動く・・・
震える腕が見える。それを高々と上に、太陽が輝く空に向ける。ふうと落ち着くための呼吸をしたのが背後からも分かる。そして次の瞬間、勢いよく腕が振り下ろされる。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!
猛獣のような唸り声と共に平原に広がる大軍勢が動き始める。それはそれは壮観な光景だった。これが我がフェザーランド公国の新たなる一歩になるとそう実感した。
進軍の合図をした傀儡の将軍はこの光景を見ても感動のかの字も抱いていないようだった。ただ苦痛に顔を歪めるだけ。この期に及んでも武力で他国を支配することに反対し続けている。まあ彼はただ単に公国にいるただの貴族の息子であるに過ぎない。力など持ってはいないし、これから持つこともないだろう。反戦の考え方は国害ともいうべきもので、その思考が国王に知られればただでは済まないと言われている。
「ふ・・・よくその顔でバレないね。」
この事態に納得いっていない様子は誰が見ても歴然だ。この若造のこれからは闇に包まれている。
我にはどうでもいいことだが・・・・・・
目の前に鮮血に染まる戦場が展開され始めた。相手国であるロングロデオ王国は非常に小さな国だ。フェザーランド公国と比べれば兵力に愕然とするほどの差がある。今奮戦を続けている相手国の兵士達も死を覚悟しているだろう。それくらい数が違うのだ。
現在、フェザーランド公国は二つの地域を狙っていた。一つはロングロデオ王国。今まさに攻め行っている場所だが、ここを欲する理由は豊富な地下水源だ。豊富な水源は飲料水や工業用水、生活用水に利用でき、かつてからロングロデオの地下空間がそうなっていると分かっていた。それを奪うために攻める・・・国を豊かにするためには必要な合理的な判断だと我は思っている。
そしてもう一つが・・・・・・
「ナバール連合・・・・・・早くあそこも奪い取らなければな。」
五つの町、まあ正確に言えば六つの町が協力関係を結んだナバール連合はキロスを代表した肥沃な土地が魅力だ。また鉱山も無数にあるため武器の生産量が多く、それと関係しているのかダンジョンの数も多いので冒険者もたくさん存在している。国として成り立っているわけではないにしても兵力としては侮れないと我は見ている。
実際ロングロデオ王国なんかよりもよっぽど奪うのが難しいのがナバール連合だ。
恐らく国王はロングロデオを支配してからすぐにナバール連合獲得に動き出すだろう。そのための準備はしてきた。
やっとだ。これからまた面白くなるだろう。
将軍を補佐する立場にいるアンドラは公国の未来を想像し、薄い笑み浮かべると同時に身震いした。
フェザーランド公国がロングロデオ王国に攻めいったという話が周辺諸国に伝わるのに時間は掛からなかった。他国の警戒をより強くする行動だったが、その影響を一番に受けたのはもちろんナバール連合だった。同時期に城塞都市ノームがナバール連合に加入したという話題は霞んだといっていい。それはタケミカズチにとっては非常にありがたいことだった。あまり注目されるのは良くないだろうから。
「リリフ、ロングロデオ王国について何か知っているか?」
「ロングロデオ王国はフェザーランド公国の西に位置する小王国で、現国王は元々フェザーランド公国に留学していたこともあるそうです。兵の練度は低く、数日のうちに公国に支配されるだろうというのが一般的な見方のようです。」
深々とソファに腰掛けるタケミカズチの横に姿勢良く立っているリリフは淀むことなくそう言った。
「まあいつかは動き出すだろうと思ってたが、予想よりもだいぶ早い気がするな。」
城塞都市ノームを築き上げてからおよそ一か月ほどの時間が経っている。天界から多くの神下を呼び出し、ノームの重要な役職に就かせているのだが、リリフを中心とした戦略部ではフェザーランドが動くのは早くても半年後だろうと予想を立てていたのだ。
今回の出来事でそれが大きく外れたことになる。
「そうですね。おそらくフェザーランド公国の背後に何かがいると思われます。」
「支援してる国、か。」
「はい、その可能性が高いかと。フェザーランド公国の兵力がロングロデオをいくら上回っているといってもその差は安心できるものではありません。普通ならば武器の用意や食料の備蓄にもう少し時間を掛けると思われます。」
「ジーノも同じ意見か?」
ジーノとは城塞都市ノームの戦略部に所属し、タケミカズチの補佐を担当しているタケミカズチ最上級神下の一人。今は都合でノームを離れているため、代わりにリリフが傍で補佐をしている。
「はい、ジーノ様も同じ意見です。」
「そうか。まあ何にしても準備を早めたほうがいいな。あと他の町とも連絡を取り合うか、面倒だけど。」
「フェザーランド公国が何も考えずに攻めてくるのならレモンネークの北西に広がる平原からだと思われます。」
「ああ、まずはレモンネークの町長と話をするか。・・・ここは出しゃばらないとナバール連合に加入した意味がなくなるからな。張り切っていこうか。」
「はい、了解です。」
それから城塞都市ノームのなかの動きは慌ただしくなった。
剣の盾と呼ばれるタケミカヅチを守護する集団が戦闘準備を整え始める。
それぞれが余裕ある笑みを浮かべているが、それも当たり前だ。はなから相手になるなんて思っていない。どれだけ圧倒的に勝利できるかがこれから始まるであろう戦いにはもっとも重要なことだ。
タケミカヅチは魔導器でレモンネークの町長であるギリアムに連絡を入れた。
「ギリアムか。久しぶりだな。」
タケミカヅチの声色が少し変化する。上に立つ者としての威厳を感じさせる声だ。
「おお、これはこれは。タケミカヅチか。どうしたんだ?なにか困ったことでも?俺に力になれることなら何でも言ってくれ。」
「俺が困ったことというか、ナバール連合全体が困っているというか。」
「まさか、あの話か?」
連合全体ということは言葉を聞いてギリアムもピンと来たようだ。差し迫った驚異の存在をしっかりと認識していたのはタケミカヅチにとっても好印象だった。
「ああ、フェザーランド公国がついに動き出した。数週間後にはロングロデオ王国を支配するぞ?」
「だろうな。次に狙われるのはナバール連合か。だが、間を開けずに攻めてくることはないだろう。そこまでの兵力があるとは思えんが。」
「いや、おそらく間を置かずに連合に攻めいるだろう。動き出した時期がそもそも早すぎる。なにか裏に大きな存在がいるようだ。」
何故そんなことが分かる?とギリアムは言いたかったが、タケミカヅチにそれを言ったところで真実を教えてくれることはないだろうし、機嫌を悪くされるのはもっと困る。
まあ彼が嘘を言うなんてことは万が一にもないから、事実なのだろう。
「そうなるとかなり大きなサポートを受けているのかもしれないな。一切の余談も許さない状況かもしれない。」
「攻めてくるとすればレモンネークの北西方面からが一番確率が高いと思うのだが。」
「フェザーランドに最も近く、移動もしやすい地域だからな。たが困ったな・・・そうなると我々だけで抑えることは難しいかもしれないな。」
「そう思ったからこそこうして連絡したんだ。そこで、だ。レモンネークにうちの兵士を送ろうと思うんだが、どうだ?」
「いいのか?」
「ああ、この戦いである程度の戦果をあげないと世界政府ないしデモテルの町長を納得させることはできないからな。」
「ああそうだな。ベルトリアはノームが加入することを未だに反対しているからな。戦力として不可欠な存在と認識させるのは必要事項だろう。」
デモテルの町長であるベルトリアは連合で唯一ノーム加入について反対を表明した人物だ。実際のところ、他の町長が反対を示さなかったことが意外だった。それほどフェザーランド公国の脅威に対処する術を持っていなかったということだろう。脅威を排除できる可能性があるのなら多少のマイナスも致し方ないという考えを持った町長が多いようだ。
「じゃあさっそくレモンネークに兵を送ろう。」
「こっちも受け入れの準備を進めておくよ。」
タケミカズチは連絡を取るのを終えるとリリフに転移門の準備をしておくように指示した。
リリフの転移は自らが出向いた場所にしか転移することはできないが、一度に多くの人や物を運べる利便性がある転移魔法だ。
この一か月近くでナバール連合の町全てに飛べるようになったので、もちろんレモンネークにも一瞬で飛ぶことが可能だ。
タケミカズチがレモンネークに向かわせるのは剣の盾のメンバーだ。
タケミカズチ殿の正門前に広がる庭園に転移門は広げられ、そこに剣の盾の数人が集められた。リリフと共にタケミカズチもその場にいる。
「タケミカズチ様、準備が整いました。いつでもレモンネークへと向かえます。」
頭を深々と下げてそう報告したのは剣の盾第七席のガルマだ。狼人族の剣士であり、タケミカズチ二級神下である。
狼の如き鋭い眼と発達した足の筋肉が見て取れる。その姿は立っているだけで見た者を威圧し、怯えさせる。
「ふふふ、楽しみだねぇ、楽しみだねぇ。」
レモンネークに発つことなって最も喜びを露わにしているのが剣の盾第九席のミントだ。妖精族であるため、本来の身体の大きさは人の掌に収まるサイズだが、ミント自身はあまりその姿を好んでいない。人に認識されづらい、発見されないのが嫌らしく、魔法で体を人間と同じ大きさにまで変えている。
「ミント、遊びに行くわけではないのですよ。もう少し気を引き締めなさい。」
剣の盾第八席の極細剣使いのソイファだ。大人の女性らしく佇まいも落ち着いており、所作も非常に優雅で、剣の盾の良心とも呼ばれている。
異なる三人だが、一つだけ共通しているのは彼らのタケミカズチへの忠誠は絶対的であるということ。
「ガルマ、ソイファ、ミント、お前ら三人を選んだのは圧倒的勝利を望んでのことだ。もちろんレモンネーク北西方面から公国の軍勢が攻めてくると決まったわけではないが、可能性が高いことに変わりはない。攻めてきた場合、遠慮することなく打ちのめすんだ。」
「はい、かしこまりました。命に代えても果たして見せます。」
ガルマが代表して宣言する。その眼は闘志に満ち溢れていた。
「ギリアムには話をつけている。しばらくレモンネークの方で待機することになるだろう。」
タケミカズチはリリフに目で合図する。リリフはこくりと一つ頷くと魔力を強めて転移門を拡大させた。
転移門をくぐった三人はあっという間にレモンネークの地に足を踏み入れた。
レモンネークの雰囲気は戦が近付いているとは思えないほど安寧の空気に包まれていた。
ガルマもソイファもミントも城塞都市ノーム以外の町を訪れるのはこれが初めてだった。
「静かだねぇ、なんかもっとこう、うるさいのかと思ってた。」
「確かにあまり活気はないようですね。」
ソイファはミントの感想に同意を示した。
ガルマは町の正門付近にいた衛兵に声をかける。衛兵の方も接近してくる狼人族に恐怖と困惑と驚愕とが混ざり合った反応を示した。賞賛してもいいと思ったことは衛兵がしっかりと腰に携えた剣の柄を握っていたことだ。
衛兵の反応は至極当然のものだ。ガルマも自分が初見の者にはとても怪しく見えることを知っていた。
「すまないが、町長のギリアム氏を呼んでいただけないだろうか?」
「ご、ご用件は何でしょうか?」
若干口をもたつかせながら衛兵は平常通りの受け答えを意識する。
「用件はもう伝わってるはずだ。ノームからの使者だと伝えてくれれば分かると思う。」
「・・・・・・わかりました。少々お待ちください。」
そう言って衛兵は看守室のような簡易の建物へと姿を消した。
そのタイミングでガルマの横にミントがやってきた。ミントは人一倍大きな欠伸をし、ダルそうな態度を隠さず言った。
「なんか面倒だね。私たちが来るんだから準備しておかない?・・・普通。」
「まさかこんな早く来るとは思わなかったんだろう。リリフのような転移門を使える奴が下界にそうそういるとは考えにくいしな。」
「まあ、ね。あれはすごいよね、実際。アルミラと同等のレベルだよねぇ。」
アルミラの転移は自らが言ったことのない場所でもその地点の座標が頭にあればどんな場所でも移動できる優れたものだが、リリフのように大人数を移動させるほど拡大することはできない。
どちらも凡人が使用できる魔法ではなく、限られた優秀な魔導士にしか扱えない魔法だ。
一分も経たないうちに正門近くにある建物から衛兵は姿を現した。ガルマ達のもとへ小走りで駆け寄ってきてギリアム町長が直々にこちらに来る旨を伝えられた。衛兵は三人を建物の中に案内した。建物はくすんだ色のソファと机があり、暖房装置が備わっている程度の簡易的な部屋だった。衛兵が休憩するためだけの部屋のようだからこれで十分なのだろう。
「ささ、どうぞかけてください。こ、これお茶になります。」
「お茶?」
ミントは首を傾げる。お茶って何?という表情を浮かべている。ミントは下界に来てから初めてお茶という存在に出会ったらしい。
ソイファはお茶というものが何なのかを説明し始めたが、これが思ったよりも長くなり、ミントは確実に興味を無くしているようだった。
ガルマ達が自然と発する威圧感が衛兵である男の背中に冷や汗をかかせる。彼にとってその待ち時間は地獄のようなものだった。
その時間が終わりを告げた時、衛兵は本気で胸をなでおろした。
衛兵の休憩部屋にギリアムが来ると、彼はようこそと外面良い感じでガルマ達を迎えた。
「レモンネーク町長のギリアムだ。話は聞いているよ。」
ガルマ、ソイファ、ミントが順々に名乗り、挨拶をした。ミントの無礼さには目を瞑り、ギリアムは町長が住まう屋敷に招待した。レモンネークで最も広い屋敷であるにもかかわらず、三人の反応は一様に変わることはなかった。ミントに限って言えば狭苦しそうな様子さえ見て取れた。
ふかふかの絨毯、でかでかと飾られた絵画、煌びやかなシャンデリアが出迎える豪勢な部屋。
「まさか三人だけとは正直思わなかったな。」
笑顔で意外感を示すギリアム。彼の真正面にガルマ達は座っている。相変わらずミントは落ち着きがなく、出されたお茶をいろんな角度から眺めてはちびちびと飲むという行動を繰り返している。
「対処するのに三人で十分・・・いえ、多すぎるくらいなので。」
「ガルマの言う通り!私だけでよかったと思うよぉ!」
「ミント、決定したのはタケミカヅチ様よ。その発言は見過ごせないわ。」
「えええ、そんなつもりないよぉ。私はただ一人でも全然余裕だヨってことを伝えたかっただけで・・・」
「ソイファよ、いいではないか。その自信はとても大切なことだ。タケミカズチ様もそう仰るはずさ。」
「ええ、そうね。まあ私もひとりで公国を打ちのめせると思ってはいるから。気持ちは同じよ。」
三人の会話を耳にしているとギリアムの中にある強さの基準がぐちゃぐちゃになる。彼らが冗談で一人でやれるなどと言うわけがないし、自分の眼が相手の力を見極められないほど衰えたとは思えない。
「ま、まあ、こちらとしては心強いが・・・とにかくフェザーランド公国がロングロデオ王国を攻め落とすのにどれくらいの時間を要するか分からない。準備は早いに越したことはない。」
「同意だ。」
「私たちはいつでも動けます。」
「うんうん。そういうこと。」
「あ、そうだったな。我々の準備をこれから進めようと思う。君たちが寝泊りする場所を案内したいと思う。今日明日で攻めてくることはないからな。」
「わーい。お泊りばんざーい!」
「では案内をお願いします。」
無愛想な表情でガルマは催促してきた。
普段のギリアムならば無礼な奴め!といって地下牢に閉じ込めるかもしれない態度だ。けれどもここはぐっと堪えて、薄い微笑みを浮かべるに留めた。
「バルカー、お三方を案内してくれ。」
「かしこまりました。では私について来てください。」
お泊り、お泊りと嬉しそうに呟いていたミントもレモンネークの街並みを見てからは何もかもが新鮮だったらしく、珍しく無言で周囲を見渡している。
バルカーは三人がレモンネークで過ごす場所に案内するまでに、色々な施設について説明したり、レモンネークの経済状況や町長の評判などについて事細かに三人に教えた。彼なりのおもてなしなのだろうか。
「ここです。」
「ここがお泊りする場所?へぇー思ったよりも全然広い感じがする!」
ミントの言う通り、貴族が住むような大屋敷と言っても過言ではないような建物が目の前に広がっていた。もちろんギリアムが住まう屋敷よりかは小さかったが。
三人にとってはたいした大きさではないのは当然のことだが、それでもよそ者の自分たちにここまでの建物を用意するということはタケミカズチという存在をレモンネークはかなり重要視していることが伺えた。
「わあ~綺麗にしてるね~。」
「隅々まで掃除が行き届いてます。衛生面も心配はないようですね。」
女性陣の厳しいチェックを合格し、バルカーは恭しく一礼する。
「何かあればそこにある魔導器で私に連絡してください。私の魔力を込めているので取るだけで私に繋がります。」
「ああ、ありがとう。」
「ここにあるものは全て自由に使ってよろしいので遠慮しないでくださいね。・・・では私はこれで。」
屋敷から出る時にもう一度丁寧な礼をしてバルカーは姿を消した。
それから数週間にわたるレモンネークでの生活が始まった・・・




