く世間的には世界政府からの発表はなされてた。それはそれは小さな話題にしかならなかったため、他国で知る者は少ない。
ナバール連合に加わった新たな町、城塞都市ノームの兵士だというガルマに訝しげな視線を向ける。
「ノームの兵士が何故ここに?てっきりレモンネークの兵士かと思っていたが・・・・・」
単純に考えればここから最も近い町はレモンネークだ。ならば派遣される兵士もおのずとレモンネークの者だと誤解してしまう。アドラもその一人だった。
「連合なのだから助け合うのは当然のことだ。だからここにいる。」
連合は形だけのものではないということか。かつてない危機に全体の思惑が一致したのは公国のおかげともいえよう。戦争が敵の連帯を生むなどなんとも皮肉なものだ。
「リヨンを・・・殺したのか?」
リヨンの魔力反応が消失したのは五人全員が確認している。それでもなおこの質問をしたのは事実として受け入れることができなかったからだ。リヨンがそう簡単に負けるはずがないと心の奥底で信じきっていたからだ。しかし彼らの思いはすぐに折られてしまう。
「リヨン?・・・ああ、あの魔導士か。あの魔導士なら・・・」
「あの人なら私が殺したよ?もうちょっと楽しませてくれると思ったんだけどね、期待外れだったみたい。」
リヨンの雷撃魔法は六人のなかでも突出した威力を誇っており、冒険者時代は遠隔攻撃のスペシャリストとして名を馳せた。
そんなリヨンが相手にもならない、しかも期待外れだと言われている事実に怒りよりも虚しさを覚えた。
ああ・・・我々はここで終わるんだ・・・アドラはやっと明瞭な絶望がすぐ目の前にあることを悟った。そしてその表情の変化をガルマは見逃さなかった。
「やっと理解したようだな。今までは夢を見ている気分だったか?まあそれも仕方ない。自分の常識のさらに上を垣間見れば、誰だってその心境に陥る。恥ずべきことではない。今お前達がなすべきことは来世の幸福を願うことだけだ。」
ガルマの口から絶望へと続く言葉が放たれる。
鼓膜に重く響いてくる悪魔の声に耳を塞ぎたくなったが、たとえ耳を塞いだとしても頭のなかに直接響いてくるだろう。それくらいに重苦しい声だった。
「じゃあそういうことだ。・・・・・・祈れ。」
ガルマの眼が赤黒く変色した。その瞬間にアドラの視界は回転しながら宙を舞った。思考は消え失せ、ただの物体へと化した。
一瞬にして首を失ったアドラの身体を呆然とした様子で見ていた他の四人は仲間の死に対する怒りに任せて魔法を行使した。
四人が同時に発動する。
ウォンテガの炎魔法、人傷乱炎。
ロビンの風魔法、風撃射出。
ハッテの土魔法、大地破壊。
イシスの水魔法、肥大水柱。
四属性の魔法が一斉に放たれる。魔方陣構築の速さもほぼ一緒。威力を調整するほどの時間もなかっただろうし、もともと調整する気もないのだろう。
高威力の魔法がガルマに向かって飛んでくる。焦ることなくガルマは剣を振るう。凄まじい衝撃波が一気に前方に向かって広がっていった。
地面が抉れ、轟音が響き渡り、四人の魔導士を吹き飛ばす。持ちこたえることなどできない、抗えない。
「その程度の魔法は俺には効かん。」
攻撃魔法耐性。あらゆる属性の攻撃魔法を無効化する耐性だ。ガルマはこれを取得している。ただ階級が上位の魔法には効果を示さないため、アルミラやリリフが行使する魔法には意味を持たない。
まあ二人のような魔導士が下界に存在するかは疑わしいが・・・
ガルマは身体能力の怪物だといえる。あらゆる攻撃に対しての耐性を持つため、対人戦闘ではほとんど敵なしだ。
ただ欠点がないわけではない。それは魔法を一切使えないということ。魔力を身体に有してはいるが、そのほとんどを自らの身体のエネルギーへと変えてしまっている。
斬撃による衝撃波は魔法ではない。正真正銘、身体能力が生み出した技だ。
四人の魔導士の命までは刈り取ることはできなかったようで、ガルマは各個撃破に素早く駆け出した。
剣を振るう。・・・一人目・・・二人目・・・三人目。無駄のない動きで絶命させていく。
そして最後の一人、名前も知らぬその男をガルマは殺す。恐怖に歪んだ死に顔はガルマには見慣れたもので、非常につまらないものだった。
「もっと面白い相手だと思ったんだがな。肩透かしもいいとこだ。」
「ホントさ!フェザーランド公国ではこいつらが最強だったわけでしょ?じゃあもう他の奴らはこれ以下ってことだよね・・・」
心底残念そうな声で語尾が尻すぼみになる。ミントにとって下界初の戦闘だったにもかかわらず、歯ごたえが無さ過ぎて落ち込んでいるようだ。
「二人とも、残念がるのは後。まずは早急にタケミカズチ様へと連絡しましょう。」
ソイファの注意にガルマもミントも切り替えて大きく頷いた。
タケミカズチ様へと連絡すると、お褒めの言葉をもらった。それは三人にとっては素直に嬉しいことだった。
報告を終えてから数分後にレモンネークの民兵部隊が遠くの方で確認できた。一番先頭にいるのはバルカーだった。いつもの黒服ではなく、さすがに武装していたが、身のこなしに不慣れなところは見られなかった。
三人のもとに民兵部隊が到着する。
「これはこれは、お三方。公国の兵士達を蹴散らしてくれたようですな。」
周囲に散らばっている魔導士の遺体を見て、バルカーはお礼を言った。民兵は戦場の悲惨な光景を目の当たりにして、顔色を悪くしている。
「兵士達といっても六人の魔導士だけだ。他の兵士達は逃げていったよ。」
「噂には聞いていました。」
「何がだ?」
「六人の魔導士のことについてです。フェザーランド公国に突如現れた優秀な六人の魔導士、六輪の魔星の話を。」
「六輪の魔星・・・なんかそんな言葉を呟いていた奴がいた気がするな。」
逃げていった兵士がその言葉を叫んで助けを求めていたのを僅かながらに記憶していた。
「ここ最近ですね、名前が出てきたのは。彼らの存在が公国の他国侵略を後押ししたとも言われていますし。」
「へえ、そんなにすごい人達だったんだあ。そうは見えなかったけどなあ。」
ミントの気持ちとしては、ならもっと強くあれ!だろう。
もしかしたら下界のレベルって相当低いんじゃないかとミントは疑いはじめていた。
「彼らがそうなのかは定かではありませんが、可能性は非常に高いでしょう。そうであれば公国は最強の戦力を失ったことになる。第二波として兵士を向かわせてくることはしばらくないでしょう。」
「結果は目に見えてるからな。だが油断はしないようにな。警戒は怠ったら足元をすくわれかねない。」
「心がけの問題ですね。はい、注視していくことを約束しましょう。」
バルカーはガルマに向けて恭しく一礼した。彼の仰々しい態度は誰に対しても平等なものだ。もしかしたら敵国の兵士にも同じように接するのかもしれない。その光景が容易に想像できてガルマは思わず苦笑した。
公国が攻めてこないのなら、今は深追いするつもりはない。タケミカズチ様も退くようにおっしゃった。ただ次に攻めてきたときは容赦せず、全てを破壊するようにともおっしゃった。
次がきたら、公国を滅ぼすことは三人の中で決定した。その次がいつ訪れるのかは誰にもわからない。
またしばらくはレモンネークの離れで過ごすことになるだろう。三人には一切の不満も存在しなかった。




