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武神は異世界を闊歩する。  作者: カケル
3/53

カロリーナの闇

   カタ、カタ、カタ。時計の秒針が動く音で目を覚ます。

   眠りについて七時間。下界に来て初めての睡眠にもかかわらず、よく眠れた。


   あれからリリフに様々な下界のことについて聞いた。


   天界……タケミカズチらがいた世界の存在は下界では知られていないらしい。下界で信仰されている神は天界にいる神とは名前から何から違うとのこと。 

   そもそも下界の神というのは空想上の存在だと考えられているようだ。もちろん信徒に対してそのような発言をすれば過激な結果が待っているだろうからそこは注意しなければならない。

   

  夜に飯を食いに行こうとしたが、タイミング良く受付の娘が部屋を訪れて、サービスですと言って食事を用意してくれた。その時の彼女の表情はやはりタケミカヅチとリリフをカップルと誤解をしているようだった。怪しまれたりするよりは可愛い勘違いでいいだろう。


  それでなんやかんやで寝たのは十一時。

  人族の器にとって睡眠は必須で、寝不足は神力の低下を招く。ただでさえこの体では微々たる神力しか感じないのにこれ以上底をつくと、歩くのでさえ辛くなり、神下を呼び出すことなんて夢のまた夢になってしまう。


  

  朝からしっかりと目が冴えていた。これも七時間の睡眠のお陰だろうか。宿屋から外に出て、少し肌寒い空気を肺に溜め込み、それをゆっくりと吐き出す。朝日の程よい暖かさが体に浸み込むようにエネルギーとなる。人族の器になって新たな発見だった。目には見えない、魔法でもない感覚。それも言い様のない曖昧なものだが。

「人族の体もいいもんだな……」


  ひ弱な印象しかなかったが、逆にその繊細さが人族を絶滅させずにこれまで生きながらえさせた要因なのかもしれない。

  そんな思いを抱きながら人通りの少ない宿屋の前の通りを歩き始める。

  リリフには一人で歩かせてくれと懇願した。もちろん不満そうな顔を隠さず見せてきたが、ここはタケミカヅチも折れずに意思を貫き通した。神の命に逆らうことはやはりリリフもできず、首を縦に振った。


  昨日は三人、もしくは二人で歩いていたからか、周りの風景にあまり目がいっていなかった。

  思ったよりも武器屋、防具屋が多いことに気付いた。冒険者稼業の人々のためだろうか?

 

  気になる店を回っていたが、気付けば自分が泊まっていた宿屋から遠く離れ、昨日シルビアと訪れたターキーウィルの前まで来ていた。


  あれ……俺一時間も歩いたかな?


  朝早くから出向いて挨拶するのもおかしな話だと思って、そのまま帰ろうと踵を返したところ、何やらターキーウィルの裏手で言い争う声が聞こえてきた。

  

  何事だろうかと物陰からこっそり覗いてみるとビルと見知らぬ男が相対していた。両者揃って険しい顔つきだった。


「シ、シルビアの居場所を教えろ、だと?」


「ああ、知ってるんだろ?あんたがシルビアと繋がってることは知ってんだ。あいつを殺すように頼まれてるんでな。早いとこ吐いてくれ」

 平然と驚愕の事実を言い放った男。それに対してビルは愕然とした表情を浮かべる。


「お?やっぱり知ってるのか?あいつが大犯罪者クロの伴侶だってことを」


「な、何を言っておるのか皆目見当がつかん……」

  

「くくく……まあそれでもいい。あいつの居場所だけ教えてもらえれば俺は一向に構わないんだ。なにが真実かなんてお前が知る必要もないし、俺も気にしてない」


「誰がお前のような怪しい輩にシルビアの居場所を教えるか!!!」

  怒鳴り声はターキーウィルの敷地外まで聞こえるくらいに大きなものだった。意を決した言葉の節々に自己犠牲の精神が見え隠れしている。

  相当大きな声だったが早朝のためか、誰も様子を見に来る者はいない。近隣の住人はまだ寝入っているのかもしれない。


「ちっ、怒鳴ってんじゃねぇよ、うるせぇな。つ-か、シルビアを庇うってことはクロの仲間だとみなされるぞ?それでもいいのか?」


「そ、そもそもクロが貴族殺しの犯人だっていう証拠はないだろう?」

  クロという人物はシルビアと親しい関係で、貴族を殺した疑いをかけられているらしい。いやあの男の口調からすると確定的なのかもしれない。

  

「今の発言でお前がクロの仲間だと判断する。冒険者ギルドのA級任務・・・クロの仲間を捕縛、出来なければ生死は問わない。へ、知ってんだろ?もうクロは正式に重犯罪者なんだよ」

  男は懐から乱雑に紙を取り出し、ビルに見せている。冒険者ギルドの任務ってことはあの男は冒険者ということになる。シルビアがギルドに狙われている、ということ?それが本当ならばどうするか。タケミカヅチは数秒だけ思案する。そしてすぐに結果を出す。

  シルビアの安全を確保する。

 世話になったし、何よりタケミカヅチ自身がそうしたいと思ったからだ。こういうのは理屈ではなく、感情だ。これも人族の器だからなのだろうか?


「じゃあ終わりだな。死に際に立てば居場所吐くだろ」

 

 男がもの凄い速さで腰の長剣を抜き放ち、無駄のない動きでビルの首を狙う。ニタニタと笑う顔は悪魔にとりつかれた操り人形のようだ。


 ほぼ同じタイミングで自然と体が動いていた。微量の神力が自然と解き放たれ、その全てが移動速度に注ぎ込まれる。

 まさに瞬間移動。


 タケミカヅチはビルを思いきり突き飛ばした。ビルは尻餅をつき、何が起こったのか分からず、困惑した様子だ。

 ビルを殺し損ねた男が持つ長剣は空を切る。男の顔に浮かぶ表情は困惑と驚愕だった。何が起きたのかを把握するのが一瞬難しかった。


「貴様、いつの間に……」


「朝からそんな物騒なもん振り回さないほうがいいんじゃないか?」

 

「何者か知らないが、邪魔をするな。こちとられっきとしたギルドからの任務なんだ」

 眉間に皺を寄せて、計画に狂いが生じたことに男はいら立ちを隠さない。今にも駆け出して剣を振り回しそうだ。


「任務だか何だか知らないが、邪魔させてもらうぞ」


 相手が手にしているのは長剣ハウルカッター。そんなに珍しい代物ではなく、かなりポピュラーな武器だ。剣の扱いに慣れていない人でも使いやすいし、何より頑丈で折れにくいというのが特徴だ。


 ハウルカッターを振り上げ、男は駆ける。

 体感ではその速さは人族にしては素早い方だろう、たぶん。ハウルカッターの重量が軽いため、その分動きに制限がかかっていないのも大きいのかもしれないが。


 重心が右側に傾いており、それのせいか筋肉も左右均等ではない。動きにもそれが反映されている。


 この程度なら対処は容易。たとえ人族の器で不完全な力しか出せないとしても何ら問題はない。


 タケミカヅチはその場から動かずに相手の出方を注視する。そのまま直進してくる男の狙いは何か。対処が容易だと考えても念には念をだ。下界で初めての敵意でもある。甘く見ていると足元をすくわれかねない。


 眼を凝らした観察をしている途中にそれが全く意味のないものになった。

 

 こちらに突貫してきた男が思い切り上空へ吹き飛ばされた。地面が爆発したかのような風圧に驚きを隠せない。


「風花の爆嵐(バイス ストーム)か?」

 視線を向けた先にはエルフ族の姿があった。ド派手な登場の仕方に戸惑い、苦笑する。


「ここにいましたか……タケミカズチ様」


 リリフがゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 エルフ族の魔導士は共通して風魔法の適性がある。

 しかしここまで威力のある魔法を即座に放つことができるエルフをタケミカヅチは知らなかった。


「リリフか……よくここがわかったな。もしかして神力出しちゃってたか?」

 

「はい、タケミカズチ様の神力の気配を感じました」

 

 ああ、確かに使った。ついさっきのことだ。神力の感知は天界の者ならば出来て当然だが、わずか一分ほどの間に駆け付けるとは思わなかった。やはりククノチの最上級神下は伊達じゃないみたいだ。本気で戦っている姿も見てみたいものだ。

 

「ビル、だっけ?大丈夫か?」


「お、おお……何が何だかわからないが、とりあえずありがとう。助かった」

 ビルは気丈にも今は怯えを一切見せていない。内心はビクビクだろう。


「話を聞かせてもらえるか?何か力になれるかもしれない」

 神槍を探し出すという目的は忘れちゃいない。ただ、それだけを成し遂げるために下界に来たとは思いたくない。困っている人がいれば力になる。神として最低限の行いはしたいと思う。

 リリフもその考えに同意してくれた。ククノチの基本的な考えと一致しているからであろう。


「ああ……でもどこから話せばいいか……」


「クロって人物は何者なんだ?」

 大犯罪者クロ・・・とそこの男は呼んでいた。

「クロはこのカロリーナの英雄だ。この町唯一のA級冒険者。誰もが憧れる存在・・・」


 そんな憧憬の眼差しで見られていた町のヒーローが何故大犯罪者と呼ばれるようになったのか。

 

 ビルはなおも言葉を続ける。

「・・・だがそんな彼の名声が一気に急落、いやそれ以上に町の住民から大犯罪者と罵られるような事件が起こったんだ。それが貴族殺しだ」


「貴族殺し・・・ということはマヌート侯爵の一族ですか?」

 ビルの話に表情を一変させたのはリリフだった。彼女の表情がここまで変わるのを見たのは初めてだ。何がそんなに引っかかったのだろう。


「ああ、そうだ。あんたの言う通り、マヌート侯爵だ。しかも一族全員を殺したってことでクロは処刑された。」


「処刑?じゃあもうクロって人は……」


「……死んだよ……クロの首は中央広場の塔に一日中置かれてた。見せしめとしてな……」

ビルは俯き、今にも泣きそうな顔で嫌な感情を全て吐き出すように喋る。

「シルビアは彼の妻ということか?」


「ああ、そうだ。彼女はいつも気丈だった。それはクロが死んでも変わらなかったよ。クロの墓を作って、毎日毎日花を供えるんだ。どこから取ってきているのか知らないが・・・本当に綺麗な花を」



あの花畑だ。オ-ディ-ンの森を抜けたすぐ近くにある花畑。シルビアと出会った場所。

  

 タケミカヅチはシルビアのことを思い出す。何度か見せた悲哀に満ちた表情は今ならば納得できる。彼女はビルやシウラの前では全く悲しみを見せずにいたのだろう。いやその感情を表に出して、同情をしてもらうことが怖かったのかもしれない。申し訳なさを感じていたのかもしれない。

彼女の心には今もなお、深い傷が癒えぬまま残っている。


「……こりゃあ早くシルビアのところに行かないと」


その前に未だ気を失った状態の氷塊の下にいる男をどうするか考えなくてはならない。

冒険者ギルドに行っても無駄だろう。この男は任務としてクロの仲間を殺しに来ていた。ってことはギルドから正式に任務が出されているわけだ。

ギルドにこの男を連行しても、逆にこちらが捕まる可能性の方が高い。クロやシルビアに力を貸せば、冒険者ギルドないしこの町全体を敵に回すということになってしまいかねない。


下界に来て二日目の朝からいきなり重すぎる展開に鬱な気分になるが、それも一瞬のこと。


俺は神だ。どちらが正しいかは俺が決める。この件についてまだもっと知るべきことがたくさんあるが、シルビアの優しさは本物だ。クロが犯人か犯人じゃないかは正直わからないが、彼女を守るのは神として正しい行いだと神命を賭けて断言できる。



「ビルとシウラの安全を確保しないとな。この男が誰かしらに情報を流していた可能性を否定できない。そうなるとこいつと同じような輩がごまんと押し寄せるかもしれないからな、厄介なことに」


ただタケミカヅチはここに来たばかりで、住んでいるわけじゃない。あの宿屋に連れていったところで安全性はこことほとんど変わらない気がする。いやそれ以上に宿屋は多くの冒険者が集まるところだ。そう考えると危険度は増す。スヤヤカに避難させるのは止めだ。

 

「リリフ、この男はどっか森の奥に転がしとけ。一応魔物が出ない場所を選んでな」

魔物が現れて食われたとしても同情はせんが。


「はい、了解しました。タケミカズチ様。それとビル様とシウラ様に対して提案があるのですが」


「お?そうか、何だ?言ってみてくれ」


「カロリーナの隣町、キロスに連れていくというのはどうでしょうか?」


「そんなところがあるのか?」


リリフへの問いであったが、ビルが疲れきった顔で答えた。


「ああ、ある。カロリーナに比べれば小さな町だ。そこには冒険者ギルドがないから、おのずと冒険者も寄り付かない」


「よし、迷ってる暇はないな。とりあえずそこに二人を避難させよう」


ビルはシウラを呼びに行った。シウラは寝ているのかと思っていたが、起きていて先程までの一部始終をこっそりと見ていた。

ビルが殺されそうになったときはさすがに叫びそうになったようで、感謝の言葉を何度も伝えてきた。


二人は不安に胸を押し潰させそうになりながら何泊かの着替えを持って、タ-キ-ウィルを後にした。


護衛としてリリフをつける。ここからキロスまでは歩いて小一時間かかる。それまではリリフと別行動になる。こちらとしても他に確認しなければならないことがある。転移の魔法が使用できるのではと思ったが、まだ目立つ行動は避けた方がいいかもしれないとタケミカヅチは考えた。


カロリーナの町の入り口でビルとシウラと別れた。その時、彼らからシルビアを頼むと懇願するように言われた。

タケミカヅチは返事をせず、こくんと一つ頷いた。


キロスに向けて出発したのを見送ってから、タケミカヅチは神力を使わずに全速力で走った。神力の無駄遣いは後で後悔する羽目になるだろうから。今は我慢、そして忍耐だ。


昨日、シルビアとの別れ際に渡された紙に書かれていた場所に向かう。紙は燃やして、その場所の位置はタケミカヅチの記憶とリリフの記憶にだけ残されている。



大通りを抜けて、中央広場を西に。商いをする人の数は極端に減り、カロリーナの住宅地がずらっと広がっている。

その家々の大きさで金持ちなのか貧乏なのか、一目で分かる。貧富の差がこうも歴然と分かるのはあまり気持ちのよいものではない。


横道に入り、真っ直ぐ進む。それを何度か繰り返すと記憶していたシルビアの住居が見えてきた。


「こりゃあ探すの苦労するな」


冒険者たちが血眼になって探しても難しいかもしれない。さっきの男は野蛮な感じだったが、他の冒険者が皆あんな感じだとは思いたくないし。


恐る恐る扉をノックする。しかし反応はない。留守だろうか?いや少し嫌な予感がする。

シルビアの家の扉に優しい手つきで触れて、そっと目を閉じた。


念じる。微量の神力が体の奥からふつふつと沸き上がるのを感じる。

解放。家の中に残されたシルビアの気配をインプットし、下界のどの場所に同じ気配があるかを察知する。


「よし、うまくいった。場所は、オ-ディ-ンの森か」


早急に向かわなければ。シルビアが自らの意思であの森に向かったのならば何も問題はない。でももし・・・何か違う理由でそこに行かざるを得ない状況だったならば、事態は深刻だ。

 朝の日差しを気持ち良く感じていたさっきまでの自分はどこかに過ぎ去り、じんわりと滲む汗に不快感さえ感じていた。


 リリフに伝わるかどうかはわからないが、一応行き先がどこかを残しておく。まああいつなら大丈夫か。

 

「よし、んじゃあ急がないとな」


 息を整えてから全速力。もちろん神力なしで。

 疲労という感覚を少し舐めていた。昨日からこの人族の体で過ごしているが、何をしていない時でも体力というのは削られていくことを学んだ。ぼ-っと座っているだけで時間が立てば腹は減るし、睡魔は襲ってくる。体を酷使すればその倍以上のエネルギーを欲することになる。いや本当に人間たちは苦労している。生命への敬意をこの一日、二日という短い時間で感じられた。


 オーディーンの森への道は記憶していたので迷わずに向かうことができた。

 シルビアと出会った花畑を通過して、森へと進入した。


 道中で一つ試したいことがあった。神力で武器を創造できるかを。

 さっきと同じように念じる。創造するのは聖剣エクスカリバー。掌が徐々に熱くなっていく。皮膚が焼けるように痛むのを耐えながらじっと待つ。


「よし!!!来た!!!」

 手元の空間が捻じれ、鈍い光を放ち、エクスカリバーが・・・

 

 弾け飛んだ。


「っ痛ってぇぇ!!!」

 思わず叫んでしまうくらいの激痛。地面を転げ回って、痛みに耐える。


 エクスカリバーを創造するほどの神力がタケミカヅチの中に存在していなかったようだ。なんとなくは理解していたけれども。それでも昨日の段階よりは内包されている神力が増幅しているのは意識することができた。

  ということは神力は日に日に増していくということ。エクスカリバーや他の聖剣、またはその上位にあたる神剣もいつかは創造できる日が来るかもしれない。長い目で見れば天界にいるときとさほど変わらない状態になる可能性があるということ。暗闇に小さな光が差した、そんな気持ちだった。


「ここら辺だな」


 朝の日差しを遮る木々の枝葉が僅かに揺れて、掠れた音が耳に届く。他には何の物音もしない。あえて言うならば腹の虫の音が聞こえてくるだけだ。


 グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!

  

 突如として鼓膜を引き裂くような鳴き声が。しかもこれは魔物によるものだ。嫌な予感しかしない。むしろ何が起こるのか言い当てることができると思う。そう、木陰からドデカい魔物がいきなり現れ・・・・・・やっぱりね。タケミカヅチは自分の予想が当たったことを悲観した。


まるまると太った巨大な熊だ。レッドベアとは別種のヘルグリズリ-という魔物だろう。天界に存在する魔物だ。ただ大きさは天上界に生息する個体の方が遥かに大きい。

ヘルグリズリ-は辺りを見回して餌を探している。幸運なことにタケミカヅチには気づいていない。

こちらから先制攻撃を仕掛けるか、それともじっとして、魔物が過ぎ去るのを待つか、少しの逡巡。その間にヘルグリズリ-は目を血走らせて、唸り声を上げてタケミカヅチの角度からは見えない何かに威嚇し始めた。相手は誰だ?

音を殺しながら場所を移動して、ヘルグリズリ-のちょうど背後に回る。

そこから見えたのは魔物や動物ではなく、人間だった。種族は人族。荒々しい風貌は見るからに冒険者のそれ。大斧を肩にかけて、ヘルグリズリ-に対して挑発的な態度を取っている。その結果、ヘルグリズリ-は冒険者に向けて猛突していく。タケミカヅチから見てもその態度は不遜で苛立ちを感じさせるものだった。目の前にいたら拳骨を張ってたかもしれない。


ドスンドスンと地面が揺れ、生えている植物が勢いでむしりとられていく。

 そんな魔物の迫力に気圧されることなく、冒険者は大斧を振りかぶった。


「け、雑魚がぁ!!」


まるで斧の重量を感じさせない振り方でヘルグリズリ-に強烈な一撃を与える。一直線にただ向かってくるため、狙いはつけやすい。

花弁が舞ったかのように赤い鮮血が空中に散ってゆく。


ヘルグリズリ-の頭部を斧を一閃しただけで斬り落としたその冒険者の実力は想像以上で、さすがに驚きを隠せない。


「おお、なかなかやるなぁ」


荒々しい風貌を裏切らない強力な腕力は、神力を使わない生身の器では対抗できないだろう、たぶん。いや、絶対に。


冒険者はケタケタと笑いながらヘルグリズリ-の頭部を軽々と持ち上げる。


「おい、ガンズ。何してる」

奥から怒気を含んだ声がした。新たな登場人物。まあ一人しかいないと決まった訳じゃないし驚きなかったけども。

ヘルグリズリ-を瞬殺した冒険者、ガンズと言ったか?彼よりも一回り体の小さな男が現れた。その後ろには鎧を纏った女剣士も。


あれ、もしかしてカロリーナの冒険者がほとんど集まってるんじゃない?不安に思うくらい人がいるけども。

男と女剣士以外にも続々と武装した冒険者が姿を見せたのだ。


ただただ困惑。少しずつ後退りし、バレないようにシルビアを探しにいく。あの数は実際ヤバい。最低でもリリフと合流するまでは見つかるわけにはいかない。


そう思っていた。けども、そんなに甘くはなかった。


「あれ~?なんか発見したぞぉ?誰だい、あんた」


冒険者という存在はこちらが思っているよりもけっこう優れているんじゃないか。まさかこんなにもすぐに気配を感じ取られるなんて。


「いやー、道に迷ってね。ははははは」

 誘い笑いにものってこない。口角を吊り上げてどうしようかと愉しそうに思案している表情を浮かべている。


「お-い!!!知らねえ奴がここにいんぞ!」

男がそう叫ぶヘルグリズリ-を倒した男や女剣士が茂みの奥から現れる。


「何だ、こいつは」


「さあな。道に迷ったらしいが?」


「違うわね。シルビアを探しに来たんでしょ?」

女剣士がズバリ答えを当ててきた。ただ考えればすぐに分かる。その理由以外でこんな奥まった森のなかに足を踏み入れる可能性はない。


「よくわかったな。まあそりゃあ分かるか、分かるよな。ごまかしても意味ないか」


「何だ?お前もシルビアを狙いに来たのかよ。おいおい・・・競争相手が多いな」

 

 タケミカヅチは静かに首を横に振る。


「その逆だよ。俺はシルビアを保護しに来たんだ。彼女はどこにいる?」


 空気が一瞬で凍り付く。まさかシルビアの味方をする冒険者がいるとは想像もしていなかったような感じだ。冒険者でも何でもないのだが。


「くくく。クロの仲間がここにも。身の程知らずが」

「ああ、狩るべき人間が増えたな。これで報酬がまた増える、いいねぇ」


 緩んだ空気は一気に張り詰め、剣や槍、斧や弓を構え、タケミカヅチを取り囲む。その一連の動きには慣れが感じられた。


 クロの仲間だったら殺す確定。

 その判断の速さが非常に気になる。クエストだか任務だかの報酬がそんなに莫大なのか?

 周囲をゆっくりと見渡す。数はおよそ・・・十五人。潜んでいる奴らも含めたらもっといるかもしれないが。

 もうそろそろリリフがここに到着するだろうし、神力を使えばたぶん一人で難なく対処することは可能だけども、無駄遣いはしたくない。また体のだるさで陰鬱な一日を過ごすのは御免だ。それに一つ試したいことがあった。

  タケミカヅチは静かに手を地面に置いた。神力を体中から発散し、その力の塊を目的のものへと形状変化させる。

  タケミカヅチの咄嗟の行動に冒険者たちは戸惑いを見せていた。何だこれは?魔法を使おうとしてる?と口々に反応している。


  答えを言うと魔法ではない。単純な話、魔力を使ってはいないから。神力を使っているから言うなれば、神法?

 

  光り輝く衣が収束し、濃密な生気を放ち始める。そう、そこに命が生まれ出るように。芽吹き、放散する。


  眩しさに目を瞑り、圧倒されよろけてしまう者までいた。光が消失してからしばらくして彼ら冒険者の視界は完全に回復した。

  タケミカヅチの目の前に先程まではいなかった生物が姿を現していた。

  兎の耳をぴょこんぴょこんと動かしながら愛らしい表情で思い切り伸びをする兎人族。

  まだ小さな少女は何故だかウキウキした様子で周囲をせわしなく確認していた。ふわわあと欠伸をして寝起きの目を冒険者たちに向けている。


「よっし、成功!ミミ、こっちだぞ」


「んん!タケミカズチ様ですか?」

 

 ああ、そういえば神下たちにはこの器を見せていなかった。そりゃあ戸惑うわな。見た目はただの人族の男だし。ただイケメンの部類に入ると個人的には思っている。


「ああ、そうだ。こっちでは天界の姿じゃないんだよ」

そう言うのと同時にミミが人族の器に抱きついてきた。

「タケミカズチ様!!!!!」


 長らく父親に会えなかった子供みたいなミミを若干持て余しながらタケミカヅチは小さく微笑む。ミミは目尻に若干涙を浮かべ、喜びを全身から爆発させている。

 

「約束通り、ミミを最初に呼んだぞ?」


「はい!嬉しいです!ありがとうです!」

こんなにも演じることなく素直に喜ばれるとやはりこちらとしても気持ちがいい。タケミカヅチはミミに甘いのかもしれない。その言葉を聞けば、他の神下達は今更かと思うかもしれないが。



突然目の前に現れた兎人族の少女に冒険者一同戸惑っていたが、所詮ただのガキと思い直し、その状況にケタケタと笑いを押さえられないでいる。

「何が起きたのかと思いきや、兎人族の餓鬼を召喚魔法で呼び出したのか?け、脅かしやがって!」


「むむむ!!!この人達は何ですか!タケミカズチ様。失礼にもほどがあります。私を見て笑ってますよ!」


ミミが怒りの表情を見せる。ミミのうさみみが激しく揺れている。それはタケミカヅチから見ても可愛らしいもので、深刻な感じは一切しない。

ただミミの目が赤く染まるのを見て、目の前の冒険者たちに少しだけ同情した。


これから彼らの命が奪われる惨状を容易に想像できたから。まあ少しくらい抑えるように言っておかないとな。

君たち、頑張れよ。ファイト。

 






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