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武神は異世界を闊歩する。  作者: カケル
34/53

三人の神下

   大鷲の鳴き声がかの地にこだまする。どこか遠くで獲物を狙っているのかもしれない。

   口の中がカラカラに乾いてしまうほど緊張と恐怖が織り交ざった感情を抱きつつ、アレンはゆっくりと歩みを進める。

   前方にも後方にも自分と同じように戦争に駆り出された同じ歳ほどの若者が連なり、皆疲弊し切った顔つきでいる。

   それもそのはず、ロングロデオ王国に攻め入ってから、そしてロングロデオが降伏してから、まだ間もない時間しか経っていない。背後からの援護魔法があったからこその勝利ではあったものの、歩兵としての自分達の疲れがないわけではない。

    そんな歩兵の疲れに気付いているにもかかわらず、公国の上の者は顧みずに連戦を続けようとしている。やはりその自信は後方の魔導士達がいるからだろう。六輪の魔星・・・そう呼ばれる六人の魔導士の存在がフェザーランド公国にはいるらしい。らしいというのもアレンは彼らの姿を見たことがない。名前も種族も性別も何も知らない。知っているのは彼らが使った魔法がどんなものなのか、それだけだ。

   だがその魔法を見たら上の者が余裕を感じてしまうのも無理はない。

   ・・・・・・あれは化け物だ。化け物の所業だ。仲間でさえ震え上がるような存在すら知らない高位な魔法を行使し、あっという間に一国を壊滅させた。

   思い出しただけで恐怖が蘇る。また次の戦争でもあれが始まるのだと思うと憂鬱になる。同時にナバール連合に同情する。これから起こる地獄は並みじゃないのだ。


「神様がいるのなら・・・どうかお助けくださいませ。」

  アレンが小声で呟いたが、それを聞いた者は誰もいなかったようだ。





  二日後、拠点を張っていた地からナバール連合の地に足を踏み入れた。まず狙うのはレモンネークの町だ。もちろんアレンはナバール連合の領地に入ったことはないため、どんな町なのかは知らないが、知っている人間から聞くところによると何も特出したもののない町らしい。ただ交通の利便性が高く、ロングロデオ王国とはよく輸出入を行っていたという。


  木々に生える深緑色の葉も地面の土の色も不思議とアレンが生活する公国とは違って見えた。敵である連合の地域に入って最初の印象がそれだったため、ほんの一時でも恐怖を忘れることができたのは良かった。

  森の中を進んでいって一時間ちょっとで開けた場所に出た。草原が広がる平らでなだらかな土地だ。こんな住みやすそう場所を開発しないなんて勿体ない。フェザーランド公国ならば問答無用で建設が始まって行くだろう。

  隊長が皆を鼓舞するような声を張り上げる。アレンを含む部下たちは形式的な声だけを上げると、再び歩みを進める。それを繰り返しつつ、レモンネークまでの距離が十キロの地点まで迫った。

  おのずとアレンの警戒心も強くなる。


「皆、戦闘態勢に入れ!!!」


  突如として響く隊長の声。何が起こったのか全くわからなかったアレンは戸惑いながらも腰に差していた長剣を抜き出した。

  

「・・・前方に少数・・・三人の敵を発見。魔導士様にお伝えください。」

  隊長が魔導器で後方部隊と連絡を取り始めたのを見て、アレンはようやく敵の存在に気付いた。

  前方に三人いる。狼人族の男と他二人は人族の女のように見える。狼人族の男は見るからに強そうな覇気を纏っている。気を引き締めなければ。

  彼等との距離が五十メトルを切ったところで隊長が三人に呼びかける。

「貴様らはレモンネークの人間か?」

「・・・ちがーうよ。城塞都市ノームの人間だよー。」


「ノーム・・・聞いたことがないな。まあいい。一応言っておくが、ここを通してくれないか?」


「お前たちはいつも敵にそんなことを言うのか?無意味だぞ。」

  狼人族の男が手にしている長刀は青白い裸の刀身がぎらぎら光っていた。

 

  隊長は仏頂面で狼人族の男を睨み付けると、持っていた剣の切っ先を向ける。

「そうだな。無意味だな。ならばもう何も言わん。フェザーランド公国はナバール連合を制圧する。降伏、はしないようだから悪いが殺させてもらおう。」

  隊長は慕われてはいないものの、その剣の腕は確かなものだ。前衛部隊で最も強いのはまず間違いない。その隊長が先頭を切って走り出すと、それに続いて後ろに控えていた兵士達もうおおお!と叫びながら駆け出した。アレンもその中にいた。相手はたった三人、それに比べてこちらは前衛部隊だけで五百を超える。天地がひっくり返らない限り、負けることはないだろう。アレンはそう思っていた。


「ぐわあああああああああああああああ!!!!!」

「うごおお!」

「あがあ!」


 死に声が周囲に響き渡り、兵士の身体から鮮血が飛び散る様子がアレンの目にも見えた。狼人族の男の暴れ様はまるで公国の伝承の鬼のようであった。隊長でさえ歯が立たず、もはや左腕を無くしていた。

「隊長、大丈夫ですか?」


「ぐ・・ああ、なんとかな。だが、あれはやばい。勝てるわけがない。化け物だ・・・六輪の魔星でなければ抗うことさえ不可能だ・・・・・・」

  苦痛に耐えながら懸命に声を出す隊長の額には大量の脂汗が流れていた。

  意味があるとは到底思えないが、アレンは隊長の怪我の止血を行った。ほんの少しの間だけ生き長らえる処置に過ぎないが、やらないという選択肢はアレンにはなかった。




◇◆◇◆◇




「ほう、なかなかやるな。この狼人間。冒険者ていえばA級冒険者に匹敵するんじゃないか?」


「肉弾戦に限っていえばそうでしょうね。ただし、何か遠隔攻撃をするための方法があればより厄介な存在になります。」


「ふ、あの感じは八割がた物理攻撃型の剣士だよ、絶対な。」

  

 六輪の魔星と呼ばれる六人の魔導士は大晶球に映る三人の敵を楽しそうに観察している。狼人族の男の力は相当なものだったが、魔導士達に焦りの様子はない。

「このままだとおそらく全滅しますね。」


「おそらくじゃないよ・・・確実にだよ。」


「で、どうするんだ?リヨン。」

  六輪の魔星には一応といっていいが、リーダーがいる。それがリヨン ベルティス。フェザーランド公国に突如として現れた最高峰の魔導士だ。

  公国の王やその周囲のわずかな者だけが六輪の魔星についての詳細を知っており、彼らが戦争に参加するのはロングロデオ王国との戦いが初めてだった。

  その中でもリヨン ベルティスが前面に出て、全てを終わらせた。久しぶりの侵攻作戦への参加に魔法の加減の仕方を忘れていたようだった。

  今度は慎重に、魔法を行使する必要がある。関係のないモノや味方を巻き込んでは公王の機嫌を損ねてしまう。それはリヨンにとって最も困ることであった。


「俺が行こう。ロングロデオでは少しやりすぎた。加減の仕方を学ぶいい機会だ。」


「まあ確かにリヨンは魔法を使っといた方がいいな。数日前のは酷かったからな。」


「弁明のしようがないな。まあそういうことだ。俺が行く。」

 リヨンの言葉に誰も反論する者はおらず、むしろお前が行くべきだという視線を向けていた。決して悪意のあるものでなく、練習にちょうどいい機会だと皆が理解していたのだ。

 リヨンは後方部隊がテントを張っていた場所から移動を開始した。今いる地点からでもリヨンの魔法の射程は敵三人を捉えることができる。しかし細かい狙いを定めるには多少距離がありすぎるため、もっと近付く必要がある。

 

 たった一人で走り出したリヨンの移動速度は魔導士とは思えないくらいに速かった。純粋な武闘家に匹敵するほどの移動力は役に立つ。魔導士は魔法だけではなく、他の技術も優れていなければ一流とは言えない。

 リヨンは敵三人が縦横無尽に駆け回っている姿が薄っすらと確認できるところで立ち止まる。

「ここら辺でいいか・・・・・・」

 リヨンは魔法を行使する。一瞬のうちに幾何学模様の魔方陣が構築され、前方にいる敵の上部に雷撃が迸る。

 助かった・・・と前衛部隊はほっとした表情をして、三人の敵から距離を取り始めた。

 リヨンが唱えた魔法の雷撃は三人を爆殺したように見えた。結果は爆煙が晴れない限りはわからないが、魔法の内容は初手にしては満足のいく結果だった。というのも最大の課題であった威力の調整が上手くいったからだ。

雷魔法ギアノライトニング。C級魔法であるライトニングの上位互換で、ランクとしてはB級になる。リヨンが使用する魔法で一番低レベルの魔法だ。

その低レベルの魔法を調整してもなお、相手を爆殺したように見えたのはやはりリヨンの魔法の質が人とは違うことを表している。

煙が晴れる。目の前にいる三人は全くの無傷だった。

驚きは特にない。実際にはその確率の方が高いと薄々思っていた。

「当たりを引いたか?これは久しぶりに面白くなりそうだな。」

リヨンの声には嬉々とした感情がのっていた。



◇◆◇◆◇



突如として襲ってきた雷撃を余裕な様子で回避したガルマ達三人は術者の方に視線を向ける。煙が晴れてその姿が見えると、相手はたった一人でこちらに攻撃を仕掛けてきたようだった。


「あれ?あの人、まさか一人で私たちと戦う気かな?」


「三人で一人を殺すのは俺の理に反する。」

ガルマは複数が一人を殺るのを好ましく思っていない。その逆ならば喜んで動くが、複数で一人を殺すことは彼にとって面白さを感じない退屈な時間に過ぎないのだ。


「じゃあ誰か一人が・・・・・・」


「はいはいはーい!私、いきまーす!」


ソイファの言葉を遮るようにミントが立候補する。

ガルマもソイファもこうなったら止められないと諦め、魔導士の相手をするのはミントに決定した。


「やったやったあ!二人とも、ありがとう!じゃあ私ちょっと楽しんでくるねー。」

 ミントはガルマ達に手を振りながら遠ざかっていく。術者の魔法がなおも飛んでくる異様な状況のなかでミントは飄々とした様子で走っている。

 彼女の今の気持ちはただただ楽しい、それだけだった。


「わーい、あなたでしょ?さっきから魔法で攻撃してたのは?」


「俺の魔法を全て躱すとは・・・どこから雷撃がくるか予想していたのか?」

 リヨンは興味深げにそう聞いた。ミントの実力がどれだけのものなのか推し量っているようだった。

「うーーん・・・予想?予想というかまあ感覚だよね。そんなことよりもさ、早くやろうよ!」


「せっかちな奴だな。じゃあ・・・お望み通り!」

 リヨンが一度表情を緩ませたのと同時にミントの頭上に雷撃の兆候が現れる。先程と同じ魔力を感知したが、僅かに反応が弱かった。


(・・・上、じゃないね・・・下!)

 ミントは即座に跳躍し、地面から離れる。そのすぐ後に地面が隆起し、轟音と共に爆発が生じた。上空に展開された魔法はフェイクで、実際に発動していたのは土魔法だった。

まさか当てられるとは思っていなかったリヨンは驚きの表情を見せる。


「またまた当たりだね。よーし、じゃあ次はこっちの番だね。」

 今度はミントが表情を緩ませ、リヨンに向けて突撃する。加速魔法を使用した形跡がないにもかかわらず、人外な速さで迫り来るミントにリヨンは自分がヤバイ奴を相手にしてしまったのではないかと後悔しはじめていた。

 

 ミントの得意技は幻術系魔法。その中でも最高の能力を発揮するのは嗅覚を惑わせる幻術剣。

 ミントの手にしている剣から不可視の煙が噴き出し、周囲に徐々に広がっていく。この煙は吸った者に幻覚作用を引き起こし、最終的には五感の全てを奪う効果をもたらす。

 煙は視認できないが、臭いは感じ取ることができる。リヨンは迫り来るミントの姿に注意を向けつつ、その臭いを感じ取った。

 リヨンはすぐに息を止めた。ミントが使った魔法によって生じたものだとすぐに判断できたが、具体的にどんな魔法が使われたのかは定かではない。ただ直感的にこの臭いを嗅いではいけないとリヨンは思った。


 魔法の加減の練習はもうやめにしよう。

 リヨンは即座に魔力のストッパーを外し、いわゆる本気を出し始める。

 身体から滲み出る魔力量は膨大で、錯覚かもしれないが、リヨンの風貌が多少痩せ細ったように見えた。

「インラージ・ライトニング!!」


  リヨンがそう叫ぶと突如として空の色が薄暗くなり、雷雲が出来上がる。強大な雷撃が轟きながらミントの方へ降り注いだ。先ほどとは威力が段違いで、まるで別人が唱えた魔法だ。爆発によって地面は穿たれ、平原は悲惨な有り様と化した。

 

「ふう・・・危ない危ない。今のはちょっと焦っちゃった。」

 

 雷撃の被害を受けないように後方へと退避していたミントは胸を撫で下ろしながら戻ってくる。


「今のを避けるとは・・・・只者じゃないな。」


 リヨンはミントに手放しの賞賛をする。これまで会ったことのない人間だ。掴みどころがないというか、底が見えない感じがして、正直言って不気味だ。

 再びリヨンは魔法を行使しようとする。が、そこで自らの手の震えに気付く。恐怖や疲れによるものではないのは自分でも理解している。ではこの異常事態は何なのか・・・・・・


「お、ようやく効いてきたみたいだね。」


「何?」


「結構時間かかったね。あんまり煙を吸わなかったのかな?」


「煙、だと?」


「うん。ああ、なんか変な臭いしたでしょ?」


「・・・・・・」

 確かに臭いがした。異臭というほど害を感じるものではなかったが、直感が危険信号を放ったのを確かに記憶している。


「不可視の毒煙・・・私の十八番なんだ。少しでも吸ったら私の勝ちだね。」


 目の前にいるはずのミントの顔がぼやけていく。次にミントの声が遠くなっていく。

 リヨンは慌てて、自らが使える最高峰の魔法を行使しようと試みたが、魔法の名前が全く出てこない。記憶から抹消されたかの如く、頭に一文字も浮かんでこないのだ。


「どうやら終わりみたいだね。」

 ミントの言葉がリヨンの耳に入ることはなかった。聴覚、視覚、嗅覚が機能していないリヨンはもう身体を一切動かすことができなくなっていた。

 

「んー・・・どうしよっかな・・・」


「ミント、終わったみたいね。」

 遠目で見ていたソイファが戦闘が終わったタイミングでミントに近づいてきた。

「ソイファ。うん、終わったよ。でもどうしようかなあって思ってさ。」


「この男をどうするかってこと?」

 ソイファの視線の先には座り込み、硬直するリヨンの姿があった。

「うん。」


「ピッツバーグ王国の調査に出てるグロウは銀楼石を使ってるみたいよ?」


「銀楼石・・・人体を魔力に変換する妖石だったよね?」


「ええ、持ってないの?」


「う、うん。だ、だって持って行けって言われなかったし・・・」

 やってしまった・・・とミントは心の中で後悔した。外出するときに銀楼石を持っていくのは神下ならば当然の行動だったのだが、それを疎かにしてしまった。誰かに怒られるとかはないけど、これは反省事項だ。


「・・・そんなことだろうと思って・・・ほら、これ。」

 

「ソイファあああ!ありがとう!!」

 ミントはソイファに飛びついた。ソイファとミントの関係性はまさに母と娘といった感じ。色々なことをフォローしてくれるソイファの存在はミントにとってはかけがえのないものだ。剣の盾のメンバーの中で最も仲が良いとミント自身は思っている。


  ミントは銀楼石を座り込むリヨンに向けてかざす。リヨンの人体を構成している物質が徐々に魔力へと変換され、リヨンの身体が消失していく。

  生きている人間を他の物質に変化させるのはもちろん極度の痛みを伴うが、リヨンにはもう痛覚さえ存在しない。感覚を失った、ただの人形と化しているのだ。


  リヨンの身体が消失するまで約二十分かかった。

  気づけばもう周囲に公国の兵士は一人もいなかった。前衛の部隊はガルマ達の奮闘によって一斉に引き上げたようだ。


「銀楼石で魔力回収か・・・で、終わったのか?」


「うん、オッケー。終わったよ。」


「そうか、なら後方部隊にいる残りの魔導士を叩くか。」

ガルマはここからそう遠くない場所にリヨンと同じ気配を感じ取った。

「うん、そうしよう!」

 

「ミント、まだ暴れ足りたいの?」


「うん、全然だよ。少しも運動不足が解消されないの。」


「ほどほどにしなさいよ。あまりやり過ぎるとまた倒れるわよ。」


「もうわかってるよお。気を付けるから。」


天界で多くの戦闘に参加してきたミントは喜悦な感情が爆発しすぎると倒れるまで相手を殺戮していく戦闘狂へと変貌する。倒れたあとに連れて帰るのはいつもソイファの仕事なので、毎度毎度注意するようにと釘を刺しているのだが、その効果はあんまりない。今回もまたそうなるのではないかとソイファは心配している。


ミントのヤル気と同等なくらいにガルマもウズウズしていた。自分も早く戦いたいと相手の前衛兵士と手合わせしてそう思った。

 三人が向かう先はここから約一キロ地点。魔導士の小隊はこちらへ移動中のようだとガルマの嗅覚がそう伝えてくる。

  待ち伏せするのも時間の無駄なので、三人は歩みを止めることなく接近してくる魔導士小隊との距離を詰めていく。

  その距離がおよそ五百メトルまで迫ったところで上空に白い炎を纏った天龍が出現した。空を真っ白に輝かせて、自由に動き回っている姿は恐怖を忘れさせる美麗さだ。

  

「天龍か・・・しかもこの大きさはすごいな。」

  ガルマでさえも思わず圧倒される。ここまで大規模な召喚魔法を唱えられるとしたら、天界でも相当な魔導士だ。ただおそらく天龍に籠められた魔力量と、さっきの魔導士の実力を鑑みると一人で唱えた召喚魔法ではないと考えられる。多数の魔導士が関わっている合成魔法だとガルマ、ソイファは判断した。


「ガルマ、ここは私に任せてもらえるかしら?」


「嫌だ・・・と言いたいところだが、早く終わらせるにはお前の方が向いているかもしれないな。」


 ソイファは刀身が極端に細い剣を腰から抜き取ると、顔の前に剣を掲げる。そして目を閉じて、強く強く念じる。

天狼化てんろうか。」


 ソイファが身に纏っていた黒い服装が白銀色の鎧に変貌する。同じように白銀の兜も現出し、ソイファの顔を覆い隠す。

 ソイファの武装魔法、天狼化。通常状態の何千倍もの力を発揮することができる高位武装魔法だ。

 ガルマの目から見ても天狼化で武装したソイファの力は尋常ではない。もしこの状態のソイファとガルマが本気で戦っても勝てる自信がないほどに。


  ソイファは上空で蠢く天龍に視線を移す。今彼女がどんな表情をしているのか定かではないが、下界で初めての天狼化に心躍らせているのは誰の目にも明らかだ。

ソイファが天龍めがけて飛翔する。その姿はまさしく天界に伝わる伝説の神獣、天狼のようだった。

凡人が到底視認できるスピードではない。



「ブリリアント・レイス。」


ソイファは極細剣に神聖なる魔力を宿し、そのまま天龍に向けて突き刺す。一点に集中した魔力が作り出す鋭さはアダマンタイトやオリハルコンでさえも貫通し得る力を生み出した。その結果、ソイファの一撃は天龍の鱗を突き破り、彼女を中心にして爆風が広がっていく。


「あらら、大暴れだね。ひょっとしてソイファもうずうずしてた?」


  ミントは上空の戦闘にソイファの本気を垣間見た。天界で何度も目にした俊敏な動きや強力な剣撃をそのままに、下界で試しているようだ。


  ガルマやミントに比べてソイファは落ち着きがあり、視野が広い。血の気の多い剣の盾のメンバーの中の良心と呼ぶ者も多い。しかしそれはソイファの一面に過ぎない。彼女も心中では戦いに強い興味を抱いている。それがタケミカズチ様に奉仕する最高の方法であると確信しているのだ。

  だからこそ下界でも自分の力を正常に発揮できるのかを確かめるために今こうして天狼化を用いている。


  S級光魔法ブリリアント・レイスによって身体を穿たれた天龍は数キロの範囲に届くような大絶叫をする。

  辛うじて意識を保っていた天龍は目を血走らせながらも光の熱線を吐き出し、ソイファをまるごと溶かそうとするが、全く捉えることができない。


「無駄。遅すぎるわ。」


  ソイファが極細剣で空中に魔方陣を描きはじめる。素早く数秒で描き終えた魔方陣はすぐに強烈な銀色の光を放ち始めた。


  ・・・・シルバー・カノン。

  

  S級光魔法で天界の古代魔法の一つだ。下界には存在しない魔法だが、どうやら効力は正常に働いているようだ。 

  天龍の身体も同様に銀色の光に包まれ、幾重にも魔方陣が出現したと思いきや巨大な聖剣が何本も天龍に突き刺さった。それは天龍の息の根を止める最期の一撃となった。天龍を構成していた魔力が花火のように弾け飛び、大規模召喚魔法は無に帰った。



「感じはどうだった、ソイファ?」


「問題ないみたい。天界と同じように武装魔法は使えたわ。」


「そうか。聞き忘れてたがミント、お前はどうだった?」


「うーん・・・私の嗅覚刺激も効き目は天界と変わらなかったと思うよ。」

 ミントの場合、自らの魔法が相手にどれくらいの時間で効力が現れるのかをあまり理解していないため、返答もおのずと曖昧になる。


「そうか。力に制限が掛からないのは好都合だ。」

 ガルマは異世界となる場所で本来の力が発揮できるのかと疑問を抱いていたため、それが杞憂だと分かって内心ホッとした。

 本気を出さなくても勝てる相手ならばそれでいいが、もし万が一、本気を出さなければ危険なギリギリの相手が現れた場合のことを考えると不安だったのだ。


「先にいる魔導士達・・・ガルマが仕留める?」


「もらっていいのか?」


「ええ、あなただけでしょ?まだ本気の一端も見せてないのは。」


「ちょっとちょっと!ミント!私だってまだ本気の一端さえ見せてないんだけど?」

  ミントの訴えは半分外れて、半分当たっていた。

  彼女の特異な幻術系魔法は地形や気候の影響で効果がまるっきり変わるのだ。


「ミントの技はここでは目立った効力を発揮できないでしょ?あれが限界よ。」


「そうかもだけど、わかんないじゃん、ちょっと進めば気候変わるかもしれないじゃん!」


 無理な話だ。多少の温度変化や風力の違いはあるかもしれないが、それでもほんの僅かな差だろう。

 ミントも自分の特異魔法の性質を理解はしているようだった。

 

「・・・?魔導士達が後退しはじめたな。」

 ガルマは一キロ未満に迫っていた敵の存在が遠のいていくのを鋭敏な嗅覚で感じ取った。魔導士達との距離はおおよそ三キロ以上も離されていた。

 ちなみに何故魔導士だとわかるのかはさっきのリヨンと同じ匂いが漂うからだ。

「賢明な判断ね。あの召喚魔法は残りの魔導士達が力を合わせて造り出したもの・・・それを破られたとあっては逃げるという判断は間違っていないわ。無謀で冷静さを欠いている存在ではないだけ優秀なようね。」


「そんなことはいいからさ、早く追わないと逃げられちゃうよ?このまま逃がすわけじゃないんでしょ?」


「当たり前だ。そんなことをすればタケミカズチ様に合わせる顔がないだろう。」


  ガルマは自らに加速魔法を掛ける。今までの移動は魔法に頼らず、自らの身体的技能で移動していた。それはソイファもミントも同じだ。しかしここからは本気で移動を開始する。ソイファもミントも気兼ねすることなく、加速魔法を唱える。


速い!速すぎる!何なんだあれは!・・・と彼らの駆ける姿を見ればそう口にする者は果たしていただろうか。答えは否だ。そう思われているのであれば許容できる速度なのだろう。人の理解を超えた能力や様を見た時、賞賛や羨望や驚愕の言葉など出てくるわけがない。理解ができないものに感情など乗らない。もし彼ら三人の移動を見た者がいたならば、少しの不安を感じた後、何もなかったかのように日常に戻るだろう。そうでないと自らが持つ常識が壊れてしまうから・・・


 幸い、常識を壊される人間はいなかった。そもそも凡人が肉眼で確認できるかも疑わしいスピードだ。知覚できれば良い兵士になれるかもしれない。

 三人が魔導士達に追いついたのは加速魔法を行使してからたった二分のことだった。


 その時、魔導士達が見せた純粋なる驚きの表情はガルマの大好物な表情だった。




 




 






   



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